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太っちょのポンちゃん 高校生編

唯ちゃんと、美魔女

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ポンちゃんの彼女、唯ちゃん視点です。


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 ポンちゃんの家族は六人家族だ。

 公務員のお父さん、パートで働いているお母さん、離れに住んでいるお祖母ちゃん。それからポンちゃんを含めた男の子ばかりの三兄弟。

 ポンちゃんちは古いコンクリート住宅で、懐かしい感じの居心地の良いおうちだ。ポンちゃんと付き合うようになった小学生の頃から、私はその家に出入りするようになって、居間でポンちゃんと黛君とテレビゲームをしたり、ポンちゃんの弟をつついて遊んだり、ちょっと年の離れたポンちゃんのお兄ちゃんに、夏休みの宿題のアドバイスをして貰ったりと、気楽に過ごして来た。

 ポンちゃんママはいつも手作りお菓子を用意してくれていて、それがいつも私の密かな楽しみだった。近所でお掃除のパートをしているらしく、ポンちゃんママが偶に近くのマンションの入口でエプロンを付けて掃き掃除をしていたり、生垣の剪定をやっている処を見掛けたりする。その合間を縫ってお菓子も作っちゃうんだから、凄いなぁって感心していた。ウチのお母さんなんて、専業主婦なのにお菓子なんて全く作らないもんね。



 ところでこんなコトを思い出したのは、意外な格好の意外な人を見掛けたからだ。

 それは冬休みが終わったばかり。あと二ヵ月ちょっとで高校二年生になる時期、高校生になってもう一年かぁ……とボンヤリと考えていたら、お年玉が遅れてやって来た。
 大好きなピアニストのリサイタルのチケットが手に入ってのだ。そしてお母さんと一緒にコンサートホールにやって来た。普段なら直ぐに売り切れてしまう大人気のチケットなんだけど、お母さんが新聞販売者主催の抽選に申し込んでくれて見事、当選を獲得したのだ。

 お母さん、ありがとう……!
 あと、専業主婦のくせにお菓子作らないなんて、失礼な事考えてゴメン!

 少しお洒落をして二人してウキウキしながら、ホールに足を踏み入れた。「持つべきものはマメな母だなぁ」と実感しながら席に着き、それからソワソワと落ち着かずトイレに立った。その時ホールですれ違った綺麗な女の人。何処かで見た事がある、そう思って席に戻ってからアレコレ記憶を探った。

 だけど結局思い出せないまま―――コンサートが始まったら、音楽の濁流に攫われちゃって全ての演目が終わる頃には、そんな事は頭の中からすっかり消え去ってしまった。

 余韻に浸りながらお母さんと「あの曲良かったねー」「やっぱ天才……!」「お母さんもファンになっちゃったわ~」とかワイワイ盛り上がっていたら、ラウンジでシャンパンを傾けている美女が目に入った。彼女は背の高い若い男性と寄り添うように立ち、声を掛けてきているダンディなおじ様と笑顔で会話を交わしている。

「あ……!」

 わかったぁ……!

「どうしたの、唯?」

 急に叫び声を上げた私にビックリして、お母さんが立ち止まった。
 すると美女の隣に寄り添うように立っていた、背の高い男の人がこちらに歩み寄って来る。

「唯じゃん、久しぶり」
「……のぶ君……!」

 相変わらず格好良い。精悍な輪郭が少しシャープになったのは彼が大人になったからだろうか。お母さんが私を伺うように見た。
 そっか、お母さんは信君に会ったこと無かったもんね。

 其処へダンディなおじ様と笑い合っていた美女が、私達に気付き近寄って来た。そして優雅な会釈を披露して、薔薇のように微笑んだのだ。

「こんにちは、偶然ですね。いつもこころがお世話になっています」
「あら……!本田さん!いいえ、こちらこそいつも唯がお世話になっております」

 『美女』はポンちゃんママだった。そして信君はポンちゃんの五歳年上のお兄さんだ。今大学生で、都内だから家から通えない事も無いのだけれど、大学入学を機に独り暮らしを始めた。だからここ三年ばかり、滅多に顔を合わせて無かった。

 ポンちゃんママは、エプロンと銀縁眼鏡が通常スタイルだ。ジーパンにスニーカーでテキパキ動き回っている背の高い姿は、とても見ていて気持ちが良い。
 だけど今目の前に居る女の人は、眼鏡を外し美しい化粧を施している。そして艶々した柔らかそうな巻き髪を揺らして嫋やかに微笑んでいた。十センチもありそうなヒールのベルト付きの華奢なパンプスに、美しい光沢のワンピースを着て、高級そうなネックレスとピアスが彼女の輝きをひき立てている。




 これは……完全に……あれだ。世間でいう『美魔女』!

 一見してセレブ。
 そして隣に従えた若い美男子は、年下の恋人にしか見えない。
 親子だなんて、誰が気付くだろうか。



 それから暫く、お母さんと美魔女……じゃ無くてポンちゃんママは、学校の事から受験の事、近所に出来たスーパーの話題まで、幅広く情報交換を行っていた。
 私はホールに付属しているバーで、信君にオレンジジュースとクッキーを買って貰って、話し込む母親達の横に座っていた。

 ちなみにポンちゃんは今日は部活で学校に行っている。

「信君、お家に帰って来たの?」
「いや、ちょっと必要な物があって取りに来ただけなんだけど、母ちゃんに捕まった。エスコート役しろって」

 信君は綺麗な眉間を顰めて、ブツクサ言っている。
 三人の兄弟はよく似ている。だからちょっと大人びた容貌の信君の顔を見ているのは面白い。ポンちゃんも大きくなったらこんな感じなのかな?なんて考えたりして。

「ポンちゃんママのドレスアップ姿初めて見て、ビックリしちゃった。最初見た時判らなかったんだよ。すっごくゴージャスだね」
「そぉかぁ?」

 信君は気の無い返事をした。
 きっとお母さんを褒められて、居心地が悪いのだろう。照れ屋だなぁ。

「うん。だって私、信君がこっち向くまで、ポンちゃんママの若い恋人かと思ってたもん」

 ぶふぉっ―――とワインを吐き出しそうになった信君が口に手を当てた。
 私は慌ててバッグからティッシュを取り出して渡した。

「気持ち悪い事言うなよー!」

 と、怒られたので「ゴメンなさい」と素直に謝った。
 でも別に嘘は言ってないんだけどな。
 信君の迫力がすごくて、とにかく謝らなければって思ってしまった。



 電車で帰ろうとしたらポンちゃんママに呼び止められた。そしてポンちゃんちで手配した黒塗りのハイヤーに便乗させて貰って、帰宅する事になった。
 ハイヤーは、座面がフカフカで乗り心地が良く、広くてゆったりと余裕があった。乗車する時に運転手さんが扉を開けてくれたので、ちょっぴりドキドキしてしまった。

 あれ?
 ポンちゃんママ、いっつもチラシと睨めっこしてタイムセールとか行ってたよね。
 節約が趣味って言っていたのに、こんな優雅なお金のかかりそうな事をするなんて意外過ぎる。

 家に帰ってお母さんにそう言うと「何今更そんな事、言ってるの?」と目を見開いて驚かれた。



 ポンちゃんの家は古いコンクリート住宅で、取り立てて豪華とか珍しいとか由緒あるものという訳では無いと思っていた。
 だけどその家は有名な建築家が建てた住宅で、それが原型になって今のよく見られる戸建て住宅が流行る切っ掛けになったらしい。だからよくある普通の家に見えたんだ。ポンちゃんが建っているのは高級住宅街。私達の自宅がある地区とは学区は一緒なのだけれど、幹線道路一本隔てて、地価が段違いに高くなるらしい。

 黛君の家がポンちゃんの家のすぐ近くで、そこも高級住宅街だ。だけど黛君の家は共同エントランスにコンシェルジュが居て、明らかに高級マンション……!て感じに豪華だったから、お金持ちって感じがしてた。

 比べてポンちゃん家は、居心地は良いけど、普通。

 庭もあって離れもあるから土地は広いのかもしれないけれど……お祖母ちゃんが畑を作っていて、その野菜を毎日食べていると言っていたしお裾分けも結構貰った。ポンちゃんママはパートに通って、お菓子も手作りで節約に余念がないから、お金持ちだなんて考えた事無かった。

「あ、そういえばむかーし、ポンちゃんちはお金持ちだって聞いた事があるかも……でも、小学校の時に聞いただけで、その後誰かにそんな風に言われた事無かったよ」
「それは……わざわざ言う必要あるなんて、思ってなかったんじゃない?ポンちゃんの事なら、唯が一番良く知っているって皆、思っているだろうし」
「じゃあ、なんでポンちゃんママはパートとか節約とか頑張っているのかな?……お父さんも普通の公務員だよね」
「うーん、それは判らないけど……でも、お金持ちだから世界が違うって思いがちだけど……そういう人だからか、付き合い易い感じするわよね。ポンちゃんのお母さんって一見近寄り難いほど美人だけど、気さくで話し易いから好きだわ。ポンちゃんも優しくていい子だし」

 それは激しく同意です。
 結局二人で話していても結論は出ないので、学校の話とか、リサイタル良かったわねーまた行こう!とか、お父さんは今頃どの辺を漂っているのかな~とか、取り留めない話をしてからお風呂に入って眠った。

 ちなみに私のお父さんは海上自衛隊に所属していて、いきなり招集があったかと思うと何処かの海へ数カ月旅立っていくと言う事がよくあり、不在がち。機密らしく何処に何時まで行くという予定も知らされない事が多いのだ。今回もそうなので、私達はお父さんの所在を知らないまま、帰りを待っている。というか、結構存在を忘れていて偶に思い出したりする。

 そう言うとお父さんは泣いちゃうから、本人に面と向かっては言えないけどね。
 一応フォローすると、仕事も頑張っているし、体が大きくてとても優しくて、家族思いでとにかく良いお父さんなんです……家庭でほとんど存在感無いけど……あ、結局フォローになってないかな?



 最近黛君はサッカー部が忙しいらしく、帰りが被らない日が増えた。そういう日は私は教室や図書館でポンちゃんを待つ。偶に七海が付き合ってくれて、ポンちゃんと三人で帰ったりする。
 公園で独りで待つって言ったら、ポンちゃんと黛君に危ないって反対された。学校の近くだし、そんなに危なく無いと思うんだけどなぁ。でも心配を掛けるのも嫌なので、大人しくそんな日は学校で待つ事にしている。

 七海と黛君は二週間位付き合って、すぐ別れた。きっと、黛君のマイペースさに着いて行けなくなったのだと思う。何だか申し訳無く思ってしまうのは、もう私も黛君の事を『困った親戚』くらいに認識してしまっているからだと思う。もしかして一生こんな関係が続くかもしれない……そんな予感がして複雑な気持ちになった。

 七海はあまり、別れた事を気にしていないようだ。
 だから偶に四人で帰る時もある。だけど、七海と黛君は普通に友達付き合いをしているように見える。彼女が傷ついていないのなら、良かった。私はほっと胸をなでおろした。



 と、言うワケで今日はポンちゃんと二人きりの帰り道。
 私はポンちゃんママの美魔女っぷりに驚いたという話を持ち出した。するとポンちゃんが眉を顰めたので、やっぱり信君と兄弟だなぁ……と実感し、その精悍なしかめっ面をマジマジと遠慮なく眺めた。

「母ちゃんの節約は趣味なんだ。というかライフワークって言うのかな……」

 ポンちゃんのお家は元々富裕な農家で、ある時土地を一気に売り払いかなりの富を得たと言う。だけど、いろいろ世間の荒波に揉まれて一時期は土地ばかりあって含み損で大変な事になったらしい。

「『ふくみぞん』って何?」
「土地の値段ってさ、毎年刻々と評価が変わるんだ。だから例えば一平方メートルあたり十万円で計算していた資産が、一平方メートルあたり一万円になっちゃったら、ものすっごく価値が下がった事になるでしょう?それが『含み損』。一平方メートルだったら大した事ないけど、千平方メートル持っている人は大損害。それに税金は前の年の儲けで計算されるから、土地を一杯持っているほど、これが痛いんだ」
「へーそうなんだ。……ポンちゃん、物知りだね」
「他にも手広く株とか事業に手を出していた時代があって、それも一気に大暴落しちゃったから、ひい爺ちゃんが結構苦労して負債を整理したんだ。それ以来、土地も大分手放したらしい。マンションとか建てて賃貸料を取れる採算の良い処しか管理しないようになった。それと、そういう失敗を経験しているから、ひい爺ちゃんが家訓として、本田の家の子は財産を当てにせず皆自立して生活するようにって、決めたんだ。だから爺ちゃんも父ちゃんも家訓に従って、何か手堅い仕事をして生活するようにしているんだって」

 本当はポンちゃんパパが働かなくても、今は生活できるんだそうだ。
 だけど何かあって無一文になったら生きていけないから、ちゃんと働いているのだそう。ポンちゃんママはお嫁さんで、何だか由緒あるお家の生まれらしいのだけど、お父さん(ポンちゃんの母方のお爺ちゃん)が騙されやすい人で、その所為でお家が没落して貧しい暮らしをしていた時期があったんだって。そんな親の失敗を見て来たポンちゃんママは、節約が趣味の、無駄遣いが嫌いな倹約家に育ったそう。ポンちゃんパパとは縁談で出会ったそうなんだけど、お互いの境遇や経済感覚が似通っていてすぐに意気投合したらしい。お家は高級住宅街にあるけれども、私が馴染めるくらい生活に違和感が無かったのは、そういう理由があったんだ。

 それからポンちゃんママがお掃除しているのを見て、私はてっきり『パート』さんなんだと勘違いしていたのだけれど、ポンちゃんママは本田家の不動産の管理を担当していて、本当は一応社長さんなんだって。
見回りも兼ねてマンションのお掃除をしているらしい。それもほぼ趣味なんだとか。普通は社長がするお仕事じゃないんだそう。

 一方で旧家の出らしく、ポンちゃんママの趣味は茶道とか華道とか、音楽鑑賞で、こちらにはいつもの動きやすい格好じゃ無く、キチンと正装して参加するらしい。初めて見た私はビックリした。今までもウチのお母さんよりずっと若いなぁって思ていたけど、バッチリ着飾ったポンちゃんママは、二十一歳の大学生の子供がいるなんて、とても見えない美魔女ぶりだった。
 十六歳に結婚して、十八歳で信君を生んだらしい。つまり今三十九歳だ。実際若い。でも見た目はもっと若い、若すぎるよ~~!本当にコンサートホールで会った時はビックリした!!

 私が珍しく考え込んでいたので、ポンちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「あんまり贅沢できない生活って、唯ちゃん嫌かな……?でも俺、頑張ってお給料の良い所に就職するから……」

 それって……。

 ポンちゃんの言わんとしている事に思い当たって、私は真っ赤になった。
 うっかり浮かれちゃいそうになるけど―――ポンちゃんは私が考え込んでいる内容を、絶対勘違いしている。だから、これだけは行っておかないと。
 そう思い、拳を固めてポンちゃんを見上げた。

「ポンちゃんち、好きだよ。私ポンちゃんママの手作りお菓子も好き。私も作れるように頑張る。あと、私も頑張って働くから。ちゃんと自分たちで食べていく暮らしの方が、絶対私もいいと思う―――むしろホッとしたよ。自分家じぶんちと生活があんまり違っていたら、落ち着かないから」
「そっか……」

 ポンちゃんは、胸に手を当てて、ホッとしているようだった。

「良かった」

 ポンちゃんはそう言って微笑むと、肩の力を抜いて私を抱き寄せた。
 広い胸に頬を寄せると、心臓の音がトク……トク……と耳を打つのがくすぐったい。
 頭頂部に温かい息が掛かって、唇が押し付けられたのだと判った。
 ゆっくりと体が離され、ポンちゃんの柔らかく細められた瞳と視線が絡む。そうして彼の顔が近づいて来て……

「はい、そこまでー」

 もがっとポンちゃんが呻いた。
 大きな手がポンちゃんの顔を真正面からガシっと掴んでいた。

「信君」

 私の後ろから伸ばされた大きな手は、信君だった。
 ここはポンちゃんの家の前。帰り道にお家に寄ろうとしていて、私達は玄関で立ち話をしていたのだった。信君が私にキスしようとしていたポンちゃんを阻止した。
 ポンちゃんは、その手を払いのけて憮然としている。

「信にい……また帰って来たの?」
「自分の家に帰って来て、悪いか?」
「……そうは言ってないけど」
「今日のおやつ、サーターアンダギーだって。唯、食べてくよな?」

 そう言って、笑いながら信君は玄関を開けた。


 私達は顔を見合わせてゴクリと唾を呑み込み、素直にその後に続いたのだった。

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