256 / 375
番外編・うさぎのきもち
59.ヨツバはイイ子
しおりを挟む
「ヨツバはイイ子だねぇ」
自分と向かい合うようにヨツバを膝の上に抱え上げ、伊都さんはゆっくりと撫でながら語り掛けた。何となく声に甘さが滲んでいるような気がする……俺は果たしてここに居て良いのだろうか?と言うくらい二人……いや一人と一匹の世界に見える。
最初は頭から背中へとゆっくり撫で、撫でる位置をずらしつつ何度も撫でる。心なしかヨツバもウットリと目を細めているような気がした。
「やっぱりうさぎも撫でられるのは気持ち良いんですかね?」
「そうですね、動物はやはり毛並みに沿って撫でられるのが好きですよね。特にうさぎは鼻づらとか気持ち良いと思います」
「健康チェックをする前に落ち着かせようと……撫でているんですか?」
「……」
一瞬伊都さんは押し黙った。
「そ、そうですね。そう言うことですねっ」
これは明らかに違うだろう。俺が疑いの目を向けると伊都さんは気まずげに視線を逸らした。
「それもありますけど……今のはその、単に私が触りたかっただけです……」
と小さな声で言ってから、伊都さんは慌てて話題を変えた。
まあ、そんな気もしないでは無かった。ヨツバもウットリしていたが、伊都さんもウットリしていたよな……あからさまに。
「あ、あと! こうやって触る事で体の状態を確認しているんですよ? 毛並みの状態だとか、デコボコした所が無いかとか」
「デコボコした所?」
どういう意味か分からなくて、聞き返した。
「腫瘍とか膿瘍が出来るとやっかいなので」
「腫瘍って……つまりガンですか?」
何だか物騒な話だ。伊都さんは俺の僅かな緊張をサラリとスルーして説明を続けた。
「そうです。でも腫瘍は良性か悪性か飼い主では判断できないので、しこりがあったら病院で確認していただかないと何とも言えませんね」
「『のうよう』って言うのは何ですか?」
「皮膚の下に膿が溜まる場合があるんです」
『膿が溜まる』? ますます物騒な話になって来たな。
伊都さんは目を細めてヨツバを撫でつつ、冷静な口調で言った。
「うさぎの膿って本当にやっかいなんです。猫や犬と違って液状じゃなくて固形でチーズみたいだから、外科的に取り除いても完治しにくいんですよ。おまけに厚い皮膜に包まれていて……細菌を根絶するのが難しいんです」
「へぇ……」
外科的って……事も無げに言っているが、かなり痛い内容だ。女の人はこういうのあまり気にならないのだろうか? つらっと説明されたが、聞いているだけで何だか背中がゾワッとしてくるんだが。これ以上この話題を追及するのは怖い。
「あ、耳も見るんですか?」
だからつい話題を変えてしまった。伊都さんがスーッとヨツバの垂れた耳を持ち上げ、確認しながら根元から先まで擦るように観察していた。二つに折りたたまれたような耳の表と裏、両面を確認してから耳の中も覗き込む。
「はい、耳の中も赤くなっていないかとかフケが出ていないか確認します」
「耳掃除とかも必要ですか?」
「耳掃除は……素人には難しいですね。かえって外耳炎の原因になったりするので出来る人にやって貰った方が良いです。飼い主に出来るのは外耳の状態を確認するくらい。外耳炎は治療に時間も掛かりますし毎日状態に変化がないか確認します」
「へー」
「耳ダニ症も要注意です。痒くて搔き過ぎで赤くなっちゃったりしますから。あとヨツバは単頭飼いなので問題ないですが、多頭飼いだと他のうさぎに耳ダニがうつったりする可能性があるのですぐ隔離しないと。早め早めに対処するのが大事にしないコツです」
ダニだって? 何だか体のアチコチが痒くなってくるような気がした。伊都さんはケロっとしているが、聞いているこっちは少し胸が悪くなってきた。
「うさぎも結構病気になるんですね」
「はい……どちらかと言うと個体それぞれは弱くて病気に掛かりやすい種なのかもしれませんね。多産でネズミみたいにドンドン増えますから。それはそれだけ死にやすいって意味かもしれません。単純に狩られる側の草食動物だから数で勝負しているのかもしれませんが」
「はぁ……」
伊都さんが滔々と語るのを聞きながら俺は思った。
うさぎを飼うって―――やっぱり結構大変なんだな
ついこの間、うさぎの世話って案外楽勝? なんて思ったばかりだったのに。
望む望まざる関係無しに、突如うさぎの世話をする事になってしまった初心者の俺は、何だか微妙な気分になったのだった。
自分と向かい合うようにヨツバを膝の上に抱え上げ、伊都さんはゆっくりと撫でながら語り掛けた。何となく声に甘さが滲んでいるような気がする……俺は果たしてここに居て良いのだろうか?と言うくらい二人……いや一人と一匹の世界に見える。
最初は頭から背中へとゆっくり撫で、撫でる位置をずらしつつ何度も撫でる。心なしかヨツバもウットリと目を細めているような気がした。
「やっぱりうさぎも撫でられるのは気持ち良いんですかね?」
「そうですね、動物はやはり毛並みに沿って撫でられるのが好きですよね。特にうさぎは鼻づらとか気持ち良いと思います」
「健康チェックをする前に落ち着かせようと……撫でているんですか?」
「……」
一瞬伊都さんは押し黙った。
「そ、そうですね。そう言うことですねっ」
これは明らかに違うだろう。俺が疑いの目を向けると伊都さんは気まずげに視線を逸らした。
「それもありますけど……今のはその、単に私が触りたかっただけです……」
と小さな声で言ってから、伊都さんは慌てて話題を変えた。
まあ、そんな気もしないでは無かった。ヨツバもウットリしていたが、伊都さんもウットリしていたよな……あからさまに。
「あ、あと! こうやって触る事で体の状態を確認しているんですよ? 毛並みの状態だとか、デコボコした所が無いかとか」
「デコボコした所?」
どういう意味か分からなくて、聞き返した。
「腫瘍とか膿瘍が出来るとやっかいなので」
「腫瘍って……つまりガンですか?」
何だか物騒な話だ。伊都さんは俺の僅かな緊張をサラリとスルーして説明を続けた。
「そうです。でも腫瘍は良性か悪性か飼い主では判断できないので、しこりがあったら病院で確認していただかないと何とも言えませんね」
「『のうよう』って言うのは何ですか?」
「皮膚の下に膿が溜まる場合があるんです」
『膿が溜まる』? ますます物騒な話になって来たな。
伊都さんは目を細めてヨツバを撫でつつ、冷静な口調で言った。
「うさぎの膿って本当にやっかいなんです。猫や犬と違って液状じゃなくて固形でチーズみたいだから、外科的に取り除いても完治しにくいんですよ。おまけに厚い皮膜に包まれていて……細菌を根絶するのが難しいんです」
「へぇ……」
外科的って……事も無げに言っているが、かなり痛い内容だ。女の人はこういうのあまり気にならないのだろうか? つらっと説明されたが、聞いているだけで何だか背中がゾワッとしてくるんだが。これ以上この話題を追及するのは怖い。
「あ、耳も見るんですか?」
だからつい話題を変えてしまった。伊都さんがスーッとヨツバの垂れた耳を持ち上げ、確認しながら根元から先まで擦るように観察していた。二つに折りたたまれたような耳の表と裏、両面を確認してから耳の中も覗き込む。
「はい、耳の中も赤くなっていないかとかフケが出ていないか確認します」
「耳掃除とかも必要ですか?」
「耳掃除は……素人には難しいですね。かえって外耳炎の原因になったりするので出来る人にやって貰った方が良いです。飼い主に出来るのは外耳の状態を確認するくらい。外耳炎は治療に時間も掛かりますし毎日状態に変化がないか確認します」
「へー」
「耳ダニ症も要注意です。痒くて搔き過ぎで赤くなっちゃったりしますから。あとヨツバは単頭飼いなので問題ないですが、多頭飼いだと他のうさぎに耳ダニがうつったりする可能性があるのですぐ隔離しないと。早め早めに対処するのが大事にしないコツです」
ダニだって? 何だか体のアチコチが痒くなってくるような気がした。伊都さんはケロっとしているが、聞いているこっちは少し胸が悪くなってきた。
「うさぎも結構病気になるんですね」
「はい……どちらかと言うと個体それぞれは弱くて病気に掛かりやすい種なのかもしれませんね。多産でネズミみたいにドンドン増えますから。それはそれだけ死にやすいって意味かもしれません。単純に狩られる側の草食動物だから数で勝負しているのかもしれませんが」
「はぁ……」
伊都さんが滔々と語るのを聞きながら俺は思った。
うさぎを飼うって―――やっぱり結構大変なんだな
ついこの間、うさぎの世話って案外楽勝? なんて思ったばかりだったのに。
望む望まざる関係無しに、突如うさぎの世話をする事になってしまった初心者の俺は、何だか微妙な気分になったのだった。
0
お気に入りに追加
1,548
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました
紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。
ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。
ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。
貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。
「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件
ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」
その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。
そして、わたしは負け犬となったはずだった。
しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。
夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。
ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。
今度は王妃に?
有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。
※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。
【完結】元お義父様が謝りに来ました。 「婚約破棄にした息子を許して欲しい」って…。
BBやっこ
恋愛
婚約はお父様の親友同士の約束だった。
だから、生まれた時から婚約者だったし。成長を共にしたようなもの。仲もほどほどに良かった。そんな私達も学園に入学して、色んな人と交流する中。彼は変わったわ。
女学生と腕を組んでいたという、噂とか。婚約破棄、婚約者はにないと言っている。噂よね?
けど、噂が本当ではなくても、真にうけて行動する人もいる。やり方は選べた筈なのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる