捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

活動開始です。 <亀田>

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 重箱の隅をつつくような細かい指摘ばかりする上司だとの評判を逆手に取った。俺は支店の更なる経営効率化を目指す為と銘打って、これまでの収支、事務用品や出張費に掛かる経費にもつぶさに目を通したいと主張した。そしてズカズカと総務課で経理を担当しているという女性社員、富樫の管理する領域に入り込み過去の帳簿にも手を伸ばした。しかし見た処、これと言って帳簿上に不審な点は無いようだ。

 何度も経理に通い詰めたため、それなりに富樫と言う女性社員とも口をきくようになった。庄子しょうじ部長の言う通り、確かに何を聞いても打てば響くように返って来る。真面目で優秀な社員と言う評判は本当らしい。

 俺の見込み違いだろうか?

 鬼東は、支店に妙な動きがある、と言い放った。そこの所はもう少しハッキリ説明して欲しい所なのだが、それ以上を彼は語らなかった。どこか大きな声では言えないルートから、直接彼の耳に情報が入ったのだろうか。それとも、遠藤課長の直属の上司であった桂沢部長がそれを察知して彼に知らせたのだろうか。それはあるだろうな、いや、両方かもしれない。

 遠藤課長の妻が単身赴任中の浮気を疑っている、カネの出所が怪しい……と言うのも、確たる証拠のない話なのだろう。例えば彼が密かに小遣いを元に株をやっていて、利益を出している可能性もある。競馬や競艇に天才的な才能を発揮して、資金を作っているのかもしれない。つまり遠藤課長と支店周辺の怪しい動きは関連がないのかもしれない。

 俺は戸次からその噂話を聞いた時、瞬時に『これだ!』と感じたのだが―――そもそも仕事に真面目だと言う、あの女性社員が横領なんかに加担するだろうか。
 いや『あの真面目そうな人が?』なんて、犯罪の容疑者が捕まった時の常套句だよな。それに同じ人間に長い間権力や金を握らせて置くのは腐敗の原因になる、と言うのもよく知られていることだ。

 そもそも支店の経理をあの女性社員……富樫頼みにしておくのは良くないことだ。富樫が不正に加担していなかったとしても、後進を育成するか、いっそ中途採用者を雇用して仕事を引継がせた方が良い。最初のうちは多少手詰まりや進行の遅れが生じるだろうが、仕方が無い。風通しを良くすることは大事なことだ。庄子さんに早速相談してみるか。総務の担当に口を出すなんて、あの穏やかな人柄の彼でさえ、領域侵犯みたいな真似だと眉をしかめられるかもしれない。が、もう手遅れだ。既に十分失礼な奴だと思われていてもおかしくないからな。

 それとは別に他の支店でも同じような問題がないか調べて、次の本社会議で提起しておくか。第一このままにしておいて、富樫が急に退職したり病気や怪我で休職することになったら業務に滞りが出てしまうだろう。
 やはり支店は本社よりノンビリしているというか……スピード感が違う。総務課長に『富樫ばかりに負担させるのは問題じゃないか』と尋ねたら、頭を掻きながら『そうですよねー、困ってるんですよね』なんてニコニコ笑っていた。危機感が無さすぎると思う。
 しかし遠藤ではなくこの人が不正の当事者だとしたら、かなり図太い性格と言うことになる。そして素でのんびりしているとしたら―――遠藤に付け込まれていても気付かないだろうな。有り得なくはない。庄子部長の問い合わせを富樫に丸投げするくらいだからな。

 現在経理を主に担当しているのは富樫と、入ったばかりの新人だ。その新人はほとんど役に立っておらず、実質富樫一人で仕事をしている状態だそうだ。何故か富樫の下に着いた人間が辞めたり、彼女とそりが合わず異動を希望することが多いらしい。

 そう言えば戸次が酔っぱらって言っていたな。彼女は気が強い所がある。そして几帳面な性格で、業務や規定を細かい所まで把握している所為か他人のミスを指摘する態度が少々辛辣なのだと言う。結果、遠巻きにされることが多いとか。

 それを聞いた時、何処かで聞いた話だと思った。暫くして『ひょっとして俺のことか?』などと疑問が頭を掠めたが、それを追求するとそのまま上司が部下に絡むパワハラ図式になってしまいそうので、グッとそこで言葉を飲み込んだ。






 諜報のような作業は正直俺の苦手分野ではある。が、鬼東の指示もあるし、社全体の為にも何とかしなければならない。しかし―――いまだ全容は把握できていない。

 先ず、俺はターゲットの一人である女性社員、富樫を『取引先の社員』だと自分に言い聞かせた。そう思えば愛想良く接することも違和感なく行える。富樫も真面目なので、部は違えども上役である俺が書類に関して聞きたいことがある、と言うと特に嫌な顔もせず淡々と説明をしてくれた。

 そうして彼女と廊下ですれ違う時は挨拶をするくらいの関係になった。総務課に別の案件で寄る時も、声を掛けた。もちろんその時は油断なく机の書類やメモに目を走らせて、彼女を観察した。

 まず関係ない世間話から入れ、と言うのは同期の篠岡の弁だ。
奴とは仙台に来る前に、膝を交えて一杯交わした。

 篠岡は何故か鬼東の意向を承知していた。何処からそんな情報を手に入れるのか……そんな風に呆れていたら、彼は女性から情報を得る方法を張り切って俺にレクチャーし始めた。人から情報を引き出すにはテクニックがいる。取引相手であればスムーズい出来るそれも、同僚の女性に対しては少し違ったアレンジが必要らしい。

 そしてこう言ったことは加減が必要で、あまりやり過ぎても行けないそうだ。キャラクターから外れるほどの親し気な態度は、逆に相手に警戒心を抱かせるらしい。あくまで俺の無理のない範囲で、とのことだ。
しかし意外と話はスムーズに行く事が多かった。彼女は純粋に経理や仕事に関する話題には淀みなく答えてくれる。仕事に関連するなら、俺はそれほど苦痛もなく話が出来る。結局篠岡のテクニックはあまり必要なかった。最初に天気の話を挟むようにしたくらいが、せいぜい俺の進歩と言えるかもしれない。

 あの不良債権とこの、真面目で有能な女性社員が付き合っているなど……分からないものだ。浮気と言えるまでの関係かどうかは俺には判断できないが、食事は何度もしているのだろう。よくあんな奴と話すことがあるよな。仕事でもなかったら、絶対関わりたくないタイプだぞ。

 戸次から聞かなければ俺など全く気付かないままだっただろうな、と改めて自分の、色恋に対する疎さを思い知った。
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