捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

31.帰って来ません。

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 カーテンの向こうが明るい。いつの間に私は眠ってしまったのだろう?昨夜たけしさんから『今日は帰れない』って言う素っ気ないメッセージを受け取った後の記憶が曖昧だ。かろうじてうータンのお世話と、自分の歯磨きと化粧落としだけは済ませてパジャマになったことは覚えている。寝室のベッドの脇に置いたスマホをチラチラ見ながら、追加メッセージが無いか気をもんでいる内にいつの間にか眠ってしまったようだ。



 チュンッチュンッ……



 もう朝かぁ……鳥の声が聞こえる。これが本当の朝チュン?

「はは……『朝チュン』は丈さんのほうだったりして」

 と面白くもない冗談を口にする。
 うん、だいぶんヤサグレているな、私。

 改めて、スマホに手を伸ばして画面を覗き込んだ。

 あの衝撃の既読メッセージ以外のメッセージは、やはり来ていない。

「あ……返事」

 そう言えばショックのあまり返信をするのを忘れていた。どうやって返そうかと悩んでいる内に寝落ちしたのかも、ほとんど記憶にないけど。

 でも今更なんと返せば良いのだろう。もう会社の始業の時間は過ぎている。丈さんは仕事中はほとんど私的な要件でスマホを使わないハズだから、きっとメッセージを送ってもお昼休みまで読まずに終わるだろうな。それに打合せが伸びたり、ランチミーティングなるものにお昼休みを潰されることも多いらしいから、彼が私の送ったメッセージを確認できるのは就業後であることも多かった。

 いっそメッセージに気付かなかった事にしてしまいたい。

 なんて消極的な考えが浮かんだけれど、既読付いてるし……彼が帰ってこない今の状況をスルーするって明らかに変だよね。あ~なんて返せば良いのかなぁ……。




『わかりました、おやすみなさい』
―――って言うのは今更だよね。

『おはよう!返事しなくてゴメンね!うっかり眠っちゃった(^^;)』
―――あからさまに白々しい気が……。

『もしかして、昨日の女の人とお泊りだったりして……?!プンプン!』
―――ないない!それにもうこれ、キャラ崩壊しちゃってる。



 うーん……………………
 よし、決めた!



 取りあえず、シャワー浴びよう。それで丈さんが私信をチェックする可能性のある、お昼休みまでにゆっくり返信を考える!それで今夜、丈さんが帰って来たら―――ちゃんと事情を確認する!!

―――って、でもなぁ。もし本当に浮気だったら……?

 タラレバを言えばきりが無い、それは十分に分かっているのに。浮かんだ思いつきに紐づいて、たちまち私の頭の中には妄想の嵐が巻き起こる。



『丈さん、昨日はどうして帰って来なかったの?』
『―――仕事だ』
 と気まずげに応える丈さん。
『仕事ってどんな仕事?』
『社外秘に関することだから、卯月うづきには言えない』
 何故かずっと、目が合わないまま。私は不安になって、言ってはイケないことを言ってしまう。
『本当は居酒屋でいた彼女と一緒だったんでしょ……?』
『それは仕事だから当たり前だろう。何を疑っているんだ?』
 苛立ったような丈さんの声を聞いて、私も苛立ちを隠せなくなる。
『一緒だったんだ。あんな親密にしていた女の人と一晩中……?!』
『はーっ、どうしてそう言う目でしか見れないんだ。俺を信じていないのか?』
『信じてる、信じてるけど―――でもっ……!』

 言い訳の言葉はスラスラ出て来るのに、何処か余所余所しい丈さん。
 それは真実を隠しているからで―――



 ブー・ブー・ブー



 はっ……メッセージだっ!もしかして、丈さん?!

 私はボンヤリと手で支えていたスマホの画面を顔に近付けて、食い入るように覗き込んだ。丈さんが追加メッセージをくれたのかと期待したからだ。しかしメッセージを送ってくれたのは、彼では無かった。

『おはようございます。大丈夫ですか?』

 伊都さん!

 途端に体の緊張が解ける。どうやら私の体は臨戦態勢だったらしい。かなり肩に力が入っていたのだと、その時気が付いた。

『おはようございます。大丈夫ですよ』

 すると直ぐに返信が返って来た。

『卯月さん、ランチご一緒しませんか?今日休みなんです』

 なんと!寂しい悶々とした時間になると思われた今日のランチ。まさか伊都さんの方からお誘いいただけるとは思いも寄らなかった。今日『うさぎひろば』って、定休日だったっけ?違うような気がするけど―――臨時休業なのかな。

『もちろん!ぜひ!!』

 外に出るのが苦手な彼女からこんなお誘いがあるなんて考えてもみなかっただけに、ものすごくワクワクする。

『11時頃、車で迎えに行っても大丈夫ですか?』
『大丈夫です!』

 返事をしてから時計を見るともう九時半だ。

 やばい、ちょっとギリギリかも?シャワーを浴びて着替えて化粧して、うータンのお世話をして―――うん、間に合う間に合う!

 私は悶々と悩んでいたことも忘れて、パジャマ姿で一目散に寝室を飛び出したのだった。
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