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 メアリが一人で納得して頷いている間にも、彼らはメアリについての会話を続けていた。

「うーん、まあお前の不満は分かったけどさ、そもそもなんでそんな子と婚約することになったわけ? その口ぶりからしてお前が望んだわけじゃないんだろ」
「……婚約は、彼女のわがままで結ばれたものだと聞いているよ。どこかで僕を見かけて一目惚れした彼女が父親にねだったのだと」
「それは……断れなかったわけ? 爵位はお前の家の方が上だろ」
「当時うちは経済的に困窮していて、この婚約によって男爵家から支援を得ることができたらしい」
「ああ、男爵家は資産家だもんな……。じゃあ、婚約を解消するのは難しいってことか」
「おそらくは」

 彼らは深刻そうな口調で言葉を交わす。
 それを隠れて聞いていたメアリの脳内では疑問が渦を巻いていた。

──彼との婚約が私のわがままで結ばれたって……完全に初耳なのだけど?

 そもそも、アランとは婚約者として顔合わせをしたあの日が初対面だったのだ。それまで彼の姿を見たことはおろか、名前すら知らなかった。知らない人間との婚約を望むはずがない。
 いったい、アランはなぜそのような誤解をしているのだろう?

「だけどわがままで傲慢っていうのは、具体的にどういうことがあったわけ? 実家が支援を受けているとは言っても、その行動次第では流石に解消も視野に入れなきゃならなくなるかもしれない」

 それは気になる。
 先ほどからアランに「わがままで傲慢」だと評されているが、他者からそのような評価を受けたことは、記憶の限りではほとんどない。けれども他人からそのような印象を持たれているのであれば、原因は知っておかなければならないし、内容次第では今後のふるまいも見直すべきだろう。今更行動を少しばかり変えたところですでにメアリに対してかなりの悪印象を抱いているらしいアランとの関係改善がなされるかは怪しいが、それはそれとして、だ。
 耳を澄ませていると、アランは友人に向かって、メアリに感じている不満について話し始めた。

「……まずはさっきも言ったように、この婚約からして彼女が男爵にねだったことをきっかけとして結ばれたものだ」
「それは、伯爵に聞いた話?」
「ああ。それに加えて、婚約者として接する中でも彼女の傲慢さに辟易する場面は多くあった」

 そう、そこが具体的に聞きたい。メアリはゴクリと唾を飲んだ。
 婚約が成立した経緯について誤解が生じた原因は後で確認するとして、とにかく気になるのは、アランのいうメアリの「傲慢なふるまい」とやらのことだ。気づかないうちに一体何をしてしまったのだろう?

「たとえば、そうだな……パーティーで彼女をエスコートする機会があったんだが、その時彼女にドレスが似合っていると言ったら、あなたと私じゃ釣り合わないから隣にいるのが恥ずかしい、と返されたんだ。確かに彼女の着ているドレスは誰が見てもわかる高級品で、それと比べれば僕の着ているスーツなど安物に見えただろう。隣に並べば見劣りもしたかもしれない。だが、恥ずかしいと言われるほど見窄らしい服装ではなかったはずだ」

 ええ、そんなふうに捉えられてたの?
 確かにドレスを褒められた時、釣り合わなくて恥ずかしい、とは言った。言ったけれど、それは見目麗しいあなたの隣に平凡極まりない私が並ぶのが恥ずかしい、という意味だったのに。
 いや、その時も何か変だとは思ったのだ。普段ならメアリの自虐を「そんなことないよ」と優しく否定しそうなところを、一瞬固まった後、まるで聞こえなかったかのようにふるまっていたから。
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