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新妻・卯月の仙台暮らし
24.帰りが遅いです。
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阿部さんとお蕎麦を食べた翌日くらいから、丈さんは急にまた忙しくなった。突然出張が入って東京に向かったと思ったら、支店で打合せが長引いて残業になったり接待や飲み会が続いて、もう三日間も連続して深夜に帰宅。起きていなくて良い、と言われたけど何となく心配で待っていたら、三日目の深夜二時頃に帰って来た丈さんからお叱りを受けてしまった。彼は凶悪に見えるほど恐ろしい表情で、セツセツと睡眠不足について諭したのだった。
「丈さんだって寝不足でしょ?私は昼寝だって出来るし……」
「若いうちは寝るべき時に質の良い睡眠をとる必要がある。それにもともと俺は人より睡眠は少なくて済む体質なんだ」
確かに丈さんは以前から、遅く寝ても私より早く起きてテキパキと身支度を整えていることが多かった。年の差の所為かもしれないけれど、私の方が睡眠を多く必要とするタイプだと言う彼の言い分も分からないではない。
とは言え、都合良く年長者振るのはいかがなものか。眼鏡屋さんでは年齢の話題に敏感になっていたハズなのに。私がジトッとした視線を向けると、丈さんは溜息を吐いて私の頭にポンと大きな手を置いた。
「―――お前が起きてると思うと、心配で仕事に集中できない。これから暫く忙しくなるから、先に寝てくれた方が助かる」
「あ」
窘めるようにそう言われて、ストンと納得する。そう言う視点はまるで無かった。自分が丈さんに会いたいから待っていたいってことしか考えていなかったのだ。何だか自分が我儘なお子様に思えて来て、しょげてしまう。
肩を落とす私を目にした丈さんは、頭に置いた手で私の頭を優しく撫でた。
「その代わり、朝飯とうータンを頼む」
見上げると、口元を緩めて私を見つめる丈さんが。
私は拳を握って決意を固めた。
「……うん。任せて!」
しっかり請け負った私の肩に、頭頂部から髪を辿って大きな掌が滑り落ちる。ギュッとそのまま、抱き寄せられた。少し強引な腕に、思わず心臓が跳ねる。
しかしドキッとしたのも束の間、丈さんは直ぐに私の体を離してしまった。
「風呂、入って来る。卯月は寝てろよ」
と私に指差し指示をして、スーツのネクタイを外しながら慌ただしく浴室へ向かって大股で歩いて行ったのだった。
スキンシップが物足りない気はしたけれど、ボンヤリしていたら朝になってしまう。明日も丈さんは仕事なのだから、言う通りにしなきゃ。
本来なら丈さんは少しでも早く身支度を終えて、出来るだけ睡眠をとった方が良いのだ。私の機嫌を伺う為に、彼の貴重な睡眠時間を削らせてしまったことが申し訳なくなった。私は言われた通り先に寝室に入る事にした。そうしてベッドに入って、目を瞑る。
最近丈さんが私との時間を優先してくれるようになったから、それが当たり前になってしまったみたい。だから……こんなに寂しく感じるんだろうな。知らない内に贅沢に慣れてしまったのかなぁ……?
そんな事を考えていたら、あっという間に意識が遠のいて行った。
丈さんの東京出張以降、そんな感じで十日あまりが過ぎた。朝御飯を食べている時の丈さんは、少し眠たげに見える。慣れているとはいえ、やはり睡眠不足は辛いだろうな。心配だけど余計なことを言って時間を消耗させては行けないと、あまり煩く話し掛けずに見守ることに徹している。
しかし私の内心は実は穏やかじゃない。
この頃彼が前の日に来ていたスーツに、甘い香りが残っていることがあるからだ。
薔薇のような、それでいて少しスパイシーなキリッとした香り。
最初気が付いた時は、仕事相手の香水かな?くらいにしか思わなかった。接待で女性のいる場所に行くこともあるだろうし……って。でも二度目に同じ香りを嗅いだ時には、胸の奥がザワッと騒いだ。
つい、阿部さんの台詞を思い出してしまうのだ。丈さんに近付く女の人がいるって聞いて湧き上がった不穏な感情が、再び足元に押し寄せて来る。
だけど以前丈さんが三好さんと仙台出張に行くと言った時に嫉妬心をぶつけてしまった事があって、私は物凄く後悔した。パパに『亀田君はそんな男なのか?』って言われて、自分の気持ちにばかり注目して丈さんを信用しなかった自分が嫌になった。だから同じ轍は二度と踏むまいって誓っている。何より仕事第一の丈さんが仕事の時間を削って誰かの誘惑に乗る、なんて展開も想像できない。だけど―――
やっぱり心配なものは心配……!
私が会えない間に、彼の近くに甘くてそれでいて凛とした香りを纏う女性が、その香りが移るくらい近くにいるなんて考えるだけで―――嫉妬で胸がモヤモヤしちゃう……!!
あーもう、私!なんで丈さんに新しい眼鏡を勧めてしまったんだろう。こんなことならずっと『コワモテ冷徹銀縁眼鏡』のままでいて欲しかった!
―――なんて、今更どの口で言えるだろう……?
ううう……せめてもう少し、一緒にいる時間が取れればなぁ……!
「はぁ……うータン、いつになったら丈さんのお仕事、落ち着くんだろうね……?」
ぺったりとラグに寝そべったまま私の撫でを受け入れるうータンに、私はそう訴える。
いつもならどんな心のモヤモヤも、素敵なトゥルットゥルの毛並みを撫でるだけで解消できるのに。心の重しは撫でても撫でても消えないまま。
うータンは勿論何も答えない。ただ彼女の耳が、ピピピッと私の愚痴を振り払うように左右に動いただけだった。
「丈さんだって寝不足でしょ?私は昼寝だって出来るし……」
「若いうちは寝るべき時に質の良い睡眠をとる必要がある。それにもともと俺は人より睡眠は少なくて済む体質なんだ」
確かに丈さんは以前から、遅く寝ても私より早く起きてテキパキと身支度を整えていることが多かった。年の差の所為かもしれないけれど、私の方が睡眠を多く必要とするタイプだと言う彼の言い分も分からないではない。
とは言え、都合良く年長者振るのはいかがなものか。眼鏡屋さんでは年齢の話題に敏感になっていたハズなのに。私がジトッとした視線を向けると、丈さんは溜息を吐いて私の頭にポンと大きな手を置いた。
「―――お前が起きてると思うと、心配で仕事に集中できない。これから暫く忙しくなるから、先に寝てくれた方が助かる」
「あ」
窘めるようにそう言われて、ストンと納得する。そう言う視点はまるで無かった。自分が丈さんに会いたいから待っていたいってことしか考えていなかったのだ。何だか自分が我儘なお子様に思えて来て、しょげてしまう。
肩を落とす私を目にした丈さんは、頭に置いた手で私の頭を優しく撫でた。
「その代わり、朝飯とうータンを頼む」
見上げると、口元を緩めて私を見つめる丈さんが。
私は拳を握って決意を固めた。
「……うん。任せて!」
しっかり請け負った私の肩に、頭頂部から髪を辿って大きな掌が滑り落ちる。ギュッとそのまま、抱き寄せられた。少し強引な腕に、思わず心臓が跳ねる。
しかしドキッとしたのも束の間、丈さんは直ぐに私の体を離してしまった。
「風呂、入って来る。卯月は寝てろよ」
と私に指差し指示をして、スーツのネクタイを外しながら慌ただしく浴室へ向かって大股で歩いて行ったのだった。
スキンシップが物足りない気はしたけれど、ボンヤリしていたら朝になってしまう。明日も丈さんは仕事なのだから、言う通りにしなきゃ。
本来なら丈さんは少しでも早く身支度を終えて、出来るだけ睡眠をとった方が良いのだ。私の機嫌を伺う為に、彼の貴重な睡眠時間を削らせてしまったことが申し訳なくなった。私は言われた通り先に寝室に入る事にした。そうしてベッドに入って、目を瞑る。
最近丈さんが私との時間を優先してくれるようになったから、それが当たり前になってしまったみたい。だから……こんなに寂しく感じるんだろうな。知らない内に贅沢に慣れてしまったのかなぁ……?
そんな事を考えていたら、あっという間に意識が遠のいて行った。
丈さんの東京出張以降、そんな感じで十日あまりが過ぎた。朝御飯を食べている時の丈さんは、少し眠たげに見える。慣れているとはいえ、やはり睡眠不足は辛いだろうな。心配だけど余計なことを言って時間を消耗させては行けないと、あまり煩く話し掛けずに見守ることに徹している。
しかし私の内心は実は穏やかじゃない。
この頃彼が前の日に来ていたスーツに、甘い香りが残っていることがあるからだ。
薔薇のような、それでいて少しスパイシーなキリッとした香り。
最初気が付いた時は、仕事相手の香水かな?くらいにしか思わなかった。接待で女性のいる場所に行くこともあるだろうし……って。でも二度目に同じ香りを嗅いだ時には、胸の奥がザワッと騒いだ。
つい、阿部さんの台詞を思い出してしまうのだ。丈さんに近付く女の人がいるって聞いて湧き上がった不穏な感情が、再び足元に押し寄せて来る。
だけど以前丈さんが三好さんと仙台出張に行くと言った時に嫉妬心をぶつけてしまった事があって、私は物凄く後悔した。パパに『亀田君はそんな男なのか?』って言われて、自分の気持ちにばかり注目して丈さんを信用しなかった自分が嫌になった。だから同じ轍は二度と踏むまいって誓っている。何より仕事第一の丈さんが仕事の時間を削って誰かの誘惑に乗る、なんて展開も想像できない。だけど―――
やっぱり心配なものは心配……!
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