上 下
64 / 92

カトリーナの幸せ 3

しおりを挟む
「クリスティア!」

「あああああ! うでが! いやぁぁぁ!」


 肘から先を失った左の腕をだらりと垂らし膝をついたクリスティアが、床に転がる腕を見て悲鳴をあげた。


 見ているだけの騎士はこんなときも見ているだけだ。

 立ち尽くす騎士を置き去りにし、カトリーナは叫ぶクリスティアに駆け寄り、その肩に触れた。

(『いたいのいたいの、とんでけ!』)



「カトリーナ!!!」

 部屋から飛び出してきたパパの叫び声が聞こえた。

 いままでみんなが協力してくれて逃げてきたのに、教会の中で癒しを使ってしまった。

 聖女と言われてしまうかもしれない。

 でもこんなひどい怪我、見て見ぬふりはできないよ!


「大丈夫だよ、クリスティア。もう大丈夫」

 カトリーナはクリスティアの震える肩を撫でさすった。






 清らかなあたたかさに包まれた、と思ったらふわりと痛みがなくなった。
 そしてクリスティアは肘のあたりで切り落とされたはずの袖の先に、いつもどおり白い腕があるのを見た。

 床に目をやると、血溜まりにクリスティアの、袖をまとった腕が転がっている。


 クリスティアは目を見開いてカトリーナを見つめ、ぼろぼろと涙をこぼした。



 こんな。こんな奇跡を、こんな、わたしなんかに。


「聖女様……! 聖女様、ありがとう……! わたし、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……!」


 ごめんなさい、と何度も繰り返し、涙をこぼしながら両手を床につき、カトリーナに頭を下げた。


「せ、聖女では、ないけど、治ってよかった……!」


 ちゃんと指先まで動くようで安心した。
 しかしまずいことになった。

 聖女になるのは、クリスティアだから!
 頭なんか下げないでいいよ……!
 腕を生やしたのは失敗だった。
 くっつくか試してみるべきだった。
 治した証拠ができてしまった……!
 ◯次元ポシェットに隠してしまおうか?
 でもポシェットに腕……いやだなぁ……。


「カトリーナ様、遅くなりました、ハーランが参りました! いったいなにがあったのです?!」


 走ってきてくれたんだろう、ハーラン先生が汗だくで現れた。
 血だらけの廊下で土下座するクリスティアを見て、ものすごく驚いてる。

 名前、呼んだっけ……?
 でもちょうどいい、まかせちゃお!



「ハーラン先生! あとはお願い! 私たち、明日には帰るね!」

「えっ?! そんな、」

 カトリーナは返事も聞かず、パパの腕を引っ掴んで部屋に駆け込んだ。

 もうあの腕を隠したってどうにもならない。諦めよう。


 トンズラしよう!




 部屋の扉を閉めて、2人揃ってため息をつく。

「パパ、ごめんなさい」

「カトリーナ……派手にやってしまったね。でも仕方ない。君はいいことをしたんだよ」

 パパがカトリーナを胸に抱き寄せてくれる。



「しかしなんであんなところで腕を落とすような怪我を……いや、そんなこといいか。どうする? もうあの魔法で帰ろうか」

「うん、すぐに逃げよう。それでヒューと……ごにょごょしちゃって、癒しを失っちゃうのがいい気がしてきた」

「そうだね……パパとしては複雑だけど。癒しを失えば聖女にはなれないからね。でも結婚前に……いや仕方ないよね」

「う、うん……」


 親子でこんな話、気まずい!
 お互い視線を彷徨わせた。

「ところでそのケープ、ヒューのかい?」

「うん、さ、寒かったから、かしてくれたの」

 白いワンピースも、ケープの銀の刺繍も、クリスティアの血で汚れていた。


(『きれいになあれ』)


 どちらもシミひとつ無くきれいに清め、ケープは◯次元ポシェットに大切にしまった。



「いつもの服に着替えるね」

「じゃあ寝室を使って。パパはここで荷物をまとめるよ」





 豪華だけどウエストのリボンを緩めれば一人でずぼっと着替えられる素敵なワンピース。

 ずぼっと脱いで、見事なレースやフリルの始末をしげしげと眺めた。
 すごい細かい……ハーラン先生に返したほうがいいかな?
 もらってもいいのかなぁ。

 とりあえず丁寧にたたんでベッドに置き、着てきたブラウスとジャンパースカートをポシェットから取り出した。


 その時。かちゃり、静かに寝室の扉が開いた。

「パパ、まだ入らない……で……」


 カトリーナはスリップ一枚しか身につけていない体をブラウスで隠し振り返り、固まった。



 そこに立っていたのは、濃い金髪の、見覚えのある騎士だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】

ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。 ※ムーンライトノベルにも掲載しています。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...