落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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魔剣の返却3

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ライオネスの使い魔が魔法学院を訪れてから3日後。

この日は休日だったので、リリスは自室から出発する事にした。サラは休日を利用して帰省したので、サラの詮索を受ける事も無い。

この場にサラが居ても別に構わないんだけどね。

自分にそう言い聞かせてリリスは準備を整えた。
ドラゴニュートの王族と顔を合わせると言っても華やかな場ではない。一応母国からの親書を持っていくのだが、それでも最低限失礼のない衣装で構わないだろう。メインの仕事は魔剣を返しに行くだけだ。

ベージュのパンツスーツに鮮やかなインナーを着て、リリスは髪を整えた。持ち物を再度確認していると正午に差し掛かり、魔石に嵌められた金属の輪が光を放ち始めた。
転移可能の状態になったようだ。

リリスは気持ちを引き締め、念の為に魔装を非表示で発動させた上で、転移の魔石を発動させた。



目の前が暗転して、気が付くとリリスは見慣れたデルフィの研究施設に居た。蒸し暑い空気が漂ってくるのはオアシス都市に来た証拠だ。
リリスの目の前にデルフィが立っている。その表情は如何にも嬉しそうで、リリスの持ってきた魔剣に対する期待感の現われだろう。

「リリス、良く来てくれた。早速だが奥のホールに案内しよう。」

そう言ってデルフィはリリスを施設の奥に誘った。周りにリンの姿は無いのでまだ来ていないようだ。

デルフィの後に付き従っていくと、少し広めのホールに入り、その中央にある大きな台座の前で待つように指示を受けた。
ドーム状の天井を持つこのホールの壁際には机や椅子が並べられているので、おそらく多目的の用途に用いられているのだろう。

しばらく待っているとホールの片隅のドアが開き、何の前触れもなくリンと護衛のハドルがホールの中に入って来た。

「リリスお姉様!」

リンは嬉しそうにリリスに駆け寄ると、その腰回りに抱きついて来た。だが竜の気配が全く感じられなかったのは不思議だ。おそらく意図的に気配を消しているのだろう。

「リンちゃん。元気そうね。実体で会うのは本当に久しぶりね。」

「はい。リンも仮想空間だけでは物足りなくて・・・」

そう言いながらリンはまるで子犬のようにリリスの身体をクンクンと嗅ぎ出した。

「う~ん。リリスお姉様、良い匂いがします。」

まるでペットのような懐き方だ。リリスも苦笑しながらリンの成すがままに任せた。
その態勢のまま護衛のハドルと挨拶を交わし、リリスはデルフィに声を掛けた。

「デルフィ様。王族の方達はもう来られているのですか? 私はミラ王国の国王様からの親書を携えているのですが・・・」

リリスの言葉にデルフィはほう!と声を上げ、

「ミラ王国からの使者と言うわけだね。それなら国王様の傍に随伴している従者に手渡せば良い。話は私からする事にしよう。」

デルフィの配慮にリリスは礼を述べてその場に待機した。

しばらくしてカツカツカツッと言う複数の足音が聞こえて来た。

「ウバイド国王様が来られます。」

2名のドラゴニュートの従者がホールの片隅のドアを開きその両脇に立つ。

その従者の間を通ってドラゴニュートの王族達が中に入って来た。先頭の国王の顔はリリスも見覚えがある。
以前リゾルタでの儀式の際に見たからだ。
その背後に従者が2名、更にその背後に3名の王族らしきドラゴニュートが付き従っている。
その風貌は如何にも高圧的で、リリスを好意的な目で見ていない事は明らかだ。それに比べて国王はまだ若干好意的にも見える。
優雅にローブを翻しながら、国王は台座を挟みリリスの対面に近付いた。

リリスは恭しくお辞儀をして名乗り、デルフィの説明と指示に従ってミラ王国からの親書を従者に手渡した。

それに対して国王は親書への謝意を述べ、穏やかな表情でリリスの来訪を労った。

だがその間も国王の背後に居る王族達はリリスを睨みつけている。
従者の説明によると彼等は国王の弟と外戚だそうだ。

嫌な雰囲気ねえ。
私が何か悪い事でもしたって言うの?
まさかエドムの敵を討とうと思っているんじゃないでしょうね。

そう思いながらもリリスは背後に居たリンとハドルを近くに呼び寄せた。

「ウバイド国王様。今日は魔剣アクアスフレアの返却に際して、立会人を呼んでいます。」

リンの顔を見るなりウバイド国王はウっと唸った。だが背後に居る王族達は気が付かないようで、怪訝そうにリンを見つめている。

ドラゴニュート達の王族達の雰囲気に不愉快な思いを持ったのだろう。
ハドルはリンに耳打ちした。

「姫様。気配を消すのは止めましょう。」

ハドルの言葉にリンも同意し、うんと頷いてフッと魔力を流した。その途端にリンの身体から覇竜の魔力の波動が周囲に放たれていく。
その波動に背後で睨んでいたドラゴニュートの王族達もブルっと身体を震わせた。
更にリンは軽く威圧を放った。
ドラゴニュート達の表情に緊張が走る。
これは拙いと言った表情だ。
リリスは魔装を発動しているので聴覚も敏感になっている。
何故ここに覇竜の姫君が・・・と呟く王族の小声がリリスの耳にも聞こえてきた。

勿論ドラゴニュート達が対抗して威圧を放つようなことはしない。
勝ち目の全くない相手に喧嘩を売るほどに彼等も愚かではないからだ。

やっぱりリンちゃんに来て貰って良かったわ。

心の中でそう思いながら、リリスは台座の上にマジックバッグから魔剣を出現させた。
ガシャッと鈍い金属音が立ち、台座の中央に二本の魔剣アクアスフレアが並ぶ。
その魔剣の輝きと放たれる魔力の波動に、ドラゴニュート達もオウッと声を上げて台座の傍ににじり寄って来た。

デルフィは脇から手を伸ばし、魔剣を国王の手元に引き寄せた。

「国王様。こちらが魔剣アクアスフレアです。」

「うむ。これは素晴らしい! 手に取って良いか?」

「勿論です。」

デルフィの勧めで国王はロングソードの柄を握り、剣を立てて剣先を上に向けた。
ホール内の間接照明が魔剣を控えめに照らし、剣身の青白い輝きが際立って見える。

魔剣は国王の手元でブーンと軽く震え、剣身の中央に走る溝の中に幾つもの光点が緩やかに点滅した。

「おおっ! 儂の魔力に反応しておるのか!」

国王は驚きと共に嬉しそうな表情を見せた。

「国王様。この魔剣は水属性ですので、ご自分の魔力を流してみれば更に反応しますぞ。」

デルフィの言葉に国王はうむと答えて魔力を流し始めた。
後で分かった事ではあるが、ウバイド国王は火と水と属性を持っているそうだ。
大半のドラゴニュートは火の属性のみであるが、王族達は2~3の属性の持ち主が何人も居ると言う。

国王の流す水属性の魔力を受けて、魔剣は青白い輝きを増し、その剣身から上に向かってゆらゆらと蒸気が放たれ始めた。
それと共に剣身から周囲に妖気も放たれた。妖気と言ってもそれほどに強いものではない。
リリスは魔装を発動しているので妖気の影響は受けないが、ドラゴニュートの従者達は顔を引きつらせている。
王族達は平気なようなので、妖気や瘴気には耐性を持っているのだろう。

「素晴らしい剣だ。しかも儂の魔力を流してから、その重さをほとんど感じなくなったぞ。まるで魔剣が手の一部になってしまったようだ。」

興奮のあまり魔剣をしばらくブンブンと振り回し、国王はその魔剣を台座の上に戻した。

「これで王家の統治の正当性も子々孫々にまで主張出来るぞ。実にありがたい事だ。是非とも先代国王様にもお見せしたいものだな。」

そう言いながらウバイド国王は台座の対面に立つリリスの方を見た。

「リリス。この魔剣を何処で見つけたのだ?」

うっ!
やはりそこのところが気になるわよね。

「伝説の鍛冶職人シューサックの末裔が保管していました。すでに高齢の男性でしたが・・・」

国王はふうんと呟いた。

「シューサックの末裔が生き残っているのなら、このレベルの魔剣を造り上げるような職人が今も残っているのか?」

「いいえ。シューサックの持つ技量を受け継ぐ事の出来る者は、その子女にも子弟にも居なかったようです。シューサックの死と共に優れた技量が失われてしまいました。」

リリスの言葉を国王は鵜呑みにしなかった。

「それは本当なのか? このアクアスフレアに匹敵するような魔剣を造る事の出来る鍛冶職人が、人族にはまだ居るのではないのか?」

疑心暗鬼のウバイドである。だがリリスには想定内の問い掛けでもあった。

「もしもそのような優れた鍛冶職人が居て、この魔剣に匹敵するような優れた剣を造り上げていたら、その剣の存在がすでにこの大陸中に知れ渡っていると思います。」

リリスの言葉に国王はう~んと唸って少し考え込んだ。

「確かにその通りかも知れんな。優れた魔剣であれば、誰もが使ってみたくなるものだ。それは当然ながら人の目につく。それでもなお使ってみたくなるのが武人の心根と言うものだからな。」

「まあ良かろう。その件にはあまり詮索しない事にしよう。そちらに居る覇竜の姫君も若干気を悪くしておられる様子なのでな。」

そう言いながら国王はニヤッと笑い台座の上にあるショートソードに目を向けた。
ロングソードのように光を放つ事も無く、地味な雰囲気のショートソードである。
しばらくその剣を見つめながら、国王はう~んと唸って首を傾げた。

「デルフィ。このショートソードは封印を掛けられていると聞く。これもアクアスフレアで間違いないのだな?」

「はい。これもアクアスフレアです。封印を掛けられた経緯は不明ですが、伝説の鍛冶職人でも封印を解けなかったようです。」

デルフィの説明を聞きながら、国王は自分の指でショートソードの剣身を撫でてみた。
剣身中央の盾の溝に埋まっている異物をツンツンと突きながら、

「これは魔金属なのか?」

そう言ってデルフィの顔を覗き込んだ。
デルフィは首を横に振りながら国王の疑問に答えた。

「いいえ、それが単なる魔金属であればシューサックが取り去った事でしょう。私の見立てですが僅かに呪いのようなものを感じます。それを解かなければこの異物を外せないのかも知れません。」

「う~ん。そうなると厄介だな。これは手元に置いておくのも無駄か・・・」

国王はそう言いながらロングソードに目を向けた。

「この立派なロングソードがあれば、我が国としては充分だ。このショートソードもアクアスフレアだと言うのは間違いではないのか?」

国王の言葉に反応し、背後に居た王族が前に進み出て口を開いた。

「国王様。私もこのロングソードさえあれば充分だと思います。このショートソードは細身で子供の持つ剣のようにも見えますし・・・」

「うむ。確かに言われてみれば子供の持つ剣のようにも思える。子供が遊んで危なくない様に封印してあるのか?」

冗談めかした国王の言葉に王族達もフフフと失笑した。

国王は何かに気が付いたような仕草をして、台座の対面に居るリリスに話し掛けた。

「リリス。今回の事は大儀であった。儂も心から礼を言うぞ。それで今回の事への報償だが・・・」

ここで国王はわざとらしく一息入れた。

「君がミラ王国の使者として来訪してきたのであれば、今回の事への報償はミラ王国の王家宛てに直接贈る事にしよう。」

「それとは別に君自身への報償だが・・・このショートソードは君にあげよう。ぜひ持ち帰ってくれたまえ。」

国王の言葉に王族達もニヤッと笑った。中には笑いを堪えている者も居る。

それって厄介な物は持って帰れって事なの?
何気に失礼な王様だわね。
ドラゴニュートって、こう言うところで上から目線でものを言うのよね。

口を挟みそうになっているリンを制して、リリスは恭しく頭を下げ謝意を述べた。
これ以上何かを言うと文句になりそうなので、リリスは手早くショートソードをマジックバッグに戻した。

これでこの連中の近くに来る用事が済むのなら、それで良いわよ。

心の中でそう自分に言い聞かせ、リリスは台座の傍を離れた。
一方、国王はロングソードを従者に預け、満足そうな表情を見せた。

「立ち合いに来られた覇竜の姫君。ウバイドは確かにこの魔剣アクアスフレアを受け取りましたぞ。宜しいかな?」

国王の問い掛けにリンは黙って頷いた。

リンちゃん。大人の対応が出来るのね。

リンの様子をヒヤヒヤしながら見ていたリリスだが、リンが普通に振舞う事が出来たのでほっと胸を撫で下ろした。
リンの対応にうむと頷いて、国王はリリスの方に顔を向けた。

「本来であれば遠方からの使者だ。晩餐会などに招待するのが慣例であるが、ドラゴニュートの食事は人族にはあまり好まれないだろう。かといって少女に酒を振舞うわけにも行くまい。あまり接待出来ないが許せよ、リリス。」

国王の言葉にリリスは軽く頭を下げた。

「お構い無きようにお願い致します。私はまだ子供ですので。」

リリスの謙遜に国王は満足げな表情を見せた。

「うむ。気を付けて帰るが良い。」

そう言いながら国王は台座の傍から離れ、従者達に目配せで帰る意思を伝えた。

「ウバイド国王様が退出されます!」

従者の声と共に国王はくるりと向きを変え、他の従者や王族達と共にホールを出ていく。
リリスは恭しく頭を下げ、その後ろ姿を見送った。
その背後でリンがドラゴニュート達を訝し気に睨んでいる。

「なんだか気に入らないなあ。特にあの王族の連中!」

リンがぷっと頬を膨らませて不満を吐き出した。その表情が何気に可愛いのだが・・・。

「良いのよ、リンちゃん。これで私の用件は無事に済んだわ。」

リンの怒りを宥めつつ、リリスはリンの頭を撫でた。
デルフィはやれやれと言った表情でリリスの傍に近寄り、

「リリス。遠方から来てもらって申し訳なかったな。儂に免じて勘弁してくれ。」

呟くようなデルフィの言葉が何となく虚しい。デルフィも王族ながら、国王とその側近の王族に色々と思うところがありそうだ。

「良いですよ。先ほども言いましたように私はまだ子供ですからね。」

今日はガキの使いで来てやったようなものよ!
それに早く帰らないと明日からの授業にも差し支えちゃうわ。

心の中で呟きながらリリスは帰り支度をした。

ハドルと共に帰っていくリンを見送り、リリスはデルフィの配慮で、デルフィと共に一旦リゾルタを訪れた。
それはライオネス国王に礼を述べるためである。

その上でデルフィとライオネスに見送られながら、リリスは転移の魔石でミラ王国に戻っていったのだった。












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