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新妻・卯月の仙台暮らし
風雲急を告げます。 <亀田>
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前々話『話を聞きます。』で、録音していた部分スマホを、アイシーレコーダーに変更しました<(_ _)>
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「だが、俺は総務部の人間じゃない。部の責任者に立ち合いを頼むことになるが……」
「……」
「庄子部長に連絡したいが、良いか」
富樫は暫く無言で考え込んでいたが、やがてコクリと頷く。了承を得て、こっそり胸の内で安堵した。
本来なら下手に出る必要はないのだが、強気に対応して意見を翻されでもしたら、厄介だ。ここは相手の気持ちを逆撫でしないようにしつつ、かつ気が変わらない内に証拠を手に入れなければならない。
「ありがとう。今連絡を入れるから、少し待っていてくれ」
座席に置いておいたスーツのポケットから、スマホを取り出した。実はスマホはずっと通話状態を保っており、その通話相手は総務部長である庄子さんなのだ。富樫と面談するに当たって、篠岡に相談すると共に俺は庄子部長に一報を入れていた。
席を立って、廊下に出る。声を潜めて通話口にいるであろう、庄子部長に声を掛けた。
「庄子部長、今から戻りますので」
『了解。逃げられないように、頼む。気を抜くなよ』
「はい」
庄子部長は、この四月に新しく支店の総務部に配置されたばかりだ。何故かと言うと、前年度の税務調査で水増し請求の疑いあり、との指摘を受けていたからだ。もともと彼を仙台支店に送り込むことは決まっていて、だが慎重に事を進める為に年度替わりの異動を予定していたのだ。
鬼東はそれまでの保険として、俺を仙台支店に送り込んだ。彼の胸の内では、桂沢さんが妊娠していなくとも結婚を機に辞めさせたい、と算段していたようだ。つまり結局、俺の仙台行は決定事項だったらしい。
実は、庄子部長は鬼東の大学の後輩だそうだ。つまり派閥で言うと、東常務派。俺も不本意だが、そのグループに入っているらしい。『入れ』とも言われていないし、『入る』とも言っていないが、いつの間にかそう言う括りになっている。
庄子部長から事の次第を明かされたのは、最近のことだ。彼も大概人が悪い。人当たりは東常務と正反対だが、さすがあの男の後輩だけ、ある。道理で俺が総務部にしつこく出入りしても、お咎めが無かった筈だ。
一支店の総務部長にしては妙に気も付くし、切れる人だと思ったんだよな。だから腹立ちまぎれについ『庄子さんがいれば、俺なんか必要ないでしょう』と、思わず彼に零してしまった。
だが、彼はニコリと柔らかく笑って、こう言ったのだ。富樫の警戒心を解かせるには、裏が無さそうな直球型の仕事人間をあてがった方が良い。そう、とある秘密裡の打合せで、意見が一致したそうだ。
……つまり、俺は便利に使われているんだな。いつも通り。
要するに篠岡が事情を知っていたのも、やけに協力的だったのもそう言う事だ。かなり大がかりな包囲網が、遠藤課長に対して敷かれていたのだ。
しかし遠藤は創業者一族の親族、と言う微妙な位置でもあるし、キックバックの不正に関しては、例えあからさまにおかしいと言われる案件でも、証拠を洗い出すのは困難な場合が多いと一般的に言われている。遠藤課長を何らかの方法で処分するにしても、不正の本質の元を発たなければ、第二第三の遠藤が産まれてしまう。経理の穴を洗いざらい調べて今後の予防策に反映したい、と言う狙いもあったそうだ。だからある程度泳がせてみた。―――と言うのは、これも庄子部長の言だ。
通話による庄子部長と短い遣り取りを経て、半個室に戻る。上着に腕を通し、鞄と注文書を手に取った。
「では、行こうか」
「はい」
ぼんやりとテーブルの一点を見つめていた富樫が、ハッとしたように顔を上げる。そして鞄を手に立ち上がり掛け―――ふらりと、その体が糸が切れたようによろめく。咄嗟に手を出し、富樫を支えた。
「大丈夫か?」
「はい……いえ、その。最近貧血がひどくて……」
寝不足やストレスが重なっていたのだろうか。それとも不正と不倫の告白、と言う緊張を強いられる場面で血圧に変化があったのかもしれない。眩暈を覚え、目の前が真っ暗になったようだ。一旦、座らせるか……と、先ず鞄を座席に戻そうとしたところで、入口の向こうから、聞き覚えのある声がした。
「たっ……たけし、さん」
振り向くと、そこには卯月がいた。
「うづき……」
呟いた所で「卯月さん、行きましょう」と低い声がして、隣に立つ存在に気が付いた。
何だコイツは……?!
卯月の横には、短髪の体格の良い男がいた。全く知らない男だ。
と言うか、何故卯月の横に男がいる?!
しかも、その男は呆けたように固まっていた卯月の肩を親し気に抱き寄せ、不敵に目を細めるとそのまま俺の妻を伴い、連れ去ってしまったのだった……!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この間、亀田の目には伊都さんは全く映っていません。景色でした。
卯月と隣の男(イメチェン済みの仁さん)を食い入るように見入るあまり、小柄な伊都さんは亀田の視界にすら入っていません。
やっと『29.尋ねました。』卯月との遭遇に、追いつきました(;´∀`)
亀田視点のピリオドまでもう少しです。
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俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「だが、俺は総務部の人間じゃない。部の責任者に立ち合いを頼むことになるが……」
「……」
「庄子部長に連絡したいが、良いか」
富樫は暫く無言で考え込んでいたが、やがてコクリと頷く。了承を得て、こっそり胸の内で安堵した。
本来なら下手に出る必要はないのだが、強気に対応して意見を翻されでもしたら、厄介だ。ここは相手の気持ちを逆撫でしないようにしつつ、かつ気が変わらない内に証拠を手に入れなければならない。
「ありがとう。今連絡を入れるから、少し待っていてくれ」
座席に置いておいたスーツのポケットから、スマホを取り出した。実はスマホはずっと通話状態を保っており、その通話相手は総務部長である庄子さんなのだ。富樫と面談するに当たって、篠岡に相談すると共に俺は庄子部長に一報を入れていた。
席を立って、廊下に出る。声を潜めて通話口にいるであろう、庄子部長に声を掛けた。
「庄子部長、今から戻りますので」
『了解。逃げられないように、頼む。気を抜くなよ』
「はい」
庄子部長は、この四月に新しく支店の総務部に配置されたばかりだ。何故かと言うと、前年度の税務調査で水増し請求の疑いあり、との指摘を受けていたからだ。もともと彼を仙台支店に送り込むことは決まっていて、だが慎重に事を進める為に年度替わりの異動を予定していたのだ。
鬼東はそれまでの保険として、俺を仙台支店に送り込んだ。彼の胸の内では、桂沢さんが妊娠していなくとも結婚を機に辞めさせたい、と算段していたようだ。つまり結局、俺の仙台行は決定事項だったらしい。
実は、庄子部長は鬼東の大学の後輩だそうだ。つまり派閥で言うと、東常務派。俺も不本意だが、そのグループに入っているらしい。『入れ』とも言われていないし、『入る』とも言っていないが、いつの間にかそう言う括りになっている。
庄子部長から事の次第を明かされたのは、最近のことだ。彼も大概人が悪い。人当たりは東常務と正反対だが、さすがあの男の後輩だけ、ある。道理で俺が総務部にしつこく出入りしても、お咎めが無かった筈だ。
一支店の総務部長にしては妙に気も付くし、切れる人だと思ったんだよな。だから腹立ちまぎれについ『庄子さんがいれば、俺なんか必要ないでしょう』と、思わず彼に零してしまった。
だが、彼はニコリと柔らかく笑って、こう言ったのだ。富樫の警戒心を解かせるには、裏が無さそうな直球型の仕事人間をあてがった方が良い。そう、とある秘密裡の打合せで、意見が一致したそうだ。
……つまり、俺は便利に使われているんだな。いつも通り。
要するに篠岡が事情を知っていたのも、やけに協力的だったのもそう言う事だ。かなり大がかりな包囲網が、遠藤課長に対して敷かれていたのだ。
しかし遠藤は創業者一族の親族、と言う微妙な位置でもあるし、キックバックの不正に関しては、例えあからさまにおかしいと言われる案件でも、証拠を洗い出すのは困難な場合が多いと一般的に言われている。遠藤課長を何らかの方法で処分するにしても、不正の本質の元を発たなければ、第二第三の遠藤が産まれてしまう。経理の穴を洗いざらい調べて今後の予防策に反映したい、と言う狙いもあったそうだ。だからある程度泳がせてみた。―――と言うのは、これも庄子部長の言だ。
通話による庄子部長と短い遣り取りを経て、半個室に戻る。上着に腕を通し、鞄と注文書を手に取った。
「では、行こうか」
「はい」
ぼんやりとテーブルの一点を見つめていた富樫が、ハッとしたように顔を上げる。そして鞄を手に立ち上がり掛け―――ふらりと、その体が糸が切れたようによろめく。咄嗟に手を出し、富樫を支えた。
「大丈夫か?」
「はい……いえ、その。最近貧血がひどくて……」
寝不足やストレスが重なっていたのだろうか。それとも不正と不倫の告白、と言う緊張を強いられる場面で血圧に変化があったのかもしれない。眩暈を覚え、目の前が真っ暗になったようだ。一旦、座らせるか……と、先ず鞄を座席に戻そうとしたところで、入口の向こうから、聞き覚えのある声がした。
「たっ……たけし、さん」
振り向くと、そこには卯月がいた。
「うづき……」
呟いた所で「卯月さん、行きましょう」と低い声がして、隣に立つ存在に気が付いた。
何だコイツは……?!
卯月の横には、短髪の体格の良い男がいた。全く知らない男だ。
と言うか、何故卯月の横に男がいる?!
しかも、その男は呆けたように固まっていた卯月の肩を親し気に抱き寄せ、不敵に目を細めるとそのまま俺の妻を伴い、連れ去ってしまったのだった……!!
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この間、亀田の目には伊都さんは全く映っていません。景色でした。
卯月と隣の男(イメチェン済みの仁さん)を食い入るように見入るあまり、小柄な伊都さんは亀田の視界にすら入っていません。
やっと『29.尋ねました。』卯月との遭遇に、追いつきました(;´∀`)
亀田視点のピリオドまでもう少しです。
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