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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】

11.ねーちゃんを、説得する

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部屋を出ると、廊下に美味しい匂いが充満していた。

―――ハンバーグだ!

一気に気持ちが沸き立つ。

が、しかし。

すぐにサッと気持ちが冷める。
ねーちゃんに会うのが非常に気拙い。
完全にオカド違いだが―――親切に鴻池の言動について教えてくれた鷹村を一瞬恨んでしまう。せっかくの大好きなハンバーグに集中できなさそうな気がしたからだ。

テーブルに並んだ皿を目て、足りないものを用意するべくキッチンに入る。
対面式のキッチンでは、ねーちゃんが茶碗にご飯をよそっていた。

「箸と飲み物用意するね。牛乳で良い?」
「トマトジュースが良いな」
「了解」

俺は食器棚から箸とコップを出し、次いでに冷蔵庫から牛乳とトマトジュースを取出した。
必死にさり気なさを装っているが、心臓がバクバクとうるさい。ねーちゃんの声音や態度に、何かいつもと違うものが混じっていないか察知しようと―――動揺を表さないように気を使いつつ、全身全霊を傾けて神経を凝らした。

しかし、そういった気配は全く見つけられなかった。



もしかしてねーちゃんは鴻池の発言を聞き流す事に決めたのかな。
そんな推測が頭に浮かび、思わず胸を撫で下ろす。
きっと、そうだ。そうに違いない。

ここ最近ねーちゃんに関わった鴻池の態度は―――正直あまり愉快なものでは無かった。そういう相手の言動を―――きっとねーちゃんは黙殺することに決めたのだろう。

「「いただきまーす」」

あーお腹すいたー!

モグモグ。ガツガツ。

毎日のハードな練習の所為で、俺はいつでも腹ペコなのだ。だから夕食を無言でブルトーザーのように平らげる。
しかし一口30回噛む事は忘れない。きちんと栄養を摂取して良い筋肉を作るためには、良く噛む事が大事だからだ。

モグモグモグモグ……。






「あー、美味しかったぁ。幸せだー」

夕食後テレビ前のソファで、ねーちゃんの入れてくれた温かい番茶を飲む。
俺が思わず心の声をそのまま発すると、俺の隣でねーちゃんが嬉しそうにニコリと笑った。

ドッキン。

か、可愛すぎる……。

さっきとは違う意味で、心臓がドキドキした。

テレビでは外国人観光客を相手に、撮影スタッフが「どうして日本に来たんですか?」とマイクを向けていた。
俺は「ねーちゃんは、どうしてそんなに可愛いのですか?」と思わず声に出して聞きそうになったが、なんとか呑み込んだ。

「勉強、順調?」
「うん、まあまあかな?この番組終わったら、少し続きやってすぐ寝るけど」
「ねーちゃん朝型だもんね。最近、何時に起きているの?」
「んー、3時かな」
「3時?!」

はやっ

「だから10時前には寝ているよ。清美だって早いでしょ」
「まあ俺の場合夜疲れ過ぎて起きていられないだけだけど……朝だって早いと言っても5時半だし。やっぱ3時は早いよ」
「もう慣れたよ。―――それに入試までの我慢だしね」

ふと、今まで心に登らなかった疑問符が胸に浮かんだ。
鷹村から聞いた鴻池の話に出てきた―――俺がそれまで考えもしなかったこと。考えたくなかったと言ったほうが正確なのかもしれない。心の中で目を向けないようにして来たその部分に、ライトが当たったのだ。

「ねーちゃんって……どこ受けるの?」

実はそれまで俺は、ねーちゃんが札幌市内で一番難関の国立大を受けるものだと決め付けていた。人見知りのねーちゃんがせっかくできた家族と離れて暮らすなんて―――居心地の良い場所を手放すなんて想像してもいなかったのだ。

いや、正確に言うと……そんな可能性について考えたくなかった。だから想像力に蓋をしていたのかもしれない。

しかし鴻池が、ねーちゃんに『遠い大学受けて』俺の前から消えるように言っていたと聞いて、それが呑み込み切れない小骨のように引っ掛かっていたのだ。

そもそも道外の学校を受験するなんて―――ねーちゃんは考えてないよね?
せっかく一緒の高校に入れて距離が縮まった所なのに、毎日会えなくなるような場所へ出て行ったりするわけ……無いよね。

そう心の中で唱えてみて。

それは単に俺の願望でしか無いっていう事に……今初めて気が付いた。
ねーちゃんは受験校についてこれまで語った事が無かった。だから彼女の進路が市内のH大だなんて―――ただの俺だけの推測に過ぎないんだ。

「うん?そうだね……学費の安いところが良いから、国公立かな?」

―――範囲ひろっ!

国公立大って、全国津々浦々にいくらでもある。俺は懸念が現実になるようで、背中に冷や汗を掻いた。でもまだH大じゃないって決まったわけじゃ無い。縋りつくような気持ちで俺は言った。

「安いところって……じゃあ、家から通えるところだよね?」

ちなみに家から通える国公立大学はH大とO商科大とS医大、それと教育大しかない。

「うーん……」

同意とも断りともとれる、あまりはっきりしない返事。
焦らされているような気がしてしまう。

「理系?文系?」
「理系……」
「どんな学部に行きたいの?」
「……できれば天体観測ができる学部に行きたいんだけど、入学してから選抜される大学もあるんだよね。……まあ、どっちみち入ってから頑張るしかないんだけど」

俺はゴクリと唾を呑み込んだ。

「まさか……道外の大学、受験しないよね?」

こちらから尋ねてしまえば、返事を聞かなければならない。

本当は、聞きたくない。
質問を撤回したくなった。

「んー」

ねーちゃんは腕を組んで言い辛そうに唸った。
俺は喰い入るように、ねーちゃんを見つめている。
ねーちゃんは腕を組んだままチラッと俺を見上げて、直ぐにサッと視線を逸らした。

「……」
「……」

答えないのが、答えなのか。

「ねーちゃん」

俺は先を促した。思ったより自分から低い声が出てきて―――吃驚する。
責めるつもりは無い。責める資格がある訳じゃ無い。

それなのに俺は無意識に、声に威圧を込めていた。
俺の逃すまいという態度に観念したのか、ねーちゃんは溜息を吐いて諦めたように組んでいた腕を降ろした。

「後期は、H大を受けるよ」
「後期は?……前期は何処を受けるの?」

本当にどうしようもないくらい、俺の声は低くなってしまう。

「前期はT大」

東京だ。

「受かるかどうかわからないけど、受かったら―――初の独り暮らし!かな?」

ねーちゃんは番茶の入ったマグカップに目を落としたままおどけて言い、フフッと笑った。



「……駄目だよ」



「え?」



ねーちゃんは地の底を這う様な俺の声に、ゆっくりと顔を上げた。
俺もねーちゃんの目を、じっと見つめる。



長い沈黙が続いた。
根負けしたのは、ねーちゃんの方だった。スイッと気まずげに視線を外し、長い睫毛をゆっくりと伏せる。

ねーちゃんがこの家を出るなんて、許せるわけない。

やっと毎日一緒にいられるようになったのに、ほぼ半年後4月から離れて暮らすことになるかもしれないなんて。

「駄目だよ」
「……」
「東京の大学は受けないで。前期もH大にしなよ」
「え、でも……」

離れたく無い、だから遠くに行かないで欲しい。
そんな事を言える立場では無いのに。

好きだから、傍にいて欲しい。
そう、言いたい。

だけどそれを受け入れて貰えなかったら?
俺の本当の気持ちを告白して―――拒まれたら。
……ねーちゃんは、後期日程で市内の大学を受験することさえ、やめてしまうかもしれない。―――俺から離れるために。

だめだ。

好きだから一緒に居て欲しい―――今はそう打ち明ける訳にはいかない。

「……駄目だよ。超人見知りのねーちゃんが知合いが1人もいないところで―――やっていけると思う?とーちゃんもかーちゃんも―――俺もいないところで、独りぼっちで暮らすの?」

グッと、ねーちゃんは唇を引き結んだ。

「―――大丈夫だよ。私だって友達作れるようになったよ。人見知りだって、そんなにひどくなくなってきたし」

腹の中に、何かモヤモヤしたものが産まれた。

何を言っているんだ、この人は。
俺と離れ離れで暮らして―――それで平気だって言っているのか?

大学生活は少なくとも4年間。大学院にでも進学すれば6年以上―――、一緒に暮らせない。そのまま就職してしまえば、永遠に離れ離れになるかもしれない。
そして4月まで……あと半年も無い。
たった半年。それしか一緒にいられないかもしれない。

彼女の日常生活の中で今、生身の人間相手のコミュニケーションの半分以上は俺が占めている筈だ。この人は―――自分から気軽に人を頼る事ができない。心を十分に許した相手としか関わらないで来たのに、のんびりした地方都市で過ごして来て、あんな都会に1人で飛び込んで簡単に良い人間関係が築けると、本気で思っているのだろうか。



俺の頭の中では嵐のように妄想が飛び交った。

―――駄目だ!!―――絶対、1人で暮らすなんて許せる筈が無い。

ねーちゃんみたいなまっすぐな人間を騙すのなんて、ちょっと狡賢い奴にとっては造作も無い事だ。俺は想像上の悪漢に対して、ギリッと歯噛みをして憎しみをぶつけてしまう。

「―――ねーちゃんには、無理だと思う」

ねーちゃんはグッと喉を一瞬詰まらせた。
けれどもいつものように彼女は、慎重に言葉を選んで―――俺に反論する。

「そんな事ないよ。きっと、なんとかなる―――私にだって―――頑張れると思う」
「今だって、他人とほとんど交流してないだろ?お昼に知らない女子から話し掛けられる事でさえ、疲れて逃げ出しちゃうくせに」

つい、口にしてしまって後悔する。

これは反則だ。何故なら知らない女子がねーちゃんに構うようになったのは―――俺が原因だったからだ。

「……清美が私の傍にいなかったら、私に構う人なんてそんなにいないよ」

これが売り言葉に買い言葉ってヤツなのか。
苦々しく思っている所に、冷や水を浴びせられた。
その台詞が『お前の所為だ』と言っているように聞こえて、思わず頭に血が上った。

「知らない男にナンパされてもそれに気付きもしないねーちゃんがそんな風に言っても―――全く説得力ない」
「ナンパなんかされたこと無いよ。いつも清美は考え過ぎなんだって」
「ねーちゃんが、鈍感なんだ」
「清美が心配し過ぎなんだよ」

俺は皮肉を籠めてハッと息を吐いた。

「本気でそんな事思ってるの?―――だとしたらとんでもなくお目出度いよ、ねーちゃんは」

知らずに、声が更に低くなる。
どうやら、俺は怒っているようだ。



これだもの、俺のあからさまな好意に気付かない筈だ。
何をしても、知らんぷりで『弟』扱い。



確かに俺は、ねーちゃんに自分の気持ちをはっきり言い表してはいない。
―――だけど、本当に鈍すぎる。

これだから知らない男の思惑だけじゃなく、毎日浴びせるように発している俺の恋情に気付かないわけだ。



俺はソファの右側に座るねーちゃんの、右手首を掴んだ。

視線が絡み合う。

だけど彼女のブラックホールのような漆黒の瞳の中には―――何も浮かんでいない。
安心しきった瞳に、内心舌打ちする。

折れそうな細い手首だ。

対比で俺の手が、とても骨っぽく大きく見える。
彼女にとって―――俺はいつまでたっても『弟』でしかないのか。いきなり手を掴まれたとしても……警戒心をカケラも抱かないほどに。

こんなに大きくなったのに。
彼女にとって―――俺は未だに女子に絡まれて、彼女に慰められた小5の子供なのか……?



違う。



俺はもう弟じゃない。彼女を簡単に自由にできる男だ。
彼女に恐怖を与える事のできる存在なんだ。

それを、分からせなきゃならない。
心に刻みつけて―――理解させなければ。
どんなに優しい顔を見せて近づいたとしても……世の中の男がどれだけ危ない存在なのかって事を。

俺は彼女の左手首にも手を伸ばす。



「清美?」



訝しげに首を傾げるねーちゃんの体を、そのまま背中からソファに沈めた。

ぽすっ。

ソファが柔らかく彼女の体を受け入れて、凹んだ。
彼女の両手首を顔の両側に固定して、覆い被さるようにじっと瞳を見つめる。

ついこの間、似たような状況になった。
あんな危ない状況を経験したのに―――未だに警戒心を持たない彼女に苛立ちを覚える。
いまだ尚、蛍光灯の光を反射して艶々と光る黒い飴玉のような瞳の中には……怖れのようなものは何も浮かんでこない。

どれだけ、俺を―――男を、信用しているんだ?



「はは」



俺は可笑しくなって、つい笑ってしまう。

「……どうしたの?何が可笑しいの?」

冷静な声。
この声を乱してやりたい。

「ホントに警戒心ないなって」
「え?」
「男はね、ねーちゃんみたいに非力な女なんて、簡単に押さえつける事ができるんだよ。こんなふうに」

俺の声の冷たさに、ねーちゃんの瞳に初めて戸惑いの色が浮かんだ。

「何言って……清美、どいてよ」
「振りほどけば、いい」

俺は、彼女の耳に口を近づけて囁いた。

「独りになっても―――近づいて来る男を上手くあしらえるって言うなら、実際にやってみせてよ」

息が掛かった刺激に拠るものか、彼女の体が微かにピクリと跳ねた。
俺はもう一度体を離して、じっくり彼女の様子を観察する。

「……何、言ってるの?」
「やってみてよ」

譲らない俺に、話し合いで解決する事を諦めたのかねーちゃんは身じろぎを始めた。
俺は両手首だけじゃなく、彼女の下半身も自分の体重で抑え込んだ。

「……っ!」

腕を突っ張り、体を捻ろうともがく。
しかし当然のことながら―――長年鍛え抜いた運動選手の体を跳ね除ける事なんて、彼女にできるはずがない。

暫く暴れた彼女の体は、しっとりと汗ばんでいた。その熱気が石鹸の香りと混ざって何とも言えない馨しい匂いが俺の鼻腔をくすぐる。息の上がった彼女が―――諦めたように動きを止めた。

「……無理だよ……私が清美に敵うわけないよ」

弱々しく呟く様子に、俺の中で何かが鎌首をもたげつつあるのを感じた。

「道外受験、止めたくなった?」

聞いたのは、彼女に逃げ道を与えるためだ。
俺は返答を待った。
ねーちゃんは俺と合わせていた視線を、そっと外した。

「それとこれとは、関係ないよ」

強情だな。

俺は溜息を吐いた。
せっかく示した逃げ道を自分で塞ぐなんて。

「そっか、これじゃ足りないか。じゃあもっと納得できるよう説得しなきゃな」

俺は間髪入れず、彼女の唇に口付けた。
ふんわりと柔らかい感触がして、ちゅっと軽くリップ音が立った。
一旦顔を離すと、ポカンと呆気に取られた表情が目の前にあった。

「きよ」

問いかけの言葉を奪うように、口を再び塞ぐ。
今度は先ほどのような挨拶みたいなものでは無く、齧り付くように深く口付けた。動揺して僅かに弛緩した歯と歯の間から舌を捻じ込む。緊張で縮こまった彼女の舌をツッとなぞれば―――ビクリとその華奢な体が跳ねた。

その反応に、どうしようもなく体の芯が熱くなる。
押さえていた獰猛な何かが―――本能が俺の理性を麻痺させていた。

「う……!」

声にならない抗議を上げる朱く腫れた唇から、吐息が漏れる。
どのくらいそうしていただろうか。
体の下の小さな体から強張りが取れて空しい抵抗がすっかり消えた後―――暫く満足行くまで味わってから俺はやっと唇を離した。彼女の口から無意識にはぁっと息が漏れる。

茫然自失といった表情をたっぷり観察してから―――俺は聞いた。

「……怖い?」

虚空を見ていた彼女の瞳が―――のろのろと声を発した俺の顔に戻る。しかし微妙に視線は絡まない。

「こわく……ない」

何故彼女はまだ虚勢を張るんだ。
こんな目にあって―――怖くないわけがない。
簡単に自由を奪われ、男に貪られる事が怖くないと言うのか?



……まだ足りないの?



「そう……まだ分からないの?」



俺は体勢を立て直した。
両手首を離し、彼女の腰を抱えてソファの上にキチンと置き直す。チュニックに膝下丈のレギンスといった柔らかな部屋着を着ている彼女の足の間に体を割り入れると、彼女の膝が開く格好になった。意図してやった事だが―――行為を連想させるその姿勢に思わず喉をゴクリと鳴らしてしまう。

チュニックの裾から手を這わせると―――薄いタンクトップ越しに柔らかい膨らみがあった。それを支えるために適度な硬さを持つカップが俺の触覚を力なく阻む。

泳いでいた視線が、俺の瞳を捕えた。
その中に言い様の無い恐怖が滲んでいる。



それを見つけて俺は―――漸くホッとする。



彼女の瞳が再び俺に向けられた事で―――どうしようもない安堵が胸に拡がった。
思わず指に力を込めると、掌になんともいえない気持ちの良い感触と早い鼓動が伝わって来た。



「ねーちゃん……怖いでしょ?」



俺が指に力を込めたまま言うと、ねーちゃんはフルフルと首を振った。

しかし再び目が合った時―――その目に涙の膜が張っていて、瞬きと同時に眦から雫がツゥッと肌を伝って落ちた。



「こわく……ない。清美をこわいなんて、思うはずない」



そう言った彼女の体は―――明らかに震えていた。



俺は目を閉じた。



そしてチュニックの中から腕を抜いて―――ドサッと覆い被さるように、自分の体を彼女の上に預けた。

微かに震え続けるねーちゃんの温かい、細い体。
首元に拡がるサラサラとした黒髪から、俺と同じシャンプーの香りがした。

「ねーちゃん。俺ねーちゃんの事、好きだ。姉じゃなく、女の人として。だから、離れたく無い」

ねーちゃんは、身じろぎもせずに俺の言葉を聞いていた。

「都会で独り暮らしをさせるのも、心配だし。俺が知らない場所で―――他の男がねーちゃんに近づくのかと思うと、気が狂いそうになるんだ」
「……」
「こんなに簡単に男に組み敷かれて、良いようにされちゃうんだよ。泣いたって叫んだって、途中で止めてくれないかもしれない。こんなに近くにいる俺の気持ちにも気付かなかったねーちゃんが……知合いもいない都会で、独りで……寄ってくる他人おとこの下心を―――上手くあしらえるの?」



俺はゆっくりと体を起こした。
小さな体から―――胸板に伝わっていた温もりが徐々に失われていく。



寂しい。



もっと触れていたい―――どこからどこまでが自分の体なのか判らなくなるほど、ピッタリとくっついていたい。

だけど、力なく俺をボンヤリと見上げる瞳は―――まるでガラス玉のようで。



目尻に残る涙の痕。



俺は思わず瞼を伏せた。



「ごめん」



なんとかそれだけ絞り出すように呟いて、ソファから離れた。

人形みたいに動かないねーちゃんの体を置き去りにして、俺はその場からまた……逃げ出したのだった。

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