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番外編・うさぎのきもち
49.みのりの行方
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「転職するんだって言ってた」
「転職?!」
「だから花井さんとお前が今からどうなろうが、自分には関係ないんだって言ってた」
「みのりが……本当にそう言ったのか?」
「ああ。お前達が見えない所までみのりさんを引っ張って行って、みのりさんに言ったんだ。俺と付き合ってくれって。俺ならフラフラせずにみのりさんだけを大事にするって―――でも、きっぱり振られたよ。これから東京で暮らすから、俺とは付き合えないって」
コイツ俺のことを調子が良いとか女たらしだとか言っておいて、隙あらば自分も上手いことやろうとするなんて。何処が誠実で不器用なんだ? いや、それは勝手にこっちがそう思っていただけなんだが……結構ちゃっかりしているじゃねーかっ!なんて思わず内心ツッコミを入れてしまったが―――問題は其処では無い。
東京で転職だって?じゃあもう、元の職場に連絡を取ろうとしてもいないって事か。なら会って話すなんてそもそも無理だ。唯一の連絡手段はスマホか? 着信拒否はされていないようだから―――いや、もう着信拒否をされているかもしれない。あれからも彼女から返信は一切なく、こちらからも改めて連絡していない。着拒されてても俺には分からないのだ。
「もう、時間だ」
「あ、え?」
「行こうぜ」
風間が時計を見て立ち上がった。俺は気持ちを立て直せないまま、ソファから立ち上がりその分厚い肩に続いた。
ショックで黙り込んだ俺に少しは遠慮したのか、風間は俺を置いて行くことなく肩を並べていた。気が付いたら職場の机に座っていた。遠藤課長に「風間!」と声を掛けられて顔を上げる。三度ほど声を掛けたのに気が付かなかったらしい。コンコンと嫌味を言われたが―――全く胸に響かなかった。俺はその後も上の空のまま終業時刻を迎えたのだった。
玄関を開けて、靴を脱ぐ。
ドサリとソファに鞄と自分を放り投げた。クッションにうつ伏せに顔を埋め、大きく溜め息をつく。
一体なんだって言うんだ。
俺が何をした……?
黙って逃げ出すほど、みのりにとっては酷い男だったと言うのか?
花井さんと良い雰囲気だったから? 風間から聞いた話を表面上は躱していたものの、本当は内心不実な二股野郎だと、腹を立てていたのか?
結婚の話題を避けていたから?煮え切らない態度の男は用無しか?
って言うか、仕事辞めて東京に行ったって?!
何だそれは……?!
カサリ、と音がして顔を上げる。
ヨツバがスタッと運動場に出て来て、俺を瞑らな瞳で見上げた。
「ヨツバ……」
心なしか、その瞳に親しみがこもっているように感じる。
俺が帰って来たから、ヨツバは挨拶をしにケージから出て来たのか? まるでヨツバに『おかえり』と言われているような気がして、ドキッとした。
俺は倒れ込んだソファから重たい体を持ち上げて立ち上がり、ヨツバの傍に近寄って腰を下ろした。するとヨツバも返事をするかのように、顔を上げて鼻をヒクヒク動かした。ヒョイッと後足で立ち上がり俺の顔を覗き込むように鼻づらを持ち上げる。
「ただいま、ヨツバ」
そっと、ヨツバを驚かせないように柵の上から手を入れた。
うさぎは上から急に覆い被さると恐怖を感じるらしい。そうだよな、野生だったら猛禽類が天敵なんだから、大きな影に驚くのは当り前だ。そんな常識も分からない俺は、最初急にヨツバに上から近付いて手痛い拒絶を受けたのだった。
ヨツバから少し距離を取った所に手を置くと、ヨツバが鼻を近づけて来た。
痛い記憶が蘇り、一瞬手を引きたい気分になったがグッと堪える。―――するとペロリと温かいモノが俺の手を舐めた。
ペロペロペロ……。
ヨツバが俺の手を舐めていた。
驚きと共に温かい何かが胸に湧き上がる。
「ヨツバ、俺を慰めてくれるのか?」
打ち捨てられた用無し男に、今寄り添ってくれるのはオスうさぎだけだ。
このままヨツバと一緒に暮らすのも良いかもしれない。ふと、そんな思いが頭をかすめた。
「ハハっ……俺達を捨てて行った女なんか忘れて、一緒に暮らそうか」
なんて軽口を言ったら、少し気が楽になった。
女って分かんねーな。
うさぎ以上に気持ちが読めねぇ。
一人前に仕事も出来るようになって、女と一緒に暮らすようになって。
なのに全然自分が自分の事も周りの事も分かって無かったって気が付かされた。
「あー、ホント。こんなんで『結婚』なんて……無理な話だよな」
俺は呟いて笑ってしまった。
だから良かったのかもしれない。みのりが出て行って見えなかったものが、いや目を逸らしていた色んな事が見えて来たような気がしたのだ。
「転職?!」
「だから花井さんとお前が今からどうなろうが、自分には関係ないんだって言ってた」
「みのりが……本当にそう言ったのか?」
「ああ。お前達が見えない所までみのりさんを引っ張って行って、みのりさんに言ったんだ。俺と付き合ってくれって。俺ならフラフラせずにみのりさんだけを大事にするって―――でも、きっぱり振られたよ。これから東京で暮らすから、俺とは付き合えないって」
コイツ俺のことを調子が良いとか女たらしだとか言っておいて、隙あらば自分も上手いことやろうとするなんて。何処が誠実で不器用なんだ? いや、それは勝手にこっちがそう思っていただけなんだが……結構ちゃっかりしているじゃねーかっ!なんて思わず内心ツッコミを入れてしまったが―――問題は其処では無い。
東京で転職だって?じゃあもう、元の職場に連絡を取ろうとしてもいないって事か。なら会って話すなんてそもそも無理だ。唯一の連絡手段はスマホか? 着信拒否はされていないようだから―――いや、もう着信拒否をされているかもしれない。あれからも彼女から返信は一切なく、こちらからも改めて連絡していない。着拒されてても俺には分からないのだ。
「もう、時間だ」
「あ、え?」
「行こうぜ」
風間が時計を見て立ち上がった。俺は気持ちを立て直せないまま、ソファから立ち上がりその分厚い肩に続いた。
ショックで黙り込んだ俺に少しは遠慮したのか、風間は俺を置いて行くことなく肩を並べていた。気が付いたら職場の机に座っていた。遠藤課長に「風間!」と声を掛けられて顔を上げる。三度ほど声を掛けたのに気が付かなかったらしい。コンコンと嫌味を言われたが―――全く胸に響かなかった。俺はその後も上の空のまま終業時刻を迎えたのだった。
玄関を開けて、靴を脱ぐ。
ドサリとソファに鞄と自分を放り投げた。クッションにうつ伏せに顔を埋め、大きく溜め息をつく。
一体なんだって言うんだ。
俺が何をした……?
黙って逃げ出すほど、みのりにとっては酷い男だったと言うのか?
花井さんと良い雰囲気だったから? 風間から聞いた話を表面上は躱していたものの、本当は内心不実な二股野郎だと、腹を立てていたのか?
結婚の話題を避けていたから?煮え切らない態度の男は用無しか?
って言うか、仕事辞めて東京に行ったって?!
何だそれは……?!
カサリ、と音がして顔を上げる。
ヨツバがスタッと運動場に出て来て、俺を瞑らな瞳で見上げた。
「ヨツバ……」
心なしか、その瞳に親しみがこもっているように感じる。
俺が帰って来たから、ヨツバは挨拶をしにケージから出て来たのか? まるでヨツバに『おかえり』と言われているような気がして、ドキッとした。
俺は倒れ込んだソファから重たい体を持ち上げて立ち上がり、ヨツバの傍に近寄って腰を下ろした。するとヨツバも返事をするかのように、顔を上げて鼻をヒクヒク動かした。ヒョイッと後足で立ち上がり俺の顔を覗き込むように鼻づらを持ち上げる。
「ただいま、ヨツバ」
そっと、ヨツバを驚かせないように柵の上から手を入れた。
うさぎは上から急に覆い被さると恐怖を感じるらしい。そうだよな、野生だったら猛禽類が天敵なんだから、大きな影に驚くのは当り前だ。そんな常識も分からない俺は、最初急にヨツバに上から近付いて手痛い拒絶を受けたのだった。
ヨツバから少し距離を取った所に手を置くと、ヨツバが鼻を近づけて来た。
痛い記憶が蘇り、一瞬手を引きたい気分になったがグッと堪える。―――するとペロリと温かいモノが俺の手を舐めた。
ペロペロペロ……。
ヨツバが俺の手を舐めていた。
驚きと共に温かい何かが胸に湧き上がる。
「ヨツバ、俺を慰めてくれるのか?」
打ち捨てられた用無し男に、今寄り添ってくれるのはオスうさぎだけだ。
このままヨツバと一緒に暮らすのも良いかもしれない。ふと、そんな思いが頭をかすめた。
「ハハっ……俺達を捨てて行った女なんか忘れて、一緒に暮らそうか」
なんて軽口を言ったら、少し気が楽になった。
女って分かんねーな。
うさぎ以上に気持ちが読めねぇ。
一人前に仕事も出来るようになって、女と一緒に暮らすようになって。
なのに全然自分が自分の事も周りの事も分かって無かったって気が付かされた。
「あー、ホント。こんなんで『結婚』なんて……無理な話だよな」
俺は呟いて笑ってしまった。
だから良かったのかもしれない。みのりが出て行って見えなかったものが、いや目を逸らしていた色んな事が見えて来たような気がしたのだ。
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