捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
315 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし

30.送ってもらいました。

しおりを挟む
 あの後ボーっとしている間に仁さんに駐車場まで連行され、自宅マンションまで車で送ってもらってしまった。

 住所をナビに登録した後、私はずっと後部座席で押し黙っていた。マンションの傍に停車した所でお礼を言って歩道に出る。仁さんからは同情を込めた、伊都さんからはますます挙動不審な様子で心配げな視線を投げ掛けられる。

「ありがとうございます。その、美味しかったです」

 何とか笑顔でお礼を言うことが出来た。走り出す車を見送ろうと立ち止まっていると、仁さんがハザードを出したままの車から車道に出る。そして車の前を回って歩道にいる私の所まで歩み寄って来た。

「あのですね」
「はい」
「亀田さんには何か事情があったんだと―――思いますよ」

 私は顔を上げた。

「はい。たぶん、そうだと思います」

 ニコリと再び笑顔を作ってみせる。割としっかりと発声できたと思う。すると仁さんはフーッと大きく息を吐いて、腰に手を当てた。それからポン、と私の肩に手を置いて、ポンポンと優しく励ますように叩いてくれる。

「じゃあ、もし何か力になれる事があったら、いつでも連絡してください。俺でも、伊都でも」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、お休みなさい」
「はい、おやすみなさい」

 仁さんは運転席に戻り、ピカピカとテールランプを点滅させてから車を発進させた。しかし数十メートル進んだ所、見送る私の前で車がもう一度停車する。ハザードが再び点いて、助手席から伊都さんが飛び出して来た。

 小柄な体で駆けて来る様子はまるでコロコロと音が鳴っているかのようだ。グングン私に突進して来た伊都さんは、私の前でピタリと止まると肩で息をしながら私を見上げた。

「卯月さん」
「はい」
「あの、もしですね。もし……良かったらウチに来ませんか?」

 伊都さんの思わぬ提案に、目を見開く。

「え?」
「あのっ……泊りに来ませんか?部屋なら余ってるんです!その、うさぎの話とかもっとしたいですしっ……!」

 伊都さんの必死の表情を目にして、胸が熱くなった。彼女の気持ちが痛いほど伝わって来たのだ。

 心配してくれている。私に逃げ場を作ってくれようとしている。思わず目頭がジワリとした。

「伊都さん、ありがとうございます」

 伊都さんがパッと顔を明るくした。私は胸の所でギュッと両こぶしを握り出来るだけ真摯に、彼女に向き合う。

「大丈夫です。その……うータンもいますし。今日は家に帰ります。あの、丈さんが帰って来たとき……私がいないと心配すると思うので」

 すると伊都さんはハッとした様子で、大きな目を見開いた。

「あ、あの!出過ぎた真似を……」

 そして一転してオロオロと動揺し始める。私は落ち着かない様子でパタパタ動くその手を捕まえて、握った。伊都さんが再びハッと我に返る。私は伊都さんに、噛んで含めるように感謝の言葉を伝えた。

「心配してくれたんですよね。嬉しいです」

 本当に嬉しかった。思わず伊都さんをギュッと抱きしめてそのまま手を取って、数十メートル先に停車したままの車に乗り込みたい欲望に駆られるくらいに。

 でも以前丈さんと些細なことで喧嘩して家に逃げ帰った時、翌朝『まるで眠れていません』って疲れた顔でうータンを手渡してくれた丈さんを見て、ものすごく後悔した。だから勝手に逃げ出すことだけはしたくない。

 懸命に走ってくれた伊都さんの手は温かい。私達は向かい合って両手を繋いでいた。こんな風に、家族や丈さん以外の人と手を繋ぐなんて久し振りだ。

「あの、また美味しいご飯、食べに行きましょうね?」

 伊都さんはポカンと私を見上げていたけれども、直ぐに瞳をキラキラと輝かせて大きく頷いたのだった。

「はい!もちろん!!」

 そうして手を振って別れ、今度こそ車を見送る事が出来たのだった。







 伊都さんが必死に駆けて来る場面を思い出すと、思わず楽しい気分が込み上げて来る。彼女があんなに慌てた様子を見せてくれたから、逆に少し冷静になれた。

 そう、あの丈さんが浮気なんてするワケがない。

 きっと仕事絡みで何かあったに違いない。例えばあそこには本当は他の人も居て、トイレに行っていなかっただけで。立ち上がった時にたまたまふら付いた女性を支えて抱き留めただけで。それを私がタイミング良く目にしただけだ。

 そりゃあ、どんな理由であったとしても丈さんにあんなに近い距離で接する女性がいるのは腹が立つし、悲しい。だけどもう私達は夫婦なのだし、丈さんがどんな人かって私はちゃんとわかっているのだ。以前みたいに嫉妬に振り回されて貴重な二人の時間を棒に振る様な真似はしたくない。



 その代わり―――もの分かりの良いフリをして知らん振りなんかしない。ちゃんと丈さんの言い訳を聞かなくっちゃ、収まらないもんね!!



 そんな風に割と明るい気分でエントランスを通り、エレベーターに乗って自宅の玄関まで辿り着いた。

 明かりを点けて、スマホを取り出した所で、スマホにメッセージが届いていたことに気が付く。そのメッセージを目にして私はカッと目を見開いた。



『すまないが、今日は帰れない』



 思いも寄らない丈さんの素っ気ないメッセージに、私は呆然と立ち尽くす。

 丈さん―――まさか本当に……浮気していないよね?!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

宇宙航海士育成学校日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 第四次世界大戦集結から40年、月周回軌道から出発し一年間の実習航海に出発した一隻の宇宙船があった。  その宇宙船は宇宙航海士を育成するもので、生徒たちは自主的に計画するものであった。  しかも、生徒の中に監視と採点を行うロボットが潜入していた。その事は知らされていたが生徒たちは気づく事は出来なかった。なぜなら生徒全員も宇宙服いやロボットの姿であったためだ。  誰が人間で誰がロボットなのか分からなくなったコミュニティーに起きる珍道中物語である。

【短編集】エア・ポケット・ゾーン!

ジャン・幸田
ホラー
 いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。  長編で書きたい構想による備忘録的なものです。  ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。  どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

悪役令嬢ですが婚約破棄されたこともあって異世界行くには妥協しません!

droit
恋愛
婚約破棄されて国を追放され失意の中、死んでしまった令嬢はそのあまりにみじめで不幸な前世から神により次の転生先と条件をある程度自由に決めてよいと言われる。前回さんざんな目にあっただけに今回の転生では絶対に失敗しない人生にするために必要なステータスを盛りまくりたいというところなのだが……。

【短編集】ゴム服に魅せられラバーフェチになったというの?

ジャン・幸田
大衆娯楽
ゴムで出来た衣服などに関係した人間たちの短編集。ラバーフェチなどの作品集です。フェチな作品ですので18禁とさせていただきます。 【ラバーファーマは幼馴染】 工員の「僕」は毎日仕事の行き帰りに田畑が広がるところを自転車を使っていた。ある日の事、雨が降るなかを農作業する人が異様な姿をしていた。 その人の形をしたなにかは、いわゆるゴム服を着ていた。なんでラバーフェティシズムな奴が、しかも女らしかった。「僕」がそいつと接触したことで・・・トンデモないことが始まった!彼女によって僕はゴムの世界へと引き込まれてしまうのか? それにしてもなんでそんな恰好をしているんだ? (なろうさんとカクヨムさんなど他のサイトでも掲載しています場合があります。単独の短編としてアップされています)

処理中です...