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・番外編・お兄ちゃんは過保護【別視点】

12.澪

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凛の友達、澪視点のお話となります。

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人の輪から外れたところにいる―――そんな2人が会話を交わす様になって、いつの間にか掛け替えのない間柄になっている。

凛は中学生になって出来た私の初めての友達。
私はいつも1人で本の世界を旅していたから―――あまり小説を読まない凛みたいな女の子とこんなに親しくなれるなんて、今まで思っていなかった。
凛は学校ではいつも私の手の届く範囲に居て、可愛らしい顔で笑ったり怒ったりと……とにかく感情の起伏が多くて忙しい。

そして私が一番彼女の性質の中で気に入っている部分が―――稀少な純粋培養種って言う一面だ。

警戒心の強い彼女は人と打ち解けるのに時間が掛かるらしい。私とはすぐに馴染んだけど―――それはきっと波長と言うか歩調と言うか……とにかく大事な処がかみ合っているからだ。そういうものが違ってしまう人間は凛には沢山いて―――時間を掛ければきっと慣れて、様々なタイプの人とどのように付き合えば良いか学ぶ事が出来るようになるのだけれど、普通はそういう場所へポイっと放り込まれている年齢なのだろうけれども……それを阻んで成長を留めようとする大人げない人間に凛は囲われてしまっている。



大人げない人間その1は、彼女の年の離れたお兄さん。
野性的な容貌をした美男子、32歳と言う年齢を聞いても尚、中学生の私達の周囲の女の子も色めき立ってしまうだろうと言う色気の持主。私は彼を密かに『光の君』と呼んでいる。そう、源氏物語の主人公で数々の浮名を流す不運で優美で傲慢な光源氏になぞらえてそう言うあだ名を付けているのだ。今のところ誰にも口外はしていないけれど。

大人げない人間その2は、彼女の幼馴染の野球少年。
学校では知らん振りを装っているつもりだろうけど―――常にチラチラと凛の様子を窺っているから彼の心の内は一目瞭然だった。凛は気が付いていないようだけれど―――部活が終わり次第自分の元へ通い詰める男がいたら、それは確実に自分に気があると普通は想像できるだろう。彼は涙ぐましい努力をして凛に自分の心の内を知られないようにしていると思う。



2人の人間に注意深く余計な情報や人付き合いを排除され、新しい関係に目を向けないように育てられた凛は、スクスク素直に竹を割ったような性格に育ってしまった。

私はそんな凛の性質を大層気に入っている。
自分が決して持ち得ない性質だからだろうか。






「……っとに、腹立つ!」
「どうしたの?」

凛がプクッと頬を膨らませて怒りを露わにしている。
さっきから堪えていたのは『怒り』だったのか?少し違う感情のような気がしたが―――。

そんな表情も薔薇の花のような彼女の美しさを損なうものではない。既に彼女の美は深刻な『罪』だと思う。大人げないチームが彼女を野に放ちたくないと考える理由は明らかだった。

その『罪』に気が付いていない処が、またいい。
私はウットリと鮮やかに怒りを燃やす彼女の表情を眺めていた。

「朝から勇気ったら、私を避けるの」
「いつも学校で話なんかしないじゃない?」

男らしい容貌でしっかりした骨格を持つ野球少年は男女問わず人気がある。彼と凛が家でそうあるように親し気にしてしまったら、学校に噂の嵐が吹きまくると思う。それを避けたいが為にきっと彼は凛を遠巻きにしているのだと思う。直情型の凛はそこまで考えて距離をとっている訳では無いと思うのだけれど。

「それがね……勇気をこの間怒らせちゃったみたいで。ここの所勇気が全然遊びに来なくなっちゃったの」
「へえ……日浦君が凛に怒るなんて事あるのかなぁ」

絶対無いと思った。

「この間2人で部屋で漫画読んでいたら、お兄ちゃんがドアを開けた途端怒り出して……2人で部屋に籠っていたら駄目だとか危ないとか―――ヒドイ事言ったの。全然そんな事ないのに、勇気だよ?知らない男の子を入れたワケじゃないのに……お兄ちゃんに怒られて気まずくてウチに来れないのかと思って、思い切って今朝声を掛けようと思ったの、謝ろうと思って。そしたら無視されて―――気のせいかとも思ったんだけど、さっきじっと見てたら目が合ったのにあからさまに顔を背けられて……しかもお隣の女子マネの人にそれを笑われて」
「そっか……」
「女子マネの人とは話もするし、ベタベタ触るのにさ。私だけに知らん振りするのっ!だから私腹が立っちゃって……」

拳を握ってそう主張した凛が其処まで言ってから、シュンと萎れたように肩を落とした。

「やっぱ、勇気に嫌われちゃったのかな……私……」
「ええ?」

まるで逆だろう!私は凛の鈍さに内心仰け反った。とは言っても表情に乏しい私の顔の皮膚はピクリともしなかっただろうが。

「なんで?」
「お兄ちゃんが私の事『子供』だって『何も分かってない』って言うの。だから勇気も……付き合うの嫌になっちゃったのかな?お兄ちゃんに怒られてまで付き合いたくないって……」
「そんな事、絶対無い」

私がキッパリ言うと、凛は心細げに瞳を上げた。

「絶対無いから、大丈夫」

大事な事なので、重ねてもう一度言った。

「……アリガト、澪にそう言って貰えるだけで何か救われる気がする。でも……」

再び机に視線を落とし、ジッと幼馴染の初めての拒絶に震えている。
彼女が私の言葉をただの慰めとしてしか受け止めていないのは明らかだった。

可哀想に……散々構って甘やかしておいて……理由も言わず投げ出すなんて。
どうせ手放す事なんて出来ないくせに、中途半端な事をする―――まるで幼い子供の振る舞いだ。



彼女は知らないのだ。
全ては彼女の手の中にあるって事を。
それを知らないまま凍えている様子もまた―――大層絵になる。



陶酔気味の私の視線を気配で感じ取ったのか、彼女はもう一度顔を上げてこちらを見た。

縋る様な心細げな瞳が、揺れている。

ニッコリと笑顔を返し―――誘われるように自然にその小さな頭、柔らかな髪の上に……私は自分の手を乗せたのだった。

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