捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

俺の妻が可愛くて仕方が無い3 <亀田>

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 仙台駅前にある全国的に有名な牛タン専門店を選び腹を満たした後、俺達は例の店を訪れたのだった。そう……ミミ似の子うさぎを抱え目尻を下げていた、無精髭のガタイのいい店員がいると言うあのうさぎ専門店だ。



 卯月と親しくしているのも気に入らないのに、ミミ(に似ている子うさぎ)までまるで自分のもののように(いや、自分の店のうさぎなのだろうが)抱っこしているなんて―――やはり面白くはない。しかしそれが全く勝手な言い分だと言うのは重々承知している。
 妻を信じていない訳じゃない。だけどやはり目の前で俺以外の男に対して親し気にメールを打つ様子を見ていると、モヤモヤと込み上げるものがある。

 慣れない土地に来たばかりの卯月をほったらかしにせざるを得ず、本社の総務課にいた吉竹のように親しく話せる友人が出来ればここでの居心地も良くなるだろうに、などと考えていたのはつい先日のこと。
 なのにいざその話し相手が出来たとなると途端に疑心暗鬼が首をもたげ始めるなど―――もしかして俺は、物凄く心の狭い男なのかもしれない。と内心、自己嫌悪に陥りそうになった。

 しかし、改めて考え直してみると……そもそも卯月は、男の好意に関して非常に鈍感な所がある。しかも人が好いと言うか、相手が気の毒な状況であるとつい絆されたりグイグイ来られると流されたりする事が多いらしい。何しろそれに付け込んで結婚まで早急に持ち込んでしまった、一回りも年の離れた男がいるくらいだ。つまりそれは俺のことなのだが。
 更に言うと大学時代の友人、水野の件もある。それに彼女は気が付いていないが本社の営業課にいた辻は、かなり卯月に思い入れを持っていたらしい。正直あのタイミングで卯月を総務課に異動させて、個人的にも良かったと思う。彼女がそれと気付かぬ内に真面目な辻の勢いに押されて何となくデートらしきものに付き合わされ、いつの間にか辻当人は卯月と付き合っているつもりになっていた―――なんてややこしい事態に陥ってしまってもおかしくないと思う。面と向かって卯月にそう言えば『あり得ない!』などと言うだろうが……。

 ……これは妻を信じていないと同じだろうか?

 いや!卯月の気持ちには勿論信頼を置いている。ただ―――例えば卯月の場合相手が騙そうと思えば騙せてしまう……気がするのだ。つまり、俺は心配なのだ。卯月にそのつもりが無くても、相手がどう思っているか分からない。だから相手がどういう奴なのかこの目で見極めなければならない。
 そう、年上の俺はある意味若い卯月の保護者でもあって、彼女は俺の妻であると同時に大谷さんと紘子ひろこさんから預かっている大事なお嬢さんであるのだから俺が目配りをする事は当然のことなのだ。

 ―――などとこの間からあれこれ自分に言い訳をしつつ、過ごして来た。

 そうして今日、この店の前に辿り着いたのだ。うさぎを見るのは単純に楽しいし、うータンにも何か土産を買いたいしな。だから決してつまらない嫉妬心に捕われて卯月の交友関係を邪魔しようとか……そう言う意図は本当に、全く無い。

 『うさぎひろば』と書かれた扉を押して、卯月を先に通らせた。卯月はレジの傍に立っていた男に向かって笑顔で挨拶をする。



「こんにちは」
「いらっしゃいませ」



 穏やかな笑顔で卯月を迎えた無精髭の男は、写真で見たイメージよりもずっと大きく体格の良い男だった。俺と同じ……いや、少しあちらの方が背が高いか?卯月の背後にいる俺にもニコリと笑い掛けて来る。対する俺はかなり『恐い』顔をしているかもしれない。笑顔を返す余裕は、まだ無かった。俺の内心の葛藤を知らないであろう店員は、卯月の背後の俺にも目を向け屈託のない笑顔を浮かべる。

「いらっしゃいませ」

 何となく勝負に負けたような、妙な気分になる。

「……」

 無言でペコリと頭を下げると、男は問いかけるように卯月を見た。卯月はハッとして俺を振り返り、それからモゴモゴと口を動かした。

「あの、ですね……この人はその……」
「いつも『妻』がお世話になっています」

 口籠る卯月の台詞に、つい被せ気味に口を開いてしまった。知らず語気が強くなるのを止められなかった。その途端ポッと卯月の頬が染まったように見えた。まだ夫婦になって一月も経っていない。照れ屋な処がある卯月は、俺を『夫』と紹介するのが恥ずかしかったのかもしれない。

「え?……ああ!ご夫婦でいらしてくれたんですね。有難うございます」

 一瞬虚を突かれたような表情をした男が、温和に目尻を下げた。卯月はますます真っ赤になって、視線をキョロキョロと彷徨わせた。

「は、はい!そうなんです!」
「ゆっくりご覧になって下さい」
「はい!あ、たけしさん、こっちこっち!」

 そう言って卯月は頬を朱くしたまま、俺の袖を引っ張った。いつもなら腕や手を掴んでいる所だろうに……この店員の前だからだろうか?その初心な仕草に、卯月の照れが伝染したのか僅かに胸の辺りがくすぐったいような感覚になる。微笑んでいる店員の男に再び軽く会釈をして、卯月に引かれるままにケージの前へと移動した。

「この子だよ」

 ケージの中には―――黒にも見える焦げ茶の小さなぬいぐるみがいた。人の気配に顔を上げた、うさぎのつぶらな瞳に、カチッと視線が合う。

 途端に店員の男のことは頭の隅に追いやられてしまった。そうしてジッとケージの中のうさぎと、目を合わせる。ヒクヒクと鼻を動かし懸命に気配を探ってはいるが、真っすぐにこちらを見る度胸の良さは『あの時』と同じだった。

「可愛いな……」
「でしょう?」

 思わず漏れた感想に、卯月は得意げに胸を張って応えて来た。

 俺はそっと息を吐く―――ホッとしたのだ。そう、思ったより実物はミミと重ならなかった。この子うさぎの性別がオスでミミと違うからか、ただ単に雑種と純血種の違いなのか。それとも別れた時の成兎の容貌の方が印象に残っているせいなのか……。

「ミミに……似てるかな?」

 卯月はミミを写真でしか見ていない。たぶんこの子うさぎは、かなり写真のミミと似ている。だけど俺にとってはやはり違ううさぎだった。卯月が少し心配そうにこちらを窺っているのに気が付いて、やっと自分の表情が硬くなっているのだと気が付いた。

 俺は意識して口角を上げて頷いた。



「そうだな。小さい頃のミミに似てる」



 それは本当だ。すると卯月は少し嬉しそうに頬を緩めた。

「可愛いうさぎは見ているだけで癒されるよね」
「ああ」
「うータンにも触っていないから、そろそろ丈さんもうさぎ不足かなって」

 それを聞いてストンと胸に落ちた。そうか、卯月は―――。

 これは小豆のアイピローと同じなのだ。
 それに気が付いた途端、胸がぎゅっと熱くなった。



 本当に……どうしてこんなに俺の妻はこんなに可愛いのだろう?



 下らない嫉妬で焦ってしまった自分が、ひどくツマラない人間に思えて来た。保護者面して……あれこれ言い訳を捻り出して、自分の体面を保とうとしていたことも。

 年なんか一回り違っていたって、関係ない。守っている気で守られている。こんな俺を気遣える―――彼女の方が、中身はよっぽど大人に違いない。
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