落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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ゲートシティ1

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オアシス都市イオニア。

リゾルタとドラゴニュートの国の中間に位置するこの都市は、交易都市として栄えているが、人族にはほとんど知られていない。
元々住民の構成は95%ほどが獣人であり、5%ほどがドラゴニュートであった。
その5%ほどのドラゴニュートによって支配され続けて来た歴史がある。
今回ミラ王国にその支配権が譲渡されたが、ミラ王国としては強圧的な支配の継続を望んでいない。
自由貿易都市として生まれ変わらせたいと言うのが、ミラ王国としての提言である。
勿論それ以外に、同盟国であるリゾルタの防衛と言う目的もあり、むしろそれの方がウエイトが大きいと思われる。

リンディからの情報で予備知識を得ようとして、リリスはユリアスを呼び出し、イオニアについて尋ねてみた。
学生寮の自室に使い魔の形で現われたユリアスは、同室のサラに挨拶をしてリリスと話し始めた。

「イオニアか。知っておるぞ。獣人の希少な種族の棲む都市だ。」

「そんなに希少な種族なんですか? リンディから聞いた話ではゴート族と言う名称ですけど・・・」

リリスの言葉に紫色のガーゴイルはうんうんと頷いた。

「うむ。現在ゴート族はイオニアに棲む者達だけだ。謎の多い種族でそもそもの出自が分からん。特徴としては褐色の肌でヤギの様な巻いた角を持っている。それ故にゴート族と呼ばれるのだが、獣人なのか否かと言う論議すらあり、魔族の一種族ではないかと言う研究者も居るほどだ。」

「性格的には温厚で忍耐力があり、獣人らしからぬ気性を持っている。身体能力は他の獣人と比較すると劣っているので、他種族からの支配を受けやすいとも言える。まあ、平和に慎ましく暮らしていたいと言うのが彼等の本音なのだろうな。」

そこまで話してガーゴイルはソファの上に降りた。

「儂はそれよりもイオニアと言うオアシス都市そのものに興味がある。古くからの伝承があって、イオニアは別名ゲートシティとも呼ばれていたそうだ。」

「ゲートシティですか?」

リリスの疑問にガーゴイルは深く頷いた。

「そうだ。ゲートシティだ。だが伝承が曖昧で断片的なので、その意味するところがあまり良く分かっていない。幾つもの門を持つ都市だと言う事は伝わっているのだが、それが何の門なのかは不明だよ。」

「そのゲートシティに新たに大きな門を設置したのがミラ王国と言うわけだ。」

ガーゴイルの言葉にリリスはニヤッと笑った。

「そうですね。数日前にフィリップ王子様から、大きな転移門を設置すると聞いていました。噂では既に設置されたようですね。」

「うむ。既に転移門を利用して多数の商人達がイオニアに乗り込んでいるそうだ。彼等にしてみれば、新たな商売のチャンスなんだろうな。軍も徐々に駐留の為の物資を送っていると聞く。」

ガーゴイルはそう言うと、リリスの反応を確かめるように顔を上げた。

「そうなんですね。ユリアス様も情報の入手が早いですね。」

「まあ、デルフィ殿の研究施設にも良く足を運んでいるからな。ドラゴニュート経由の情報も耳に入るんだよ。」

なるほどね。
支配権が移って、現地を離れるドラゴニュート達も居るだろうから、そこからの情報もあるのね。

「それにしても女の子2人で行くのか? 比較的治安が良い都市だとは聞いておるが・・・」

ユリアスの心配にリリスは笑顔で応えた。

「初めて訪問する都市だと言う事で、警護を付けてくれる事になっているんです。リゾルタで王家の警護をしているべリアさんですけどね。」

「ああ、バトルメイドのべリアか。それなら土地勘もあるだろうし安心だな。楽しんでおいで。」

「それと、そこに居るサラさんや他のクラスメート達にもお土産を買って来るんだよ。」

ガーゴイルの言葉にサラは嬉しそうにうんうんと頷いた。

その後、ガーゴイルはリリスの実家の近況を伝え、その場から消えていった。





イオニアへの出発の当日。

リリスは薄手のブラウスに細めのパンツと言う軽装で学生寮を出た。
行き先がオアシス都市と言う事で、リンディも同じような衣装を身に付けると聞いていたからだ。

リンディと落ち会ってメリンダ王女が手配してくれた馬車に乗り、王都の神殿の前の広場に到着すると、そこには軍服を着たジークが立っていた。

「えっ? ジーク先生もイオニアに行くんですか?」

リンディの言葉にジークはニヤッと笑った。

「あれっ? 聞いていなかったのかい? 僕が君達を転送する役割だよ。転移門は軍用物資の運搬でしばらく使えないので、こいつで送ってあげるように手配したからね。」

そう言いながらジークは軍服の懐から大きな魔石を取り出した。

「イオニアに着いたらお迎えが待っているからね。」

お迎えって・・・べリアさんの事?

疑問を抱きつつもリリスはリンディと共にジークの傍に立った。
ジークが魔石に魔力を流し、転移の魔法が発動される。

視界が暗転し、気が付くとリリスはリンディと共に薄汚れた石畳の上に立っていた。
上空からの日差しが熱い。
乾燥した熱風が吹き、土埃が舞う。

街路には石造りの家屋が立ち並び、その所々に肉厚な葉を茂らせた樹木が植えられている。
オアシス都市と言うのだが、緑がまばらで日影も少ないようだ。
その街路を歩く人々はカラフルな頭巾を被り、ゆったりとした薄手の衣装を着ている。
肌は薄い褐色で目が大きい。
獣人と言われればそうなのかと思うのだが、背丈は人族とあまり変わらないように思えた。
しかも人族の存在が目に付く。
商人なのだろうか?
思いの他、人族の数が多い様に思える。
既に転移門を使って、多くの商人達がこの都市に来ているのだろう。

「私達もあのカラフルな頭巾が欲しいわね。」

「そうですね、先輩。市場で購入しましょう。」

そんな話をしながら歩き出そうとする2人の傍に、長身の細身の女性が近付いて来た。

べリアだ。

2人の警護と案内役と言う事で、リゾルタの王家が手配してくれたらしい。

べリアもリリス達と同じような衣装を着ているが、頭にはカラフルな頭巾を被っていた。
お互いに挨拶を交わすと、リリスはべリアの頭部をじっと見つめた。

「べリアさん。私達もそのカラフルな頭巾が欲しいんですけど・・・」

リリスの言葉にべリアはうふふと笑った。

「そうですね。このオアシス都市では着用した方が良いですよね。」

「ここはリゾルタよりも日影が少なく、日差しも幾分強いようですから、これから市場に案内しますよ。」

べリアはそう言うとリリスとリンディを商人の集まる街区の方に案内し始めた。

その途中でべリアがふとリリスに小声で囁いた。

「リリス様。不思議な気配がしますね。僅かに不気味な圧迫感すら感じるんですけど、何か思い当たる事ってありますか?」

べリアもチラと同じような違和感を感じたのだろう。

「ああ、これの事ですね。実は思いも寄らない事から暗黒竜の加護を得たんですよ。」

リリスの言葉にべリアは目を大きく見開いた。

「そんなものを・・・どんな経緯で・・・」

「まあ、色々とあったんですよ。そこのところは全部は話せないので。」

申し訳なさそうに答えたリリスに、べリアはう~んと唸って黙り込んだ。
少し間を置き、気を取り直したように笑顔を見せ、べリアは軽く頷いた。

「まあ、リリス様なら何があっても不思議じゃないですけどね。」

「でもそのお陰で闇魔法の強化がされているのが良く分かりますよ。以前にリゾルタで起きた騒動の際に、リリス様が火魔法や土魔法に特化しているのは良く理解出来ました。でも闇魔法に関してはそれほどに特化されていませんでしたよね。その弱点を補完して余りあるほどに強化されていると感じました。」

そう言ってべリアはリリスに手を差し出した。

「私の手に少し闇魔法の魔力を流していただけませんか?」

べリアとしては闇魔法の使い手としての興味もあったのだろう。
何気にリリスにお願いしてみたのだが、リリスもそれに応じて気軽にべリアの手に触れ、闇魔法を発動させて魔力を流してみた。
闇魔法の発動と共に暗黒竜の加護は発動し始めている。

魔力を流すとべリアの手にバチッと火花が走り、べリアはうっと唸って手を引っ込めた。

「アッ! べリアさん、大丈夫?」

心配するリリスにべリアは苦笑いを浮かべた。

「大丈夫ですよ。リリス様の闇魔法の魔力と共に得体の知れない強大な竜の気配が流れ込んできて、私のスキルが門を閉ざしたのですよ。」

門を閉ざした?

ああ、そうか!
べリアさんのスキルの事ね。

リリスはべリアが『闇の門番』のスキルと称号を持っている事を思い出した。
べリアもそのスキルと称号の故に、以前にも増して闇魔法に習熟している筈だ。

「それにしてもこの気配だと・・・ドラゴニュートはあえて近付かないでしょうね。」

「それは私も望むところですよ。」

リリスはそう言うと闇魔法の発動を止めた。

2人のやり取りを見ながら、リンディが不思議そうな表情をしている。
その様子に微笑むべリアにリリスはそっと呟いた。

「べリアさん。ここに居るリンディは獣人ですけど、チラさんにも負けないほどの術者なんですよ。」

リリスの言葉にうっと唸るべリア。
言葉にはしていないものの、リンディが空間魔法を駆使出来るとべリアには容易に推測出来た。

「私は獣人の都市なので、獣人の学生さんが付いて来られたのだと思っていましたが・・・」

「まさかリンディ様も、リリス様の警護を兼ねているとは知りませんでした。」

べリアの言葉にリリスとリンディはケラケラと笑った。

「そんなんじゃ無いわよ、べリアさん。リンディと私は得意分野が違うだけだから。」

「そうですよ。私だってリリス先輩が一緒で、本当に心強いんですから・・・」

お互いに気遣い合う2人である。
その様子に微笑みながら、べリアは歩く速度を緩め、手を前に差し出した。

「街路のあの交差点から向こうが商業区域です。その中央に市場もありますからね。」

べリアの手が示す方向に、賑やかな装飾や看板が見える。
一つの街路を境にして、商業区域が形造られているようだ。

街路を歩く人の数も増え、その賑やかさが伝わって来た。
さあ、市場に行くんだ!
そう思うとテンションが上がる。

商業区域の中に入ると目に付くのは雑貨店や飲食店で、その喧騒と食べ物の匂いが渦巻いている。
その中を通り抜けるように歩くと、石造りの店舗の屋根をカラフルな布で繋ぎ、天幕のようにしている区画に入り込んだ。
ここが市場なのだろう。

軒を連ねるのは珍しい野菜や果物、更に魔物の肉や魚まで売っている。
その鮮度も良さそうなので、頻繁に行商人が行き来しているのだろう。
売り手や買い手の声が渦巻き、その喧騒が何故か心地良い。

小さな子供を連れた家族も買い物に来ている。
その子供の頭に小さな巻角が見えた。

あれがゴート族の特徴なのね。

大人は頭巾をしているので目につかないが、恐らく立派な角を生やしているのだろう。

そう思いながら衣料店に入り、頭巾を手に入れたリリスとリンディは早速それを被った。

これでこの都市にも馴染めるわね。

リリスの思いを察してリンディも無言で頷いた。
天幕のある長い通路を歩き、串焼きの肉の買い食いをしながら歩き続けると、リリス達は市場の外れに到達した。

だがそこで意外なものを目にする事となる。

少し開けた空間に朽ちた石造りの建物が立っていた。
その形状には見覚えがある。

闇の神殿だ!

既に朽ちていて遺跡となっているようだが・・・。

「どうしてこんなところに闇の神殿が?」

リリスの疑問にべリアが口を開いた。

「これは相当古い物で、既に朽ち果ててしまっているのですが、取り壊したり、他の場所に移設する事が禁じられているのです。」

「ゴート族の間で、決して取り壊してはならないとの掟があるそうです。」

そうなのね。
何か訳がありそうだけど・・・。

「でも中に入るのは構わないそうですよ。内部は崩れないように補強しているそうですから。」

「とは言っても、中には何もありませんけどね。以前にデルフィ様もここを探査した事があって、目新しい物は何も発見出来なかったと仰っていました。」

べリアの言葉に興味を覚えたのか、リンディが入ってみようと言い出した。
それに押される様にリリスも、神殿の遺跡の中に足を運んだ。

神殿の高さは10mほどで内部は魔道具で灯が設置されている。
内部の壁も朽ちているが、随所に補強材を組み合わせ、壁や天井が崩落しないように配慮されていた。

薄暗い通路の奥に台座があり、その奥の壁に金属製の黒いプレートが貼り付けられている。
そのプレートから僅かに流れて来る気配に、リリスは首を傾げた。

この気配は何かしら?
何かが仕組まれている様に感じるんだけど・・・。

何気にそのプレートに触れ、何気に魔力を流してみた。
だが何の反応も無い。

思い過ごしかしら?

そう思って、リリスは闇魔法を発動させた。暗黒竜の加護が発動し、闇魔法の魔力が充満してくる。
それを感じつつ、リリスはプレートに闇魔法の魔力を一気に流した。

その途端にピンッと言う音がして、手前の台座の縁から二本の棒状の突起が現われた。

「えっ! これって何ですか?」

べリアの驚きの声が遺跡の中に響く。

これはまるでレミア族の遺跡を思わせる仕組みだ。
この突起に魔力を流せば良いのか?

リリスはそう思うと反射的に二本の突起を握り、魔力を流してみた。
その途端にプレートの両側に二本の突起が出現し、プレートの上に文字が浮かび上がった。
だがそれは見た事も無い文字だ。

「何て書いてあるの?」

首を傾げるリリスの傍にリンディが駆け寄った。
その文字をジッと眺め、うんうんと頷いている。

「リンディ。これが読めるの?」

「ええ。以前に祖父から習った獣人の古代文字ですね。ええっと・・・」

そう言いながらリンディはその文字を解読し始めた。
だがそのリンディも首を傾げている。

「読むには読めましたが意味が分かりませんね。『門番を呼べ』と書かれています。」

リンディの言葉にリリスとべリアはうっと唸ってお互いの顔を見た。
べリアは無言で自分を指差し、リリスも無言でうんうんと頷いた。

「そう言う意味での門番ですか?」

そう言いながらべリアは恐る恐るプレートの両側の突起を握ったのだった。





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