捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

紹介されました。 <亀田>

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亀田視点のおまけ話です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「奥さんホント、可愛いですよね」

 口元に軽く握った拳をあてて笑いを堪えつつ、体格の良い店長が呟いた。ちょうど自分が思っていた事を見透かされたような台詞に眉を顰める。素直に頷けないのは俺の心の狭さの所為か、それとも飄々とした態度の男を知らず警戒してしまう所為だろうか。

「店長さん、ペレットと一緒にこれもお願いします」

 その男の囁きが耳に届いていないであろう卯月は、俺がジトッとした視線を彼に送っていることには気が付いていない。先ほどの慌てっぷりを恥じるように、少し照れた様子でそのボトルを目を細めている大きな男に差し出すだけだ。
 見慣れないパッケージだな。忙しくて暫くペットショップは随分とご無沙汰だ。新製品なのかもしれない。

「消臭剤か?」

 俺が尋ねると、卯月は頷いた。

「うん、ペットが口にしても大丈夫な酵素で出来ているんだって」
「初めて見るな」

 どうやら今まで小柄な店員と話していたのは、新しく入荷した製品についての説明を聞いていたらしい。

「トイレに吹きかけるだけじゃ無いんだよ!飲み水や餌に混ぜて使うんだって」
「は?……幾らなんでも食べさせるのは危ないんじゃないか?」

 俄かには信じられずに疑問を口にすると、小柄な店員がグッと両こぶしを握って俺を見上げた。

「それが大丈夫なんです。乳酸菌や酵母菌と言った善玉菌を培養した物なので、体に悪い物は入っていないんです。」

 と、やけにハキハキと説明を始めた。先ほどの挙動不審な態度が一変して、しっかり目を見て説明してくるから驚いた。

「ホームセンターの店長さんが牛の尿から作ったんですよ」
「牛の……尿?」

 尿と聞くと逆に臭いイメージなんだが……果たして大丈夫なのか?

「善玉菌が悪臭を発生する菌を減らすんです。だから腐敗臭を元から断つんです。ちゃんと専門機関で検証して安全性も確認していますし、私達の飼育場でも使っていてかなり効果がありました。これ、本当にお勧めです!」
「ほう……」
「お安いミニボトルを試してみて、気に入ったら大きい容量のものをお求めいただく事も出来ます」

 卯月が手にしているのは、百ミリリットルのミニボトルだ。店頭にはもう一回り大きいスプレーボトルも並んでいる。

「伊都さん、このスプレーボトルよりもっと大きなのってあるんですか?」

 卯月が隣の店員を見下ろして尋ねた。確かに通常使いするなら、もう少し量が多くても良いかもしれない。詰め替え用があっても便利かもな。

「はい、こちらには並べていませんけど詰め替え用で五百ミリリットル、一リットル、四リットルもあります。ちなみにうちでは最大容量の十八リットルを使ってます。気に入って頂けたら、お取り寄せできますので連絡してください」
「十八リットル!……は流石に多いですね」
「一リットルの詰め替え用なら在庫がありますので、すぐお渡しできますよ」

 ニコニコしながら二人は楽しそうに会話を交わす。卯月の屈託のない笑顔を見ていると、胸の辺りが温かくなるような気がした。やはり彼女にとって、ここに通えるようになったのは良いことなのだろう。
 この眼鏡の小柄な店員も、取り扱っている商品に関しては自信を持って説明出来るようだしな。接客が苦手と言ってもあれだけシッカリ話せるならうさぎ専門店の店員としてなら問題ないだろう。ケージも綺麗だし、子うさぎ達も落ち着いていて健康状態も良さそうだ。ほとんど『売約済み』の札が着いているし―――きっとここは卯月の言う通り、良い店なんだろう。

 俺はチラリと隣にいる背の高い男に視線を移した。すると男は菩薩のような笑顔を、おしゃべりする若い女性陣に向けている。懸念が薄くなるわけではないのだが、この男が小柄な店員と卯月の関係を温かく見守っているのは本当の事なのだろうな、とその横顔を見て考えた。しかしただの店員を、そこまで温かく見守る店長ってなんなんだ?卯月のことを『可愛い』だの言っておいて実際はこの眼鏡の店員と付き合っているとか?だとすると随分身長差のあるカップルだよな……それかただ単に女性全般には誰にでも優しいフェミニストだったりするのか?あまり対応した事が無いタイプだからどうにも掴みづらい。まぁいいか、もうコイツのことは。考えても分からない事にいつまでも拘っていても仕方が無い。俺はどっちにしろ卯月が笑顔で居られるなら、文句はないんだから。

 そんな風に気持ちの落としどころを付けた俺だったが、最後にレジで会計を済ませた後、ペレットのお試しセットと消臭剤の入った袋を差し出して来た店長が吐いた言葉にまた眉を顰めてしまいそうになった。



卯月・・さん、買い物がなくても良いのでチョクチョク顔出してくださいね。伊都とお待ちしておりますので」
「はい!」
「……」



 何故コイツまで卯月を名前で呼ぶんだ……?
 俺のジトッとした視線をものともせず、体格の良い店長は俺にもニコリと屈託のない笑顔を向けてきやがったのだ。

「あ、亀田さん―――旦那さんも、是非!」
「……ええ」

 嬉しそうに小柄な店員と目を合わせながら頷く卯月の気分を損ねるのは忍びない。俺はなるべく感情を表に出さずに、不承不承頷いたのだった。
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