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仮装ダンスパーティーの混迷4
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仮装ダンスパーティーの会場。
意識がふっと戻った時、リリスはダンスホールの中央付近で真紅のドレスを纏って踊っていた。
そのお相手は背の高い初老の老人だが、その正体はアルバだ。
「う~ん。夢を見ていたのかしら?」
軽やかにステップを踏みながらリリスは呟いた。
「夢ではないよ、リリス。無事に帰って来たんだよ。でも・・・・・」
「君の時間軸がまた少し進んでしまったようだ。」
ええっ!
また進んじゃったの?
リリスは一機に気が滅入ってしまった。
「・・・・・また私って老けちゃったの?」
リリスの不安な表情を見て、アルバは平然と口を開いた。
「ほらほら。ステップが乱れているよ。集中してね。」
そんな事を言われても集中出来ないわよ。
リリスの思いを読み取ってアルバはニヤッと笑った。
「時間軸が進んだのは約2分だよ。誤差範囲だと思うけどね。」
「なあんだ。心配させないで下さいよ。」
リリスはホッとして表情を和らげた。
「でも2分間、君がこの世界から消えていた事は事実だよ。何なら君の持つスキルに聞いてみるが良い。」
私の持つスキル?
ああ、解析スキルの事ね。
でもどうして解析スキルが私と応答出来る事を知っているのだろうか?
疑問を抱きつつもリリスは解析スキルを発動させた。
私ってこの世界から消えていたの?
『やあ、お帰りなさい。今回は帰還が早かったですね。』
『お尋ねの通り、約2分間この世界から消えていました。現象的には2分間加齢した事になります。ステータス上では誤差範囲として年齢にプラスされませんが・・・・・』
そんな事はどうでも良いわよ。
リリスの脳内でのやり取りが終わるや否や、アルバは怪訝そうにリリスを見つめた。
「それにしても不可思議なスキルだね。スキルが疑似人格を持つ事はまだ可能性として有り得るが、その知的なバックボーンとして地上世界のみならず、精霊界や魔界にもリンクが張り巡らされているのは驚愕の一語に尽きる。それは亜神から得たスキルなのか?」
「そうかも知れません。私にも良く分からなくて・・・・・」
そうとしか答えようのないリリスである。
アルバもそれを察したようで直ぐに話題を変えた。
「その2分間で私も色々と後始末が出来た。君と入れ替わってしまったダークエルフのリリスを元の世界に戻したからね。」
そうだわ。
私と同じ名前のダークエルフの魔導士が居たって聞いたわよね。
「彼女は自分の身に起きた事が全く理解出来なくて、終始困惑したままだったよ。自分と同じ名前の人族が居た事にもあまり興味を示さなかったのだが、その人族が大量の魔物の軍団のみならず魔人までも駆逐してしまったと聞いて、妙に関心を持ってしまってね。」
「是非会ってみたいと言うのだが、どうしたものかねえ。」
いやいや、そんな事を言われてもねえ。
「会ってしまったらどちらかが死んだり、消滅するんじゃないですか?」
「君はドッペルゲンガーと勘違いしていないかね? 単に名前が同じと言うだけだよ。」
そう言いながらアルバはハハハと笑った。
まあ、そうよね。
相手はダークエルフなんだから、容姿は全く違うわよね。
自分の勘違いに照れ笑いをするリリス。その耳に舞踏曲のラストのフレーズが聞こえて来た。
最後のターンを優雅に決めて、ダンスは終わりとなる。
アルバがリリスの手の甲に軽くキスをして、その場から離れようとした。
だがダンスホールの端に移動しようとするアルバの前に、真っ赤なドレスを着た女性が立ちはだかった。
タミアだ!
そう言えばタミアはあの後どうしたのだろうか?
心配になってリリスはアルバとタミアの対峙する場に走り寄った。
「ねえ、もう少し暴れさせてくれても良かったんじゃないの?」
タミアの言葉にアルバはう~んと唸って首を傾げた。
「あれだけ・・・・・あれだけ暴れまわってもまだ満足出来ないのかね?」
「君は魔大陸レムリアを焼き尽くし、魔王を含む数千万の魔族を滅ぼし、更には大陸中の全ての火山を噴火させて、大陸そのものを大洋に沈めてしまったではないか。それでもまだ飽き足りないのか・・・・・」
絶句するアルバの傍にユリアも走り寄って来た。
「良いのよ、良いのよ。このタミアは誰かが止めないと暴走し続けるからね。私がその場に居たら全球レベルで凍結させちゃうんだけど。」
そう言ってユリアはタミアの手を引いた。
「ほらっ! 折角こっちに送ってきてくれたんだから、あんたも感謝しなさいよ。それに仮装ダンスパーティーはまだ続いているんだからね。」
「ああ、そうだったわね。まだまだ楽しみが残っていたわ。」
タミアは機嫌を直してアルバに手を振り、ユリアと共にその場を離れて行った。
アルバの顔には困惑が残っている。
「亜神と言うものは・・・・・実に個性的な存在だね。」
呆れた口調のアルバにリリスも強く同意して頷いた。
「そうなんですよ。勝手気ままと言うか・・・・・。でも元の世界には亜神っていなかったんですか?」
「そうだね、亜神は存在していなかったね。そもそも彼らの存在は私と同様で、その世界の管理者の補佐のはずなのだが、あまりにも自由奔放で放置されていると言っても過言では無さそうだ。」
アルバはダンスホールの端のテーブルと椅子にリリスを誘い、その場に座って近くに居たスタッフに二人分のドリンクを求めた。
椅子に座ったアルバはふうっと深いため息をついた。
「実際、あの火の亜神をこちらに戻すのには相当手古摺ったんだよ。何せ大災害のレベルで暴れまわるものだからねえ。」
そうでしょうね。
狂乱状態のタミアなんて近付きたくも無いわ。
「アルバ様、お疲れさまでした。」
そう言ってリリスはアルバに笑顔を向けた。
「でも、あれでも亜神本体じゃないんですよ。亜神を降臨させるための7体のキーの一つだそうですから。」
「うむ。亜神本体であればその破壊力も格段に違うのだろうな。だがキーとは言え、その形状で地上の生命に関わる事で、予期せぬ変化をもたらす事も彼らの役割の一つなのだろう。そうでなければ、ここまで自由気ままに放置せぬはずだ。」
アルバは給仕されてきたドリンクをグイッと飲み、その喉の渇きを潤した。
「そうですね。それはタミア以上にユリアがそう言う役割をしていますね。ユリアは水の女神として色々な王国に影響を与えていますよ。」
リリスはそう言うと、手渡された透明のドリンクをグイッと飲みほした。爽やかなライムの風味に似た軽いドリンクだ。
その清涼感に心も身体も癒される。
リリスはふと気になる事をアルバに尋ねてみた。
「アルバ様。私って本当に、元の世界で重要な存在だったんですか? その割には冴えない人生を送っていたと思うんですけど・・・」
リリスの言葉にアルバはふふふと含み笑いをした。
「そうだね。君はそう感じていたのかも知れないね。だが君の元々の時間軸を仮想的に辿ってみると、それなりには華開く人生だったようだ。」
「ええっ! そうなんですか?」
リリスはテーブル越しにアルバににじり寄った。その仕草にアルバはほうっと軽く驚きの声をあげた。
「そうかね。一応関心があるのだね。」
「それはそうですよ。だって、元の世界では30歳手前まで、本当に冴えない人生だったですからね。」
「うむ。だが君の人生が花咲くのは35歳を過ぎてからだったようだ。」
う~ん。
そうだったとして、どんな人生だったのだろうか?
「玉の輿にでも乗ったのですか?」
リリスの言葉にアルバは笑いながら手を横に振った。
「違うよ。そんなんじゃない。」
「君はふとしたきっかけで、特定の地域の環境保護運動に巻き込まれていくんだ。その中で周りからの引き立てもあって、知らず知らずのうちに名声まで上がっていく。更にその中で良い伴侶にも出会えたようだよ。」
あらまあ。
そんな人生が待ち受けていたの?
まあ、今となっては惜しいとも思わないけどね。
アルバはその後少しの間談笑して、席を立つと何処ともなく消えていった。
後に残されたリリスは、スタッフの衣装に着替える為にダンスホールの控室に向かった。
会場内は終盤を迎えて大いに盛り上がっている。
舞踏曲と人の歓声が入り乱れて会場内に満ちていた。
控室で着替えると、近くに居たエリスと共に会場に戻り、リリスは残りの時間で仮装ダンスパーティーの終盤に向けての責務を果たした。
その日の夜。
リリスは生々しい夢を見た。
リリスの視線は地上から10mほどの高さで、その一帯を俯瞰している形だ。
目の前に広がるのは赤々と燃えたぎる溶岩の沼。
それはリリスが大量の魔物の軍団を葬り、魔人をも駆逐したあの場所だった。
勿論魔物や魔人の姿は既に無い。
だがリリスの視線の下方に一人の女性の姿があった。褐色の肌、レザーアーマーを装着している女性は、良く見るとダークエルフのようだ。
辺り一面を見回しながら、その女性はふうっと深くため息をついた。
「これって本当に人族の仕業なの? しかも私と同じリリスと言う名前の少女だなんて・・・・・」
アルバの言葉を思い出しながら、その場に座り込んだこの女性は、殲滅の魔導士と呼ばれたリリス・ゲパルト・ダークガイザーである。
ここでは略してダークリリスと呼ぶ。
その容貌は長身で端正な顔立ちの少女だ。
彼女も火魔法を得意とする魔導士で、高位魔法すら発動出来るほどの術者である。だが彼女の目の前に広がる溶岩の沼は、彼女自身が今まで見た事も無い情景だった。
「これは・・・・・土魔法なの? 火魔法だけでは無理よね。」
呟きながら、ダークリリスはその溶岩の泥沼を探知した。
更にダークエルフの特殊な能力で残留思念をも探知すると、そこにはおびただしいほどの魔物や魔獣の痕跡が残っている。
正に殲滅だ。
う~んと唸ってダークリリスはその場で立ち尽くしていた。
その時、彼女の脳裏に馴染の使い魔の波動が近付くのを感じた。
グースだ。
ダークリリスは自分の目の前に小さな黒い光の球が現われるのを確認し、手を伸ばしてそれを手のひらの上に誘導した。
「グース。これは・・・私の目の前の惨状は現実なの?」
ダークリリスの問い掛けに黒い光球は、その両側から小さな黒い翼を広げながら光を増した。
「そうだよ、リリス。とてつもなく強力な魔法を放つ人族だったようだ。」
この翼の生えた光球は魔王の操る100体の使い魔の一つで、魔王本体とは個別に活動出来ると聞いている。
「ねえ、グース。私はどうしたら良いの? この場で魔人達と対峙して、状況によっては魔王軍に寝返る事も考えていたのに・・・」
ええっ!
そうなの?
リリスはダークリリスの言葉に思わず叫んだ。
だが当人には聞こえる様子も無い。
だがダークリリスにしてみれば、それもまた選択肢の一つだった。
この世界ではダークエルフは人族に虐げられている。ダークリリスですらそれほどに厚遇されていない。
あくまでも傭兵扱いである。
そうなると人族に反旗を翻す事も、必ずしも悪であるとは言えないのだ。
「君は強い子だ。これからは自分の意志で生きていくんだね。」
グースの言葉にダークリリスは機嫌を悪くした。
「突き放すように言わないでよ! まるでお別れみたいじゃないの!」
苛立つダークリリスを諫めるように、グースは静かに話し始めた。
「残念ながらお別れなんだよ、リリス。」
「もうすでに魔王様も魔族も全て滅んでしまった。我々の棲み付いていた魔大陸レムリアさえも焼き尽くされ、海に沈んでしまったんだ。」
グースの言葉にダークリリスは自分の耳を疑った。
「そんな事って・・・・・。」
「それもあの人族の仕業なの?」
ダークリリスの言葉にグースは更に小さな声で呟いた。
「いや、違うよ。正体不明の光球が現われて、狂乱の笑い声をあげながら大陸全土を焼き尽くしたそうだ。」
「私も召喚主の魔王様が居なくなった以上、存在する事は出来ない。バックアップ用の魔力が切れてしまえば消滅する。」
そう言いながら、グースの姿が次第に消えていく。
「待ってよ! グース! 私を置いて行かないで!」
「もう一度言う。君は強い子だ。大丈夫だよ。」
その言葉を最後にグースは消えていった。
呆然とその場に立つダークリリス。
その表情に苦渋が満ちる。
後に残されたダークリリスは泣きながら叫んだ。
「私は、私は、どうしたら良いのよお!」
リリスの生々しい夢はここで終わった。
目が覚めたリリスはびっしょりと汗を掻いていた。
夢見が悪いわね。
そう思って窓から外を見ると、夜空がうっすらと明るくなってきている。
まだ眠れそうだ。
リリスは思い直して再び眠りに就いた。
だが、その日の授業中にリリスは驚くべき光景を見た。
授業中の廊下を半透明の女性が動き回っている。何かを探しているような仕草をしているその女性は、早朝夢の中で見たダークリリスだった。
しかも教室内のクラスメイト達の様子を見る限り、リリスにしかその姿が見えていないようだ。
もしかして・・・幽霊?それとも怨霊?
成仏出来ずに迷ったのかしら?
そう思いつつも、リリスは不思議に思った。
時系列で言えばダークリリスとリリス本人との間には、200万年にも及ぶ時間差がある。
今更幽霊でもあるまい。
そうするとあれは何だろうか?
更にダークリリスの出現の理由が、リリスに対する恨みなどではない事は直ぐに分かった。
ダークリリスがリリスの方に顔を向けても、両者の視線が合わないのだ。
それなら彼女は何を探しているのだろうか?
リリスは授業の内容に集中出来ず、折に触れて廊下を動き回る半透明のダークリリスの姿を見つめていたのだった。
意識がふっと戻った時、リリスはダンスホールの中央付近で真紅のドレスを纏って踊っていた。
そのお相手は背の高い初老の老人だが、その正体はアルバだ。
「う~ん。夢を見ていたのかしら?」
軽やかにステップを踏みながらリリスは呟いた。
「夢ではないよ、リリス。無事に帰って来たんだよ。でも・・・・・」
「君の時間軸がまた少し進んでしまったようだ。」
ええっ!
また進んじゃったの?
リリスは一機に気が滅入ってしまった。
「・・・・・また私って老けちゃったの?」
リリスの不安な表情を見て、アルバは平然と口を開いた。
「ほらほら。ステップが乱れているよ。集中してね。」
そんな事を言われても集中出来ないわよ。
リリスの思いを読み取ってアルバはニヤッと笑った。
「時間軸が進んだのは約2分だよ。誤差範囲だと思うけどね。」
「なあんだ。心配させないで下さいよ。」
リリスはホッとして表情を和らげた。
「でも2分間、君がこの世界から消えていた事は事実だよ。何なら君の持つスキルに聞いてみるが良い。」
私の持つスキル?
ああ、解析スキルの事ね。
でもどうして解析スキルが私と応答出来る事を知っているのだろうか?
疑問を抱きつつもリリスは解析スキルを発動させた。
私ってこの世界から消えていたの?
『やあ、お帰りなさい。今回は帰還が早かったですね。』
『お尋ねの通り、約2分間この世界から消えていました。現象的には2分間加齢した事になります。ステータス上では誤差範囲として年齢にプラスされませんが・・・・・』
そんな事はどうでも良いわよ。
リリスの脳内でのやり取りが終わるや否や、アルバは怪訝そうにリリスを見つめた。
「それにしても不可思議なスキルだね。スキルが疑似人格を持つ事はまだ可能性として有り得るが、その知的なバックボーンとして地上世界のみならず、精霊界や魔界にもリンクが張り巡らされているのは驚愕の一語に尽きる。それは亜神から得たスキルなのか?」
「そうかも知れません。私にも良く分からなくて・・・・・」
そうとしか答えようのないリリスである。
アルバもそれを察したようで直ぐに話題を変えた。
「その2分間で私も色々と後始末が出来た。君と入れ替わってしまったダークエルフのリリスを元の世界に戻したからね。」
そうだわ。
私と同じ名前のダークエルフの魔導士が居たって聞いたわよね。
「彼女は自分の身に起きた事が全く理解出来なくて、終始困惑したままだったよ。自分と同じ名前の人族が居た事にもあまり興味を示さなかったのだが、その人族が大量の魔物の軍団のみならず魔人までも駆逐してしまったと聞いて、妙に関心を持ってしまってね。」
「是非会ってみたいと言うのだが、どうしたものかねえ。」
いやいや、そんな事を言われてもねえ。
「会ってしまったらどちらかが死んだり、消滅するんじゃないですか?」
「君はドッペルゲンガーと勘違いしていないかね? 単に名前が同じと言うだけだよ。」
そう言いながらアルバはハハハと笑った。
まあ、そうよね。
相手はダークエルフなんだから、容姿は全く違うわよね。
自分の勘違いに照れ笑いをするリリス。その耳に舞踏曲のラストのフレーズが聞こえて来た。
最後のターンを優雅に決めて、ダンスは終わりとなる。
アルバがリリスの手の甲に軽くキスをして、その場から離れようとした。
だがダンスホールの端に移動しようとするアルバの前に、真っ赤なドレスを着た女性が立ちはだかった。
タミアだ!
そう言えばタミアはあの後どうしたのだろうか?
心配になってリリスはアルバとタミアの対峙する場に走り寄った。
「ねえ、もう少し暴れさせてくれても良かったんじゃないの?」
タミアの言葉にアルバはう~んと唸って首を傾げた。
「あれだけ・・・・・あれだけ暴れまわってもまだ満足出来ないのかね?」
「君は魔大陸レムリアを焼き尽くし、魔王を含む数千万の魔族を滅ぼし、更には大陸中の全ての火山を噴火させて、大陸そのものを大洋に沈めてしまったではないか。それでもまだ飽き足りないのか・・・・・」
絶句するアルバの傍にユリアも走り寄って来た。
「良いのよ、良いのよ。このタミアは誰かが止めないと暴走し続けるからね。私がその場に居たら全球レベルで凍結させちゃうんだけど。」
そう言ってユリアはタミアの手を引いた。
「ほらっ! 折角こっちに送ってきてくれたんだから、あんたも感謝しなさいよ。それに仮装ダンスパーティーはまだ続いているんだからね。」
「ああ、そうだったわね。まだまだ楽しみが残っていたわ。」
タミアは機嫌を直してアルバに手を振り、ユリアと共にその場を離れて行った。
アルバの顔には困惑が残っている。
「亜神と言うものは・・・・・実に個性的な存在だね。」
呆れた口調のアルバにリリスも強く同意して頷いた。
「そうなんですよ。勝手気ままと言うか・・・・・。でも元の世界には亜神っていなかったんですか?」
「そうだね、亜神は存在していなかったね。そもそも彼らの存在は私と同様で、その世界の管理者の補佐のはずなのだが、あまりにも自由奔放で放置されていると言っても過言では無さそうだ。」
アルバはダンスホールの端のテーブルと椅子にリリスを誘い、その場に座って近くに居たスタッフに二人分のドリンクを求めた。
椅子に座ったアルバはふうっと深いため息をついた。
「実際、あの火の亜神をこちらに戻すのには相当手古摺ったんだよ。何せ大災害のレベルで暴れまわるものだからねえ。」
そうでしょうね。
狂乱状態のタミアなんて近付きたくも無いわ。
「アルバ様、お疲れさまでした。」
そう言ってリリスはアルバに笑顔を向けた。
「でも、あれでも亜神本体じゃないんですよ。亜神を降臨させるための7体のキーの一つだそうですから。」
「うむ。亜神本体であればその破壊力も格段に違うのだろうな。だがキーとは言え、その形状で地上の生命に関わる事で、予期せぬ変化をもたらす事も彼らの役割の一つなのだろう。そうでなければ、ここまで自由気ままに放置せぬはずだ。」
アルバは給仕されてきたドリンクをグイッと飲み、その喉の渇きを潤した。
「そうですね。それはタミア以上にユリアがそう言う役割をしていますね。ユリアは水の女神として色々な王国に影響を与えていますよ。」
リリスはそう言うと、手渡された透明のドリンクをグイッと飲みほした。爽やかなライムの風味に似た軽いドリンクだ。
その清涼感に心も身体も癒される。
リリスはふと気になる事をアルバに尋ねてみた。
「アルバ様。私って本当に、元の世界で重要な存在だったんですか? その割には冴えない人生を送っていたと思うんですけど・・・」
リリスの言葉にアルバはふふふと含み笑いをした。
「そうだね。君はそう感じていたのかも知れないね。だが君の元々の時間軸を仮想的に辿ってみると、それなりには華開く人生だったようだ。」
「ええっ! そうなんですか?」
リリスはテーブル越しにアルバににじり寄った。その仕草にアルバはほうっと軽く驚きの声をあげた。
「そうかね。一応関心があるのだね。」
「それはそうですよ。だって、元の世界では30歳手前まで、本当に冴えない人生だったですからね。」
「うむ。だが君の人生が花咲くのは35歳を過ぎてからだったようだ。」
う~ん。
そうだったとして、どんな人生だったのだろうか?
「玉の輿にでも乗ったのですか?」
リリスの言葉にアルバは笑いながら手を横に振った。
「違うよ。そんなんじゃない。」
「君はふとしたきっかけで、特定の地域の環境保護運動に巻き込まれていくんだ。その中で周りからの引き立てもあって、知らず知らずのうちに名声まで上がっていく。更にその中で良い伴侶にも出会えたようだよ。」
あらまあ。
そんな人生が待ち受けていたの?
まあ、今となっては惜しいとも思わないけどね。
アルバはその後少しの間談笑して、席を立つと何処ともなく消えていった。
後に残されたリリスは、スタッフの衣装に着替える為にダンスホールの控室に向かった。
会場内は終盤を迎えて大いに盛り上がっている。
舞踏曲と人の歓声が入り乱れて会場内に満ちていた。
控室で着替えると、近くに居たエリスと共に会場に戻り、リリスは残りの時間で仮装ダンスパーティーの終盤に向けての責務を果たした。
その日の夜。
リリスは生々しい夢を見た。
リリスの視線は地上から10mほどの高さで、その一帯を俯瞰している形だ。
目の前に広がるのは赤々と燃えたぎる溶岩の沼。
それはリリスが大量の魔物の軍団を葬り、魔人をも駆逐したあの場所だった。
勿論魔物や魔人の姿は既に無い。
だがリリスの視線の下方に一人の女性の姿があった。褐色の肌、レザーアーマーを装着している女性は、良く見るとダークエルフのようだ。
辺り一面を見回しながら、その女性はふうっと深くため息をついた。
「これって本当に人族の仕業なの? しかも私と同じリリスと言う名前の少女だなんて・・・・・」
アルバの言葉を思い出しながら、その場に座り込んだこの女性は、殲滅の魔導士と呼ばれたリリス・ゲパルト・ダークガイザーである。
ここでは略してダークリリスと呼ぶ。
その容貌は長身で端正な顔立ちの少女だ。
彼女も火魔法を得意とする魔導士で、高位魔法すら発動出来るほどの術者である。だが彼女の目の前に広がる溶岩の沼は、彼女自身が今まで見た事も無い情景だった。
「これは・・・・・土魔法なの? 火魔法だけでは無理よね。」
呟きながら、ダークリリスはその溶岩の泥沼を探知した。
更にダークエルフの特殊な能力で残留思念をも探知すると、そこにはおびただしいほどの魔物や魔獣の痕跡が残っている。
正に殲滅だ。
う~んと唸ってダークリリスはその場で立ち尽くしていた。
その時、彼女の脳裏に馴染の使い魔の波動が近付くのを感じた。
グースだ。
ダークリリスは自分の目の前に小さな黒い光の球が現われるのを確認し、手を伸ばしてそれを手のひらの上に誘導した。
「グース。これは・・・私の目の前の惨状は現実なの?」
ダークリリスの問い掛けに黒い光球は、その両側から小さな黒い翼を広げながら光を増した。
「そうだよ、リリス。とてつもなく強力な魔法を放つ人族だったようだ。」
この翼の生えた光球は魔王の操る100体の使い魔の一つで、魔王本体とは個別に活動出来ると聞いている。
「ねえ、グース。私はどうしたら良いの? この場で魔人達と対峙して、状況によっては魔王軍に寝返る事も考えていたのに・・・」
ええっ!
そうなの?
リリスはダークリリスの言葉に思わず叫んだ。
だが当人には聞こえる様子も無い。
だがダークリリスにしてみれば、それもまた選択肢の一つだった。
この世界ではダークエルフは人族に虐げられている。ダークリリスですらそれほどに厚遇されていない。
あくまでも傭兵扱いである。
そうなると人族に反旗を翻す事も、必ずしも悪であるとは言えないのだ。
「君は強い子だ。これからは自分の意志で生きていくんだね。」
グースの言葉にダークリリスは機嫌を悪くした。
「突き放すように言わないでよ! まるでお別れみたいじゃないの!」
苛立つダークリリスを諫めるように、グースは静かに話し始めた。
「残念ながらお別れなんだよ、リリス。」
「もうすでに魔王様も魔族も全て滅んでしまった。我々の棲み付いていた魔大陸レムリアさえも焼き尽くされ、海に沈んでしまったんだ。」
グースの言葉にダークリリスは自分の耳を疑った。
「そんな事って・・・・・。」
「それもあの人族の仕業なの?」
ダークリリスの言葉にグースは更に小さな声で呟いた。
「いや、違うよ。正体不明の光球が現われて、狂乱の笑い声をあげながら大陸全土を焼き尽くしたそうだ。」
「私も召喚主の魔王様が居なくなった以上、存在する事は出来ない。バックアップ用の魔力が切れてしまえば消滅する。」
そう言いながら、グースの姿が次第に消えていく。
「待ってよ! グース! 私を置いて行かないで!」
「もう一度言う。君は強い子だ。大丈夫だよ。」
その言葉を最後にグースは消えていった。
呆然とその場に立つダークリリス。
その表情に苦渋が満ちる。
後に残されたダークリリスは泣きながら叫んだ。
「私は、私は、どうしたら良いのよお!」
リリスの生々しい夢はここで終わった。
目が覚めたリリスはびっしょりと汗を掻いていた。
夢見が悪いわね。
そう思って窓から外を見ると、夜空がうっすらと明るくなってきている。
まだ眠れそうだ。
リリスは思い直して再び眠りに就いた。
だが、その日の授業中にリリスは驚くべき光景を見た。
授業中の廊下を半透明の女性が動き回っている。何かを探しているような仕草をしているその女性は、早朝夢の中で見たダークリリスだった。
しかも教室内のクラスメイト達の様子を見る限り、リリスにしかその姿が見えていないようだ。
もしかして・・・幽霊?それとも怨霊?
成仏出来ずに迷ったのかしら?
そう思いつつも、リリスは不思議に思った。
時系列で言えばダークリリスとリリス本人との間には、200万年にも及ぶ時間差がある。
今更幽霊でもあるまい。
そうするとあれは何だろうか?
更にダークリリスの出現の理由が、リリスに対する恨みなどではない事は直ぐに分かった。
ダークリリスがリリスの方に顔を向けても、両者の視線が合わないのだ。
それなら彼女は何を探しているのだろうか?
リリスは授業の内容に集中出来ず、折に触れて廊下を動き回る半透明のダークリリスの姿を見つめていたのだった。
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見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
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