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新妻・卯月の仙台暮らし
30.送ってもらいました。
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あの後ボーっとしている間に仁さんに駐車場まで連行され、自宅マンションまで車で送ってもらってしまった。
住所をナビに登録した後、私はずっと後部座席で押し黙っていた。マンションの傍に停車した所でお礼を言って歩道に出る。仁さんからは同情を込めた、伊都さんからはますます挙動不審な様子で心配げな視線を投げ掛けられる。
「ありがとうございます。その、美味しかったです」
何とか笑顔でお礼を言うことが出来た。走り出す車を見送ろうと立ち止まっていると、仁さんがハザードを出したままの車から車道に出る。そして車の前を回って歩道にいる私の所まで歩み寄って来た。
「あのですね」
「はい」
「亀田さんには何か事情があったんだと―――思いますよ」
私は顔を上げた。
「はい。たぶん、そうだと思います」
ニコリと再び笑顔を作ってみせる。割としっかりと発声できたと思う。すると仁さんはフーッと大きく息を吐いて、腰に手を当てた。それからポン、と私の肩に手を置いて、ポンポンと優しく励ますように叩いてくれる。
「じゃあ、もし何か力になれる事があったら、いつでも連絡してください。俺でも、伊都でも」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、お休みなさい」
「はい、おやすみなさい」
仁さんは運転席に戻り、ピカピカとテールランプを点滅させてから車を発進させた。しかし数十メートル進んだ所、見送る私の前で車がもう一度停車する。ハザードが再び点いて、助手席から伊都さんが飛び出して来た。
小柄な体で駆けて来る様子はまるでコロコロと音が鳴っているかのようだ。グングン私に突進して来た伊都さんは、私の前でピタリと止まると肩で息をしながら私を見上げた。
「卯月さん」
「はい」
「あの、もしですね。もし……良かったらウチに来ませんか?」
伊都さんの思わぬ提案に、目を見開く。
「え?」
「あのっ……泊りに来ませんか?部屋なら余ってるんです!その、うさぎの話とかもっとしたいですしっ……!」
伊都さんの必死の表情を目にして、胸が熱くなった。彼女の気持ちが痛いほど伝わって来たのだ。
心配してくれている。私に逃げ場を作ってくれようとしている。思わず目頭がジワリとした。
「伊都さん、ありがとうございます」
伊都さんがパッと顔を明るくした。私は胸の所でギュッと両こぶしを握り出来るだけ真摯に、彼女に向き合う。
「大丈夫です。その……うータンもいますし。今日は家に帰ります。あの、丈さんが帰って来たとき……私がいないと心配すると思うので」
すると伊都さんはハッとした様子で、大きな目を見開いた。
「あ、あの!出過ぎた真似を……」
そして一転してオロオロと動揺し始める。私は落ち着かない様子でパタパタ動くその手を捕まえて、握った。伊都さんが再びハッと我に返る。私は伊都さんに、噛んで含めるように感謝の言葉を伝えた。
「心配してくれたんですよね。嬉しいです」
本当に嬉しかった。思わず伊都さんをギュッと抱きしめてそのまま手を取って、数十メートル先に停車したままの車に乗り込みたい欲望に駆られるくらいに。
でも以前丈さんと些細なことで喧嘩して家に逃げ帰った時、翌朝『まるで眠れていません』って疲れた顔でうータンを手渡してくれた丈さんを見て、ものすごく後悔した。だから勝手に逃げ出すことだけはしたくない。
懸命に走ってくれた伊都さんの手は温かい。私達は向かい合って両手を繋いでいた。こんな風に、家族や丈さん以外の人と手を繋ぐなんて久し振りだ。
「あの、また美味しいご飯、食べに行きましょうね?」
伊都さんはポカンと私を見上げていたけれども、直ぐに瞳をキラキラと輝かせて大きく頷いたのだった。
「はい!もちろん!!」
そうして手を振って別れ、今度こそ車を見送る事が出来たのだった。
伊都さんが必死に駆けて来る場面を思い出すと、思わず楽しい気分が込み上げて来る。彼女があんなに慌てた様子を見せてくれたから、逆に少し冷静になれた。
そう、あの丈さんが浮気なんてするワケがない。
きっと仕事絡みで何かあったに違いない。例えばあそこには本当は他の人も居て、トイレに行っていなかっただけで。立ち上がった時にたまたまふら付いた女性を支えて抱き留めただけで。それを私がタイミング良く目にしただけだ。
そりゃあ、どんな理由であったとしても丈さんにあんなに近い距離で接する女性がいるのは腹が立つし、悲しい。だけどもう私達は夫婦なのだし、丈さんがどんな人かって私はちゃんとわかっているのだ。以前みたいに嫉妬に振り回されて貴重な二人の時間を棒に振る様な真似はしたくない。
その代わり―――もの分かりの良いフリをして知らん振りなんかしない。ちゃんと丈さんの言い訳を聞かなくっちゃ、収まらないもんね!!
そんな風に割と明るい気分でエントランスを通り、エレベーターに乗って自宅の玄関まで辿り着いた。
明かりを点けて、スマホを取り出した所で、スマホにメッセージが届いていたことに気が付く。そのメッセージを目にして私はカッと目を見開いた。
『すまないが、今日は帰れない』
思いも寄らない丈さんの素っ気ないメッセージに、私は呆然と立ち尽くす。
丈さん―――まさか本当に……浮気していないよね?!
住所をナビに登録した後、私はずっと後部座席で押し黙っていた。マンションの傍に停車した所でお礼を言って歩道に出る。仁さんからは同情を込めた、伊都さんからはますます挙動不審な様子で心配げな視線を投げ掛けられる。
「ありがとうございます。その、美味しかったです」
何とか笑顔でお礼を言うことが出来た。走り出す車を見送ろうと立ち止まっていると、仁さんがハザードを出したままの車から車道に出る。そして車の前を回って歩道にいる私の所まで歩み寄って来た。
「あのですね」
「はい」
「亀田さんには何か事情があったんだと―――思いますよ」
私は顔を上げた。
「はい。たぶん、そうだと思います」
ニコリと再び笑顔を作ってみせる。割としっかりと発声できたと思う。すると仁さんはフーッと大きく息を吐いて、腰に手を当てた。それからポン、と私の肩に手を置いて、ポンポンと優しく励ますように叩いてくれる。
「じゃあ、もし何か力になれる事があったら、いつでも連絡してください。俺でも、伊都でも」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、お休みなさい」
「はい、おやすみなさい」
仁さんは運転席に戻り、ピカピカとテールランプを点滅させてから車を発進させた。しかし数十メートル進んだ所、見送る私の前で車がもう一度停車する。ハザードが再び点いて、助手席から伊都さんが飛び出して来た。
小柄な体で駆けて来る様子はまるでコロコロと音が鳴っているかのようだ。グングン私に突進して来た伊都さんは、私の前でピタリと止まると肩で息をしながら私を見上げた。
「卯月さん」
「はい」
「あの、もしですね。もし……良かったらウチに来ませんか?」
伊都さんの思わぬ提案に、目を見開く。
「え?」
「あのっ……泊りに来ませんか?部屋なら余ってるんです!その、うさぎの話とかもっとしたいですしっ……!」
伊都さんの必死の表情を目にして、胸が熱くなった。彼女の気持ちが痛いほど伝わって来たのだ。
心配してくれている。私に逃げ場を作ってくれようとしている。思わず目頭がジワリとした。
「伊都さん、ありがとうございます」
伊都さんがパッと顔を明るくした。私は胸の所でギュッと両こぶしを握り出来るだけ真摯に、彼女に向き合う。
「大丈夫です。その……うータンもいますし。今日は家に帰ります。あの、丈さんが帰って来たとき……私がいないと心配すると思うので」
すると伊都さんはハッとした様子で、大きな目を見開いた。
「あ、あの!出過ぎた真似を……」
そして一転してオロオロと動揺し始める。私は落ち着かない様子でパタパタ動くその手を捕まえて、握った。伊都さんが再びハッと我に返る。私は伊都さんに、噛んで含めるように感謝の言葉を伝えた。
「心配してくれたんですよね。嬉しいです」
本当に嬉しかった。思わず伊都さんをギュッと抱きしめてそのまま手を取って、数十メートル先に停車したままの車に乗り込みたい欲望に駆られるくらいに。
でも以前丈さんと些細なことで喧嘩して家に逃げ帰った時、翌朝『まるで眠れていません』って疲れた顔でうータンを手渡してくれた丈さんを見て、ものすごく後悔した。だから勝手に逃げ出すことだけはしたくない。
懸命に走ってくれた伊都さんの手は温かい。私達は向かい合って両手を繋いでいた。こんな風に、家族や丈さん以外の人と手を繋ぐなんて久し振りだ。
「あの、また美味しいご飯、食べに行きましょうね?」
伊都さんはポカンと私を見上げていたけれども、直ぐに瞳をキラキラと輝かせて大きく頷いたのだった。
「はい!もちろん!!」
そうして手を振って別れ、今度こそ車を見送る事が出来たのだった。
伊都さんが必死に駆けて来る場面を思い出すと、思わず楽しい気分が込み上げて来る。彼女があんなに慌てた様子を見せてくれたから、逆に少し冷静になれた。
そう、あの丈さんが浮気なんてするワケがない。
きっと仕事絡みで何かあったに違いない。例えばあそこには本当は他の人も居て、トイレに行っていなかっただけで。立ち上がった時にたまたまふら付いた女性を支えて抱き留めただけで。それを私がタイミング良く目にしただけだ。
そりゃあ、どんな理由であったとしても丈さんにあんなに近い距離で接する女性がいるのは腹が立つし、悲しい。だけどもう私達は夫婦なのだし、丈さんがどんな人かって私はちゃんとわかっているのだ。以前みたいに嫉妬に振り回されて貴重な二人の時間を棒に振る様な真似はしたくない。
その代わり―――もの分かりの良いフリをして知らん振りなんかしない。ちゃんと丈さんの言い訳を聞かなくっちゃ、収まらないもんね!!
そんな風に割と明るい気分でエントランスを通り、エレベーターに乗って自宅の玄関まで辿り着いた。
明かりを点けて、スマホを取り出した所で、スマホにメッセージが届いていたことに気が付く。そのメッセージを目にして私はカッと目を見開いた。
『すまないが、今日は帰れない』
思いも寄らない丈さんの素っ気ないメッセージに、私は呆然と立ち尽くす。
丈さん―――まさか本当に……浮気していないよね?!
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