落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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開祖の霊廟3

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週末の休日。

演武会の準備で忙しいのにもかかわらず、リリスは王都の神殿前の広場から開祖の霊廟の近くに転移した。

メリンダ王女の用意した転移の魔石で同行したのは、王家直属の兵士5名とジークだった。流石に今回の任務ではジークを外せなかったようだ。
使い魔とは言え二人の王女が同行していると言う状況なので、メリンダ王女も我儘を通せなかったのだろう。

「リリス君、ご苦労様だね。両肩の芋虫が負担にならないか?」

そう言って気遣うジークの言葉を聞いて、メリンダ王女が小声で呟いた。

「あれって私達が重いって言いたいの? 失礼な奴だわね。」

「いやいや。そうじゃないでしょ。リリスさんの魔力と体力に負担になるって言う意味だと思うわよ。」

即座に対応したエミリア王女にメリンダ王女は、

「分かってるわよ! そんな風に言いたかっただけなの!」

要するにメリンダ王女としては、いちゃもんを付けたかっただけのようだ。
やれやれと思いながら、リリスはレザーアーマーの装着感を確認し、ポンポンとガントレットを叩いて気合を入れた。
ジークが全員にシールドを張り、兵士達が霊廟に向かっていく。
その間、リリスは念のために魔装を非表示で発動させた。

その途端に何か異様な気配が霊廟の周囲から微かに漂ってくる。
何かが纏わりついているような感覚だ。
だが、さほど敵意は感じられない。

霊廟に近付くと、その周囲に木々が生い茂り、霊廟そのものも目視出来なかった。

「おかしいわねえ。霊廟の周りって伐採してきれいに整地したはずなんだけど・・・」

メリンダ王女の疑問ももっともだ。リリスの記憶でも霊廟の周りにこれほどの木々は生い茂っていなかった。
まるで木々に隠されてしまったような状況だ。

木々を伐採しようとした兵士がウっと呻いて頭を抱えだした。

その瞬間にリリスは精神攻撃のような波動を感じていたのだが、その正体ははっきりと分析出来ない。
不思議に思ってリリスは解析スキルを発動させた。

今のは何?
精神攻撃なの?

『そのようですが、解析不能です。未知の波動ですね。』

解析スキルにも分からないようだ。
業を煮やしてファイヤーボールで焼き尽くそうとする兵士が、またも呻き声をあげて倒れ込んだ。

その様子を見ていたエミリア王女の使い魔の芋虫が、リリスの方にその単眼を向けた。

「リリスさん。精霊達が話を付けると言っています。兵士達にはその場で待機させてください。」

待機しろと言う前からその場で動けなくなっているわよ。

そう思いながら、リリスはその言葉をジークに伝え、エミリア王女の反応を待った。

確かに芋虫の周囲から半透明の小さな球体が、次々に木々の中に入っていくのが見えている。勿論普通の人間には見えないだろう。
魔装の発動で感覚が敏感になっていることもあって、精霊の動向を感じられるのが不思議だ。

程なくエミリア王女の声がリリスの耳に届いて来た。

「話が付きました。道を開いてくれるそうです。」

その言葉と同時に、目の前の木々が動物のように身体を機敏に動かし、目の前にぽっかりと内部に続く道が開かれた。
その先には霊廟が見えている。

「進んで大丈夫なのかい?」

ジークの言葉に芋虫がうんうんと頷いた。
気が付くと、頭を抱えて倒れていた兵士達も起き上がっている。

恐る恐るジークと兵士達がその道を進み、その後にリリスが付き従った。

霊廟の目の前まで進むと、霊廟の扉の前に緑色の人影が現れた。それは最初は輪郭がぼやけていたが、徐々に形がはっきりとし始めた。

「あれがもしかして・・・・・ドライアド?」

リリスの声にエミリア王女が小声で口を開いた。

「そのようですね。精霊達がそうだと言っています。でも、私も初めて見るんですよね。」

この場に居る誰もがそうだろう。
リリスのこの世界での記憶でも、ドライアドは伝説的な存在になっている。
樹木に宿る精霊だとは聞いていたのだが。


姿を現わしたドライアドの容貌は、薄い緑のドレスを着た色白の妖艶な女性だった。その周囲から不思議な妖気が漂い、その長い指がなまめかしく動く。

「お待ちしていました。精霊使いの王女様。」

そう言ってドライアドは笑顔を向けた。

「私の名はレイ。オークの木に宿る精霊です。」

「この霊廟の周囲に不可侵圏を造り上げたのは私です。でもそれは私と彼との約束だったのですよ。」

レイの言葉にメリンダ王女が叫んだ。

「彼って誰よ?」

そう問われたレイは霊廟の扉を見つめ、

「ここに眠っているエドワードです。」

「ええっ! 開祖が関わっていたの?」

メリンダ王女は驚きのあまり、使い魔の芋虫の身体を激しく揺り動かした。

「メル。あまり激しく動かさないでよ。肩が痛いわ。」

「そう言われてもねえ。まさか開祖が関わっていたなんて思いもよらなかったわよ。この際詳しく教えて貰おうかしら・・・」

メルの気持ちも分からないではないんだけどねえ。

リリスはそう思いつつレイの口の動きを注視した。僅かな口の動きにもかかわらず、言葉が明瞭に伝わってくる。まるで念話と音声通話をミックスしたような話し方だ。

「この霊廟は二重構造になっています。地下の祭壇の真下に、エドワードと第一王妃が眠る本当の霊廟に続く通路があるのです。エドワードは生前に私にこの霊廟の守護を願っていました。それで盗掘者が霊廟を荒さぬように、私の依り代となるオークの木の種を魔物化して、宝物庫に仕込んでおいたのです。」

種を魔物化・・・。
それであの種は動物のように走って逃げて行ったのね。

「宝物庫の武器た防具や宝玉などは、エドワードの末裔たるあなた方が保管するのも良いでしょう。ですが祭壇地下のエドワードと第一王妃のミラの眠る霊廟には、近付いてはなりません。」

「エドワードと一緒に静かに眠りたいと願うミラの希望で、墓所には強烈な呪いが掛けられているのです。」

レイの言葉にメリンダ王女がふと疑問を持ち、芋虫の身体をリリスの顔の方に向けて小声で話し掛けた。

「第一王妃のミラって、確か獣人の女性じゃなかったっけ? ゲルがそんな事を言っていたわよね?」

そう言えばそんな事を言っていたわよね。

「他国から攫ってきた猫耳の王女様だったわよね。開祖がお気に入りのあまりに、自分の国の名前にミラってつけちゃったって話だったわよね。」

こそこそと小声で話すメリンダ王女とリリスの様子に、レイは怪訝そうな表情で口を開いた。

「そんな事をよく知っていますね。」

ドライアドでも呆れた口調で話す事があるようだ。

「最近、開祖の近くに居た者から聞いたのよ。」

メリンダ王女の言葉にレイはうっと言葉を詰まらせた。

「もしかしてそれって闇の亜神の事ですか?」

「あらっ、知っていたの? 闇の亜神の本体そのものじゃないけどね。本体の一部分よ。名前はゲル。」

メリンダ王女の言葉を聞くうちに、レイの表情が曇ってきた。ゲルに対してあまり良い印象は持っていない様子だ。

「私が呼べば、数回に一度は現れるわよ。あいつ、基本的に引き籠りだから暇なのよ。」

「必要ありません。呼ばないで下さい!」

あらあら、ゲルったら嫌われているわね。

「あの男はエドワードに悪知恵を与えてばかりいたんですよ。」

う~ん。
そうなのかなあ?
ゲルの話ではどっちもどっちって思ったけどねえ。

「ところでレイさんと開祖エドワード王はどう言う経緯で知り合ったの?」

メリンダ王女の問い掛けはリリスも感じていた内容だ。ミラ王国の開祖とドライアドとの接点は何だろうか?
レイはその視線を霊廟の方に向けた。

「祭壇地下に眠っているミラは、幼い頃から私と友達だったのですよ。あの子は獣人でありながら、精霊を操る特殊なスキルと、精霊を感知出来る体質を持っていたのです。」

そうだったのね。

「ミラが攫われたと知って、私はエドワードをオークの樹の養分にしてやろうと思ったのです。でもミラがエドワードに惹かれていくのを見て思い留まりました。それでその後は二人を見守るような位置に居たのです。」

レイの話を聞きながらメリンダ王女の使い魔の芋虫がうんうんと頷いた。
だがもう一方の肩の芋虫が疑問を持った様子で、

「ミラ様ってエドワード王の第一王妃でしたっけ?」

「それは・・・」

レイは少し間を置いた。

「それはミラの願望であったと言うべきでしょうね。基本的にエドワードは女性関係がだらしなかったですからね。」

開祖の周りで女性達が苦労していたようだ。
その点を踏まえてメリンダ王女がレイに尋ねた。

「でも王国の名前にミラって付けるくらいだから、やっぱり第一王妃で良いんじゃないの?」

「それはねえ。苦肉の策だったのですよ。」

そう言ってレイはふうっと息を吐いた。

「エドワードの側近達は最初、エドワード殲滅帝国にしようと言っていたのですよ。それをエドワードが嫌がって・・・」

それは誰でも嫌がるでしょうよ。
そんな国名だったら私でも恥ずかしいわ。

リリスの思いは芋虫達にも思念で伝わった。

「側近達ってどう言う人達だったのよ。」

小声で呆れるメリンダ王女の声が聞こえてくる。リリスはレイの意を汲みメリンダ王女に話し掛けた。

「メル。祭壇地下の墓所までは手を付けないわよね? 呪いも掛かっているって言うし・・・」

「そうね。ここまで聞いて、墓所を荒すのも気が引けるわよね。なんだったらジーク先生に偵察に言って貰おうかしら?」

突然話を振られたジークは慌てふためきながら、

「王女様、勘弁してくださいよ。何かの罰ゲームですか?」

後ずさりするジークにレイが憐みの視線を投げかけた。

「まだ若いのに気の毒に・・・・。」

嫌だわ、レイさんったら。
メルの言葉を真に受けちゃっているのね。

リリスの思いをメリンダ王女も使い魔を通して感じ取ったようだ。ぷっと小さく噴き出して、

「まあ、あえて墓所を荒す必要も無さそうね。それでレイさんはこれからもこの霊廟を守ってくれるの?」

「ええ、そのつもりです。盗掘者は意識を奪ってオークの樹の養分にするつもりですから。」

レイの言葉に兵士達がうっと呻いて引いた。

「それに私がこの場に居付けば、この一帯の森が活性化しますよ。果実や作物が豊富に実り、家畜の繁殖率も向上しますからね。」

「あら、それなら文句ないわよ。レイさん、よろしくね。」

メリンダ王女の軽いノリにレイは失笑しながら頷いた。

その後、行方不明になっていた兵士達を返してもらい、リリス達は転移の魔石で帰路に就いた。







その日の夜。

自室に戻ったリリスはルームメイトのサラと昼のドライアドの一件を、支障のない程度に話していた。
開祖の女性関係がだらしなかったと言う話は、ある意味国家機密である。

「私の実家の領地にもドライアドの伝説ってあるわよ。」

サラは翌日の授業の準備をしながら、平然と言い放った。

「森の深くに足を踏み入れると危険だから、戒めの為に出来上がった伝説かも知れないけどね。」

「森の奥に迷い込んだ人間を迷わせて、意識を奪い、樹の養分にしちゃうの。オークの樹の根元にふくらみがあると、その地中に生気と魔力を吸い尽くされた人間の干物が埋まっているんだって、小さい頃に良く脅かされたわ。」

う~ん。
レイさんの言っていた事もそれに近いように思うんだけど・・・。

「小さい頃にそんな事を聞かされたら、無闇に森に近付けないわよねえ。」

そう答えつつ、リリスは実家の領地の森を思い浮かべた。
緑豊かで恵みの多い森ではあるが、そこにはそれなりに魔物も生息している。
無闇に森の奥まで足を踏み込むのは大人でも危険を伴うものなのだ。

サラの様子を見てリリスも明日の授業の準備を始めた。だがふと頭に手が触れた時に、チクッと指を刺激するものを感じた。何だろうと思って手で探ると小さな異物があったので、それを手に取ってみると、尖った形の小さな種のようなものだった。

森の中を歩いているときに付着したのだろう。

そう思って指に挟み目を凝らしていると、サラがその様子を見て口を開いた。

「ドライアドって周囲に小さな種を飛ばすって聞いたわよ。それじゃないの?」

そう言われてリリスも疑問を感じた。

「何のためにそんな事をするの?」

「それはマーキングよ。獲物として興味を持った相手にマーキングをして、その動向を探り、いずれ自分の近くに呼び寄せようとするのよ。」

レイさんがそんな事をするのかなあ?

霊廟でのレイの言動を見る限り、そんな事をするようには思えない。だがリリスは同時に若干の違和感をも覚えていた。
指で挟んでいる種が微かに妖気を放っているのだ。

「魔力を流してみれば分かるわよ。普通の種なら何の変化も無いから。」

サラの言葉をうのみにして、リリスは指先に魔力を流した。
その途端に種は赤い光を放ち、パンッと小さな破裂音をあげて砕け散ってしまった。

ええっ!
これって本当に・・・・・。

サラも自分の言った言葉には半信半疑だったので、言葉を失ってリリスの顔を見た。
だがほどなく首を横に振り、

「まさかねえ。リリスの魔力が大きかったから破裂しただけよ・・・・多分。」

「そうよねえ。そう言う事よねえ。」

そう言ってリリスはそれ以上、種の話題に触れなかった。





就寝時間になり、ベッドの中に入って、リリスはおもむろに解析スキルを発動させた。

さっきの種は何だったの?

『一瞬しか解析出来ませんでしたが、恐らく魔物化した樹木の一部でしょう。』

う~ん。
それってオークの樹?

『恐らく、そうですね。』

私って・・・マーキングされたの?

『意図は分かりません。以前から、精霊は気まぐれだと言っていたではありませんか。』

気まぐれでマーキングするの?

『美味しそうな魔力だと感じたのかも知れませんね。』

嫌だわ。
そう言う類の気まぐれってやめて欲しいわね。

『まあ、無条件に信用出来る相手ではないかも知れないと言う事です。』

でもレイさんって開祖やミラ王妃とも懇意にしていたのよ。

『そこに利害関係が成り立っていたと考えても不自然ではありませんね。』

う~ん。
そうなのかなあ?
そう言われるとゲルとの関係も気になるのよね。

『まあ、本当に危険な目に遭いそうになったら、覇竜の加護が黙っていませんよ。山を丸ごと吹き飛ばすでしょうから。』

そんな事になったら開祖の霊廟まで消滅しちゃうわよ。
国家に対する反逆者にされちゃうわ。
無闇に発動しない様に言っておいてよね。

『覇竜の加護は独自に発動しますので制御出来ません。』

日頃から私がその意を伝えるしかないのね。

『そう言う事です。』

分かったわ。
ありがとう。
疲れたからもう寝るわね。

リリスは明日の授業の事を思い浮かべながら、深い眠りに就いた。
山の一つや二つ吹き飛ばしても良いのにと言う、解析スキルからの思念を微かに感じながら・・・。





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