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新妻・卯月の仙台暮らし
35.女子会です。
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「とにかく誤解しないでくださいよ」
戸次さんとの面会は、外堀を埋めるどころか、かえって丈さんの職場環境に関する不信感を募らせる結果で終わってしまった。何故か口酸っぱく自らの潔白を繰り返す戸次さんを見送った後、私達はうータンの待つマンションへと移動することになった。
そして現在―――私達は酔っぱらってしまっている。
「うづきさ~ん! カンパイ! カンパイしましょおっ!!」
「えぇえ、またれすかぁ? もう、もう飲めませぇんよぉ」
「そんなこと言わずに! ささっ、はい! かんぱぁあーい」
何だか周りの景色が遠く感じる。ぼんやりとした頭のまま、カツンとお猪口代わりの小さな湯飲みを当てられるとノリでつい応えてしまう。もうすっかり、伊都さんのペースだ。
「かんぱぁい」
私が湯呑みを上げると、ニッと笑った伊都さんはキュッと一気に自分の湯飲みを空にしてしまう。
「っぷは~! きく! っまい!」
「……」
伊都さんの飲みっぷりに目を丸くしていると、私の両肩に手を伸ばし、彼女はグイッと顔を近づけてきた。
「なぁんですか! わたしの酒が飲めないって言うんですかぁっ」
「いえ! のみますっ、のめます!」
いつにない迫力に押され、フラフラしながら私も手元の酒を飲み干した。
シュワシュワと炭酸が弾けるスッキリとした飲み心地。これが日本酒だなんて不思議な気がした。日本酒が苦手だと言った私に伊都さんが選んでくれたのだ。シャンパンと同じように瓶内発酵しているんだって。アルコールも五パーセント程度、と言うからビールよりもずっと低い。発泡酒くらい? 一方伊都さんの飲んでいるのは、こちらも地酒の日本酒。純米? 吟醸だっけ?……いまいち詳しくないので、そこの所はよく分からないのだけれど。
「あ! 眼鏡ふきがあったんだ! せっかくだから、眼鏡をふきましょ~」
ケラケラ笑いながら伊都さんは眼鏡を拭きだした。人気のある地酒らしいんだけど、なぜか『メガネ専用』っていうラベルが貼ってあって、メガネ拭きがおまけに付いている。
何を飲もうか思案している私達に、お店の人が勧めてくれたのだ。お店の人によると本当は売り出したらすぐに売り切れちゃうんだって。東京から来た私に何を飲ませようか、と真剣に悩んでいる伊都さんを見ていて、気にかけてくれたようだ。伊都さんが恐縮すると「若い人にもっと日本酒を楽しんでもらいたいからね」と笑ってくれた。
と言ってもこちらはアルコール度数が高いので、私は一杯だけいただいた。結局ほとんど伊都さんが飲み干しそうな勢いだ。でも『メガネ専用』だし、伊都さん専用でも良いよねー! なんて私もケラケラ笑ってしまう。もう頭の中に綿がつまっているみたいにボワボワしていて、まともな思考が出来ない状態だ。
何故このような状態になっているかと言うと。
お昼ご飯を食べ終えた戸次さんが仕事に戻る、となった時なんとなく私達二人、離れがたくなってしまったのだ。私は事態がますますややこしくなってきたことに不安を覚え、伊都さんは私の心配をあまり軽く出来なかったことに申し訳なさを覚え―――というワケで、うータンを撫でて心を落ち着かせ、ゆっくり話を整理しようと言うことになったのだ。
確かに最初のうちは。二人でうータンを構いつつ戸次さんに貰った情報を整理していたハズだ。だけどそのうちうータンを構いながら……うさぎ話あるあるに話がドンドン流れ。時計を確認した時にはもう、夕方だった。そんなタイミングで丈さんからまたもや『今日も遅くなるから先に寝ていて欲しい』と言う簡潔なメッセージが届き、私たちは顔を見合わせる。
「あの、伊都さん。もし良かったら……ウチでご飯食べて行きませんか?」
もう一日一人で(いや、一人と一匹で?)悶々と夕飯時を過ごすのは辛すぎる。私の提案を受けて伊都さんは直ぐに仁さんに連絡を取り、了承を得てくれた。今度は彼女も私の意図を理解してくれて、ようやく二人切りの夕飯だ。つまりは女子会。いや、二人と一匹、か。でも女子会には変わりないよね。うータンも女子だし。
しかし心配は募る。今晩も丈さん会えないまま、事情も確認できないままになるのか―――と、夕飯の食材を手に入れるためショッピングセンターを回っている時どことなくションボリしていた私を見かねて、伊都さんがこう提案したのだ。
「せっかくだから、夕飯の時この辺りの地酒でも味見しませんか? 米どころだから美味しいお酒がいっぱいあるんですよ……!日本酒が苦手、とおっしゃっていましたが、いろんな味があるので卯月さんが気に入るお酒もあると思うんです。なにより、せっかく暮らしているのに味見しないなんてもったいないですよ!」
と、目をキラキラさせて誘ってくれたので「うーん……分かりました! よし、飲みますか!チャレンジします!」と受けて立つことに。伊都さんは私の決意をパチパチパチ、と熱狂的な拍手で迎えてくれた。伊都さん、よほど日本酒が好きなんだね。見た目の可愛らしさとギャップ、ありまくりだけれど。
そうだよね、丈さんが帰って来るまでお通夜みたいに落ち込んでいるわけにもいかない。伊都さんの言う通りだ。ここはパーッと飲んで、美味しい物を食べて気晴らししよう!……ってそればっかりだなぁ。丈さんはお仕事で忙しいのにね……って、実はスーツの女性とイチャイチャしながらお仕事かもしれないけど……なんてね! 違う違う! これは今考えてはいけないこと。戸次さんも一応(……)否定してくれたし、直接話してみないと分からないことなんだから! なんて、余計な嫉妬心は頭から追い出した。
伊都さんが車だったからお酒って良いのかな、と思ったけれど。帰りは代行を使うので大丈夫だとのこと。なんと車で出掛けた人が飲んでも帰れるように、代わりに運転してくれるサービスがあるんだって。運転どころか免許も無い私は、そんな便利なサービスがあるなんて初めて知ったのだ。
―――というわけで私達、いまイイ感じで酔っぱらっています。
伊都さんはひたすら陽気だった。
お酒を飲むと、普段の人見知りが無かったかのようにフレンドリーに明るくなる性質みたい。そんな伊都さんの変わりように最初は少し驚いていた私も、勧められるまま杯を重ねるうちに楽しくなって来てしまって、いろんなことがどうでもよくなってしまった。
「イトさぁん!」
「はいはーい」
「たのしいれす、ねぇ」
「はい! たのしいですねぇ!」
「イトさぁん!」
「はいはーい!」
「イトさんってぇ、トツギさんのこと、どう思っているんですかぁ?」
「えっ……!」
ニヤニヤと伊都さんの反応を観察する私。酔った勢いでずっと気になっていたことを聞いてしまった。そうとう酔っているなぁって自分でも思う。対する伊都さんは目を丸くして頬を染めている。いや、お酒を飲んでいるからさっきから顔が赤いままなのかな? しかしとにかく私のツッコミに動揺しているのは確実だ。酔っぱらった勢いで白状してくれると思ったのだけれど。だって今日は内心、とても驚いていたのだ。人見知りの伊都さんが、戸次さんにすぐ連絡していることに。
「きょう思ったんれすよ。イトさん、トツギさんのことずいぶんシンライしているんだなぁって」
「ええと……そう、デスかね?……」
伊都さんは再び『挙動不審』を取り戻した。キョロキョロと視線を彷徨わせる。今度は私が、グイッと伊都さんの両肩を掴み、顔を近づけた。
「イぃトさぁん!」
「は、はいっ……」
「しょうじきに……しょおっじきに、おっしゃい!」
そうして小柄な伊都さんの体を、勢いをつけてラグの上に押し倒してしまった。馬乗りになった私に圧し掛かられ、伊都さんは目いっぱい大きな瞳を見開いている。
ああ、なんか楽しくなって来たっ……!
私はニヤリと口を歪め、両手をワキワキと動かした。
「言・わ・な・い・と~……」
「『言わない』……と?」
「こうだ!」
「……っ!……」
私は伊都さんの脇腹を、ガっと掴んだ。
「ぎゃはっ! や、やめっ……!」
よほどくすぐったいのが苦しいのか、身を捩って逃げ出そうとする伊都さん。私はスッと息を吸い込むとピタっと手を離した。それからその涙目になった、真っ赤な顔を上から覗き込む。
うっ……これは……なんか、ものすごく嗜虐芯をそそると言うか……無性にいじりたくなる光景だっ……!しかしその衝動を堪えて、伊都さんに敢えて優しく問いかけた。
「……『言う』?」
「えっと……」
躊躇した瞬間の彼女を、私は非情にも再び激しく責め立てた。
「わぅ! っ! ぎゃああ! あっハハハ! ひぃ……」
「はやく言わないと―――こうですよ!」
「アハハハ! あはっ! く、くすぐったっ」
こうして女子会、ならぬ夕飯と称した飲み会は更けて行ったのだ。
何をやっているのか、とその場を見ている人がいたら怒られるであろうことは必至だ。いや、うータンもケージの中で黒いつぶらな目を白くして、私達の行いを見ていたに違いない。と言うか騒いでいる人間達を余所にポシポシ牧草を食んだり、水入れからカシカシ水を飲んでいたように思う。きっと構っちゃいられない、とでも思っていたんだろうな。
正直言ってその後の記憶は曖昧だ。そしていつの間にか私達は眠ってしまったらしい。最初のうちは割と理性的で、酔っぱらって『泊っていけば~?』と提案する私に『いえ、代行で帰りますから!』と、ビシッと言い張っていた伊都さん。
だが、とっぷりと夜が更けてから掛かって来た仁さんの電話に、結局「大丈夫でっす! まだまだ帰りませ~ん!」なんてフザケた返事を返していたのを覚えている。何となくボンヤリだが、私も「ノープロブレム! 大丈夫でぇっす! イトさんはまだまだ返しませんよぉ!」なんてスマホを受け取って仁さんに言い放ったような気がしないでもない。―――夢だと思いたいが。
気付いたら、朝だった。
そして伊都さんが土下座していた。
亀田家の居間で。ラグの上でぺったりと。
その土下座の相手は丈さんだ。
窮屈なソファで眠っていた……と思われる丈さんは、僅かな寝癖を付けたまま、眉間に皺をよせ凶悪な顔で……腕組みをして伊都さんを見下ろしている。伊都さんはひょっとして昨日のことをちゃんと覚えているのあろうか。丈さんに土下座するくらい、何か大変なことをしでかしたの……だろうか?。
私には帰って来た丈さんと話した記憶すら全くなくて―――でも伊都さんがこうしているってことは……私も、全く覚えてはいないけれど、たぶん何か丈さんにしてしまったって可能性が大きい。
だから伊都さんの隣で、なんとなく一緒に頭を下げたのだった。
戸次さんとの面会は、外堀を埋めるどころか、かえって丈さんの職場環境に関する不信感を募らせる結果で終わってしまった。何故か口酸っぱく自らの潔白を繰り返す戸次さんを見送った後、私達はうータンの待つマンションへと移動することになった。
そして現在―――私達は酔っぱらってしまっている。
「うづきさ~ん! カンパイ! カンパイしましょおっ!!」
「えぇえ、またれすかぁ? もう、もう飲めませぇんよぉ」
「そんなこと言わずに! ささっ、はい! かんぱぁあーい」
何だか周りの景色が遠く感じる。ぼんやりとした頭のまま、カツンとお猪口代わりの小さな湯飲みを当てられるとノリでつい応えてしまう。もうすっかり、伊都さんのペースだ。
「かんぱぁい」
私が湯呑みを上げると、ニッと笑った伊都さんはキュッと一気に自分の湯飲みを空にしてしまう。
「っぷは~! きく! っまい!」
「……」
伊都さんの飲みっぷりに目を丸くしていると、私の両肩に手を伸ばし、彼女はグイッと顔を近づけてきた。
「なぁんですか! わたしの酒が飲めないって言うんですかぁっ」
「いえ! のみますっ、のめます!」
いつにない迫力に押され、フラフラしながら私も手元の酒を飲み干した。
シュワシュワと炭酸が弾けるスッキリとした飲み心地。これが日本酒だなんて不思議な気がした。日本酒が苦手だと言った私に伊都さんが選んでくれたのだ。シャンパンと同じように瓶内発酵しているんだって。アルコールも五パーセント程度、と言うからビールよりもずっと低い。発泡酒くらい? 一方伊都さんの飲んでいるのは、こちらも地酒の日本酒。純米? 吟醸だっけ?……いまいち詳しくないので、そこの所はよく分からないのだけれど。
「あ! 眼鏡ふきがあったんだ! せっかくだから、眼鏡をふきましょ~」
ケラケラ笑いながら伊都さんは眼鏡を拭きだした。人気のある地酒らしいんだけど、なぜか『メガネ専用』っていうラベルが貼ってあって、メガネ拭きがおまけに付いている。
何を飲もうか思案している私達に、お店の人が勧めてくれたのだ。お店の人によると本当は売り出したらすぐに売り切れちゃうんだって。東京から来た私に何を飲ませようか、と真剣に悩んでいる伊都さんを見ていて、気にかけてくれたようだ。伊都さんが恐縮すると「若い人にもっと日本酒を楽しんでもらいたいからね」と笑ってくれた。
と言ってもこちらはアルコール度数が高いので、私は一杯だけいただいた。結局ほとんど伊都さんが飲み干しそうな勢いだ。でも『メガネ専用』だし、伊都さん専用でも良いよねー! なんて私もケラケラ笑ってしまう。もう頭の中に綿がつまっているみたいにボワボワしていて、まともな思考が出来ない状態だ。
何故このような状態になっているかと言うと。
お昼ご飯を食べ終えた戸次さんが仕事に戻る、となった時なんとなく私達二人、離れがたくなってしまったのだ。私は事態がますますややこしくなってきたことに不安を覚え、伊都さんは私の心配をあまり軽く出来なかったことに申し訳なさを覚え―――というワケで、うータンを撫でて心を落ち着かせ、ゆっくり話を整理しようと言うことになったのだ。
確かに最初のうちは。二人でうータンを構いつつ戸次さんに貰った情報を整理していたハズだ。だけどそのうちうータンを構いながら……うさぎ話あるあるに話がドンドン流れ。時計を確認した時にはもう、夕方だった。そんなタイミングで丈さんからまたもや『今日も遅くなるから先に寝ていて欲しい』と言う簡潔なメッセージが届き、私たちは顔を見合わせる。
「あの、伊都さん。もし良かったら……ウチでご飯食べて行きませんか?」
もう一日一人で(いや、一人と一匹で?)悶々と夕飯時を過ごすのは辛すぎる。私の提案を受けて伊都さんは直ぐに仁さんに連絡を取り、了承を得てくれた。今度は彼女も私の意図を理解してくれて、ようやく二人切りの夕飯だ。つまりは女子会。いや、二人と一匹、か。でも女子会には変わりないよね。うータンも女子だし。
しかし心配は募る。今晩も丈さん会えないまま、事情も確認できないままになるのか―――と、夕飯の食材を手に入れるためショッピングセンターを回っている時どことなくションボリしていた私を見かねて、伊都さんがこう提案したのだ。
「せっかくだから、夕飯の時この辺りの地酒でも味見しませんか? 米どころだから美味しいお酒がいっぱいあるんですよ……!日本酒が苦手、とおっしゃっていましたが、いろんな味があるので卯月さんが気に入るお酒もあると思うんです。なにより、せっかく暮らしているのに味見しないなんてもったいないですよ!」
と、目をキラキラさせて誘ってくれたので「うーん……分かりました! よし、飲みますか!チャレンジします!」と受けて立つことに。伊都さんは私の決意をパチパチパチ、と熱狂的な拍手で迎えてくれた。伊都さん、よほど日本酒が好きなんだね。見た目の可愛らしさとギャップ、ありまくりだけれど。
そうだよね、丈さんが帰って来るまでお通夜みたいに落ち込んでいるわけにもいかない。伊都さんの言う通りだ。ここはパーッと飲んで、美味しい物を食べて気晴らししよう!……ってそればっかりだなぁ。丈さんはお仕事で忙しいのにね……って、実はスーツの女性とイチャイチャしながらお仕事かもしれないけど……なんてね! 違う違う! これは今考えてはいけないこと。戸次さんも一応(……)否定してくれたし、直接話してみないと分からないことなんだから! なんて、余計な嫉妬心は頭から追い出した。
伊都さんが車だったからお酒って良いのかな、と思ったけれど。帰りは代行を使うので大丈夫だとのこと。なんと車で出掛けた人が飲んでも帰れるように、代わりに運転してくれるサービスがあるんだって。運転どころか免許も無い私は、そんな便利なサービスがあるなんて初めて知ったのだ。
―――というわけで私達、いまイイ感じで酔っぱらっています。
伊都さんはひたすら陽気だった。
お酒を飲むと、普段の人見知りが無かったかのようにフレンドリーに明るくなる性質みたい。そんな伊都さんの変わりように最初は少し驚いていた私も、勧められるまま杯を重ねるうちに楽しくなって来てしまって、いろんなことがどうでもよくなってしまった。
「イトさぁん!」
「はいはーい」
「たのしいれす、ねぇ」
「はい! たのしいですねぇ!」
「イトさぁん!」
「はいはーい!」
「イトさんってぇ、トツギさんのこと、どう思っているんですかぁ?」
「えっ……!」
ニヤニヤと伊都さんの反応を観察する私。酔った勢いでずっと気になっていたことを聞いてしまった。そうとう酔っているなぁって自分でも思う。対する伊都さんは目を丸くして頬を染めている。いや、お酒を飲んでいるからさっきから顔が赤いままなのかな? しかしとにかく私のツッコミに動揺しているのは確実だ。酔っぱらった勢いで白状してくれると思ったのだけれど。だって今日は内心、とても驚いていたのだ。人見知りの伊都さんが、戸次さんにすぐ連絡していることに。
「きょう思ったんれすよ。イトさん、トツギさんのことずいぶんシンライしているんだなぁって」
「ええと……そう、デスかね?……」
伊都さんは再び『挙動不審』を取り戻した。キョロキョロと視線を彷徨わせる。今度は私が、グイッと伊都さんの両肩を掴み、顔を近づけた。
「イぃトさぁん!」
「は、はいっ……」
「しょうじきに……しょおっじきに、おっしゃい!」
そうして小柄な伊都さんの体を、勢いをつけてラグの上に押し倒してしまった。馬乗りになった私に圧し掛かられ、伊都さんは目いっぱい大きな瞳を見開いている。
ああ、なんか楽しくなって来たっ……!
私はニヤリと口を歪め、両手をワキワキと動かした。
「言・わ・な・い・と~……」
「『言わない』……と?」
「こうだ!」
「……っ!……」
私は伊都さんの脇腹を、ガっと掴んだ。
「ぎゃはっ! や、やめっ……!」
よほどくすぐったいのが苦しいのか、身を捩って逃げ出そうとする伊都さん。私はスッと息を吸い込むとピタっと手を離した。それからその涙目になった、真っ赤な顔を上から覗き込む。
うっ……これは……なんか、ものすごく嗜虐芯をそそると言うか……無性にいじりたくなる光景だっ……!しかしその衝動を堪えて、伊都さんに敢えて優しく問いかけた。
「……『言う』?」
「えっと……」
躊躇した瞬間の彼女を、私は非情にも再び激しく責め立てた。
「わぅ! っ! ぎゃああ! あっハハハ! ひぃ……」
「はやく言わないと―――こうですよ!」
「アハハハ! あはっ! く、くすぐったっ」
こうして女子会、ならぬ夕飯と称した飲み会は更けて行ったのだ。
何をやっているのか、とその場を見ている人がいたら怒られるであろうことは必至だ。いや、うータンもケージの中で黒いつぶらな目を白くして、私達の行いを見ていたに違いない。と言うか騒いでいる人間達を余所にポシポシ牧草を食んだり、水入れからカシカシ水を飲んでいたように思う。きっと構っちゃいられない、とでも思っていたんだろうな。
正直言ってその後の記憶は曖昧だ。そしていつの間にか私達は眠ってしまったらしい。最初のうちは割と理性的で、酔っぱらって『泊っていけば~?』と提案する私に『いえ、代行で帰りますから!』と、ビシッと言い張っていた伊都さん。
だが、とっぷりと夜が更けてから掛かって来た仁さんの電話に、結局「大丈夫でっす! まだまだ帰りませ~ん!」なんてフザケた返事を返していたのを覚えている。何となくボンヤリだが、私も「ノープロブレム! 大丈夫でぇっす! イトさんはまだまだ返しませんよぉ!」なんてスマホを受け取って仁さんに言い放ったような気がしないでもない。―――夢だと思いたいが。
気付いたら、朝だった。
そして伊都さんが土下座していた。
亀田家の居間で。ラグの上でぺったりと。
その土下座の相手は丈さんだ。
窮屈なソファで眠っていた……と思われる丈さんは、僅かな寝癖を付けたまま、眉間に皺をよせ凶悪な顔で……腕組みをして伊都さんを見下ろしている。伊都さんはひょっとして昨日のことをちゃんと覚えているのあろうか。丈さんに土下座するくらい、何か大変なことをしでかしたの……だろうか?。
私には帰って来た丈さんと話した記憶すら全くなくて―――でも伊都さんがこうしているってことは……私も、全く覚えてはいないけれど、たぶん何か丈さんにしてしまったって可能性が大きい。
だから伊都さんの隣で、なんとなく一緒に頭を下げたのだった。
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