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古都の神殿5
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アストレア神聖王国の古都の神殿。
マルタは大祭司の控室で緊急連絡用の魔道具を再び発動させた。だがそのマルタの目の前に、リリスの使い魔のピクシーと、見知らぬ紫のガーゴイルが出現した。ピクシーの背後に現れたガーゴイルから漂う魔力に、何故か少し怪しい気配を感じる。
紗季さんったら、また誰か連れて来たのね。
そう思ってマルタは笑みを崩さずピクシーに話し掛けた。
「リリスちゃん、また呼び出してごめんなさいね。ところでそちらの紫色のガーゴイルはどなたなの?」
リリスはガーゴイルをマルタの目の前に呼び出し、
「こちらはユリアス様。私のご先祖様です。」
「ご先祖様? それって遺伝子的に?」
「そう。遺伝子的にね。」
リリスとマルタの話にユリアスは違和感を否めない。こちらの世界での先祖と言う意味で二人は話したのだろうが、ユリアスにそれが通じるはずもなかった。
「リリス。それはどう言う意味だ? 遺伝子的な先祖でなければ何だと言うんだ?」
「ああ、気にしないで下さい。言葉の通りですから。」
リリスの言葉が腑に落ちず、ガーゴイルは少し考え込んでしまった。
「それで、マルタさん。また、何かあったの?」
リリスの問い掛けに、マルタは思い出したように姿勢を正した。
「そうそう。2日ほど前から頻繁に精神攻撃を受ける様になってね。」
ええっ!
それって呑気に話している状況じゃ無いわよ!
そう思ったもののマルタは困った様子もなく話を続けた。
「私も最初は驚いたわ。突然身体中が震えだして、胸が苦しくなって、悪寒でその場に吐いちゃったんだもの。解毒スキルで消えないほどの強烈な毒かと思ったわ。」
「でも同時に幻聴と気味の悪い幻視が現れたので、精神攻撃だと分かったの。それでね、リリスちゃんの言葉を思い出して、試しに魔装を発動してみたのよ。そうしたら急に楽になって、幻視も幻聴も消えちゃったわ。」
それで落ち着いて話しているのね。
「だけど、跳ね返しているものの、精神攻撃が収まらないのよね。それが煩わしくて、何とかならないかしら、眠れやしないわって思ったら、突然頭の中に言葉が浮かび上がったのよ。」
「言葉って、どんな?」
リリスの言葉にマルタは一呼吸置いて、
「それがねえ。『魔装を進化させますか? はい/いいえ』と読めたのよ。」
進化?
真希ちゃんのステータスにあった自律進化可能ってこの事なの?
「それで、はいと答えたのよ。そうしたら『今後は精神攻撃を術者に向けて、ダイレクトに跳ね返します。』と言う言葉が浮かび上がったのよ。」
「その10分ほど後になって、神官の控室から大きな悲鳴が聞こえたの。それでそこに向かったら、数人の神官に囲まれて、一人の女性の神官が泡を吹いて倒れていたのよね。明らかに精神攻撃を受けたような症状だったわ。」
うっ!
効果てき面って事ね。
「その女性の神官って、マルタさんを見張っていた神官なの?」
「いいえ、その女性とは別なのよ。」
複数の敵がいると言う事ね。
そうするとその二人以外の神官も怪しいわね。
「しかもそれだけじゃなくて・・・その後も精神攻撃を受けて、その直後にまた違う神官が泡を吹いて倒れちゃって・・・」
「うっ! 結局何人敵がいるのよ?」
「とりあえずは3人かしらねえ。」
随分呑気に話すマルタだ。そう思ったのはユリアスも同じで、リリスに向けて呟いた。
「このままだと敵対する連中が危機感を募らせるだろうな。衰弱死すると思っていたものが、生命力を回復し、元気溌剌なのも予定外だろうし、その上に毒は効かず、精神攻撃もおまけを付けて跳ね返すとなると、強硬手段に出るかも知れん。だが他国では流石に強硬手段には出れないだろう。そうすると急遽自国に呼び戻す事になると言うのが定番だな。」
「うんうん。そうなる可能性が高いでしょうね。」
リリスの言葉を受け、ガーゴイルはマルタに話し掛けた。
「マルタさんと言ったな。自国に戻るような事になったら、即座にリリスに連絡を取ってくれ。儂があんたの位置情報を割り出し、その場に駆けつけて闇魔法で転移させてやろう。」
「分かりました。その際にはよろしくお願いします。」
マルタも自分の置かれている状況を理解して、神妙な表情を見せた。
「マルタさん。くれぐれも気を付けてね。」
「ありがとう、リリスちゃん。変わった事があったら、また直ぐに連絡するわね。」
そう言ってマルタはピクシーとガーゴイルに深々と頭を下げた。
リリスも後ろ髪を引かれる思いで、使い魔の召喚を解除したのだった。
翌日の昼休み。
リリスは担任のケイト先生から、面会客がいる事を告げられた。
職員室の隣の父兄用のゲストルームで待っていると言う。
誰だろうか?
またメルじゃないの?
そんな事を思いながら昼食を後回しにして、リリスはゲストルームに向かった。
ドアをノックして中に入ると、そこに待ち受けていたのは白髪で初老の男性だった。穏やかな顔つきの男性は祭司の衣装を着ているので、祭司や神官の類であることは間違いない。だがそうなると若干警戒してしまう。
マルタの事で捜索にでも来たのかも知れない。
そんな邪推を抱いていたリリスに、初老の男性は丁寧に挨拶をした。
「リリスさんですね。私は王都の神殿で祭司を務めているケルビンと申します。」
そう言いながら男性は、ソファに座るようにリリスを促した。
「本日お呼び立てしたのは、王族の方からの依頼でして・・・」
「ミラ王国の王都の神殿とアストレア神聖王国の神殿との関係性を、リリスさんに分かり易く説明して欲しいと言う事でした。それで神殿の広報を担当する私がこちらに出向いて来たのです。」
ああ、そう言う事だったのね。
殿下がお願いしてくれたのかしら?
リリスはホッとして表情を緩めた。
「わざわざ出向いてくださってありがとうございます。」
リリスのねぎらいの言葉にケルビンは、いえいえと言いながら謙虚に首を横に振った。
「それで、早速本題ですが・・・王都の神殿はこの200年、アストレア神聖王国の神殿とは繋がりを持っていません。指揮系統が全く別であると言って良いでしょう。」
ケルビンの言葉をリリスは意外に思った。アストレア神聖王国の王都の大神殿の規模やその周辺の関連建築群を思い起こすと、大陸中に影響を及ぼしていそうな気がするからだ。勿論、両者に繋がりがないと言うのは、リリスにとっては好都合なのだが。
ケルビンは遠くを見つめるような仕草をした。
「かつてはアストレア神聖王国の王都の大神殿の管轄下にあった時期もありました。それはアストレア神聖王国自体が大国として、隆盛を誇っていた頃の事ですね。彼等は大陸中の神殿をその管轄下に治めていたと言っても良いでしょう。ですがアストレア神聖王国の内紛とそれに伴う神殿の衰退によって、国を越えた神殿同士の繋がりが薄れてしまいました。」
「我が王都の神殿も自立自活を余儀なくされ、祭司や神官などの人材の確保も自力で行なう様になったのです。ですが全く交流がなくなってしまったわけではありません。聖魔法の高位の魔法を身に着けようとすれば、アストレア神聖王国の王都の神殿の修業場で修業を受けなければならないのです。」
修行場ってあの大神殿の周辺の大きな建物の事ね。
「聖魔法を極めようとするような向上心の高い者はアストレア神聖王国で修業を受けますが、彼らもそのような資質のある者を見逃しはしません。修業を受ける代償として、大神殿への20年の奉仕を誓わされるのです。」
「まあ、それって修行者の足元を見ていますよね。」
呆れ顔のリリスにケルビンは失笑し、
「彼らの立場から見れば、高位の魔法を伝授するのですから、当然の代償なのでしょうね。」
そう言ってケルビンは少し身を乗り出した。
「リリスさんの周辺で聖魔法に長けていて、神殿の仕事に関心のある方がおられるのでしたら、是非我々の神殿にご紹介ください。常に人材は募集していますからね。」
「但し、貴族の方は軍が優先になりますので、一般の方に限られてしまいますが・・・」
それは勿論の事だ。
兵士の医療や戦闘でのバックアップには聖魔法を持つ人材が欠かせない。
聖魔法に長けた者は貴族であれば、軍からの要請が常にある。
リトラスなどはその典型で、就学前からすでに軍に所属する事が決まっているようなものだ。
ケルビンの話を聞きながら、リリスの心は安堵に満ちていた。
この状況なら、マルタをミラ王国に連れて来て神殿に所属させても大丈夫だろう。
勿論、マルタの容姿や魔力の波長などを若干偽装する必要はあるのだが・・・。
「神殿の様子が良く分かりました。ありがとうございます。私の知人で一般人ですが、少し気になっている女性が居ますので、縁がありましたら神殿での採用をお願いする事になるかも知れません。その時はよろしくお願いします。」
そう言ってリリスはケルビンに頭を下げた。
「リリスさん。お昼がまだですよね。私はこれで失礼します。」
ケルビンは穏やかな笑顔を向けながら席を立ち、ゲストルームから出て行った。その所作が緩やかで、ケルビンの心のゆとりを感じさせられる。
好感を持てる人物だ。
リリスは昼休みの残り時間を確かめると、ゲストルームを出て、足早に学生食堂に向かっていった。
そして、その日の午後の最後の授業の始まる数分前。
それは突然やってきた。
廊下を歩いていたリリスの制服の内ポケットで、緊急連絡用の魔道具がピンピンと警告音を鳴らし始めたのだ。
「ええっ! 今なの?」
思わず声を上げたリリスは、周囲に生徒がほとんどいないことを確認し、足早に学舎の外に出た。その際移動しながらユリアスを呼び出すための魔道具を作動させ、人目につかないところでユリアスの使い魔の出現を待った。
焦る思いで待つリリスの前に現れたのは、全身紫のガーゴイルだ。
「どうした? マルタから緊急連絡があったのか?」
「そうなんです。でも私はこれから今日の最後の授業があるので、マルタさんのところに使い魔を送れなくて・・・」
リリスの言葉にガーゴイルは腕組みをした。
「まあ、使い魔を送っても五感を共有させられないと言う事だな。良かろう。状況を見た上で、必要なら儂がマルタを転移させてやろう。転移場所はここの敷地の地下のレミア族の施設で良いか?」
「賢者ドルネア様のところですね。それでお願いします。」
リリスはそう言うとガーゴイルに頭を下げた。
ガーゴイルはうむと頷いて、
「とりあえずマルタの居場所を特定させてくれ。」
そう言ってリリスの手から魔道具を受け取った。ガーゴイルから魔力が細い糸のように魔道具に絡みついていく。
「解析出来たぞ。それでは直ぐに向かうとしよう。」
リリスに魔道具を返すと、ガーゴイルはその場から即座に姿を消した。
お願いしますね!
心の中でそう強く念じながら、リリスは足早に学舎に戻った。
その日の最後の授業は魔道具の構造と仕組みについての授業だった。魔道具の中に仕込む魔石と読み込ませる術式の構成などで、リリスとしては関心の高い授業だったのだが、マルタの事が気になって授業に集中出来ない。
授業が終わるや否や、リリスは学生寮にカバンを置き、そのままレミア族の遺跡の地下の施設に向かった。
地下の部屋から何時もの要領で地下施設に入ると、リリスの来るのを待つようにユリアスと賢者ドルネアが立っていた。
「リリス、ようやく来たな。待っておったぞ。」
ユリアスは使い魔ではなく本体でこちらに来ていた。
「マルタは無事に転移させた・・・と言いたいところなのだが、少し問題があってな。」
「えっ! それってどう言う事ですか?」
不安に駆られたリリスをユリアスは施設内の小さな部屋に案内した。
白い壁の部屋の中にはソファとベッドが置かれているのだが、その部屋の片隅に白く光る大きな球体が置かれていた。
良く見ると球体の表面は実体ではなく、煙が高速で渦巻いているようにも見える。
「これは何ですか?」
そう言いながらもリリスはその球体から、微かにマルタの魔力の波動を感じた。
これって、まさか・・・・・。
リリスの表情を読み取ってユリアスは口を開いた。
「この球体の中にマルタが居る事は間違いない。」
そう言ってユリアスは一呼吸置いた。リリスの心に更に不安が過ってくる。
「この状態は亜空間シールドの暴走なのだろう。今のところは手が付けられん。」
亜空間シールドの暴走?
「どうしてこんな事に・・・」
リリスは球体に近付き、深刻な視線を投げかけた。
「身を守らなければならないような、突発的な事がマルタにあったのだろうな。マルタの魔力が尽きれば亜空間シールドも消えてなくなる筈だ。」
「それまで待つしかないんですか?」
「うむ。亜空間シールドが高速で生滅を繰り返している。しかもシールドの層の重なりは100を超えるレベルだ。何故このような状態になってしまったのか、皆目見当がつかないのだよ。」
私からコピーしたスキルに不具合があったの?
ユリアスの言葉を聞きながら、リリスは何時までもその球体を見つめていた。
マルタは大祭司の控室で緊急連絡用の魔道具を再び発動させた。だがそのマルタの目の前に、リリスの使い魔のピクシーと、見知らぬ紫のガーゴイルが出現した。ピクシーの背後に現れたガーゴイルから漂う魔力に、何故か少し怪しい気配を感じる。
紗季さんったら、また誰か連れて来たのね。
そう思ってマルタは笑みを崩さずピクシーに話し掛けた。
「リリスちゃん、また呼び出してごめんなさいね。ところでそちらの紫色のガーゴイルはどなたなの?」
リリスはガーゴイルをマルタの目の前に呼び出し、
「こちらはユリアス様。私のご先祖様です。」
「ご先祖様? それって遺伝子的に?」
「そう。遺伝子的にね。」
リリスとマルタの話にユリアスは違和感を否めない。こちらの世界での先祖と言う意味で二人は話したのだろうが、ユリアスにそれが通じるはずもなかった。
「リリス。それはどう言う意味だ? 遺伝子的な先祖でなければ何だと言うんだ?」
「ああ、気にしないで下さい。言葉の通りですから。」
リリスの言葉が腑に落ちず、ガーゴイルは少し考え込んでしまった。
「それで、マルタさん。また、何かあったの?」
リリスの問い掛けに、マルタは思い出したように姿勢を正した。
「そうそう。2日ほど前から頻繁に精神攻撃を受ける様になってね。」
ええっ!
それって呑気に話している状況じゃ無いわよ!
そう思ったもののマルタは困った様子もなく話を続けた。
「私も最初は驚いたわ。突然身体中が震えだして、胸が苦しくなって、悪寒でその場に吐いちゃったんだもの。解毒スキルで消えないほどの強烈な毒かと思ったわ。」
「でも同時に幻聴と気味の悪い幻視が現れたので、精神攻撃だと分かったの。それでね、リリスちゃんの言葉を思い出して、試しに魔装を発動してみたのよ。そうしたら急に楽になって、幻視も幻聴も消えちゃったわ。」
それで落ち着いて話しているのね。
「だけど、跳ね返しているものの、精神攻撃が収まらないのよね。それが煩わしくて、何とかならないかしら、眠れやしないわって思ったら、突然頭の中に言葉が浮かび上がったのよ。」
「言葉って、どんな?」
リリスの言葉にマルタは一呼吸置いて、
「それがねえ。『魔装を進化させますか? はい/いいえ』と読めたのよ。」
進化?
真希ちゃんのステータスにあった自律進化可能ってこの事なの?
「それで、はいと答えたのよ。そうしたら『今後は精神攻撃を術者に向けて、ダイレクトに跳ね返します。』と言う言葉が浮かび上がったのよ。」
「その10分ほど後になって、神官の控室から大きな悲鳴が聞こえたの。それでそこに向かったら、数人の神官に囲まれて、一人の女性の神官が泡を吹いて倒れていたのよね。明らかに精神攻撃を受けたような症状だったわ。」
うっ!
効果てき面って事ね。
「その女性の神官って、マルタさんを見張っていた神官なの?」
「いいえ、その女性とは別なのよ。」
複数の敵がいると言う事ね。
そうするとその二人以外の神官も怪しいわね。
「しかもそれだけじゃなくて・・・その後も精神攻撃を受けて、その直後にまた違う神官が泡を吹いて倒れちゃって・・・」
「うっ! 結局何人敵がいるのよ?」
「とりあえずは3人かしらねえ。」
随分呑気に話すマルタだ。そう思ったのはユリアスも同じで、リリスに向けて呟いた。
「このままだと敵対する連中が危機感を募らせるだろうな。衰弱死すると思っていたものが、生命力を回復し、元気溌剌なのも予定外だろうし、その上に毒は効かず、精神攻撃もおまけを付けて跳ね返すとなると、強硬手段に出るかも知れん。だが他国では流石に強硬手段には出れないだろう。そうすると急遽自国に呼び戻す事になると言うのが定番だな。」
「うんうん。そうなる可能性が高いでしょうね。」
リリスの言葉を受け、ガーゴイルはマルタに話し掛けた。
「マルタさんと言ったな。自国に戻るような事になったら、即座にリリスに連絡を取ってくれ。儂があんたの位置情報を割り出し、その場に駆けつけて闇魔法で転移させてやろう。」
「分かりました。その際にはよろしくお願いします。」
マルタも自分の置かれている状況を理解して、神妙な表情を見せた。
「マルタさん。くれぐれも気を付けてね。」
「ありがとう、リリスちゃん。変わった事があったら、また直ぐに連絡するわね。」
そう言ってマルタはピクシーとガーゴイルに深々と頭を下げた。
リリスも後ろ髪を引かれる思いで、使い魔の召喚を解除したのだった。
翌日の昼休み。
リリスは担任のケイト先生から、面会客がいる事を告げられた。
職員室の隣の父兄用のゲストルームで待っていると言う。
誰だろうか?
またメルじゃないの?
そんな事を思いながら昼食を後回しにして、リリスはゲストルームに向かった。
ドアをノックして中に入ると、そこに待ち受けていたのは白髪で初老の男性だった。穏やかな顔つきの男性は祭司の衣装を着ているので、祭司や神官の類であることは間違いない。だがそうなると若干警戒してしまう。
マルタの事で捜索にでも来たのかも知れない。
そんな邪推を抱いていたリリスに、初老の男性は丁寧に挨拶をした。
「リリスさんですね。私は王都の神殿で祭司を務めているケルビンと申します。」
そう言いながら男性は、ソファに座るようにリリスを促した。
「本日お呼び立てしたのは、王族の方からの依頼でして・・・」
「ミラ王国の王都の神殿とアストレア神聖王国の神殿との関係性を、リリスさんに分かり易く説明して欲しいと言う事でした。それで神殿の広報を担当する私がこちらに出向いて来たのです。」
ああ、そう言う事だったのね。
殿下がお願いしてくれたのかしら?
リリスはホッとして表情を緩めた。
「わざわざ出向いてくださってありがとうございます。」
リリスのねぎらいの言葉にケルビンは、いえいえと言いながら謙虚に首を横に振った。
「それで、早速本題ですが・・・王都の神殿はこの200年、アストレア神聖王国の神殿とは繋がりを持っていません。指揮系統が全く別であると言って良いでしょう。」
ケルビンの言葉をリリスは意外に思った。アストレア神聖王国の王都の大神殿の規模やその周辺の関連建築群を思い起こすと、大陸中に影響を及ぼしていそうな気がするからだ。勿論、両者に繋がりがないと言うのは、リリスにとっては好都合なのだが。
ケルビンは遠くを見つめるような仕草をした。
「かつてはアストレア神聖王国の王都の大神殿の管轄下にあった時期もありました。それはアストレア神聖王国自体が大国として、隆盛を誇っていた頃の事ですね。彼等は大陸中の神殿をその管轄下に治めていたと言っても良いでしょう。ですがアストレア神聖王国の内紛とそれに伴う神殿の衰退によって、国を越えた神殿同士の繋がりが薄れてしまいました。」
「我が王都の神殿も自立自活を余儀なくされ、祭司や神官などの人材の確保も自力で行なう様になったのです。ですが全く交流がなくなってしまったわけではありません。聖魔法の高位の魔法を身に着けようとすれば、アストレア神聖王国の王都の神殿の修業場で修業を受けなければならないのです。」
修行場ってあの大神殿の周辺の大きな建物の事ね。
「聖魔法を極めようとするような向上心の高い者はアストレア神聖王国で修業を受けますが、彼らもそのような資質のある者を見逃しはしません。修業を受ける代償として、大神殿への20年の奉仕を誓わされるのです。」
「まあ、それって修行者の足元を見ていますよね。」
呆れ顔のリリスにケルビンは失笑し、
「彼らの立場から見れば、高位の魔法を伝授するのですから、当然の代償なのでしょうね。」
そう言ってケルビンは少し身を乗り出した。
「リリスさんの周辺で聖魔法に長けていて、神殿の仕事に関心のある方がおられるのでしたら、是非我々の神殿にご紹介ください。常に人材は募集していますからね。」
「但し、貴族の方は軍が優先になりますので、一般の方に限られてしまいますが・・・」
それは勿論の事だ。
兵士の医療や戦闘でのバックアップには聖魔法を持つ人材が欠かせない。
聖魔法に長けた者は貴族であれば、軍からの要請が常にある。
リトラスなどはその典型で、就学前からすでに軍に所属する事が決まっているようなものだ。
ケルビンの話を聞きながら、リリスの心は安堵に満ちていた。
この状況なら、マルタをミラ王国に連れて来て神殿に所属させても大丈夫だろう。
勿論、マルタの容姿や魔力の波長などを若干偽装する必要はあるのだが・・・。
「神殿の様子が良く分かりました。ありがとうございます。私の知人で一般人ですが、少し気になっている女性が居ますので、縁がありましたら神殿での採用をお願いする事になるかも知れません。その時はよろしくお願いします。」
そう言ってリリスはケルビンに頭を下げた。
「リリスさん。お昼がまだですよね。私はこれで失礼します。」
ケルビンは穏やかな笑顔を向けながら席を立ち、ゲストルームから出て行った。その所作が緩やかで、ケルビンの心のゆとりを感じさせられる。
好感を持てる人物だ。
リリスは昼休みの残り時間を確かめると、ゲストルームを出て、足早に学生食堂に向かっていった。
そして、その日の午後の最後の授業の始まる数分前。
それは突然やってきた。
廊下を歩いていたリリスの制服の内ポケットで、緊急連絡用の魔道具がピンピンと警告音を鳴らし始めたのだ。
「ええっ! 今なの?」
思わず声を上げたリリスは、周囲に生徒がほとんどいないことを確認し、足早に学舎の外に出た。その際移動しながらユリアスを呼び出すための魔道具を作動させ、人目につかないところでユリアスの使い魔の出現を待った。
焦る思いで待つリリスの前に現れたのは、全身紫のガーゴイルだ。
「どうした? マルタから緊急連絡があったのか?」
「そうなんです。でも私はこれから今日の最後の授業があるので、マルタさんのところに使い魔を送れなくて・・・」
リリスの言葉にガーゴイルは腕組みをした。
「まあ、使い魔を送っても五感を共有させられないと言う事だな。良かろう。状況を見た上で、必要なら儂がマルタを転移させてやろう。転移場所はここの敷地の地下のレミア族の施設で良いか?」
「賢者ドルネア様のところですね。それでお願いします。」
リリスはそう言うとガーゴイルに頭を下げた。
ガーゴイルはうむと頷いて、
「とりあえずマルタの居場所を特定させてくれ。」
そう言ってリリスの手から魔道具を受け取った。ガーゴイルから魔力が細い糸のように魔道具に絡みついていく。
「解析出来たぞ。それでは直ぐに向かうとしよう。」
リリスに魔道具を返すと、ガーゴイルはその場から即座に姿を消した。
お願いしますね!
心の中でそう強く念じながら、リリスは足早に学舎に戻った。
その日の最後の授業は魔道具の構造と仕組みについての授業だった。魔道具の中に仕込む魔石と読み込ませる術式の構成などで、リリスとしては関心の高い授業だったのだが、マルタの事が気になって授業に集中出来ない。
授業が終わるや否や、リリスは学生寮にカバンを置き、そのままレミア族の遺跡の地下の施設に向かった。
地下の部屋から何時もの要領で地下施設に入ると、リリスの来るのを待つようにユリアスと賢者ドルネアが立っていた。
「リリス、ようやく来たな。待っておったぞ。」
ユリアスは使い魔ではなく本体でこちらに来ていた。
「マルタは無事に転移させた・・・と言いたいところなのだが、少し問題があってな。」
「えっ! それってどう言う事ですか?」
不安に駆られたリリスをユリアスは施設内の小さな部屋に案内した。
白い壁の部屋の中にはソファとベッドが置かれているのだが、その部屋の片隅に白く光る大きな球体が置かれていた。
良く見ると球体の表面は実体ではなく、煙が高速で渦巻いているようにも見える。
「これは何ですか?」
そう言いながらもリリスはその球体から、微かにマルタの魔力の波動を感じた。
これって、まさか・・・・・。
リリスの表情を読み取ってユリアスは口を開いた。
「この球体の中にマルタが居る事は間違いない。」
そう言ってユリアスは一呼吸置いた。リリスの心に更に不安が過ってくる。
「この状態は亜空間シールドの暴走なのだろう。今のところは手が付けられん。」
亜空間シールドの暴走?
「どうしてこんな事に・・・」
リリスは球体に近付き、深刻な視線を投げかけた。
「身を守らなければならないような、突発的な事がマルタにあったのだろうな。マルタの魔力が尽きれば亜空間シールドも消えてなくなる筈だ。」
「それまで待つしかないんですか?」
「うむ。亜空間シールドが高速で生滅を繰り返している。しかもシールドの層の重なりは100を超えるレベルだ。何故このような状態になってしまったのか、皆目見当がつかないのだよ。」
私からコピーしたスキルに不具合があったの?
ユリアスの言葉を聞きながら、リリスは何時までもその球体を見つめていた。
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※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
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