捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
308 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし

24.帰りが遅いです。

しおりを挟む
 阿部さんとお蕎麦を食べた翌日くらいから、たけしさんは急にまた忙しくなった。突然出張が入って東京に向かったと思ったら、支店で打合せが長引いて残業になったり接待や飲み会が続いて、もう三日間も連続して深夜に帰宅。起きていなくて良い、と言われたけど何となく心配で待っていたら、三日目の深夜二時頃に帰って来た丈さんからお叱りを受けてしまった。彼は凶悪に見えるほど恐ろしい表情で、セツセツと睡眠不足について諭したのだった。

「丈さんだって寝不足でしょ?私は昼寝だって出来るし……」
「若いうちは寝るべき時に質の良い睡眠をとる必要がある。それにもともと俺は人より睡眠は少なくて済む体質なんだ」

 確かに丈さんは以前から、遅く寝ても私より早く起きてテキパキと身支度を整えていることが多かった。年の差の所為かもしれないけれど、私の方が睡眠を多く必要とするタイプだと言う彼の言い分も分からないではない。

 とは言え、都合良く年長者振るのはいかがなものか。眼鏡屋さんでは年齢の話題に敏感になっていたハズなのに。私がジトッとした視線を向けると、丈さんは溜息を吐いて私の頭にポンと大きな手を置いた。

「―――お前が起きてると思うと、心配で仕事に集中できない。これから暫く忙しくなるから、先に寝てくれた方が助かる」
「あ」

 窘めるようにそう言われて、ストンと納得する。そう言う視点はまるで無かった。自分が丈さんに会いたいから待っていたいってことしか考えていなかったのだ。何だか自分が我儘なお子様に思えて来て、しょげてしまう。

 肩を落とす私を目にした丈さんは、頭に置いた手で私の頭を優しく撫でた。

「その代わり、朝飯とうータンを頼む」

 見上げると、口元を緩めて私を見つめる丈さんが。
 私は拳を握って決意を固めた。

「……うん。任せて!」

 しっかり請け負った私の肩に、頭頂部から髪を辿って大きな掌が滑り落ちる。ギュッとそのまま、抱き寄せられた。少し強引な腕に、思わず心臓が跳ねる。

 しかしドキッとしたのも束の間、丈さんは直ぐに私の体を離してしまった。

「風呂、入って来る。卯月は寝てろよ」

 と私に指差し指示をして、スーツのネクタイを外しながら慌ただしく浴室へ向かって大股で歩いて行ったのだった。

 スキンシップが物足りない気はしたけれど、ボンヤリしていたら朝になってしまう。明日も丈さんは仕事なのだから、言う通りにしなきゃ。

 本来なら丈さんは少しでも早く身支度を終えて、出来るだけ睡眠をとった方が良いのだ。私の機嫌を伺う為に、彼の貴重な睡眠時間を削らせてしまったことが申し訳なくなった。私は言われた通り先に寝室に入る事にした。そうしてベッドに入って、目を瞑る。

 最近丈さんが私との時間を優先してくれるようになったから、それが当たり前になってしまったみたい。だから……こんなに寂しく感じるんだろうな。知らない内に贅沢に慣れてしまったのかなぁ……?

 そんな事を考えていたら、あっという間に意識が遠のいて行った。






 丈さんの東京出張以降、そんな感じで十日あまりが過ぎた。朝御飯を食べている時の丈さんは、少し眠たげに見える。慣れているとはいえ、やはり睡眠不足は辛いだろうな。心配だけど余計なことを言って時間を消耗させては行けないと、あまり煩く話し掛けずに見守ることに徹している。



 しかし私の内心は実は穏やかじゃない。
 この頃彼が前の日に来ていたスーツに、甘い香りが残っていることがあるからだ。



 薔薇のような、それでいて少しスパイシーなキリッとした香り。

 最初気が付いた時は、仕事相手の香水かな?くらいにしか思わなかった。接待で女性のいる場所に行くこともあるだろうし……って。でも二度目に同じ香りを嗅いだ時には、胸の奥がザワッと騒いだ。

 つい、阿部さんの台詞を思い出してしまうのだ。丈さんに近付く女の人がいるって聞いて湧き上がった不穏な感情が、再び足元に押し寄せて来る。

 だけど以前丈さんが三好さんと仙台出張に行くと言った時に嫉妬心をぶつけてしまった事があって、私は物凄く後悔した。パパに『亀田君はそんな男なのか?』って言われて、自分の気持ちにばかり注目して丈さんを信用しなかった自分が嫌になった。だから同じ轍は二度と踏むまいって誓っている。何より仕事第一の丈さんが仕事の時間を削って誰かの誘惑に乗る、なんて展開も想像できない。だけど―――

 やっぱり心配なものは心配……!

 私が会えない間に、彼の近くに甘くてそれでいて凛とした香りを纏う女性が、その香りが移るくらい近くにいるなんて考えるだけで―――嫉妬で胸がモヤモヤしちゃう……!!
 あーもう、私!なんで丈さんに新しい眼鏡を勧めてしまったんだろう。こんなことならずっと『コワモテ冷徹銀縁眼鏡』のままでいて欲しかった!

―――なんて、今更どの口で言えるだろう……?

 ううう……せめてもう少し、一緒にいる時間が取れればなぁ……!



「はぁ……うータン、いつになったら丈さんのお仕事、落ち着くんだろうね……?」



 ぺったりとラグに寝そべったまま私の撫でを受け入れるうータンに、私はそう訴える。

 いつもならどんな心のモヤモヤも、素敵なトゥルットゥルの毛並みを撫でるだけで解消できるのに。心の重しは撫でても撫でても消えないまま。

 うータンは勿論何も答えない。ただ彼女の耳が、ピピピッと私の愚痴を振り払うように左右に動いただけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

【完結】待ってください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。 毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。 だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。 一枚の離婚届を机の上に置いて。 ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。

処理中です...