捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

ことの顛末(8) <戸次>

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 富樫さんが退社した後暫くして、営業課で遠藤課長の退社が告げられた。
 ただし富樫さんと違って引継ぎなど無しに、欠勤したままフェイドアウトと言う結果になった。課長の不在による仕事に対する不利益がほとんど無い為、悲しいことに実務上は全く問題ない。
 自己都合で課長本人から退社願が提出されたそうだが、本人から俺達部下に対する挨拶は全く無かった。そう言う訳で、送迎会も花束贈呈も何も無し。噂によると既に住居も引き払っていて、彼は奥さんのいる東京に戻ってしまったようだ。退社関係の書類を全て、仙台支店に配属される以前の住所に送るように手続きされている為、社員達の間ではそう囁かれている。

 不倫などの不祥事がバレた場合、子会社や小さな支社に左遷になるとか、その程度で済まされると予想していた人間が大半だった。だから遠藤課長と富樫さんが退社したと聞いて、本当はもっと違う理由があるのでは? と、口さがない連中には噂している者もいる。真相はと言うと、二人とも自己都合で退職しているので、結局分からないままだ。例え裏で何かあったとしても、平社員の俺達には想像をたくましくするしかない。

 悔しいが花井さんの言う通りになったな、と思う。

 遠藤課長は妻の元に戻ったのだ。
 別に富樫さんの肩を持つワケじゃないけど、少し不公平な気がした。奥さんとの間の信頼関係は損なっただろうけど、遠藤課長が特に大きなものを失ったようには思えなかった。仕事や地位を失ったかもしれないけれど、それほど仕事が好きなようには見えなかったし、それが彼に大きなダメージを与えたなどとは考えにくい。
 噂に聞くところによると、遠藤課長の奥さんはかなりのやり手だそうだ。……課長本人と真逆で。だから食べるのには全く困らない。もともとお金持ちなんだろうし。

 一方で富樫さんの方は、真面目に仕事をしていた筈だ。それに退職金を手にしたとしても、比較的安定した会社を、寿退社するでもなく定年前に辞めるのはかなり辛い状況なのではないだろうか。
 融通が利かず高慢な態度で人と軋轢を作るタイプだったそうで、だからこそ仕事を抱え込むことが多かったようだ。それはあまり褒められることではないけれど……頑張っていたのは事実なのだから、少なくとも花井さんのように鼻で笑って見下す気にはなれない。

 不倫は良くないことだと、俺は思う。気軽に踏み込む人もいるらしいが、周りも自分も傷つけるし、例えバレなくても何かしら誰かしらを蝕んでいる……言うなれば病みたいなものだと思う。
 自らの健康を損なうだけでなく、家族にも影響があると言う所が、アルコール症候群やギャンブル依存症に近いと個人的には感じている。父親の不倫の所為で殺伐としてしまった家庭に育った俺としては、もちろん全力で否定したい気持ちでいっぱいだ。

 だけど、いざ大人になってみると、否定一辺倒の態度を貫くのは案外難しい。
『自分』って意外と、当人の思い通りにならないものだ。間違うこともあるし寄り道もしてしまうし、必要のないものを買ってしまって後で『何でこれ買っちまったんだろう』って後悔することもある。大事な彼女がいるのに、可愛い女の子のあざとい上目遣いにクラッときてしまうことだってある。
 子供時代はただ『悪い大人』を責めるだけで、良かったんだけれどなぁ。それを思うと何だか自分が汚れてしまったような気もするが……こればっかりは、仕方がない。

 だから富樫さんも、今後自分の人生について改めてじっくり考えてみてくれたら、と願ってしまう。
 今回の経験を黒歴史として、もっと違う明るい道を歩いて欲しい。ほとんど今まで交流の無かった、これから関わる予定もつもりもない人間がナニ言ってんだ? って思われるかもしれないけど。






 遠藤課長が会社を去った後直ぐに、亀田部長が有休を申請した。彼が仙台支店に赴任して以来、始めてのことだ。
 ほぼ営業課長を兼務していた状態の亀田部長が一週間も休むなんて、大変なことのように思えた。皆、不安を感じたようで、実はそれを陰で『無責任じゃないか』と非難する声も出たのだ。遠藤課長がフェイドアウトした時には誰も反対しなかったのに、えらい違いだよな。おそらく営業課の連中がそれだけ、亀田部長に信頼を置き始めたと言うことの現れなのだろう。

 だが欠員補充で急遽仙台に異動することになって、多忙の為亀田夫妻は新婚だと言うのにこれまで結婚式も上げられず新婚旅行にも行けずにいたのだ。漸くここで、卯月さんを新婚旅行に連れて行けることになったのだと聞いて、本当に良かったと思う。一週間の不在は、総務部の庄子部長がフォローすると言うことで落ち着いたようだ。

 そうして亀田部長が無事新婚旅行に旅立った数日後のある日、俺は久し振りに『うさぎひろば』に顔を出したのだった。
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