捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
294 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし

どうしても我慢できないこと <亀田>

しおりを挟む
亀田視点の短いおまけ話。
思わせ振りなタイトルですが、R指定方面の内容は含まれておりません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 卯月が手作りしてくれた夕食を美味しくいただいた後、ケージから出てささやかな広さの運動場でノンビリしているうータンを部屋に解き放ってみることにした。すると先週までの引き籠り生活が嘘のように、彼女は躊躇う事無くピョコリと入口から這い出して来る。すっかり気持ちも落ち着いたのか、あちらこちらで鼻をヒクヒクさせては新しい陣地となるマンションの中を我が物顔で跳ねまわり始めたのだった。

「先週とはすっかり別人だね。いや、『別うさぎ』か」

 クスクス笑いながら卯月が機嫌良さそうにラグにペタリと座り込んだ。そして手に握ったセロリの葉っぱをフリフリと差し出す。すると、うータンがトテットテッと近づいて来て真顔で葉先に噛り付いた。
 それから暫くの間ポシポシと彼女は生野菜を味わっていたが、葉っぱと言う葉っぱを全て食い尽くした後『腹も満たされたしそろそろ撫でろ』と言わんばかりに今度は鼻先を卯月の膝にグイグイと押し付けて来る。

「おぉ……うータン!、すっかり元の姫様に戻りましたね!」

 などと笑いを含んだ声で揶揄いつついそいそと、うさぎの白い体を鼻先から尻尾まで撫で始める卯月の顔は大層明るい。ウキウキした気分が溢れて来て、それがこちらにも伝わって来るようだ。俺も卯月の隣に腰を下ろし、首を長く伸ばして伏せのような姿勢でうっとりと撫でられているうータンの毛並みを身近で眺めることにした。

 念入りなブラッシングで常にツヤツヤに保たれていた白い毛並み。それがところどころ、束になって飛び出してしまっている。季節の変わり目はうさぎにとっては換毛期に当たる。うータンの毛も温かい冬用の毛が抜けかけて、あちらこちらボサボサになっている部分が見受けられた。

 自然にその、抜けそうで抜けきらない毛束に―――目が吸い寄せられる。

「……」
「うータン、久し振りだねぇ……ああ、やっとうータンに触れられて、ホントに嬉しいよ!本望だよ!」

 卯月は感激のあまり、熱のこもった声でうータンに訴えた。しかし訴えられたうータンの方は、撫で主の感動など耳に入らないかのようにひたすら伏せの姿勢で『撫で』を堪能しているように見える。ピクリとも動かない。その間俺の視線の先で、抜けそうで抜けきらない毛束は後足側の腰の位置で飛び出したまま。しかし撫でられるたびに、不安定にそよそよと揺れている。……ここでポトリと自然に抜け落ちたって可笑しくない状態だ。

「………………」

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。あれを抜いたら―――さぞ気持ちが良いだろうな。

「うータン、寂しかったよ~!もう天岩戸あまのいわとに籠らないでね」

 そう、うータンに囁き続ける卯月の声は本当に嬉しそうで―――



「わっ……!」



 その瞬間ピュッとうータンが稲妻のように卯月の手の下から飛び出して、ケージの中に一目散で飛び込んでしまった。

「え……なっ……た、たけしさん?」
「?」
「それ……」

 突然の事に驚いてうータンを見送っていた卯月が、俺を振り向き目を見開いた。その視線の先にあるのは俺の右手だ。

「……あっ……」
「……丈さん、我慢できなかったんだね」

 と、同情を込めた生温かい目を向けられてしまった。



 それは完全に無意識のことだった。
 俺の右手の―――親指と人差し指の間には、いかにも柔らかそうな白い毛束がひと房挟まっている。……と言うか、たぶん俺が自らの指で摘まんだのだろう……これはきっと、油断しきったうータンの腰骨の辺りに飛び出していた毛束だ。

 どうやら見つめている内に、自然と手が伸びてしまったようだ。気持ち良く撫でられていたうータンは可哀想に、突然の刺激にさぞ驚いた事だろう。漸くこの部屋に馴染み始めた彼女が、心を開き始めた所だと言うのに……俺は自分の本能を抑える事が出来なかったのだ……!

「悪い……」

 深刻なうさぎ不足に陥ったあまり、冷静な判断が出来なくなってしまったらしい。うさぎはどちらかと言うと、上半身より下半身に触れられるのを嫌がるのだ。つい先日まで新しい環境に警戒心を抱いて引き籠っていたうータンの毛束を引き抜くなら―――少なくとも先ず上半身から始めるべきだった。

「―――今度はもっと上手くやる」

 すると突然卯月が、まるで堪えきれないと言うように笑い出したのだ。



「ぷっ……アハハ!丈さんったら、おっかしい……」



 俺はいたって真面目に話しているのに。
 何故か妻に大笑いされてしまったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


どうしても我慢できませんでした(笑)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

宇宙航海士育成学校日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 第四次世界大戦集結から40年、月周回軌道から出発し一年間の実習航海に出発した一隻の宇宙船があった。  その宇宙船は宇宙航海士を育成するもので、生徒たちは自主的に計画するものであった。  しかも、生徒の中に監視と採点を行うロボットが潜入していた。その事は知らされていたが生徒たちは気づく事は出来なかった。なぜなら生徒全員も宇宙服いやロボットの姿であったためだ。  誰が人間で誰がロボットなのか分からなくなったコミュニティーに起きる珍道中物語である。

【短編集】エア・ポケット・ゾーン!

ジャン・幸田
ホラー
 いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。  長編で書きたい構想による備忘録的なものです。  ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。  どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

悪役令嬢ですが婚約破棄されたこともあって異世界行くには妥協しません!

droit
恋愛
婚約破棄されて国を追放され失意の中、死んでしまった令嬢はそのあまりにみじめで不幸な前世から神により次の転生先と条件をある程度自由に決めてよいと言われる。前回さんざんな目にあっただけに今回の転生では絶対に失敗しない人生にするために必要なステータスを盛りまくりたいというところなのだが……。

【短編集】ゴム服に魅せられラバーフェチになったというの?

ジャン・幸田
大衆娯楽
ゴムで出来た衣服などに関係した人間たちの短編集。ラバーフェチなどの作品集です。フェチな作品ですので18禁とさせていただきます。 【ラバーファーマは幼馴染】 工員の「僕」は毎日仕事の行き帰りに田畑が広がるところを自転車を使っていた。ある日の事、雨が降るなかを農作業する人が異様な姿をしていた。 その人の形をしたなにかは、いわゆるゴム服を着ていた。なんでラバーフェティシズムな奴が、しかも女らしかった。「僕」がそいつと接触したことで・・・トンデモないことが始まった!彼女によって僕はゴムの世界へと引き込まれてしまうのか? それにしてもなんでそんな恰好をしているんだ? (なろうさんとカクヨムさんなど他のサイトでも掲載しています場合があります。単独の短編としてアップされています)

処理中です...