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新妻・卯月の仙台暮らし
ことの顛末(6) <戸次>
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富樫さんの退職が決まり、遠藤課長が相変わらず自宅謹慎……又は欠勤を続けている今日この頃。同僚の佐渡が中心となって、部課に関わらず若い連中で飲み会を開くことになった。
派遣女子達も漏れなく出席すると聞きつけた男性陣が軒並み参加表明を行い、居酒屋の大部屋を貸し切ってけっこうな規模の集まりになる。入口でクジ引きして席をランダムに振り分けるようにしたし、男女の数も均等で偉い人の相手もしなくて良いから、かなり気楽な感じだ。ちょっとした街コンみたいな、くだけだ雰囲気が漂っていた。
佐渡はこういうのが、上手い。雰囲気づくりとか空気を読むこととか。裏と表を使い分ける所があってイマイチ信用しづらい所があるものの、やっぱ仕事のできるヤツだよなぁ、と感心してしまう。
俺もここの所、ちょっとばかしクサクサしていたから、こう言う機会があって助かった。
下らない冗談で笑い合ってほろ酔い気分になった頃、トイレに行こうと席を立った。廊下の向こうに、女子トイレから出て来たばかりの女性二人組を見つける。なんと花井さんと、同僚の派遣女子だ。確か丸山さん、だったっけ。
花井さんと顔を合わせるのは、気まずい。端と端で席が離れていたから、すっかりその存在を忘れていた。俺は二人が立ち去るのを待ってから、トイレへ向かおうと一歩下がって壁の影に身を寄せた。
しかし二人は何故か立ち止まったまま、話し始めたようだ。ここは気にせず出て行くか、もしくは立ち去るべきだろう。そう言えば向かいにコンビニあったよな?
「じゃあ、やっぱり富樫さんと遠藤課長って付き合ってたんだ!」
「うん。課長本人は濁してたけど、そうみたい」
なんて考えていたら、けっこうな距離がある会話が割と鮮明に耳に届いてギクリとする。富樫さんと遠藤課長―――これは、まさに今もっとも旬な話題だ。多少の罪悪感もあって、反射的に耳を澄ませてしまう。そして花井さん自身がそれについてどう考えているのか、気になっていただけに動けなくなった。
果たして花井さんも、富樫さんと同じように遠藤課長と付き合っていたのだろうか?
「いやー……よくやるよね。不倫なんて『百害あって一利なし』じゃん?」
「結婚できるワケでもないのに、ねぇ?」
「ん? そう言うってことは……じゃあ花井さんとしては、例えば相手が奥さんと別れて結婚してくれるなら、そう言うの『アリ』なの?」
「ふふ! だってそれは……先に出会うか後に出会うか、の問題でしょ?」
余裕の含み笑いに、背筋に冷たいものが走る。
そう言う思考回路で、ああいう行動になるわけか……ここに来て漸く、花井さんのことを怖いと感じた。あの、か弱く儚げな護ってあげなきゃ折れそうな『花井さん』は一体どこに行っちまったんだ? 自信満々、と言った口調に軽い眩暈を覚える。
いや、予想の範囲内……だけどな。うん。
でも現実に直面すると、大いに怯んでしまう。
派遣女子達も漏れなく出席すると聞きつけた男性陣が軒並み参加表明を行い、居酒屋の大部屋を貸し切ってけっこうな規模の集まりになる。入口でクジ引きして席をランダムに振り分けるようにしたし、男女の数も均等で偉い人の相手もしなくて良いから、かなり気楽な感じだ。ちょっとした街コンみたいな、くだけだ雰囲気が漂っていた。
佐渡はこういうのが、上手い。雰囲気づくりとか空気を読むこととか。裏と表を使い分ける所があってイマイチ信用しづらい所があるものの、やっぱ仕事のできるヤツだよなぁ、と感心してしまう。
俺もここの所、ちょっとばかしクサクサしていたから、こう言う機会があって助かった。
下らない冗談で笑い合ってほろ酔い気分になった頃、トイレに行こうと席を立った。廊下の向こうに、女子トイレから出て来たばかりの女性二人組を見つける。なんと花井さんと、同僚の派遣女子だ。確か丸山さん、だったっけ。
花井さんと顔を合わせるのは、気まずい。端と端で席が離れていたから、すっかりその存在を忘れていた。俺は二人が立ち去るのを待ってから、トイレへ向かおうと一歩下がって壁の影に身を寄せた。
しかし二人は何故か立ち止まったまま、話し始めたようだ。ここは気にせず出て行くか、もしくは立ち去るべきだろう。そう言えば向かいにコンビニあったよな?
「じゃあ、やっぱり富樫さんと遠藤課長って付き合ってたんだ!」
「うん。課長本人は濁してたけど、そうみたい」
なんて考えていたら、けっこうな距離がある会話が割と鮮明に耳に届いてギクリとする。富樫さんと遠藤課長―――これは、まさに今もっとも旬な話題だ。多少の罪悪感もあって、反射的に耳を澄ませてしまう。そして花井さん自身がそれについてどう考えているのか、気になっていただけに動けなくなった。
果たして花井さんも、富樫さんと同じように遠藤課長と付き合っていたのだろうか?
「いやー……よくやるよね。不倫なんて『百害あって一利なし』じゃん?」
「結婚できるワケでもないのに、ねぇ?」
「ん? そう言うってことは……じゃあ花井さんとしては、例えば相手が奥さんと別れて結婚してくれるなら、そう言うの『アリ』なの?」
「ふふ! だってそれは……先に出会うか後に出会うか、の問題でしょ?」
余裕の含み笑いに、背筋に冷たいものが走る。
そう言う思考回路で、ああいう行動になるわけか……ここに来て漸く、花井さんのことを怖いと感じた。あの、か弱く儚げな護ってあげなきゃ折れそうな『花井さん』は一体どこに行っちまったんだ? 自信満々、と言った口調に軽い眩暈を覚える。
いや、予想の範囲内……だけどな。うん。
でも現実に直面すると、大いに怯んでしまう。
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