捕獲されました。

ねがえり太郎

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番外編・うさぎのきもち

12.『初めてのうさぎのお世話』

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 仕事を早めに切り上げて長町駅の近くのカフェに入った。もう帰るんなら飲みに行こうぜ!と佐渡に声を掛けられたけれども、用事があると言って断った。
 窓際の角の席に陣取りバターチキンカレーとホットコーヒーを頼む。ここは十分ほどで出て来るから、サッと食事を済ませたい時に気軽に利用できる。洒落た雰囲気のカフェだから女性客が多いけれど、返ってその方が都合が良い。今は下手に同僚と顔を合わせて、アレコレ勘繰られるのも説明するのも嫌だった。

 胸ポケットから折りたたんだ紙片を取り出して、開く。
 店で手作りしたのような簡素なリーフレットにはこんな風に書いてあった。



『< 初めてのうさぎのお世話① >

 うさぎを迎えたらまず用意するもの

 1.ケージを用意する。
   最低限必要なもの: ケージ、フード入れ、牧草入れ、給水ボトル、トイレ
   ※ケージを置く場所は、2面が壁に接していて、
    風邪通しが良く適度に日が当たる場所が望ましいです。
 2.ごはんを用意する。
   主食は牧草です。成長に合わせて選びましょう。
   ペレット(粒状の餌)は栄養を補うものです。
   袋に表示されている標準給与量は牧草を上げない場合の目安です。……』



 其処まで読んで、俺は目を上げた。

「マジか」

 まず『ごはん』の項目で引っ掛かった。みのりが出て行ってから、牧草なんかヨツバにあげてない。いや、網状の入れ物に少し残っていたよな?あれは食事用だったのか?! ペレット……って、あのうさぎの餌は補助食品でメインの食事じゃないって事か?
……もう既にいろいろ間違っている。

 ガックリと肩を落として脱力していたその時。



「珍しい! お一人ですか?」



 聞き覚えのある声に振り向くと、俺によくSNSでメッセージを送って来る派遣女子の花井さんが、耳下くらいで切り揃えられたふわふわした栗色の髪を耳に掛けながら小首を傾げていた。

「あ、ああ。……花井さんも?」
「はい!」

 俺は咄嗟にサッとリーフレットを四つ折りにし、胸ポケットに仕舞い込んだ。

「いっしょーけんめい、何見てたんですか?」
「え? ああ、何でもない」
「でも物凄く真剣でしたよ?私そっちから手を振ったのに戸次さん全然気づいてくれないんですもん」

 花井さんは俺の正面のガラスウォールを指差しそう言った。そう指摘されて改めて、俺の姿は外から丸見えだったんだと認識する。
 拗ねたように唇を尖らせる仕草は『あざとい』と言えるかもしれない。……が、あからさまに好意を寄せられている側としては少々あざとかろうが、悪い気はしない。如何にその話題が下らなかろうと回りくどかろうと、見た目や仕草が可愛い女の子から好意的に接せられるのは自尊心をくすぐられ、良い気分になれるものだ。普段なら笑って適当に相手をする所なんだが……うさぎやみのりの話に触れたくない俺は、話を逸らす為に前の席を指差した。

「花井さん、一人だったらそこ、座らない?」
「え!いいんですか?」
「うん、全然いーよ。って言うかボッチで寂しいくらいだったからさ」
「……彼女がおウチで待っているんじゃないですか?」

 ギクリ。花井さんはそんなつもりで尋ねた訳じゃないかもしれない。だけど、みのりに出て行かれた事を見透かされたような気がしたのだ。

「いやっ……と言うか、あっちも仕事があるしね。今日は一人なんだ」
「そうですか?……じゃあ、遠慮なく」

 ニコリ、と微笑まれて安堵の息を漏らす。

 上手く話を逸らせた事にホッとして、その時は不思議には思わなかった。みのりの事を気にしているような素振りを見せた彼女。じゃあなんで花井さんはわざわざ一人で店に入って来たのか、そしてわざわざ俺に声を掛けたのかって所を……この時俺は特に突っ込んで考えたりはしなかったのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※参考文献:(株)日本文芸社 『「うさごころ」がわかる本』
      監修者 シャンテ動物診療所 院長 寺尾順子
      イラスト・漫画 井口病院
      初めてうさぎを飼う方にも読み易く、分かり易い本だと思います。
      元うさぎ飼いの作者も頷きながら読みました。
      そして何と言っても絵が可愛い!

※なお、リーフレット『初めてのうさぎのお世話』は上記書籍等を参考に、作者が創作したものです。書籍にこのような物は付属しておりません。創作ですので、不完全な資料である事をご了承願います。(なお、記載内容について間違い等の指摘があった場合は、ご意見をいただいた後修正するかどうか検討させていただきます)
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