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新妻・卯月の仙台暮らし
42.お礼に伺います。
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カラン、と扉を開けると。陳列棚の商品をチェックしている、短髪で体格の良い男性が目に入った。振り返ったその頬は、やはり見慣れない無精髭のないスッキリとしたものに変わっている。
こうして見ると、やっぱり仁さんって結構イケメンだよね。イケメンと言っても少し垂れ目がちな所が優し気で、鷹のように鋭い双眸の丈さんとは印象が真逆だけど。それに、髭が無くなった所為か、以前よりとっても若く見える。
「卯月さん、いらっしゃい」
振り向き、ニコリと柔らかい笑顔を向けてくれる。そこで私はホッとして肩の力を抜くことが出来た。
「あの、この間は本当にご迷惑をお掛けして……これ、お詫びと言っては何ですが受け取ってください!」
とにかく謝りたい。私は一気にそう言い切って、頭を下げた。同時にバッと手に持った袋を差し出す。
「……」
返事が無いので、チラリと頭を上げる。
するとビックリしたような顔で、私を見下ろしている仁さんと目が合った。
「あの……この間は、伊都さんを引き留めてしまって、お仕事の邪魔を……」
「え? ああ……」
パチパチと瞬きを繰り返して、仁さんは両掌をあげて首を振った。
「いや、この間のは伊都が全面的に悪い。こちらの方が迷惑をかけているのだし、まさか謝られるとは思っていなくて……ふっ」
仁さんが、何故か声を上げて笑い出したので、思わず私もつられて笑ってしまった。
一頻り笑い合った後、私は再度袋を差し出した。今度こそ受け取って貰えそうな気がしたのだ。
「あの、じゃあこれ……お餅なんです。嫌いじゃなかったら」
「ありがとう」
仁さんは袋を覗き込んで「あ、これ村内餅店ですよね、大好物です」と嬉しそうに口元を緩めてくれる。
「そう言えば―――仲直り出来ましたか?」
問いかけに見上げると、仁さんが目尻を下げて私の回答を促すように首をかしげている。とてもガッチリしていて背も高い彼だけど、あまり恐怖心みたいなものを抱かせないのは、ひとえにこの表情の柔和さのおかげなのだろう。私は両こぶしを握り締め、シッカリと力強く頷いて見せた。
「はい! お陰様で!」
しかし、答えた途端。これはちょっと能天気過ぎる回答だなぁ、と気が付き声のトーンを下げて、言い訳と共にお礼を重ねた。
「……その、あの時は動揺してしまって、オタオタしてゴメンなさい! あの、仁さんの言う通りでした。やっぱり仕事の関係で。丈さんには事情があって……全然、大丈夫でした。その、上手く言えないんですけれど、誤解も解けて、仲直り出来ました。有難うございました!」
「いえいえ。俺は何もしていませんよ」
なのに仁さんは鷹揚に笑ってくれる。謙虚だなぁ。ホント、見習いたい。
「いえ、本当に助かりました。あ! あと、ご馳走になって、更に送って頂いて……本当に本当に、お世話になりました」
仁さんは苦笑しつつも、譲らない私に頷いてくれた。
「こちらこそ、楽しかったです。まだまだ紹介したいお勧めの食事処があるので、今度はこちらから誘わせていただきます」
と、丁寧に返してくれたので嬉しくなった。
「はい! そしたら今度は丈さんも……あ、そう言えば。丈さん、あの時イメチェンした仁さんのこと、別人だと思っていたらしいです。全然分からなかったって」
「……だろうね」
「え?」
仁さんはニヤリと笑って、おかしそうに言った。
「間男だと勘違いしたんじゃない?」
「まおとこ……」
彼が発した単語の意味がピンとこず、そのまま繰り返してしまう。
「……物凄い目で睨まれたからね……」
「え?」
仁さんが何か呟いたような気がしたけれども、よく聞こえなかった。
彼は笑顔で首を振り、私を促した。
「いえ。伊都は運動場にいますよ。ちょうど時間ですし、せっかくだから俺も休憩にします。あっちでお茶でもどうですか?」
「あ、はい!」
頷くと、扉まで大股で歩み寄った仁さんが、扉を開けてこちらを振り向いた。
「どうぞ」
そう言って、扉の向こう側をノブを握っていない方の掌で指し示すように、私を促してくれる。
おお、レディーファースト! 紳士だぁ!
最初に出会った山男風の外見が、思い出せないくらいスマートな仕草に驚いた。ちょっぴり恥ずかしくなったせいか、私は小さな疑問を頭の隅に追いやってしまった。ホッとした途端、お腹が空いて来たせいかもしれない。
私が通り過ぎるのを待って、扉を閉めた仁さんは、表に掛かっている木製の標識を『OPEN』から『運動場にいます』に変える。
伊都さんはもちろん、私を笑顔で迎えてくれた。
すっかり心配が解消されて、私はスッキリとした気持ちでお茶とお餅を楽しんだのだった。
こうして見ると、やっぱり仁さんって結構イケメンだよね。イケメンと言っても少し垂れ目がちな所が優し気で、鷹のように鋭い双眸の丈さんとは印象が真逆だけど。それに、髭が無くなった所為か、以前よりとっても若く見える。
「卯月さん、いらっしゃい」
振り向き、ニコリと柔らかい笑顔を向けてくれる。そこで私はホッとして肩の力を抜くことが出来た。
「あの、この間は本当にご迷惑をお掛けして……これ、お詫びと言っては何ですが受け取ってください!」
とにかく謝りたい。私は一気にそう言い切って、頭を下げた。同時にバッと手に持った袋を差し出す。
「……」
返事が無いので、チラリと頭を上げる。
するとビックリしたような顔で、私を見下ろしている仁さんと目が合った。
「あの……この間は、伊都さんを引き留めてしまって、お仕事の邪魔を……」
「え? ああ……」
パチパチと瞬きを繰り返して、仁さんは両掌をあげて首を振った。
「いや、この間のは伊都が全面的に悪い。こちらの方が迷惑をかけているのだし、まさか謝られるとは思っていなくて……ふっ」
仁さんが、何故か声を上げて笑い出したので、思わず私もつられて笑ってしまった。
一頻り笑い合った後、私は再度袋を差し出した。今度こそ受け取って貰えそうな気がしたのだ。
「あの、じゃあこれ……お餅なんです。嫌いじゃなかったら」
「ありがとう」
仁さんは袋を覗き込んで「あ、これ村内餅店ですよね、大好物です」と嬉しそうに口元を緩めてくれる。
「そう言えば―――仲直り出来ましたか?」
問いかけに見上げると、仁さんが目尻を下げて私の回答を促すように首をかしげている。とてもガッチリしていて背も高い彼だけど、あまり恐怖心みたいなものを抱かせないのは、ひとえにこの表情の柔和さのおかげなのだろう。私は両こぶしを握り締め、シッカリと力強く頷いて見せた。
「はい! お陰様で!」
しかし、答えた途端。これはちょっと能天気過ぎる回答だなぁ、と気が付き声のトーンを下げて、言い訳と共にお礼を重ねた。
「……その、あの時は動揺してしまって、オタオタしてゴメンなさい! あの、仁さんの言う通りでした。やっぱり仕事の関係で。丈さんには事情があって……全然、大丈夫でした。その、上手く言えないんですけれど、誤解も解けて、仲直り出来ました。有難うございました!」
「いえいえ。俺は何もしていませんよ」
なのに仁さんは鷹揚に笑ってくれる。謙虚だなぁ。ホント、見習いたい。
「いえ、本当に助かりました。あ! あと、ご馳走になって、更に送って頂いて……本当に本当に、お世話になりました」
仁さんは苦笑しつつも、譲らない私に頷いてくれた。
「こちらこそ、楽しかったです。まだまだ紹介したいお勧めの食事処があるので、今度はこちらから誘わせていただきます」
と、丁寧に返してくれたので嬉しくなった。
「はい! そしたら今度は丈さんも……あ、そう言えば。丈さん、あの時イメチェンした仁さんのこと、別人だと思っていたらしいです。全然分からなかったって」
「……だろうね」
「え?」
仁さんはニヤリと笑って、おかしそうに言った。
「間男だと勘違いしたんじゃない?」
「まおとこ……」
彼が発した単語の意味がピンとこず、そのまま繰り返してしまう。
「……物凄い目で睨まれたからね……」
「え?」
仁さんが何か呟いたような気がしたけれども、よく聞こえなかった。
彼は笑顔で首を振り、私を促した。
「いえ。伊都は運動場にいますよ。ちょうど時間ですし、せっかくだから俺も休憩にします。あっちでお茶でもどうですか?」
「あ、はい!」
頷くと、扉まで大股で歩み寄った仁さんが、扉を開けてこちらを振り向いた。
「どうぞ」
そう言って、扉の向こう側をノブを握っていない方の掌で指し示すように、私を促してくれる。
おお、レディーファースト! 紳士だぁ!
最初に出会った山男風の外見が、思い出せないくらいスマートな仕草に驚いた。ちょっぴり恥ずかしくなったせいか、私は小さな疑問を頭の隅に追いやってしまった。ホッとした途端、お腹が空いて来たせいかもしれない。
私が通り過ぎるのを待って、扉を閉めた仁さんは、表に掛かっている木製の標識を『OPEN』から『運動場にいます』に変える。
伊都さんはもちろん、私を笑顔で迎えてくれた。
すっかり心配が解消されて、私はスッキリとした気持ちでお茶とお餅を楽しんだのだった。
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