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新妻・卯月の仙台暮らし
40.電話します。
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本日二話目の投稿となります。
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気持ちがスッキリとしたせいか、その後は少し冷静に物事を捕らえられるようになった。
例えば、居酒屋で起こったあの状況を説明するとしたら―――丈さんの性格を考慮に入れて、改めて考え直してみる。
『1、女性から偶然を装いつつ積極的に迫られているのに、本人が全く気が付いていない。だから言い訳をするなど、考え付かなかった』
―――これはものすごくありそう! かつてすぐ傍にいた本社の部下、三好さんの分かりやすい好意にも気が付かなかったような、女性の気持ちに極めて鈍感な丈さんだもの。
『2、持病の発作で倒れそうになった相手を抱き留めて、救急車を呼ぶところだった。身よりのない彼女の手術に付き添うため、電話どころではなかった』
―――この想定は飛びすぎ? そこで偶然私と出くわすって確率はものすごく低いと思う。けれどもだからこそ、ドラマみたいなあり得ないことだからここまで悶々としちゃったとも言える。あ、でも『仕事』って言ってたから、これは違うか……。
『3、あの後実は女性に告白された。だけど自分は妻帯者だから、と当然のように断る。その後緊急の仕事の電話で呼び出され、朝まで残業。彼女のことは頭にすら残っていなかった』
―――もうこれ正解かも? 告白されて断ったから、終わり。あとは仕事に夢中でって、あの丈さんならそんな流れになってもおかしくない。
でも私が浮気を疑っていたって言うことを、丈さんやけに具体的に弁解していたな。ええとつまりそれは―――もしかして伊都さんが? そうか、それで彼女は丈さんにひたすら謝っていたのだろうか。例えば私が眠ってしまった後。私が悩んでいることを知っている伊都さんが、家に帰って来た丈さんと遭遇した時に問い質したとか? お酒の勢いで強く言ってしまい、丈さんからなんらか説明を受けて誤解が解けたとか。そう言えば伊都さんは帰り際何か言い掛けていた。そう言うことを私に伝えたかったのかもしれない。
お昼時を狙って伊都さんに『いま電話しても良い?』とメッセージを送ると、直ぐにスマホが鳴った。
『卯月さん? 大丈夫ですか?』
心配そうな声に、悩みから解放されたばかりの私は答えた。
「大丈夫です。頭痛も止んだし、体調のほうも、もうかなり戻ったよ」
現金なことに、もうケロリとしている。人間の体って変なものだ。体に与える気持ちの影響って大きいんだな。そう、あらためて実感しているところ。気持ちがスッキリしたら体もみるみる元気になった。
『そうですか……ヨカッタ……』
心から安堵しているような、息を一気に吐き出すような伊都さんの返事に思わず少し笑ってしまう。それから本題に入ることにした。
「ええと伊都さん、もうちょっと話しても良い? 時間大丈夫かな?」
『はい、大丈夫です』
「あの、昨日のことなんだけど。私いつベッドに入ったのかも覚えていないんだよね。伊都さんとご飯を食べたことは覚えているんだけど、ところどころ記憶があいまいで。丈さんが帰ってきているのも気付かなかったくらいで」
『……』
「伊都さん、丈さんに謝っていたよね。ええと、だから何かあったのかなぁって。本当は詳しく聞きたかったんだけど、二人ともお仕事直前だったし朝は聞き辛くて―――あの、夕べ何があったのかな?」
伊都さんが通話口の向こうで息を飲んだような気がした。一拍置いて、彼女が恐る恐る口にしたのは―――呑気に笑っていた私の顔から、徐々に血の気が引いて行った。
伊都さんが、私に気を使いつつ伝えたのは、丈さんが帰って来てから私がベッドに入るまでの経緯だ。まるで記憶にない、その欠けた部分の私の行動、それは―――
疲れた様子で帰って来た丈さんに、ひどく酔っぱらった私は詰め寄ったそうだ。居酒屋で一緒にいた女性のことを。もちろん遠回しではなく、『浮気なんじゃないか』『浮気じゃなくても、抱き着かせるなんてどうなのか』とか『帰って来なかったときは、彼女と一緒だったのか』とかなんとか。
しかも丈さんが弁明しようとするたび『聞きたくなーい!』と耳を塞ぎクルリと彼女のほうを向き『伊都さん、どう思う? 変だよね?!』などと彼を無視したあげく伊都さんに強引に同意を求め。彼女が言いあぐねていると『やっぱりそうなんだ……!』と勝手に納得してさめざめと泣きだしたそうだ。
丈さんと伊都さんは私をどう宥めるか悩みつつ声を掛けていたが、二人の言葉など聞こえないようにブツブツ言いながら泣き続けた私が、突然スクッと真顔で立ち上がった。そして『気持ち悪い……』と言い残し、口を塞いでトイレに駆け込んだそうだ。
その後を追って来た丈さんにそのまま介抱され、私は胃の中のものを全て吐いてしまったらしい。その間伊都さんはオロオロするばかりだったが、丈さんはそう言う対応に慣れているようで落ち着いて私の世話をしていたらしい。―――帰って来たままの仕事着を着替えもせずに。
やっとトイレから出て来た私が虚ろな目で『みず……』と言い、丈さんから受け取った水をゴクゴク二杯ほど飲み干し―――突然バッタリと倒れたそうだ。
伊都さんはパニックになるばかりだったが、丈さんが崩れかけた私を抱き留め声を掛けると『ねむい』と言うのでベッドに運び着替えさせて、布団を掛けた。ペットボトルの水をベッドの脇に置き、伊都さんに自分のベッドを勧めてソファで眠ると言うので、彼女は非常に恐縮した。しかし伊都さんが『私がソファに……』と言い掛けるとものすごい迫力で睨まれたので、彼女は恐ろしさのあまり大人しく寝室へ飛び込んだそうだ。ベッドに入る時に心配になった伊都さんは眠っている私に『大丈夫ですか?』と声を掛けてみた。私がちょっと目を開けて『だいじょうぶ、だいじょうぶ~! おやすみなさぁい』とニンマリ笑い、直ぐにスヤスヤと眠りに着いたので、少し安心して横になったらしい。
そして朝。
私より冷静に見えた伊都さんも、実はかなり酔っぱらっていたらしく、目が覚めてから蒼くなった。久し振りに日本酒を飲んで陽気になった伊都さんはかなり調子に乗っていた、とのことらしい。私に強引にお酒を勧めたこと、そのために『酒が得意ではない』と言っていた私が吐いて昏倒するまで酔っぱらってしまったこと―――しかも明らかに疲れて帰って来たような見た目の丈さんに、私の世話をまるまるさせてしまったことを鮮明に思い出し、改めて激しい後悔に苛まれた。
そして私が今朝、見掛けた光景に繋がったのである。
『本当に申し訳ありません』
「いや、伊都さんのせいじゃないよ。私が飲み過ぎたせいだし、私が……丈さんに酔っぱらって絡んだ……のだし」
と、言いつつショックは消えない。
何やってるんだ。私。
どおりで気持ちがスッキリしているはずだ。
全部吐き出したあとだったんだもの。精神的にも物理的にも……。
丈さんが『浮気じゃない』って念を押すのは当り前だ。丈さんは私の顔色を呼んだんじゃない、直接私が自分勝手に相手の言い訳も聞かずに自分の気持ちや疑いを捲し立てたから―――あらためて自分の潔白を説明しただけなんだ。
おまけに吐いた……お酒飲み過ぎて、吐いたの?! 私が?!
日本酒だけじゃなくて、強いお酒が苦手だった。だから今までは付き合い程度にしか飲んだことが無くて……記憶が無くなるどころか、次の日具合が悪くなるまで飲んだことなんてない。二日酔いなんてこれまで何処か遠い、他人の話か小説の中の話でしかなかった。
なのに仕事で疲れて帰って来た丈さんに、絡みに絡んだ末、介抱までさせていたなんて……それで丈さんは狭いソファで眠っていたの……?! しかも全然、まったく記憶にない……!!
ショックが強すぎて思わず言葉が途切れてしまう私を訝しみ、伊都さんが恐る恐る声を掛けた。
『あの、うづき……さん?』
ハッと我に返る。
『本当に申し訳……』
「だ、大丈夫……だよ」
『亀田さん、怒ってます……よね?』
怒ってない。何故か全く怒ってないように―――みえた。うん。
でもこれ、怒ってくれた方が……いいかもしれない。
『う、うづき……さん?』
ひどく怯えたような伊都さんの声に、再びハッとする。私だって最初、仕事場の丈さんが怖くて怖くて仕方が無かった。小動物並みに人見知りな伊都さんにしたら、あの朝の凶悪な雰囲気を纏った丈さんと対面しただけで縮み上がったことだろう。
「ええと、大丈夫……! ぜんぜん、怒ってなかったよ!」
『ほ、本当ですか?!』
「あの、今朝はたぶん……寝不足とか疲れであんな怖い顔になっちゃっただけだと、思う」
『そう、なんですか……』
「うん、あのね。今朝言ってくれたの。『浮気してない』ってちゃんと言ってくれた。細かいことはまだ聞いていないけれど、本人の口から聞いてスッキリして私も気がすんじゃった」
そう努めて明るく伝えると、伊都さんの声から漸く緊張が抜けた。
『……良かったですね』
その声からは、本当に私のことを思い遣ってくれる気持ちが伝わって来る。思えば昨日はずっと、伊都さんは落ちこみ悶々とする私に付き合ってくれて、伊都さんなりに色々考えて私の気持ちを明るくしようと力を尽くしてくれたんだ。結局それは多分、私の考え過ぎが主な要因だったのだし、丈さん本人はきっと潔白なんだと思う。だから振り回すだけ振り回しちゃったんだよね、なのに伊都さんを怖い目に合わせるは心配させるは、おまけに土下座までさせる羽目になってしまって―――本当に申し訳ないことをした。
「伊都さん、有難うございます。そして、ゴメンなさい。振り回しちゃって……」
思わずスマホ越しなのに、頭が下がってしまう。
『……私のことは気にしないで下さい。とにかく卯月さんが元気になって良かったです』
私達はクスッと笑い合った。
ふと時計を見ると、かなり時間が経過していることに気が付いた。
「昼休み、終わっちゃいますね。じゃあ、これで」
『はい』
「あの……こんなに迷惑かけちゃいましたけど……」
私は少し言い淀んで。それからエイッままよ! と言葉を続けた。
「また、一緒にご飯食べてくれますか?」
『……!……』
伊都さんはスマホの向こうでちょっと息を飲んで。それから柔らかい声で答えた。
『はい、もちろん』
そして慌てて付け足した。
『でも、お酒は……ほどほどにしましょう』
もちろん、私もその意見には激しく同意した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こちらで一旦卯月視点は終了です。
思った以上に長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただ方、誠に有難うございました<(_ _)>
この後はちょっと間を置いて、亀田視点の裏話に取り掛かります。
仕事で大変なことがあって寝る暇もないほど振り回されているのに、若い新妻にも振り回されボロボロになる亀田部長の可哀想なお話…になる予定です(^^;)
新婚編のこのエピソードはもうちょっと軽く書くつもりだったのですが、なぜかここまで伸びてしまいました!(←いつも通りの流れ…?)
新婚の甘いムード皆無の裏話ですが、お暇があったら立ち寄っていただけると嬉しいです(^^ゞ
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気持ちがスッキリとしたせいか、その後は少し冷静に物事を捕らえられるようになった。
例えば、居酒屋で起こったあの状況を説明するとしたら―――丈さんの性格を考慮に入れて、改めて考え直してみる。
『1、女性から偶然を装いつつ積極的に迫られているのに、本人が全く気が付いていない。だから言い訳をするなど、考え付かなかった』
―――これはものすごくありそう! かつてすぐ傍にいた本社の部下、三好さんの分かりやすい好意にも気が付かなかったような、女性の気持ちに極めて鈍感な丈さんだもの。
『2、持病の発作で倒れそうになった相手を抱き留めて、救急車を呼ぶところだった。身よりのない彼女の手術に付き添うため、電話どころではなかった』
―――この想定は飛びすぎ? そこで偶然私と出くわすって確率はものすごく低いと思う。けれどもだからこそ、ドラマみたいなあり得ないことだからここまで悶々としちゃったとも言える。あ、でも『仕事』って言ってたから、これは違うか……。
『3、あの後実は女性に告白された。だけど自分は妻帯者だから、と当然のように断る。その後緊急の仕事の電話で呼び出され、朝まで残業。彼女のことは頭にすら残っていなかった』
―――もうこれ正解かも? 告白されて断ったから、終わり。あとは仕事に夢中でって、あの丈さんならそんな流れになってもおかしくない。
でも私が浮気を疑っていたって言うことを、丈さんやけに具体的に弁解していたな。ええとつまりそれは―――もしかして伊都さんが? そうか、それで彼女は丈さんにひたすら謝っていたのだろうか。例えば私が眠ってしまった後。私が悩んでいることを知っている伊都さんが、家に帰って来た丈さんと遭遇した時に問い質したとか? お酒の勢いで強く言ってしまい、丈さんからなんらか説明を受けて誤解が解けたとか。そう言えば伊都さんは帰り際何か言い掛けていた。そう言うことを私に伝えたかったのかもしれない。
お昼時を狙って伊都さんに『いま電話しても良い?』とメッセージを送ると、直ぐにスマホが鳴った。
『卯月さん? 大丈夫ですか?』
心配そうな声に、悩みから解放されたばかりの私は答えた。
「大丈夫です。頭痛も止んだし、体調のほうも、もうかなり戻ったよ」
現金なことに、もうケロリとしている。人間の体って変なものだ。体に与える気持ちの影響って大きいんだな。そう、あらためて実感しているところ。気持ちがスッキリしたら体もみるみる元気になった。
『そうですか……ヨカッタ……』
心から安堵しているような、息を一気に吐き出すような伊都さんの返事に思わず少し笑ってしまう。それから本題に入ることにした。
「ええと伊都さん、もうちょっと話しても良い? 時間大丈夫かな?」
『はい、大丈夫です』
「あの、昨日のことなんだけど。私いつベッドに入ったのかも覚えていないんだよね。伊都さんとご飯を食べたことは覚えているんだけど、ところどころ記憶があいまいで。丈さんが帰ってきているのも気付かなかったくらいで」
『……』
「伊都さん、丈さんに謝っていたよね。ええと、だから何かあったのかなぁって。本当は詳しく聞きたかったんだけど、二人ともお仕事直前だったし朝は聞き辛くて―――あの、夕べ何があったのかな?」
伊都さんが通話口の向こうで息を飲んだような気がした。一拍置いて、彼女が恐る恐る口にしたのは―――呑気に笑っていた私の顔から、徐々に血の気が引いて行った。
伊都さんが、私に気を使いつつ伝えたのは、丈さんが帰って来てから私がベッドに入るまでの経緯だ。まるで記憶にない、その欠けた部分の私の行動、それは―――
疲れた様子で帰って来た丈さんに、ひどく酔っぱらった私は詰め寄ったそうだ。居酒屋で一緒にいた女性のことを。もちろん遠回しではなく、『浮気なんじゃないか』『浮気じゃなくても、抱き着かせるなんてどうなのか』とか『帰って来なかったときは、彼女と一緒だったのか』とかなんとか。
しかも丈さんが弁明しようとするたび『聞きたくなーい!』と耳を塞ぎクルリと彼女のほうを向き『伊都さん、どう思う? 変だよね?!』などと彼を無視したあげく伊都さんに強引に同意を求め。彼女が言いあぐねていると『やっぱりそうなんだ……!』と勝手に納得してさめざめと泣きだしたそうだ。
丈さんと伊都さんは私をどう宥めるか悩みつつ声を掛けていたが、二人の言葉など聞こえないようにブツブツ言いながら泣き続けた私が、突然スクッと真顔で立ち上がった。そして『気持ち悪い……』と言い残し、口を塞いでトイレに駆け込んだそうだ。
その後を追って来た丈さんにそのまま介抱され、私は胃の中のものを全て吐いてしまったらしい。その間伊都さんはオロオロするばかりだったが、丈さんはそう言う対応に慣れているようで落ち着いて私の世話をしていたらしい。―――帰って来たままの仕事着を着替えもせずに。
やっとトイレから出て来た私が虚ろな目で『みず……』と言い、丈さんから受け取った水をゴクゴク二杯ほど飲み干し―――突然バッタリと倒れたそうだ。
伊都さんはパニックになるばかりだったが、丈さんが崩れかけた私を抱き留め声を掛けると『ねむい』と言うのでベッドに運び着替えさせて、布団を掛けた。ペットボトルの水をベッドの脇に置き、伊都さんに自分のベッドを勧めてソファで眠ると言うので、彼女は非常に恐縮した。しかし伊都さんが『私がソファに……』と言い掛けるとものすごい迫力で睨まれたので、彼女は恐ろしさのあまり大人しく寝室へ飛び込んだそうだ。ベッドに入る時に心配になった伊都さんは眠っている私に『大丈夫ですか?』と声を掛けてみた。私がちょっと目を開けて『だいじょうぶ、だいじょうぶ~! おやすみなさぁい』とニンマリ笑い、直ぐにスヤスヤと眠りに着いたので、少し安心して横になったらしい。
そして朝。
私より冷静に見えた伊都さんも、実はかなり酔っぱらっていたらしく、目が覚めてから蒼くなった。久し振りに日本酒を飲んで陽気になった伊都さんはかなり調子に乗っていた、とのことらしい。私に強引にお酒を勧めたこと、そのために『酒が得意ではない』と言っていた私が吐いて昏倒するまで酔っぱらってしまったこと―――しかも明らかに疲れて帰って来たような見た目の丈さんに、私の世話をまるまるさせてしまったことを鮮明に思い出し、改めて激しい後悔に苛まれた。
そして私が今朝、見掛けた光景に繋がったのである。
『本当に申し訳ありません』
「いや、伊都さんのせいじゃないよ。私が飲み過ぎたせいだし、私が……丈さんに酔っぱらって絡んだ……のだし」
と、言いつつショックは消えない。
何やってるんだ。私。
どおりで気持ちがスッキリしているはずだ。
全部吐き出したあとだったんだもの。精神的にも物理的にも……。
丈さんが『浮気じゃない』って念を押すのは当り前だ。丈さんは私の顔色を呼んだんじゃない、直接私が自分勝手に相手の言い訳も聞かずに自分の気持ちや疑いを捲し立てたから―――あらためて自分の潔白を説明しただけなんだ。
おまけに吐いた……お酒飲み過ぎて、吐いたの?! 私が?!
日本酒だけじゃなくて、強いお酒が苦手だった。だから今までは付き合い程度にしか飲んだことが無くて……記憶が無くなるどころか、次の日具合が悪くなるまで飲んだことなんてない。二日酔いなんてこれまで何処か遠い、他人の話か小説の中の話でしかなかった。
なのに仕事で疲れて帰って来た丈さんに、絡みに絡んだ末、介抱までさせていたなんて……それで丈さんは狭いソファで眠っていたの……?! しかも全然、まったく記憶にない……!!
ショックが強すぎて思わず言葉が途切れてしまう私を訝しみ、伊都さんが恐る恐る声を掛けた。
『あの、うづき……さん?』
ハッと我に返る。
『本当に申し訳……』
「だ、大丈夫……だよ」
『亀田さん、怒ってます……よね?』
怒ってない。何故か全く怒ってないように―――みえた。うん。
でもこれ、怒ってくれた方が……いいかもしれない。
『う、うづき……さん?』
ひどく怯えたような伊都さんの声に、再びハッとする。私だって最初、仕事場の丈さんが怖くて怖くて仕方が無かった。小動物並みに人見知りな伊都さんにしたら、あの朝の凶悪な雰囲気を纏った丈さんと対面しただけで縮み上がったことだろう。
「ええと、大丈夫……! ぜんぜん、怒ってなかったよ!」
『ほ、本当ですか?!』
「あの、今朝はたぶん……寝不足とか疲れであんな怖い顔になっちゃっただけだと、思う」
『そう、なんですか……』
「うん、あのね。今朝言ってくれたの。『浮気してない』ってちゃんと言ってくれた。細かいことはまだ聞いていないけれど、本人の口から聞いてスッキリして私も気がすんじゃった」
そう努めて明るく伝えると、伊都さんの声から漸く緊張が抜けた。
『……良かったですね』
その声からは、本当に私のことを思い遣ってくれる気持ちが伝わって来る。思えば昨日はずっと、伊都さんは落ちこみ悶々とする私に付き合ってくれて、伊都さんなりに色々考えて私の気持ちを明るくしようと力を尽くしてくれたんだ。結局それは多分、私の考え過ぎが主な要因だったのだし、丈さん本人はきっと潔白なんだと思う。だから振り回すだけ振り回しちゃったんだよね、なのに伊都さんを怖い目に合わせるは心配させるは、おまけに土下座までさせる羽目になってしまって―――本当に申し訳ないことをした。
「伊都さん、有難うございます。そして、ゴメンなさい。振り回しちゃって……」
思わずスマホ越しなのに、頭が下がってしまう。
『……私のことは気にしないで下さい。とにかく卯月さんが元気になって良かったです』
私達はクスッと笑い合った。
ふと時計を見ると、かなり時間が経過していることに気が付いた。
「昼休み、終わっちゃいますね。じゃあ、これで」
『はい』
「あの……こんなに迷惑かけちゃいましたけど……」
私は少し言い淀んで。それからエイッままよ! と言葉を続けた。
「また、一緒にご飯食べてくれますか?」
『……!……』
伊都さんはスマホの向こうでちょっと息を飲んで。それから柔らかい声で答えた。
『はい、もちろん』
そして慌てて付け足した。
『でも、お酒は……ほどほどにしましょう』
もちろん、私もその意見には激しく同意した。
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こちらで一旦卯月視点は終了です。
思った以上に長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただ方、誠に有難うございました<(_ _)>
この後はちょっと間を置いて、亀田視点の裏話に取り掛かります。
仕事で大変なことがあって寝る暇もないほど振り回されているのに、若い新妻にも振り回されボロボロになる亀田部長の可哀想なお話…になる予定です(^^;)
新婚編のこのエピソードはもうちょっと軽く書くつもりだったのですが、なぜかここまで伸びてしまいました!(←いつも通りの流れ…?)
新婚の甘いムード皆無の裏話ですが、お暇があったら立ち寄っていただけると嬉しいです(^^ゞ
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