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・番外編・お兄ちゃんは過保護【その後のお話】

15.女子マネと私

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昼休み、お弁当を食べた後澪が図書室に本を返しに行くと言うので、私はトイレに寄ってから彼女を追い掛ける事にした。1人で廊下を歩いていると、私のクラスの前を通り過ぎようとした所で野球部の女子マネージャーが、いつも一緒に勇気の元に訪れる女子と一緒にこちらへ向かっている所に出くわしてしまった。

また勇気達とおしゃべりするために来ているのだろうか。

この間の当てつけのような意地悪な態度を思い出してモヤモヤした。同じ部活だから仕方無いのかもしれないけれど、2人しかいない友達のうちの1人がこんな人と仲が良いのだと思うと正直、面白く無い。

内心の苛立ちを抑えつけながら、私は彼女を見ないようにして通り過ぎようとした。

「ねえ、高坂さん」

すると何故か名前を呼ばれてしまったので立ち止まる。
振り向くと、雑誌の読者モデルみたいに気を配った髪型、整然と整えられた眉、睫毛がクルンとした彼女が、色付きリップを乗せたプルンとした唇に指を当てて、自信あり気に微笑んでいた。
顔のお手入れなんか、朝洗ってお母さんが用意した手作り美容液を付けて終了!野放図な眉と伸ばしっぱなしの雑草のような睫毛、いついかなる時も美味しいご飯にしっかり齧り付くためスッピン!と言う唇で満足していた私だが―――彼女のその自信ありげなオーラに気圧されて何故かその瞬間、勝負に負けたような気分になってしまった。

しかし内心の屈辱を押し殺して、足を踏ん張って逆風をこらえる。

「何?」
「日浦と付き合っている訳じゃないのよね」
「は?」

何をきかれているのか、一瞬分からなかった。

「幼馴染だからって、彼氏でも無いのに2人で遊ぶって変だと思わない?」
「……」

出た。と思った。
だから嫌なのだ。勇気と学校で話をするのは。

小学校高学年でもこういう事があった。急に女子に睨まれたり無視されたり、何故か『男好き』とコソコソ言われるようになり、ショックを受けた私はお兄ちゃんに泣きついたっけ。

こういう時コミュニケーションスキルが高ければ、上手い事躱したり遣り返したり出来るのだろうけど、あいにく私は人見知りでしかも自分に好意的な人とだけしか付き合っていない。だからこういう悪意に満ちた言葉に対抗するスキルを身につけてもいなければ、呪文アイテムも所持してはいないのだ。

それに自分の日常普通に過ごしている行動を『変』と決めつけられて、どう答えれば良いのだろうか。『私がそういう行動を続けている』という事で『私は変だと思っていない』というのは明らかな筈なのに、何故わざわざそういう事を尋ねるのか。

「変かどうかは分からない」

仕方なく聞かれた事にそのまま答えると、相手は目を見開いて隣にいる友人と目くばせをする。

何だかすごく嫌な感じだ。

「高坂さんって、日浦の事好きなの?」

何故そんな事を親しくない人間に聞かれなければならないのか。

いつもは澪が強力なバリアーを張ってくれているから、私達に不用意に近づいて来る人はいない。小心者の私は非力だ。言葉の裏にとてつもない圧力を感じて、縮こまる。するとますます相手は調子に乗って居丈高になるのだ。

「好きじゃないなら―――」
「俺が好きなんだから、それでいいだろ」

不意に力強い声が割って入って来る。
出入口から出て来た勇気がツカツカと歩み寄って来て私の隣に並んだ。途端にふっと肩の荷が軽くなる。

しかし、勇気何て言った?!

私を好きとか―――いや、きっと困った私を助ける為にわざと言ったのだ。それに『好き』には色々な意味がある。私だって勇気の事は好きだ。家族の次くらいに。あ、澪の方が好きかもだけど。
……そっか、分かった!勇気の言葉がきっと足りないんだ。きっと『好きで遊んでいる』って意味で言っているんだろう。ふー、紛らわしい!

「だって、この子ハッキリしないから。好きじゃないなら、曖昧な態度を取るのは止めてキッパリ断るべきだよ。私は日浦が振り回されているのが可哀想で……」

途端にそれまでの強気な態度が鳴りをひそめ、しおらし気になる女子マネージャーを目にして私は漸く気が付いた。

そっか、この人勇気の事……。

ただ単に私が男子と親しくしているから気に食わないとか、部活のメンバーへのお節介とかそういうのじゃなくて、勇気の事が好きで私に嫉妬しているんだ。それなのに勇気から『好き』とか紛らわしい台詞を聞かされたら、気落ちもするだろう。
同情は出来ないが、彼女の行動の理由は分かった。

「俺が振り回されているように見えるとしたら」

そんな事を考えている私の隣で、勇気が淡々と言葉を発した。

「それは好きで振り回されているんだから、放って置いてくれ。仁見にどうにかして欲しいなんて頼んでないだろ。部活はちゃんとやっているんだから、マネージャーに何か言われる筋合いはない」
「でもっ……」
「そういうワケだから、もうコイツに構わないでくれ。文句があるなら俺に直接言えばいい。凛、行くぞ」

グイッと手首を取られて、その場から退場させられた。
廊下の角を曲がって、彼女達の視界から外れた所で勇気はピタリと歩みを止める。
クルリと振り向き向かい合う。私を見下ろす勇気の瞳は穏やかで、私はなんと言って良いのか戸惑ってしまう。

「あれだけキッパリ言えば、もう凜には絡んで来ないだろ」
「―――そうかな」

何となく更に嫌われたような気がする。
クラスが違うのが救いだが。

「あの人、勇気の事が好きなんだね」
「……お前は?」
「私?」
「俺の事好きじゃないのか?」

分かり切っている事をわざわざ尋ねる意味が分からない。
今日は何だか疑問符ばかりの日だ。

「勇気と澪しか友達のいない私にワザワザそういう事聞くかな?私が言っているのはそういう事じゃなくて、恋愛的な意味でって事よ」
「……」

私は腰に手を当てて、指をピッと差し出した。

「そういう紛らわしい言い方をするから、マネージャーさんも勘違いするんじゃないの?勇気って鈍感だなぁ、もしかして漫画に良く出て来る『天然』ってヤツ?」
「……お前に言われたくない」

「日浦君、凛、こんな所でどうしたの?」

そこへ音もなく澪が現れた。私と勇気の間に立って交互に私の顔と勇気の顔を眺める彼女の手には、新しい本があった。それで漸く後から図書室に行くと言っていた事を思い出した。

「あっ、ゴメン澪。ちょっと色々あって……」
「別にいいよ。それよりもう昼休み終わっちゃうよ」

澪にジッと見られて、勇気は視線を逸らし気まずげに頭を掻いた。
何となく2人の間の雰囲気が違うような気がして……私は少し落ち着かない気持ちになった。

しかし予鈴がなったので、直ぐにその違和感は頭の中から消えてしまったのだった。

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