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後日談 黛家の新婚さん2
(77)ウェディングフォト
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(76)話の暫くあとのお話です。
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ドレスが出来上がったと連絡を受けた玲子は、紗里のウエディングドレス専門アトリエ『SOMETHING BLUE』が提携している写真スタジオを紹介して貰い、七海と黛のウエディングフォトを撮る段取りを始めた。
「俺はいいよ」
黛は七海の写真だけあれば良いと言う考えだ。更にスタジオからデータを貰ってスマホに収めようとも考えていた。
「龍之介も一緒に撮るのよ、ウエディングフォトは普通は夫婦で撮るものなの」
「白いスーツなんて持ってないし」
「大丈夫!そういう人の為に、ちゃーんとレンタルってものがあるんだから」
母親の息子に対する扱いが酷い……と傍でこの遣り取りを聞いていた七海は密かに思った。玲子がオーダーで用意したのは七海のドレスのみ。一人息子の黛の衣装は、最初から用意するつもりは無かったらしい。何だかかなり申し訳ないような気がしたが、黛が特にその扱い自体を気にしてなさそうなのが救いだった。
このように軽い抵抗はあったものの、結局後日、玲子の意見に沿って黛の休日と写真スタジオの都合が合う日を調整し、ウエディングフォトを撮影する事に相成ったのだった。
撮影場所に選ばれたのは、旧古川邸と言う都立庭園内にある大正時代に建築された石造りの洋館で、今では美術館として管理されている場所だった。庭園自体が名勝として国定文化財にも指定されているだけあって、周囲の喧噪を忘れるくらい美しい場所で、古い建物が醸し出す佇まいも何とも趣深い。
控室として借りている和室で着替えとヘアメイク等をすませた七海が、重厚な造りの赤を基調とした広間に通されると、大きな掃き出し窓の前で腕組みをして外を眺めているスーツを纏った男性が目に入って来た。
その立ち姿の美しさに、七海の心臓はドキリと跳ねる。
その男性の脇でこの空間に似合うレトロな雰囲気の椅子に座っていた女性が、直ぐに七海に気が付いて腰を上げた。
玲子はいつもより大人しめで清楚なスーツを身に纏い、まるで大正時代の華族夫人のように優雅で上品な淑女に変身している。その隣に座っていた龍一も、珍しくグレーのスーツ姿だった。体力勝負の仕事を続ける龍一は常にジムで体を鍛えている。もう五十代後半であるのに、黛より一回り体が大きく見えるくらいしっかりとした体躯にスーツがビシッと決まっている。
窓の外を見ていた端正な佇まいの男性―――黛もクルリと体を反転させてこちらに向き直った。
大きな窓越しに明るい昼の光を背負っている為、少々表情が見えづらい。七海は目を細めてそのシルエットを見た。まるで初めて会った知らない男の人のようにも見える。ドキドキと胸が高鳴る―――彼を初めて見た時覚えた焦燥感が、その時鮮やかに蘇って来た。この人を他の人に取られる前に、せめて気持ちを知って貰いたいと告白した。七海が初めて好きになった男の子、そして改めてもう一度好きになって―――今また、彼女は新たに恋に落ちたのかもしれない、そんな気がした。
一瞬意識を飛ばした七海はスタッフの女性に促され、手を引かれつつ長いドレスの裾を踏まないように慎重に彼等に歩み寄って行く。すると玲子が小走りに駆け寄って来て、立ち止まった七海の腕に手を当てて微笑んだ。
「七海、綺麗よ」
それから一歩下がって、純白のシルクのドレスに身を包む七海の花嫁姿を―――上から下まで存分に眺め、熱い溜息を吐く。
「やっぱり素敵ねぇ……。流石紗里、七海によーく似合っているわ」
「本当に紗里さんのドレス、素敵です」
七海は同意を示してコクリと頷いた。プロはやはり違うと思った。先ほど全身鏡で出来上がりをチェックさせて貰ったばかりなのだが―――平凡な薄味顔の七海が、何故か清楚な淑女にヴァージョンアップしていた。自分の素材より、プロの作った衣装とメイクの技術のお陰だと、その時七海は深く感心してしまったのだ。
「あら、ドレスも良いけど七海だから素敵なのよ!……ねえ、龍之介?」
二、三歩こちらに近付いた所で立ち止まっている黛に向かって、玲子が振り返って同意を求めた。やや茫然としているように見えた黛が、シャボン玉が目の前で弾けたかのように、瞬きを繰り返す。夢からたった今醒めたような顔をしている。
そうしてやっと―――七海の前まで歩み寄って来て、立ち止まった。
黒いレトロな感じのスーツをカッチリと着こなした、七海好みの美男子が目の前にいる。いつも家では少しボサボサな寝起きの頭ばかり見ているから、丁寧に短髪を撫で付けた様子を目にすると、すごく久しぶりのような気がして何とも嬉しくなってしまった。
「黛君、カッコイイ」
思わず、本音がポロリと出てしまって。言ってしまってから少し七海は慌ててしまう。照れ隠しにはにかむ彼女の顔を、黛はキョトンと眺めて―――それからゆっくりと精悍な瞳を細めた。
その色っぽい表情に、周りにスタジオスタッフがいる事も、玲子が面白そうに、龍一が何を考えているのか分からない無表情で二人の遣り取りを注視している事も忘れて―――思わず彼女は見惚れてしまう。
七海の横で介添えをしていた女性スタッフも、その後ろで写真撮影の準備をしていた男性スタッフも黛の色気に中てられてしまい、頬を染めた。しかしお互い見入っている二人には周囲の反応は目に入らない。
黛が何か言おうと口を開こうとして―――言えずに口をまた閉じた時。介添えのスタッフが、我に返って続きを促した。ここはウエディングフォトの撮影場所として人気が高い。この後も予定が詰まっているのだ。
「では、この部屋から撮影を始めさせてください。まずお二人で窓際に立っていただけますか?」
そうして女性スタッフに導かれて、先ほど黛が立っていた大きな掃き出し窓の前に移動する事となった。立ち位置を指定された黛の隣に、シルクとオーガンジーをタップリ使った長いスカートを引き摺りながら七海が寄り添うように立つ。
歩き難そうな七海を見下ろし微笑んで、黛は七海の腰と肘に手をあててさり気なく彼女を支えた。
そして裾を踏んでクラリとよろけた七海を、しっかりと受け止める。
腰を支えた手に力を込めて―――黛はアップにした髪から覗く彼女の桜貝のような耳に唇を寄せ、囁いた。
「すごく綺麗だ。あんまり綺麗で―――さっきは心臓が止まるかと思った」
「……!……」
不意打ちはズルいっ……!と、七海は思った。
頭に血が上ってしまい―――頬と耳が自然と上気する。
(全く、油断も隙も無いんだから……!)
と、七海は半ば八つ当たり気味に、黛の脇腹をグリグリと小突いて気を済ましたのだった。
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お読みいただき、有難うございました。
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ドレスが出来上がったと連絡を受けた玲子は、紗里のウエディングドレス専門アトリエ『SOMETHING BLUE』が提携している写真スタジオを紹介して貰い、七海と黛のウエディングフォトを撮る段取りを始めた。
「俺はいいよ」
黛は七海の写真だけあれば良いと言う考えだ。更にスタジオからデータを貰ってスマホに収めようとも考えていた。
「龍之介も一緒に撮るのよ、ウエディングフォトは普通は夫婦で撮るものなの」
「白いスーツなんて持ってないし」
「大丈夫!そういう人の為に、ちゃーんとレンタルってものがあるんだから」
母親の息子に対する扱いが酷い……と傍でこの遣り取りを聞いていた七海は密かに思った。玲子がオーダーで用意したのは七海のドレスのみ。一人息子の黛の衣装は、最初から用意するつもりは無かったらしい。何だかかなり申し訳ないような気がしたが、黛が特にその扱い自体を気にしてなさそうなのが救いだった。
このように軽い抵抗はあったものの、結局後日、玲子の意見に沿って黛の休日と写真スタジオの都合が合う日を調整し、ウエディングフォトを撮影する事に相成ったのだった。
撮影場所に選ばれたのは、旧古川邸と言う都立庭園内にある大正時代に建築された石造りの洋館で、今では美術館として管理されている場所だった。庭園自体が名勝として国定文化財にも指定されているだけあって、周囲の喧噪を忘れるくらい美しい場所で、古い建物が醸し出す佇まいも何とも趣深い。
控室として借りている和室で着替えとヘアメイク等をすませた七海が、重厚な造りの赤を基調とした広間に通されると、大きな掃き出し窓の前で腕組みをして外を眺めているスーツを纏った男性が目に入って来た。
その立ち姿の美しさに、七海の心臓はドキリと跳ねる。
その男性の脇でこの空間に似合うレトロな雰囲気の椅子に座っていた女性が、直ぐに七海に気が付いて腰を上げた。
玲子はいつもより大人しめで清楚なスーツを身に纏い、まるで大正時代の華族夫人のように優雅で上品な淑女に変身している。その隣に座っていた龍一も、珍しくグレーのスーツ姿だった。体力勝負の仕事を続ける龍一は常にジムで体を鍛えている。もう五十代後半であるのに、黛より一回り体が大きく見えるくらいしっかりとした体躯にスーツがビシッと決まっている。
窓の外を見ていた端正な佇まいの男性―――黛もクルリと体を反転させてこちらに向き直った。
大きな窓越しに明るい昼の光を背負っている為、少々表情が見えづらい。七海は目を細めてそのシルエットを見た。まるで初めて会った知らない男の人のようにも見える。ドキドキと胸が高鳴る―――彼を初めて見た時覚えた焦燥感が、その時鮮やかに蘇って来た。この人を他の人に取られる前に、せめて気持ちを知って貰いたいと告白した。七海が初めて好きになった男の子、そして改めてもう一度好きになって―――今また、彼女は新たに恋に落ちたのかもしれない、そんな気がした。
一瞬意識を飛ばした七海はスタッフの女性に促され、手を引かれつつ長いドレスの裾を踏まないように慎重に彼等に歩み寄って行く。すると玲子が小走りに駆け寄って来て、立ち止まった七海の腕に手を当てて微笑んだ。
「七海、綺麗よ」
それから一歩下がって、純白のシルクのドレスに身を包む七海の花嫁姿を―――上から下まで存分に眺め、熱い溜息を吐く。
「やっぱり素敵ねぇ……。流石紗里、七海によーく似合っているわ」
「本当に紗里さんのドレス、素敵です」
七海は同意を示してコクリと頷いた。プロはやはり違うと思った。先ほど全身鏡で出来上がりをチェックさせて貰ったばかりなのだが―――平凡な薄味顔の七海が、何故か清楚な淑女にヴァージョンアップしていた。自分の素材より、プロの作った衣装とメイクの技術のお陰だと、その時七海は深く感心してしまったのだ。
「あら、ドレスも良いけど七海だから素敵なのよ!……ねえ、龍之介?」
二、三歩こちらに近付いた所で立ち止まっている黛に向かって、玲子が振り返って同意を求めた。やや茫然としているように見えた黛が、シャボン玉が目の前で弾けたかのように、瞬きを繰り返す。夢からたった今醒めたような顔をしている。
そうしてやっと―――七海の前まで歩み寄って来て、立ち止まった。
黒いレトロな感じのスーツをカッチリと着こなした、七海好みの美男子が目の前にいる。いつも家では少しボサボサな寝起きの頭ばかり見ているから、丁寧に短髪を撫で付けた様子を目にすると、すごく久しぶりのような気がして何とも嬉しくなってしまった。
「黛君、カッコイイ」
思わず、本音がポロリと出てしまって。言ってしまってから少し七海は慌ててしまう。照れ隠しにはにかむ彼女の顔を、黛はキョトンと眺めて―――それからゆっくりと精悍な瞳を細めた。
その色っぽい表情に、周りにスタジオスタッフがいる事も、玲子が面白そうに、龍一が何を考えているのか分からない無表情で二人の遣り取りを注視している事も忘れて―――思わず彼女は見惚れてしまう。
七海の横で介添えをしていた女性スタッフも、その後ろで写真撮影の準備をしていた男性スタッフも黛の色気に中てられてしまい、頬を染めた。しかしお互い見入っている二人には周囲の反応は目に入らない。
黛が何か言おうと口を開こうとして―――言えずに口をまた閉じた時。介添えのスタッフが、我に返って続きを促した。ここはウエディングフォトの撮影場所として人気が高い。この後も予定が詰まっているのだ。
「では、この部屋から撮影を始めさせてください。まずお二人で窓際に立っていただけますか?」
そうして女性スタッフに導かれて、先ほど黛が立っていた大きな掃き出し窓の前に移動する事となった。立ち位置を指定された黛の隣に、シルクとオーガンジーをタップリ使った長いスカートを引き摺りながら七海が寄り添うように立つ。
歩き難そうな七海を見下ろし微笑んで、黛は七海の腰と肘に手をあててさり気なく彼女を支えた。
そして裾を踏んでクラリとよろけた七海を、しっかりと受け止める。
腰を支えた手に力を込めて―――黛はアップにした髪から覗く彼女の桜貝のような耳に唇を寄せ、囁いた。
「すごく綺麗だ。あんまり綺麗で―――さっきは心臓が止まるかと思った」
「……!……」
不意打ちはズルいっ……!と、七海は思った。
頭に血が上ってしまい―――頬と耳が自然と上気する。
(全く、油断も隙も無いんだから……!)
と、七海は半ば八つ当たり気味に、黛の脇腹をグリグリと小突いて気を済ましたのだった。
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