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魔剣の返却 後日談4
しおりを挟む魔力の剣と化した魔剣エクリプス。
尋常ではないその状態に困惑しながら、リリスは魔力の流れを通じて必死に思念を送った。
何がしたいの?
その思念に反応して、リリスの脳裏に文字が浮かび上がる。
『風属性』
うん?
それってどう言う事?
『風属性』
再び脳裏に浮かぶその文字にリリスは少し思い当たる事があった。
風属性を取り戻したいの?
反応は無い。
それなら・・・属性魔法で力を発揮したかったの?
『雷球』
えっ?
雷球って雷属性じゃないの?
ああ、でも風属性と雷属性って相互補完していたわね。
でも雷球ってかなりの高位魔法じゃないの。
それを放ちたいの?
その思念に魔剣はブンと音を立てて反応し、さらに大きく魔力を吸い上げ始めた。
魔剣の剣身は更に伸び、5mを超えるまでになって来た。銀白色に輝く長大な魔力の剣。その剣身はゆらゆらと妖気を放ち、圧倒的な存在感を示している。
「リリス!エクリプスの意図は何だ?」
ジークフリートの叫びがリリスの耳に届いた。
「一度で良いから魔法を放ちたいようです! 『雷球』と言う文字が私の脳裏に伝わってきます!」
「うむ。取り消された属性に対する未練なのか。それにしてもそのような意図を魔剣自体が孕むとも思えん。やはりこれも製作者の邪念の痕跡かも知れんな。」
そんなふうに冷静に考え込まないでよ!
リリスは魔力を大きく吸い上げられ、ガタガタと小刻みに震える両足を踏ん張って、やっと立っていられる状況だ。
額には冷や汗が流れてくる。
「一度放ってみなさい。」
ジークフリートの言葉が軽く感じられる。
それで良いの?
そんな事をして良いの?
疑問を感じつつも流れる魔力の奔流に耐え切れず、リリスは魔剣エクリプスに委ねる事にした。
良いわよ。
やってあげるわよ。
それで気が済むのならね。
リリスは身体中の魔力を右手に集中させ、『雷球』と強く念じながら魔力を流し、魔剣エクリプスを真横に一閃した。
その途端に魔剣の描いた軌道から雷光が放たれ、直径1mほどの光の球が出現した。その球体の周囲からは稲光が激しく放たれ、バチバチバチと音を立てている。
その球体は緩やかにリリスの前方に進みながら、徐々にその大きさを増していく。10mほど進んだ時点で雷球は直径が5mを越え、さらに大きくなる気配だ。
その周囲の稲光が大きさに合わせて増々激しくなり、その振動が激しくなって訓練場の床や壁をガタガタと揺らし始めた。
あれっ?
雷球ってこんなのだっけ?
ファイヤーボールみたいに、高速で滑空していくんじゃなかったっけ?
これならまるで時限爆弾じゃないの。
リリスの心にも焦りが生じて来た。
異変を感じたのはジークフリートも同じだ。
どうも様子がおかしい。
「これは拙いな。」
ジークフリートは激しく光る雷球を見つめながら、雷球の手前にシールドを張り巡らせた。更に雷球の向かう前方にもシールドを張った。
だがその前方のシールドに雷球が近付くと、雷球から太いサンダーボルトが幾本も放たれ、バチンと大きな音を立ててシールドは一瞬で破壊されてしまった。
まるで意志を持つ時限爆弾だ。
雷球は更に大きさを増し、直径が10m近くなっている。訓練場の天井の高さは20m近くあるのでまだ届かないが、それまでに何とかしないと学舎そのものが破壊されかねない。
雷球の放つ稲光が増々激しくなり、空気の振動がビリビリビリと伝わってくる。
こうなるともう手段を選んでいる余地は無い。
「アンソニー君! リンディを呼んで来て! 至急よ!」
リンディの空間魔法に託そう。
リリスはそう思ったのだ。
アンソニーは訳も分からないままに階上に向かって走り出した。
そのアンソニーと入れ替わりに訓練場に降りて来たのはロイドだった。
巨大な魔力の気配を感じて異様に思い、職員室から訓練場に降りて来たようだ。
ロイドの気配を察してジークフリートはその場から消えてしまった。
そのロイドの目の前に巨大な雷球が見える。
ロイドは自分の目を疑った。
だが現実に巨大な雷球が今にも破裂しそうな気配で激しく振動している。
どうしてこんな事に・・・・・。
そう思いながらも訓練場の中央に立つリリスに声を掛けた。
「リリス君! これはどう言う事なんだ?」
声を掛けられたリリスも答えようがない。
「エクリプスに魔力を注いだら・・・・・こんなものが出現して・・・」
話の脈絡が無い。説明している余裕も無いのは一目瞭然だ。
ロイドは急いで訓練場全体に広域のシールドを張り巡らし、巨大な雷球の周囲にもシールドを多重に張った。
だがそのロイドの張ったシールドも、雷球が時折放つ雷撃でパリンと音を立てて破壊されてしまった。
慌ててロイドはシールドを雷球の周囲に重ね掛けするのだが、それもどこまで耐えれるか分からない。
せめて階上の学舎に被害が及ばないようにしたい。
そう思ってロイドは訓練場の天井にもシールドを重ね掛けした。
その間にアンソニーがリンディを連れて戻って来た。
そのリンディの目に映ったものは・・・・・まさに驚愕の光景だった。
巨大な雷球が今にも破裂しそうにガタガタと震え、周囲に激しい稲光を放っている。
訓練場の中央にはリリスが巨大な魔力の剣を持って立ち尽くし、その背後でロイドが必死にシールドを張り巡らせていた。
どうしてこんな状況に・・・・・。
息を呑むリンディにリリスが叫んだ。
「リンディ! お願い! あれを隔離して!」
リリスの必死の形相にリンディも状況を瞬時に理解した。
あれが爆発すると階上の学舎も無事では済まない。
しかもシールドで防げるレベルでは無さそうだ。
即座にリンディは魔力を集中させ、空間魔法で巨大な雷球の周囲を隔離させた。薄い曇りガラスのような壁で区切られた空間に雷球が閉じ込められた数秒後、カッと激しい光が周囲に放たれ、目の前が何も見えないほどに明るくなった。
閉鎖空間なので炎熱や衝撃波は伝わってこない。
だがその衝撃で閉鎖空間にゆがみが生じて、その輪郭が何度もぶれて見える。
余程の衝撃だったのだろう。
間一髪で間に合った。
リリスは身体中の力が抜け、その場に前のめりに倒れ込んだ。それと同時に魔剣エクリプスもリリスとの魔力の接続が断ち切られ、元の剣身の状態に戻ってしまった。
リリスの背後に居たロイドは冷や汗を流しながらその場に座り込み、力の抜けた表情でリンディに向かって苦笑いを見せた。
その苦笑いに釣られてリンディも何故か苦笑いを浮かべてしまった。
それは無事で良かったと言う意思表示なのだろう。
訓練場の隅に退避していたロナルド達もホッとした表情で、言葉も無く雷球のあった空間をじっと見つめている。
リリスはマナポーションを取り出して飲み干し、冷や汗を拭いながら右手に持つ魔剣エクリプスを見つめた。
魔剣は何事も無かったように金属的な光沢を放っている。
気が済んだようね。
探りを入れるように微かに魔力を流しても、リリスの魔力に全く反応しない。
それならさっきのは何だったのよと言いたいリリスであるが、これ以上魔剣に振り回されるのも嫌だ。
リリスはふらふらと立ち上がり、訓練場の隅に立っているロナルドに向かって歩き出した。
エクリプスをロナルドに手渡すと、ロイドに向かって声を掛けた。
「ロイド先生。私の不手際で迷惑を掛けて申し訳ありません。魔剣が私の魔力に異常な反応をしてしまって・・・」
リリスの言葉にロイドは怪訝そうな表情を見せた。だがリリスの言葉に何故か納得してしまったようで、追求しようともしなかった。
「まあ、君の魔力の特殊性は理解出来る。今後不用意な事はしないでくれよ。」
そう言ってその場から立ち去ってしまった。
階上に消えていくロイドを見送るリリスの視界の端に、先ほどまで姿を消していたジークフリートの姿が見える。
ジークフリートはニヤリと笑いながら、リリスの傍に近付いて来た。
「ジークフリート様。ロイド先生に精神誘導を掛けたのですね?」
「まあな。」
ジークフリートはその笑顔をリンディに向けた。
「見事な空間魔法だったな。助かったよ。礼を言うぞ。」
軽く頭を下げるジークフリートにリンディは謙遜しながら、
「大したことはしていません。私はリンディと言います。あなた様は・・・」
そう問い掛けたリンディにリトラスが声を掛けた。
「リンディ。その方は僕の剣術の師匠のジークフリート様だよ。」
「そうなんですね。よろしくお願いします。」
リンディは疑う事も無く頭を下げた。
まあ、そう言う事にしておくのが無難よね。
リリスはリンディの労をねぎらいながら、ふと背後に目を向けると、魔剣を手に持ち魔力を流しているロナルドの姿が目に映った。
「俺の魔力を流しても雷球が出現するのか?」
そう言って魔力を流し続けるロナルドの姿にリリスは呆れてしまった。
雷球が出現するはずはないが、もし出現したらどうするつもりなのだろう。
後先を考えない人だ。
呆れるリリスを横目で見ながら、ジークフリートはロナルドに声を掛けた。
「ロナルド君。その魔剣は属性を持たないから固有の魔法攻撃は出来ないよ。今まで通りの使い方をしたまえ。」
「そうなんですか? でもリリスが持つとあんな風に・・・」
ロナルドの表情は未練が溢れている。
「先ほどのロイド先生が言っていたように、リリスの魔力が特殊なのだよ。」
「う~ん。・・・・・そうなんですね。」
無理矢理納得したような表情のロナルドである。
そのロナルドの表情を見て失笑しながら、ジークフリートはリトラスに声を掛けた。
「リトラス。今日はここまでにしておこう。」
「はい。分かりました。ロナルド先輩も宜しいですか?」
リトラスの言葉にロナルドは顔を上げた。
「俺はこれで充分だ。ジークフリート様、また機会があったら太刀筋を診てください。」
「うむ。また近いうちに会おう。」
そう言ってジークフリートはリトラスと共にその場を立ち去り、ロナルドも気持ちを切り替えて魔剣エクリプスを鞘に戻してその場を去った。
アンソニーもその後を追った。
後に残ったのはリリスとリンディである。
「リンディ、ごめんね。あなたの空間魔法を他人に見られてしまって・・・」
「良いんですよ、リリス先輩。」
リンディは愛くるしい微笑みを見せた。
「あの状況なら仕方が無いですからね。それにしてもあの巨大な雷球は何だったんですか?」
「あれは魔剣エクリプスの製作者の邪悪な願望の結実・・・・・と考えたら良いのかしら。いずれにしても私の意志で放ったものじゃないのよ。」
リリスの言葉にリンディは少し納得出来ない様子だ。
「そうなんですか? でも私が先輩の姿を見た時には、先輩の右手が魔剣と魔力の触手で繋がっていましたよね。だからてっきり先輩の魔法が暴発しちゃったのかと思って。」
「あら、良く見ていたわね。」
今更リンディに隠す必要も無いだろう。
リリスは無造作に右手首のハートの形の痣をリンディに見せた。
「魔剣と繋がっていたのはここなのよ。」
「あらっ! 可愛い!」
リンディはその痣に軽く触れてみた。だがその途端にピリッと軽く電気が走る感覚を覚えて、直ぐに手を引っ込めた。
その仕草が滑稽でリリスは思わず笑ってしまった。
「ドラゴニュートの持つ魔剣と関わってから、これが出現したのよ。魔剣との魔力の接合点だと言われるんだけど、私自身にはその自覚も認識もあまり無いのよね。」
「ふうん。」
リリスの言葉にリンディは首を傾げた。
「どこからか、取り込んじゃったって事ですか? リリス先輩って不思議な人ですねえ。」
「それはあんたも同じじゃないの。」
リリスにしてみれば、空間魔法を扱える獣人そのものが不思議な存在だ。
二人は笑いながら訓練場を後にした。
その日の夜。
寝静まった頃にリリスは突然、紫色の空間に呼び出されてしまった。
またデルフィ様からの呼び出しなの?
もう、いい加減にして欲しいわね。
不機嫌そうな表情で立つリリスの目の前に、デルフィは申し訳なさそうな表情で現れた。
「呼び出してすまんな、リリス。一応お前に聞いておきたい事があってな。」
「聞きたい事ですか?」
リリスには思い当たるような用件も無い。
「お前から返してもらったレッドフレアーなのだが・・・・・」
デルフィの言葉の歯切れが悪い。
「寝床に臥せていたレジーナ様に届けたところ、突然立ち上がって振り回し始めたのだ。しかもとんでもない威力のファイヤーブレードを放ちながら暴れ出し、屋敷が完全に焼き尽くされてしまった。幸い屋敷に居たメイドや侍従達は軽微な怪我だけで済んだのだが。」
「そんな事があったんですか。」
リリスはデルフィの話を聞きながら唖然としてしまった。
レッドフレアーを返さなかった方が良かったのかしら?
そんな思いが胸に過る。
「それで、リリスがレッドフレアーに何か仕掛けを施したのではと疑う者も居て・・・」
「冗談じゃありませんよ!」
リリスは大声を出して否定した。
これだからドラゴニュートは気に入らないのよね。
全員が全員、そんな発想をするとは思わないけど、やっぱり信用ならない相手だわ。
リリスの怒りにデルフィもうんうんと頷いた。
「儂もそう言う輩には反論しておいたよ。人族の少女相手にそこまで邪推をするなと。それに・・・」
デルフィは一呼吸、間を置いた。
「レジーナ様は燃え盛る炎の中で笑っていたそうだ。これこそ私のレッドフレアーだと言いながら。」
「レジーナ様はご無事だったのですか?」
「ああ、無事だよ。しかも以前よりもお元気になられた。今日も気力の漲る表情をしておられたよ。」
そう言いながらデルフィはふうっとため息をついた。
「結局リリスのお陰でレジーナ様は元気になられたと言う事なのだろうな。焼失した屋敷はその代価だとしても、生命の燃え尽きる日も近いと言われていたレジーナ様がお元気になられた事は何よりの僥倖だ。国中のドラゴニュートが喜んでいるよ。」
それなら良かったわ。
レッドフレアーも本来の持ち主の手元に戻って喜んでいるわよ。
リリスは安堵の表情を浮かべた。
その表情を見てデルフィの口元も緩む。
「それにしてもリリスが手を掛けると、魔剣が変容するのは実に不思議だ。王族の中には試しに自分の持っている魔剣を、リリスに預けてみたいと言い出す者も居るのだよ。」
「それは遠慮します!」
もういい加減にしてよと言いたいリリスである。
リリスの怒りの波動がデルフィの仮想空間をガタガタと揺らし始めた。別室とは言いながら本体の仮想空間にも影響が出ては困る。
デルフィは話をうやむやにしながら消えていった。
これじゃあ悪夢だわ。
やりきれない思いを抱きつつ、リリスは眠りに落ちていったのだった。
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