落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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図書館での自習1

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アストレア神聖王国から帰国して数日後。

その日の午前中の授業は、担当教師が急な用事で休みになった為、図書館での自習となった。クラスの全員が図書館に入って、各々好きなカテゴリーの書物を手に取っているのだが、授業の予習復習に利用する生徒は数人で、その他の生徒達は自分の好きな書物を探している。
広い図書館なのであちらこちらに分散していて、図書館の中はほとんど物音がしない。

図書館の2階の学習スペースに足を運ぶと、20台ほど並んだ自習用の大きなテーブルの片隅にサラが座って、少し大きな本を広げていた。
リリスが近くに来た事に気付いて、サラは手を振ってリリスを呼びつけた。

「リリス。こっちに来てよ。あんたが先日訪れたアストレア神聖王国の景色が載っているわよ。」

景色が載っている?

サラの言葉の意味が直ぐに分からなかったリリスだが、近くに来てその本を見るとサラの意図を理解できた。

「この本ってホログラムを組み込んであるのね。」

その大きな書物は魔力を少し纏っていた。それは書物の中に、その記述に合わせてホログラムを構成した仮想空間を設置してあるのだ。
体感型の写真集だと思えば良い。

「ほらっ、ここに手を当てて魔力を流してみて。」

リリスはサラの隣の椅子に座り、その本の中でサラが示すマークに手を置いた。その途端にふっと魔力が流れて来た。仮想空間の起動を促す為にリリスに反応しているのだろう。リリスはそのまま魔力を少し流してみた。

軽い振動が指に伝わってきて、そのまま目の前が暗転していく。

リリスの周囲が戸外の景色に変わった。

青い空の下、白亜の建物が密集している。紺碧の海。行き交う商船。その光景はつい先日リリスが目にした光景だ。

「これって、アストレア神聖王国の郊外の港町だわ。」

紛れもなくそれはあの高台の上から見た光景だ。

「あの高台って絶好の観光スポットだったのよね。」

そう呟きながらその仮想空間を体感しているリリスの心の中には、既にあの高台での攻防は単なる過去の出来事になっている。

この景色を満喫したかったのよね。

その思いはメリンダ王女も同じだろうなと思いながら、リリスは仮想空間から抜け出した。

「サラ、ありがとう。思い出しても気持ちが高揚するわ。」

「そうでしょうねえ。こんな絶景を見れたのだから。」

そう言ってサラは離れた場所にある書架に目を向けた。

「そう言えばニーナがリリスを探していたわ。変な本が幾つもあるって騒いでいたのよ。」

サラが目を向けた書架の端にニーナの姿が見え隠れしている。その様子を見てリリスは思わず頬が緩んだ。小柄で愛くるしい顔つきのニーナがまるで小動物のように見えるからだ。

サラに促されてその書架に近付くと、そこは先ほどサラが広げていたような紀行物の書物が並んでいた。それ故に書架全体が魔力を纏っているようにも感じる。その書架の片隅でニーナが小さな丸椅子に座り、大きな書物を広げていた。

ニーナは近づいてくるリリスに気付くと、こちらに来てと言わんばかりに小刻みに手招きをした。
その仕草が妙に可愛らしい。

「リリス。この本を見て!」

そう言ってニーナが指し示したのは子供向けの物語の本だった。タイトルから類推すると、山猫の獣人の村のお話のようだ。
山猫族と見出しに書かれているのだが、物語の中にある挿絵を見ると、少し精悍な顔つきで描かれている。
子供向きの物語ながら、その挿絵が異常にリアルで生々しい。

だがそれ以上に不思議なのは、その本が纏っている魔力だ。この本もサラが見ていた本のように、仮想空間を設置してあるのだろう。だがそれにしては魔力が強い。それほどに大きな仮想空間を設置する必要などあるのだろうか?
そう思うのも無理からぬ事だ。

「この本って纏っている魔力が複雑に絡み合っているように感じるの。」

ニーナは彼女自身の持つ探知能力の高さ故に、普通の人では感じられない違和感を感じているのだろう。リリスも若干の違和感は感じたが、複雑に絡み合っているとまでは感じ取れていない。

「それって子供向きの物語よね。ニーナはその中の仮想空間を体感したの?」

リリスの言葉にニーナは小さくうんとうなづいた。

「試しに入ってみたんだけど、何の変哲もない童話のような空間だったわ。でも・・・・・」

ニーナは少し考え込むような仕草をした。

「何か違和感があるのよね。どう言えば良いのか・・・・。まるでこの本が私の力量を探っているような波動を感じたの。でもそれは一瞬の事だったから、私の思い過ごしなのかも知れないけどね。」

そう言いながらニーナはその本をリリスに手渡した。

「リリスも試してみて!」

ニーナに促されたリリスは何げなくその本の中にあるマーカーの部分に指を置いた。その途端に指先に纏わりつくような魔力を感じたが、それもまた一瞬で消え去った。

そのマーカーに魔力を流すと、仮想空間が起動して目の前が暗転していく。

リリスが入り込んだ仮想空間はのどかな山村の情景だった。周りを山が囲んでいるので盆地のようだ。開けた大地に畑が広がり、その一角に粗末な木造の住居が立ち並んでいる。

畑の間を走る農道を子供達が賑やかに騒ぎながら駆け抜けていく。畑の中には農夫が農作物の世話をしている様子も見える。
山々の緑が目にも鮮やかだ。新緑をイメージしているのだろう。

登場してくる獣人は全て猫耳だ。ホログラムの映像なので如何にも造り物っぽい造作だが、子供向けの物語なので若干可愛らしい表情や仕草になっている。これはこれで可愛いのだが・・・。

物語は平和な農村に突如凶悪な魔物が現れて、村人達が協力して退治すると言う設定のようだ。その魔物が畑の遠くに見えるのだが、これもホログラムの巨大な熊が火を噴いて暴れている。それを見つけた村人達が総出で剣や弓を手に持ち向かっていく。

その光景をボーっと眺めていると、何げなく後ろから肩を何者かにツンツンと突かれた。

えっ!
何なの?

ホログラムに物理的に突かれる筈はない。反射的に後ろを振り向くと、白い髭を生やした獣人の老人がニヤニヤしながら立っていた。

「心配せんで良い。儂はこの物語の作者じゃ。エイヴィスと呼んでくれ。」

いやいや。
作者だからってどうして私に接触出来るの?

不信感を漲らせたリリスの表情を見てエイヴィスはハハハと笑った。

「勿論儂も実体ではないよ。別な仮想空間から働きかけているだけじゃ。」

そうは言われてもストレートに理解出来ない。リリスも少し気持ちを落ち着かせた。

「それで私に何の用事なの?」

リリスの言葉にエイヴィスはうんうんとうなづいた。リリスのその言葉を待っていたようだ。

「実は別の仮想空間でも魔物が暴れていて、村人達が困っておるのだ。お嬢ちゃんは特殊なスキルを色々と持っているようだから、試しに退治してくれんかのう?」

どうして私が色々なスキルを持っていると判断したのかしら?
リリスの疑問は増すばかりだ。

「試しにって言われてもねえ。」

「じゃが、困っている村人を助けてあげたいとは思わんか?」

「まあ、それはそう思うわよ。でも・・・」

そこまで口に出した途端にエイヴィスの表情がパッと明るくなった。

「それなら話はついたな。」

そう言うとエイヴィスはパチンと指を鳴らした。その途端にリリスの周囲の風景が暗転していく。

「ちょっと待ってよ!」

リリスの叫びもむなしく、周囲の風景が移り変わった。否、他の空間に転送されてしまったのだろう。

先ほどまでの牧歌的な風景が、妙に生々しい風景に変わった。農村には変わりない。だがそよいでくる風に血の匂いが混じっている。
大地も木々もホログラムとは思えないリアル感がある。遠くに見える農家も薄汚く朽ちているのが不気味だ。
畑に目を向けると農作物が害獣に荒らされたように散乱している。

「魔物が大群で現れたぞ!」

「今すぐ逃げるんだ!」

大声をあげながらリリスの両側を猫耳の獣人が走り抜けていった。その表情も先ほどまでの可愛らしいものではない。
そもそも体型そのものが違っている。がっしりとした筋肉質の体型に薄汚い作業着を纏っているのだが、顔は精悍でまるで豹のようだ。
これが山猫族だと言わんばかりの風貌である。
だがそれにもかかわらず、一目散にリリスの傍から走り抜けて行くのは何故だろうか?

そう思って振り返ると、リリスは有り得ない光景を目にした。

山裾にぽっかりと巨大な穴が開いていて、そこから無数の魔物が湧き出る様に現われ、大群でこちらに向かってくる。ドドドドドッと地響きを立てながら向かってくる様はまるで山津波だ。

離れているのでハッキリと視認出来ないが、狼や熊のような魔物、巨大な蜘蛛やサソリ、更にはハービーのような空を舞う魔物までいる。その数は100や200では収まらない。山裾から黒い絨毯のように押し寄せてくる様子を見ると、1000体以上は居そうだ。

「こんなの、どうしろって言うのよ!」

額に冷や汗が滲むのを感じながらリリスは大声で叫んだ。

「お嬢ちゃんの全力で退治してくれれば良いのじゃよ。」

その声に振り向くと、エイヴィスが小さな人形のようなサイズになって宙に浮かんでいた。

「どうしても駄目ならこの空間から転送してあげるよ。だがその前にやるだけやってみてくれ。」

「やるだけやってみろって言ってもあの数よ! どうするのよ!」

そう叫んだもののエイヴィスはへらへらと笑っているだけだ。

とりあえずやってみろって言うのね。

そう思って腹をくくったリリスは、即座に魔物が雪崩れ込んでくる方向に土壁を幾つも出現させてそれらを硬化させた。更にその手前に幅50mほどもある泥沼を出現させた。深さは1mほどで奥行きは10mほどだ。だが・・・・。

こんなもので防ぎきれるのかしら?

「大したものだね。お嬢ちゃんは土魔法に余程長けていると見える。じゃが・・・そんなもので防ぎきれるのかい?」

心の中をエイヴィスに見透かされたようで、リリスはむっとした。だがエイヴィスの言う通りなのだろう。
どう考えても魔物の大群に数の暴力で押し切られる。

どうしたら良いの?

その不安な心に反応して解析スキルが発動した。

『スキルを出し惜しみしている場合じゃありませんよ。全力で対応しないと!』

解析スキルに活を入れられたリリスは再度決意を固めた。

そう言えばこの空間内には自分を知っている者など居ない。あえてスキルを隠し通す必要も無かったのだ。

分かったわ。
やるだけやってやろうじゃないの。

リリスは魔装を非表示にして発動させ、魔力吸引のスキルをアクティブに切り替えた。ぐっと力を入れると大地から大気から魔力が勢いよく流れ込んでくる。その気になればリリスは魔力不足になる事など無いのだ。

その魔力を集中させて両手に10本以上のファイヤーボルトを出現させると、それを次々に魔物の大群に向けて上空に放った。連射されたファイヤーボルトは100本以上になり、放物線を描いて魔物の群れに襲い掛かっていく。
投擲スキルを発動させる必要もない。密集した魔物の集団に降り注ぐ無数の火矢が光の束となって魔物を貫き燃え上がらせる。

阿鼻叫喚の魔物の叫びが聞こえて来た。

500mほど先に火矢の雨が降り注ぎ、その爆炎がもうもうと上がっている。だがその燃え上がる魔物の死骸を踏みつけながら、後続の魔物が雪崩れ込んでくる。

これでは駄目だ。

リリスは作戦を切り替えた。解析スキルを呼び出し、

熱に耐性のある強毒を大量に調合出来る?

『出来ますよ。疑似毒腺を活性化させますね。』

解析スキルの応答と同時にリリスの身体の深部が熱くなってきた。腹部から胸にかけて何かが蠢いている。これが疑似毒腺なのだろうか?
そう思ったリリスの脳裏に六角形の絵柄のようなものが過った。

これは・・・化学で習った化合物の構造式だ。強毒の構造式に違いない。

その構造式のデータがそのまま疑似毒腺に組み込まれ、リリスの両手から強毒が今にも噴出しそうになっている。

リリスは風向きを確かめた。幸いにもこちらが風上だ。

リリスは水魔法で霧を発生させて大量の強毒を付与させた。リリスの目の前に突如出現した濃い緑の霧が風に乗って魔物の群れに向かっていく。
幾度もこれを繰り返したので、濃い緑の霧が山裾まで到達しそうなほどだ。

更にリリスは二重構造のファイヤーボルトに強毒を仕込み、次々に魔物の群れに向けて連射した。
太く緑掛ったファイヤーボルトは次々に魔物の群れの中に着弾し、ゴウッと爆炎をあげると同時に周囲一帯に緑の爆風をまき散らす。
そのファイヤーボルトと交互に普通のファイヤーボルトを放つと、着弾したファイヤーボルトの爆炎で、強毒が更に周囲にまき散らされる。

およそ100本にも及ぶ強毒を含んだファイヤーボルトによって、魔物の大群の勢いも止まってしまった。毒の霧で空を飛ぶ魔物も墜落し、狼や熊やサソリが次々に倒れ、泡を吹き、強毒に晒されて魔物の身体が緑変していく。

リリスが急遽設置した土壁に到達するまでもなく、魔物達は全て力尽きてしまった。その光景はとてもこの世のものとは思えないほどに凄惨だ。
積み重なった魔物の死骸が全て緑変して溶け出し、腐臭を放つ塊になって大地に無数に点在している。その強毒に晒されて山裾の木々も全て枯れ果て、辺り一面が緑色の静寂に包みこまれている。そこには生命の反応が何一つ存在しない。

只々腐臭に満ちた緑の大地が広がるだけだ。

「お嬢ちゃんは本当に人族なのか? なぜこれほどまでに毒を生成出来るのだ? しかも毒に耐性を持つ魔物さえも簡単に倒すなんて・・・」

背後から聞こえるエイヴィスの呟きもリリスの耳には聞こえていなかった。

目の前に広がる惨状にテンションが異様に上がり、興奮状態になってしまっていたのだ。
その状態から少し冷静さを取り戻したリリスは、目の前の惨状を消し去ってしまいたいと言う衝動に駆られ、闇雲に何十発もファイヤーボールを放ち始めた。

全てを焼き払って消し去ってしまいたい。

その思いに突き動かされたリリスは、緑色に変色した大地を焼き払った。緑変していた大地が魔物の死骸もろともに業火に包まれていく。
覇竜の加護によって強化されたファイヤーボールは破壊力も格段に上がっている。

ドドドドドッと大地が震動し、爆炎が大地を包み込む。

その爆炎はいくつもの火の竜巻となり激しく燃え上がっていく。その火炎のあまりの強さに強毒まで燃え上がり、火炎に不気味な彩を加えている。

その様子を見ながらリリスは何故か薄ら笑いをしていた。まるでめらめらと燃える業火に心を奪われてしまったように・・・。

次の瞬間、リリスは振り返ると、目に見える全ての景色を焼き払うべく、辺り構わずファイヤーボールを放ち始めた。

「待つんじゃ! お嬢ちゃん! 正気を取り戻せ!」

エイヴィスの叫び声もリリスの耳には届いていなかった。





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