捕獲されました。

ねがえり太郎

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番外編・うさぎのきもち

59.ヨツバはイイ子

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「ヨツバはイイ子だねぇ」

 自分と向かい合うようにヨツバを膝の上に抱え上げ、伊都さんはゆっくりと撫でながら語り掛けた。何となく声に甘さが滲んでいるような気がする……俺は果たしてここに居て良いのだろうか?と言うくらい二人……いや一人と一匹の世界に見える。

 最初は頭から背中へとゆっくり撫で、撫でる位置をずらしつつ何度も撫でる。心なしかヨツバもウットリと目を細めているような気がした。

「やっぱりうさぎも撫でられるのは気持ち良いんですかね?」
「そうですね、動物はやはり毛並みに沿って撫でられるのが好きですよね。特にうさぎは鼻づらとか気持ち良いと思います」
「健康チェックをする前に落ち着かせようと……撫でているんですか?」
「……」

 一瞬伊都さんは押し黙った。

「そ、そうですね。そう言うことですねっ」

 これは明らかに違うだろう。俺が疑いの目を向けると伊都さんは気まずげに視線を逸らした。

「それもありますけど……今のはその、単に私が触りたかっただけです……」

 と小さな声で言ってから、伊都さんは慌てて話題を変えた。
 まあ、そんな気もしないでは無かった。ヨツバもウットリしていたが、伊都さんもウットリしていたよな……あからさまに。

「あ、あと! こうやって触る事で体の状態を確認しているんですよ? 毛並みの状態だとか、デコボコした所が無いかとか」
「デコボコした所?」

 どういう意味か分からなくて、聞き返した。

腫瘍しゅようとか膿瘍のうようが出来るとやっかいなので」
「腫瘍って……つまりガンですか?」

 何だか物騒な話だ。伊都さんは俺の僅かな緊張をサラリとスルーして説明を続けた。

「そうです。でも腫瘍は良性か悪性か飼い主では判断できないので、しこりがあったら病院で確認していただかないと何とも言えませんね」
「『のうよう』って言うのは何ですか?」
「皮膚の下にうみが溜まる場合があるんです」

『膿が溜まる』? ますます物騒な話になって来たな。
 伊都さんは目を細めてヨツバを撫でつつ、冷静な口調で言った。

「うさぎの膿って本当にやっかいなんです。猫や犬と違って液状じゃなくて固形でチーズみたいだから、外科的に取り除いても完治しにくいんですよ。おまけに厚い皮膜に包まれていて……細菌を根絶するのが難しいんです」
「へぇ……」

 外科的って……事も無げに言っているが、かなり痛い内容だ。女の人はこういうのあまり気にならないのだろうか? つらっと説明されたが、聞いているだけで何だか背中がゾワッとしてくるんだが。これ以上この話題を追及するのは怖い。

「あ、耳も見るんですか?」

 だからつい話題を変えてしまった。伊都さんがスーッとヨツバの垂れた耳を持ち上げ、確認しながら根元から先まで擦るように観察していた。二つに折りたたまれたような耳の表と裏、両面を確認してから耳の中も覗き込む。

「はい、耳の中も赤くなっていないかとかフケが出ていないか確認します」
「耳掃除とかも必要ですか?」
「耳掃除は……素人には難しいですね。かえって外耳炎の原因になったりするので出来る人にやって貰った方が良いです。飼い主に出来るのは外耳の状態を確認するくらい。外耳炎は治療に時間も掛かりますし毎日状態に変化がないか確認します」
「へー」
「耳ダニ症も要注意です。痒くて搔き過ぎで赤くなっちゃったりしますから。あとヨツバは単頭飼いなので問題ないですが、多頭飼いだと他のうさぎに耳ダニがうつったりする可能性があるのですぐ隔離しないと。早め早めに対処するのが大事にしないコツです」

 ダニだって? 何だか体のアチコチが痒くなってくるような気がした。伊都さんはケロっとしているが、聞いているこっちは少し胸が悪くなってきた。

「うさぎも結構病気になるんですね」
「はい……どちらかと言うと個体それぞれは弱くて病気に掛かりやすい種なのかもしれませんね。多産でネズミみたいにドンドン増えますから。それはそれだけ死にやすいって意味かもしれません。単純に狩られる側の草食動物だから数で勝負しているのかもしれませんが」
「はぁ……」



 伊都さんが滔々と語るのを聞きながら俺は思った。

 うさぎを飼うって―――やっぱり結構大変なんだな

 ついこの間、うさぎの世話って案外楽勝? なんて思ったばかりだったのに。
 望む望まざる関係無しに、突如うさぎの世話をする事になってしまった初心者の俺は、何だか微妙な気分になったのだった。
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