MASK 〜黒衣の薬売り〜

天瀬純

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【閑話】ベル

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 無人駅で親子の霊を見送った私は、外に駐車しておいた車に向かった。不幸にも車に轢かれて山奥で魂だけが彷徨っていた彼らと出会い、再会させたのは、偶然の出来事だった。けれども、あのまま少女と父親の魂が彷徨い続けていたら、あの辺りは心霊スポットとして有名になっていたかもしれない。肝試しで夜中に人々が押し寄せるようになったら、山の主の怒りによって霊体である彼ら親子は消されただろう。

 車に乗り込みながら、私はあの親子のことを考えていた。そして、エンジンをかける前に見送りを終えた傀儡たちを召喚用の小瓶の中に戻した。

(……あの男たちは必ず報いを受ける)

『私たちの恨みを晴らしてくれて、ありがとう』

結果的にはなったが、実際は幼子おさなごを殺しても平然と保身に走る愚か者たちの行動をどうしても許せなかった自分がいる。だから私は、あっさりと殺すのではなく、死んだほうがマシだと思えるほどの生き地獄に彼らを堕とした。

『バイバーイ、猫さん!』

黄泉の国へと向かう電車の車窓から手を振る少女が眩しく感じられたのが苦しい。

ブオンッ。

車のエンジンをかけ、座席の位置を合わせる。

(少しだけドライブでもしよう…)

そう思い、バックミラーの位置も調整すると、

「ん⁉︎」

ミラーの角度を少し変えたときに、後部座席に誰かが座っているのが見えた。振り返ってみると、

師匠せんせいっ⁉︎」

そこには、黒いスーツに黒の布マスクという出立ちのかつての師がいた。

「お疲れ様、ベル」

彼は私を労るような笑みを浮かべつつ、声をかけてきた。

「驚かさないでください、師匠せんせい

(毎度、突然現れるんだから…)

突然の訪問に驚いていたけれど、エンジンをかけたままでいるのはもったいないので、適当に車を発進させることにした。

……………

…………

………

……



「突然どうされたんですか、師匠せんせい

民家の少ない道路を車で運転しながら、師匠せんせいに話しかけた。一人前と認められて自立した今でも少し緊張する。

「“シガー殿”から山でイレギュラーなことが起きたと伺いましてね」

“シガー殿”とは、私が薬を届けに行った山の主である天狗のことだ。その昔、師匠せんせいがキューバ産の葉巻を贈ったところ、大層お気に召したため、今では親しい者たちから“シガー殿”と呼ばれている。

「申し訳ありません。明日にでも謝罪に向かわせていただきます」

「いえ、大丈夫ですよ。シガー殿も厄介ごとを片付ける手間が省けたと仰っていましたので。それに、もともとは愚かな若者たちが外道に堕ちたことが原因ですから、あなたが気に病む必要はありません」

「はあ……」

(てっきり怒られるのかと思った…)

「わざわざを伝えに?」

「はい。弟子のケアも師の役目ですから」

外の景色を眺めながら、いたずらっぽく微笑む師匠せんせいがバックミラーに映る。

(相変わらず過保護なんですから……)

 その後は互いの近況報告を兼ねた世間話で盛り上がった。どうやら、師匠せんせいも色んなところを巡っているようだ。しばらくすると、

「ベル、車を停めてください」

「え?」

いきなり、彼から停車を求められた。

「どうしたんですか?」

「いえ、私はここら辺で失礼いたしますね」

そう言って、彼は後部ドアを開けた。

「えっ、師匠せんせい⁉︎」

「体調には気をつけるんですよ」

バタンッ。

ドアが閉まり、外を確認すると、すでに彼の姿はどこにもなかった。相変わらず自由奔放なお方だ。

(次はどこへ行かれたのやら…)



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