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そもそもアランとの婚約は、完全に政略的なものだった。
アランの家であるシェラード伯爵家の領地が災害に見舞われ、伯爵と学生時代からの友人であったハミルトン男爵、すなわちメアリの父が支援を申し出た。そうして結ばれた婚約。当然のことながら、メアリたちの意志など介在する余地はなかった。婚約者が決まったと父に言われたときも、降って沸いたような話にただ困惑していたのを覚えている。
とはいえ、特に不満があるわけではなかった。いずれ婿を取ることは決まっていたし、別に好いた相手がいるわけでもない。父が選んだ相手ならばそうおかしな人ではないはずだという信頼もあった。
そして実際に会って話し、この男の子と婚約者であることが嬉しいと思うようになった。将来夫婦になれる日を心待ちにしていた。
けれど、彼はそうじゃなかったんだろう。
初めて顔を合わせた時から、アランはとんでもない美形だった。最初に目があった時、比喩でなく一瞬息が止まったほどに。柔らかそうな金の髪に、澄んだ青空のような瞳。その完璧な愛らしさを持つ造形はいつか見た絵画の天使を思い起こさせた。
伯爵家で行われた顔合わせの際、初めて自身の婚約者の姿を目の当たりにして声も出せず固まるメアリに、彼はその美しい顔でにこりと笑いかけた。
「初めまして、メアリ・ハミルトンと申します……」
のぼせあがって立ち尽くしたまま真っ赤になるだけのメアリは、その場にいた父に促され、ようやく心ここに在らずのおぼつかない自己紹介を返した。今思い返せば失礼極まりない。
自分に見惚れてぼんやりしているメアリを見て内心どう思ったのかはわからないが、アランは優雅な仕草で主人公にすっと手を差し出した。
「可愛らしい僕の婚約者さん、よければ伯爵家の庭を案内させてもらえませんか? ちょうど赤い薔薇が見頃なんですよ」
やはりろくに返事もできず顔を赤くしたままこくこくと頷いたメアリに、アランは優しく笑いかけた。
流石にずっとまともに受け答えができないままということはなく、アランが気遣って色々話しかけてくれたこともあり、それなりに打ち解けて話すことができるようになったと思う。
アランはとにかく紳士だった。まだ幼いながらも常に優しく気遣いに溢れていて、自分の容姿を鼻にもかけない。「完璧」と形容するにふさわしい人がいるとすれば彼だと思った。
今日に至るまでその印象は変わらない。
婚約者同士仲を深めるために、と設定された週に一度のお茶会でも、アランはいつも穏やかな笑みを浮かべていた。優しく親切なだけでなく、メアリを楽しませようと色々な話をしてくれるし、メアリの話も興味深そうに聞いてくれる。まさに婚約者として理想的な振る舞いだった。
けれどどこか壁を感じていた。なんの話をしていてもどことなくよそよそしく、踏み込ませようとしない。
何が原因なのだろうかところまで密かに思い悩んでいたが、これではっきりした。
当然だろう。金髪碧眼で輝くような美貌の彼に対し、メアリの外見は平凡そのものだ。髪と瞳の色合いも地味な茶色でなんの面白みもない。そして際立って優れたアランと平凡なメアリという構図は見た目に限ったものではなく、あらゆる面においてそうだった。アランは学園においても優秀な成績を収め、貴族としてのマナー、振る舞いも完璧でいつも人に囲まれている。対してメアリは学業においても平凡極まりなく、新興男爵家の娘ということもあって貴族としては珍しいほどのびのび育てられたため、所作も周囲の貴族たちほど洗練されていない。
それに加えて、どうやらアランはメアリのことを傲慢かつわがままな人間だと思っていたらしい。外見も平凡、中身も醜悪だなんて最低ではないか。不満を持たない方がおかしい。メアリとしてはむしろ、そんな人間相手に理想的な婚約者として振る舞ってきた彼の我慢強さ、精神力に感嘆するばかりだった。
アランの家であるシェラード伯爵家の領地が災害に見舞われ、伯爵と学生時代からの友人であったハミルトン男爵、すなわちメアリの父が支援を申し出た。そうして結ばれた婚約。当然のことながら、メアリたちの意志など介在する余地はなかった。婚約者が決まったと父に言われたときも、降って沸いたような話にただ困惑していたのを覚えている。
とはいえ、特に不満があるわけではなかった。いずれ婿を取ることは決まっていたし、別に好いた相手がいるわけでもない。父が選んだ相手ならばそうおかしな人ではないはずだという信頼もあった。
そして実際に会って話し、この男の子と婚約者であることが嬉しいと思うようになった。将来夫婦になれる日を心待ちにしていた。
けれど、彼はそうじゃなかったんだろう。
初めて顔を合わせた時から、アランはとんでもない美形だった。最初に目があった時、比喩でなく一瞬息が止まったほどに。柔らかそうな金の髪に、澄んだ青空のような瞳。その完璧な愛らしさを持つ造形はいつか見た絵画の天使を思い起こさせた。
伯爵家で行われた顔合わせの際、初めて自身の婚約者の姿を目の当たりにして声も出せず固まるメアリに、彼はその美しい顔でにこりと笑いかけた。
「初めまして、メアリ・ハミルトンと申します……」
のぼせあがって立ち尽くしたまま真っ赤になるだけのメアリは、その場にいた父に促され、ようやく心ここに在らずのおぼつかない自己紹介を返した。今思い返せば失礼極まりない。
自分に見惚れてぼんやりしているメアリを見て内心どう思ったのかはわからないが、アランは優雅な仕草で主人公にすっと手を差し出した。
「可愛らしい僕の婚約者さん、よければ伯爵家の庭を案内させてもらえませんか? ちょうど赤い薔薇が見頃なんですよ」
やはりろくに返事もできず顔を赤くしたままこくこくと頷いたメアリに、アランは優しく笑いかけた。
流石にずっとまともに受け答えができないままということはなく、アランが気遣って色々話しかけてくれたこともあり、それなりに打ち解けて話すことができるようになったと思う。
アランはとにかく紳士だった。まだ幼いながらも常に優しく気遣いに溢れていて、自分の容姿を鼻にもかけない。「完璧」と形容するにふさわしい人がいるとすれば彼だと思った。
今日に至るまでその印象は変わらない。
婚約者同士仲を深めるために、と設定された週に一度のお茶会でも、アランはいつも穏やかな笑みを浮かべていた。優しく親切なだけでなく、メアリを楽しませようと色々な話をしてくれるし、メアリの話も興味深そうに聞いてくれる。まさに婚約者として理想的な振る舞いだった。
けれどどこか壁を感じていた。なんの話をしていてもどことなくよそよそしく、踏み込ませようとしない。
何が原因なのだろうかところまで密かに思い悩んでいたが、これではっきりした。
当然だろう。金髪碧眼で輝くような美貌の彼に対し、メアリの外見は平凡そのものだ。髪と瞳の色合いも地味な茶色でなんの面白みもない。そして際立って優れたアランと平凡なメアリという構図は見た目に限ったものではなく、あらゆる面においてそうだった。アランは学園においても優秀な成績を収め、貴族としてのマナー、振る舞いも完璧でいつも人に囲まれている。対してメアリは学業においても平凡極まりなく、新興男爵家の娘ということもあって貴族としては珍しいほどのびのび育てられたため、所作も周囲の貴族たちほど洗練されていない。
それに加えて、どうやらアランはメアリのことを傲慢かつわがままな人間だと思っていたらしい。外見も平凡、中身も醜悪だなんて最低ではないか。不満を持たない方がおかしい。メアリとしてはむしろ、そんな人間相手に理想的な婚約者として振る舞ってきた彼の我慢強さ、精神力に感嘆するばかりだった。
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