311 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし
26.待合わせします。
しおりを挟む
取りあえずうータンを連れて一旦マンションに戻り、伊都さんの仕事終わりをめがけて仙台駅で待ち合わせる約束をした。伊都さんからお勧めのお店があるとメール連絡を受けて、ウキウキしながら部屋を出る。もちろん、うータンのお世話を完璧に整えたうえでのお出掛けだ。
丈さん以外の人と、しかも女の人と待ち合わせてお出掛けなんて久し振りだなぁ。ワクワクしてジーンと胸が熱くなる。これまでお客さんだった私が初めてこの土地の人になれたような、そんな誇らしさを感じた。……って、大袈裟な言い方かな?でもつまりそれくらい、私はウキウキと浮かれていたのだ。
待合わせ場所は仙台駅構内にあるステンドグラスの前。定番の待合わせ場所だと言うそこは駅の二階、入口側に大きなステンドグラスがあってたくさんの人が人待ち顔で佇んでいる。待合わせ時間の十分前に到着。待ち人たちの列に混じってソワソワしながら視線を遊ばせていると、後ろから声を掛けられた。
「卯月さん」
あれ?と思ったのは、予想していたよりも低い声だったから。振り向くと上背のあるガッシリとした体つきの男の人が、私を見下ろすように優しく微笑んでいた。えっと……柔和な目元には見覚えがあるような気がするけど……?
思わずキョトンと首を傾げてしまう。するとニコニコと笑顔を向ける大柄な男性の背後から、遠慮がちに小柄な女性が顔を覗かせた。
「伊都さん!」
「お、お待たせしました……」
その蚊の鳴くような声を聞いて、やっと目の前の男性の正体に思い至った。
「えっと、店長さん……ですか?」
「あれ?分かりませんでした?」
と頭を掻く男性は一見別人のように見えるけれども、一旦認識してしまえば確かに店長さんだ……!
「すみません!気付かなくて。あの、髪を切られたんですね?それからお髭も……」
「ああ」
ツルリとした顎を撫でて、店長さんはニヤリと笑った。
あれれ、こうして見るとやっぱり別人だ!
無精髭はスッキリと剃られてるし、膨らんで見えたライオンヘアーが、整えられたパーマっ気のある短髪になっている。何だかお洒落……って言うか実は店長さんって、結構カッコイイかも!その証拠に周りからチラチラと視線を感じる。クールな丈さんとは対照的な、甘いマスク。美男子って言うのとは違うけれども、どこか野性的な男っぽさを感じさせる。上背があってスポーツ選手みたいにガッチリしたスタイルの良さで、ものすごく目立つ。何でもない白いボタンダウンシャツとジーパン、と言った組み合わせなんだけれど……こう、胸板の厚さと言うかバランスの良い筋肉質な体を感じさせて、周りから浮き上がって来るみたいに見えるのだ。
「たまにバッサリ短くするんです。後はほったらかしで……似合いませんか?」
「いいえ!」
ブンブン首を振って否定する。
ものすごく似合ってます……!
そうか、なるほど。バッサリ切って徐々に伸びた結果があのライオンヘアーなんだね。あまり普段は身なりには構わないタイプなのかな?
「だけど一瞬、知らない人かと思いました」
「アハハ」
快活に笑う店長さんは、やっぱり別人だ。
でも個人的には、ライオンヘアー&無精髭の『山男さん』の方が見慣れているし親しみやすくて良い感じだとは思う。今は知らない人と話しているみたいで、ほんの少し落ち着かない。ソワソワしつつ、店長さんの陰に隠れた伊都さんに尋ねるような視線を向けた。
「あの、私伊都さんが一人で来るのかと思っていて、それで店長さんがいらっしゃるって思ってもみなくて……」
そう、心の準備が出来ていなかったから、余計に気付くのが遅れたのだ。
「そうなんですか?」
店長さんが驚いて目を丸くした。それから背後で縮こまっている伊都さんを振り返る。私達の視線を一身に浴びた伊都さんはキョドキョドと視線を彷徨わせた。
「あっ……あのっその……すみません、言い忘れて……っ!」
そしてモゴモゴと口を動かしながら、顔を真っ青にする。
その様子を見て何となく感じた。伊都さんにとって、店長さんの存在は当り前のこと過ぎて説明するとかしないとか、そう言う次元の話じゃないのかもしれない。
思ってもみなかったことを言われたらしく、右往左往する伊都さんを目にして気の毒になってしまった。もともと私が誘ったことが発端なのに、気を使わせては申し訳ない。だって私も『伊都さんと二人で』なんて念押しはしていなかったのだし。
「伊都さん!謝らなくても大丈夫ですよ!だってみんなで食べた方が楽しいですし!ね、店長さん、そうですよねっ」
両拳を握りしめて必死でフォローの言葉を掛けた。
同意を求めるように店長を見上げると、彼は口元を押さえて笑えるのを堪えるような顔をしながら「そうですね」と相槌を打ってくれた。
それを聞いて伊都さんは漸く、強張らせていた頬を緩め安心したように肩の力を抜いてくれたのだった。
伊都さんを相手にしていると時々―――まるで人馴れしていない野生動物に語り掛けているような、そんな気分になってしまうなぁ。
丈さん以外の人と、しかも女の人と待ち合わせてお出掛けなんて久し振りだなぁ。ワクワクしてジーンと胸が熱くなる。これまでお客さんだった私が初めてこの土地の人になれたような、そんな誇らしさを感じた。……って、大袈裟な言い方かな?でもつまりそれくらい、私はウキウキと浮かれていたのだ。
待合わせ場所は仙台駅構内にあるステンドグラスの前。定番の待合わせ場所だと言うそこは駅の二階、入口側に大きなステンドグラスがあってたくさんの人が人待ち顔で佇んでいる。待合わせ時間の十分前に到着。待ち人たちの列に混じってソワソワしながら視線を遊ばせていると、後ろから声を掛けられた。
「卯月さん」
あれ?と思ったのは、予想していたよりも低い声だったから。振り向くと上背のあるガッシリとした体つきの男の人が、私を見下ろすように優しく微笑んでいた。えっと……柔和な目元には見覚えがあるような気がするけど……?
思わずキョトンと首を傾げてしまう。するとニコニコと笑顔を向ける大柄な男性の背後から、遠慮がちに小柄な女性が顔を覗かせた。
「伊都さん!」
「お、お待たせしました……」
その蚊の鳴くような声を聞いて、やっと目の前の男性の正体に思い至った。
「えっと、店長さん……ですか?」
「あれ?分かりませんでした?」
と頭を掻く男性は一見別人のように見えるけれども、一旦認識してしまえば確かに店長さんだ……!
「すみません!気付かなくて。あの、髪を切られたんですね?それからお髭も……」
「ああ」
ツルリとした顎を撫でて、店長さんはニヤリと笑った。
あれれ、こうして見るとやっぱり別人だ!
無精髭はスッキリと剃られてるし、膨らんで見えたライオンヘアーが、整えられたパーマっ気のある短髪になっている。何だかお洒落……って言うか実は店長さんって、結構カッコイイかも!その証拠に周りからチラチラと視線を感じる。クールな丈さんとは対照的な、甘いマスク。美男子って言うのとは違うけれども、どこか野性的な男っぽさを感じさせる。上背があってスポーツ選手みたいにガッチリしたスタイルの良さで、ものすごく目立つ。何でもない白いボタンダウンシャツとジーパン、と言った組み合わせなんだけれど……こう、胸板の厚さと言うかバランスの良い筋肉質な体を感じさせて、周りから浮き上がって来るみたいに見えるのだ。
「たまにバッサリ短くするんです。後はほったらかしで……似合いませんか?」
「いいえ!」
ブンブン首を振って否定する。
ものすごく似合ってます……!
そうか、なるほど。バッサリ切って徐々に伸びた結果があのライオンヘアーなんだね。あまり普段は身なりには構わないタイプなのかな?
「だけど一瞬、知らない人かと思いました」
「アハハ」
快活に笑う店長さんは、やっぱり別人だ。
でも個人的には、ライオンヘアー&無精髭の『山男さん』の方が見慣れているし親しみやすくて良い感じだとは思う。今は知らない人と話しているみたいで、ほんの少し落ち着かない。ソワソワしつつ、店長さんの陰に隠れた伊都さんに尋ねるような視線を向けた。
「あの、私伊都さんが一人で来るのかと思っていて、それで店長さんがいらっしゃるって思ってもみなくて……」
そう、心の準備が出来ていなかったから、余計に気付くのが遅れたのだ。
「そうなんですか?」
店長さんが驚いて目を丸くした。それから背後で縮こまっている伊都さんを振り返る。私達の視線を一身に浴びた伊都さんはキョドキョドと視線を彷徨わせた。
「あっ……あのっその……すみません、言い忘れて……っ!」
そしてモゴモゴと口を動かしながら、顔を真っ青にする。
その様子を見て何となく感じた。伊都さんにとって、店長さんの存在は当り前のこと過ぎて説明するとかしないとか、そう言う次元の話じゃないのかもしれない。
思ってもみなかったことを言われたらしく、右往左往する伊都さんを目にして気の毒になってしまった。もともと私が誘ったことが発端なのに、気を使わせては申し訳ない。だって私も『伊都さんと二人で』なんて念押しはしていなかったのだし。
「伊都さん!謝らなくても大丈夫ですよ!だってみんなで食べた方が楽しいですし!ね、店長さん、そうですよねっ」
両拳を握りしめて必死でフォローの言葉を掛けた。
同意を求めるように店長を見上げると、彼は口元を押さえて笑えるのを堪えるような顔をしながら「そうですね」と相槌を打ってくれた。
それを聞いて伊都さんは漸く、強張らせていた頬を緩め安心したように肩の力を抜いてくれたのだった。
伊都さんを相手にしていると時々―――まるで人馴れしていない野生動物に語り掛けているような、そんな気分になってしまうなぁ。
0
お気に入りに追加
1,548
あなたにおすすめの小説
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~
咲宮
恋愛
没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。
ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。
育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?
これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
※毎日更新を予定しております。
宇宙航海士育成学校日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
第四次世界大戦集結から40年、月周回軌道から出発し一年間の実習航海に出発した一隻の宇宙船があった。
その宇宙船は宇宙航海士を育成するもので、生徒たちは自主的に計画するものであった。
しかも、生徒の中に監視と採点を行うロボットが潜入していた。その事は知らされていたが生徒たちは気づく事は出来なかった。なぜなら生徒全員も宇宙服いやロボットの姿であったためだ。
誰が人間で誰がロボットなのか分からなくなったコミュニティーに起きる珍道中物語である。
【短編集】エア・ポケット・ゾーン!
ジャン・幸田
ホラー
いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。
長編で書きたい構想による備忘録的なものです。
ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。
どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
悪役令嬢ですが婚約破棄されたこともあって異世界行くには妥協しません!
droit
恋愛
婚約破棄されて国を追放され失意の中、死んでしまった令嬢はそのあまりにみじめで不幸な前世から神により次の転生先と条件をある程度自由に決めてよいと言われる。前回さんざんな目にあっただけに今回の転生では絶対に失敗しない人生にするために必要なステータスを盛りまくりたいというところなのだが……。
【短編集】ゴム服に魅せられラバーフェチになったというの?
ジャン・幸田
大衆娯楽
ゴムで出来た衣服などに関係した人間たちの短編集。ラバーフェチなどの作品集です。フェチな作品ですので18禁とさせていただきます。
【ラバーファーマは幼馴染】 工員の「僕」は毎日仕事の行き帰りに田畑が広がるところを自転車を使っていた。ある日の事、雨が降るなかを農作業する人が異様な姿をしていた。
その人の形をしたなにかは、いわゆるゴム服を着ていた。なんでラバーフェティシズムな奴が、しかも女らしかった。「僕」がそいつと接触したことで・・・トンデモないことが始まった!彼女によって僕はゴムの世界へと引き込まれてしまうのか? それにしてもなんでそんな恰好をしているんだ?
(なろうさんとカクヨムさんなど他のサイトでも掲載しています場合があります。単独の短編としてアップされています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる