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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】

4. ねーちゃんと、2人きりでお弁当を食べたいのに

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「ねぇ、ハンカチは?」

もうすっかり定番となった仁王立ちの鴻池がベンチに腰掛ける俺の前で腕を組んで立っていた。手にはサンドイッチを持っている。

「は?」
「ハンカチ出してよ。横に座るから」

俺の頭は「???」である。
何を言っているのか、訳がわからない。

「何で?」
「私もここでお昼食べる。で、あんたが遅れないように体育館に連れて行くから」

俺は頭を抱えた。

「俺、姉貴と約束しているんだけど。時間は守るから別の所で食べてよ」
「そんな事言って昨日も遅れたでしょ。森はお姉さんに強く言えないんだから、私が言ってあげるよ」

俺は更に頭を抱えた。
何て言えばいいんだろう。こいつは何でここまでお節介なんだ。

「姉貴の所為せいじゃないから、そんな余計な事しないでくれ。別に強要されている訳でも、引き留められている訳でもないから」

鴻池はふーんと言って聞いているのか聞いてないのか表情を変えないまま、強い口調で再びこう言った。

「ハ・ン・カ・チ・出して」
「自分で出せよ。俺のハンカチは1人分しかないんだ」
「清美、私ハンカチなくても平気だよ。それにもともと自分のあるし」

ねーちゃんの声が、やんわりと窘めるように響いた。
見上げると無表情のねーちゃんが、俺を見下ろしていた。

「ねーちゃん、でも……」
「マネージャーさんと一緒に食べるのかな?私、別の所行こうか?」

鴻池が何故かニッコリした。

おいおい。
それじゃ、意味ないんだっつーの。
鴻池、何頷いてるんだ。

俺はベンチから立ち上がった。

「ねーちゃんが違う所で食べるなら、俺も一緒に行く」
「森、早く食べないと時間無くなるよ。お姉さんもこう言ってくれてるんだから食べちゃおうよ」
「おまっ……」

カッとなって言い返そうとした。
その時俺の袖を引いて、恐る恐るねーちゃんが言った。

「えーと……じゃ、3人で食べようか…?」






**  **  **






どうしてこうなった。



俺を真ん中に右に鴻池、左にねーちゃんが座っている。

俺は鴻池にハンカチを差し出すのを、断固拒否した。
見かねて、何故かねーちゃんが鴻池にハンカチを提供すると提案。すると鴻池は自分のハンカチを出して座った。
頭が沸騰しそうになった。

自分のあるなら俺の出させようとするなよ!そして、ねーちゃんのありがたーい申し出を無下にするなっ!

俺はこれまで、叩かれようが小突かれようが居丈高に振舞われようが―――本気で鴻池に腹を立てた事は無かった。相当ウザかったけど……まあ熱心な性質たちだからやりすぎちゃうんだろうぐらいに考えて、適当に躱して逃げてきた。

でも俺は今、鴻池にすごく腹を立てている。

部活の時間なら、いい。
だけど人が1番楽しみにしている憩の時間にズカズカと踏み込んで来るのは、なんでだ。
俺に対して絡んでくるだけなら、まだいい。
だけど何故かねーちゃんに対して素っ気ない態度を示して、暗に邪魔だという素振りをしているのは、なんでだ?

邪魔なのは、お前だから。

ねーちゃんは人見知りだから、初対面の女子と一緒に過ごす事だって結構なストレスになっているハズ。なのに俺と鴻池が揉めそうな雰囲気を醸し出したから、気を使ってくれたんだ。
家に上がり込んできた川喜多を最初に見つけた時のような苛立ちを感じて、俺は沸騰しそうだった。

俺達姉弟は、黙々とお弁当を掻き込んだ。
その沈黙に耐えられなくなったのか、鴻池が話しだす。

「ねぇ、何で黙ってるの?」
「別に……いつも黙って食べてるけど」
「えぇ?……そんなんで何が楽しいの?」
「すっごく、楽しいよ」

(お前がいなけりゃ、もっとな)

俺は心の中で毒づいた。

「お姉さん話もしないでご飯食べているのなら、別に1人でもお弁当大丈夫だよね?」
「え?……あ、はい。そうですね」

ねーちゃん何故なぜに、敬語。
そして鴻池は3年の先輩に何故なにゆえタメぐち……。
確かに派手な鴻池の方が、見た目断然年上に見えるけれど。

「良かった。森、お姉さん1人で食べてくれるって」

勝手に仕切る鴻池に、ぷちっと頭の血管が切れるような感じを覚えた。

がぁ!くそっ!

俺の話、コイツは1個も聞いて無かったって事が判った。

「……だから姉貴は別に1人で弁当食べたくないなんて言って無いって―――さっきから言ってるだろ!俺が姉貴と食べたいって無理言うから、付き合ってくれてるんだ。合わせて貰ってるのはこっちなんだから―――別に姉貴は俺がいなくてもどうとも思わないって……」

ああー……自分で言ってて、悲しくなって来た。
だから真実を口に出したく無かったのに……向き合いたくなかったのに……。

鴻池の事―――今すっごく憎らしい。ほぼ八つ当たりだけど。

「ホントに優しいよね、森って」

鴻池が茶化すように笑った。

おい、本当に話聞いてんのか。

俺はイラッとして、言い返そうとした。
そこに、冷静な声が割って入った。

「清美……時間大丈夫?」
「あ!やべ。ねーちゃん、行ってきます」
「ホントだ!森、昼練始まるね、行こっ」
「いってらっしゃ~い」

俺達が慌てて立ち上がると、ねーちゃんはのんびりと手を振ってくれた。

校舎の入口でもう一度振り返る。
目が合った。
そしてねーちゃんが、ニッコリして手をヒラヒラさせてくれた。

わぁ、こんなはっきりした笑顔……久し振りだ。

俺が見惚みとれていると、鴻池にグイッと腕を引かれた。

「遅れるよっ!」

主にお前の所為だけどな……。






**  **  **






夕食の後、ダイニングテーブルにお茶を運んでくれたねーちゃんに俺は頭を下げた。

「ねーちゃん、今日はごめん」
「?」

ねーちゃんはキョトンと首を傾げた。
黒目勝ちの大きな目が丸くなる。

……俺を何回キュン死にさせる気ですか。

「なんかあったっけ?」
「お昼の鴻池の事。あいつすっごい失礼だった……いつもはもっとマシなんだけど。ねーちゃん、疲れたでしょ?」
「ああ」

ねーちゃんは思い出したようだ。

「あのモデルさんみたいな可愛いマネージャーさんね」

特に悪感情を持っていないように目が細められる。

「よっぽど、清美の事好きなんだねぇ」
「ごふっ」

落ち着く為に口にしたお茶にむせた。ケホケホと少し咳が続く。

「大丈夫……?」
「えほっ……んんッ……誤解だよ。前にも言ったけどアイツいっつも俺の事小突いてばかりなんだから。まあ、適当に逃げてるけどさ」

ねーちゃんが、パチクリと瞬きした。

「それって、好きな子だから構ってしまうっていうだけなんじゃ……」
「いや、すっげー侮られてる。だって結構、かなり痛いから」

俺は必死になって、弁明する。
浮気を否定する彼氏みたいに。
惜しむらくはねーちゃんの台詞に、全く嫉妬心を感じられない事だ。

「……お邪魔虫は退散するよ?」

そう上目使いに聞かれても。
興奮しちゃうから……止めて下さい。

「お願いだから……そんな事言わないでよ。俺がねーちゃんと食べたいから通ってるのに」

俺は咄嗟にダイニングテーブルの上に置かれたねーちゃんの手を取って、強く握った。
ねーちゃんの肩が、ビクリと揺れた。

まずい……ちょっと久し振りに距離を詰め過ぎたか?

咄嗟に取ってしまった行動に気が付いて、少し焦る。けれども白い小さな手は、強い磁力を持っているようだ。手を離す事が出来ない。

少しの間、ダイニングテーブルの上に静寂が訪れる。
ねーちゃんは少し考えを整理するように、俺が握っている自分の手を見つめていた。

しかしどうやら俺の必死さが伝わったようだ。ふっと息を吐いてから彼女は目元を緩ませて、笑った。

「わかった。ありがとう、嬉しいよ。ごめんね―――『彼女出来たからねーちゃんはもういらない』って言われるかと思って。……少し寂しくなっちゃって、ちょっとムキになっちゃった」

その途端俺の頭の中で、ドッカンと爆発が起こった!

フリーズしてしまった俺を、ねーちゃんが心配そうに見る。

「清美?どしたの?―――もしかして引いた」

んなワケ無いっ!

「……え?あ、うん。引いてなんかないっ、もちろん大歓迎だよ!」






思いがけず(俺にとって)甘ーい時間を過ごす事ができて、俺は有頂天になった。
その日は精神的に大層疲れた反動か胸のつかえが取れた所為か―――とにかくぐっすり眠る事が出来た。

ウザいと思ったけどねーちゃんからあんな台詞を言って貰えたんだから―――鴻池には感謝しなきゃな-――と、ニマニマしながら眠りについた。



しかし翌日、速攻でそれを後悔する事となる。



次の日から、鴻池が毎日パンを持って中庭に現れるようになったからだ。
いったい、コイツは何を考えているんだ……?

……以前『拗れる前に嫌な事は嫌だって言ったほうがいいよ。相手は清美が嫌がってるって気付いて無いのかも』ってねーちゃん言ってくれたけど。嫌だって言っても聞く耳持たない相手には、どう対応したら良いんだろう?



本当にどうしたら―――2人だけの楽しい時間を取り戻せるんだ……?






**  **  **






俺は放課後パス回しをしながら、体育館の端で作業する鴻池を見て溜息を吐いた。

「どうした、溜息ついて」
「地崎~~聞いてくれ!」

地崎は意気消沈する俺に気付いて声を掛けてくれた。
もう最近ではすっかり地崎の『お悩み相談室』に頼りっぱなしだ。

地崎は「はいはい」と言って快く聞いてくれた。

友情って、有り難い……。
そして、地崎はやっぱり頼れるカッコイイ奴だ。
今日も俺は「決して地崎だけはねーちゃんに会わせるまい」と改めて誓ったのだった。



俺って、すげー自己中……。

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