落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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賓客の災難2

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デルフィの研究施設の奥の闘技場。

かなり広い円形の闘技場の中央に、リリスとエドムは少し距離を置いて対峙していた。デルフィは闘技場の端のブースで、エドムの部下のドラゴニュート達と共に待機している。

「覇竜の加護を持っているのなら、火魔法に優れている筈だ。お前の火魔法の技量を見てみたい。」

そう言いながらエドムは、懐から大きな魔石の付いたワンドを取り出した。

「これはテイムした魔物を転送する魔道具だ。小手調べにこいつと戦ってみろ。」

そう言ってエドムがワンドの魔石に魔力を送ると、その魔石から光が地面に向かって飛び出し、黒く大きな狼が2匹現れた。ブラックウルフだ。
獰猛そうな顔の周りに小さな火炎が現われては消える。火魔法を扱えるのは明白だ。

一方、リリスはブラックウルフを見て内心ほっとしていた。ブラックウルフなら何度も倒してきたからだ。だからと言って油断するわけでもない。
リリスは両手に魔力を纏わらせて身構えた。

エドムの合図でブラックウルフがリリスに向かって走り出した。その距離は約20m。
リリスは即座に高さ2mほどの土壁を出現させた。

おっと声を出して驚いたのはエドムである。ブラックウルフは突然目の前に現れた土壁に驚きながらも、それを飛び越えようとして大きくジャンプした。
それはリリスの思うつぼである。

リリスは両手からファイヤーボルトを数本放った。それは通常のファイヤーボルトだが、火力凝縮と火力増幅をあらかじめ発動させたものだ。青白く光りながら高速で火矢が走り、投擲スキルの補正も伴って、土壁を乗り越えようとした2匹のブラックウルフの腹部を直撃した。

瞬時に激しい炎熱がゴウッと音を発ててブラックウルフを包み込み、悲鳴も上げられぬままにブラックウルフはそのまま燃え尽きてしまった。明らかに火魔法がレベルアップしている。その実感を得たリリスは、黒い消し炭がこびりついた土壁を瞬時に消し去った。

「小癪な真似をするではないか。」

エドムの表情が少し強張っている。

「ならばこれはどうだ?」

そう言って再びエドムがワンドの魔石に魔力を送ると、ワンドから再び光が地面に放たれた。そこに現れたものは全長が5mもありそうな、大きな緑色のトカゲだった。

あれってグリーンリザードよね?
そうだとしたら毒霧を吐く魔物だった筈・・・。

毒持ちの魔物が相手なので、リリスは即座に魔装を非表示で発動させた。
だが目の前に出現したグリーンリザードの顔が妙だ。額の両側に角が見える。よく見るとそれは角ではなく蛇だ。

これってキメラじゃないの!

驚くリリスに向かって、グリーンリザードの額の蛇が口を開き、ファイヤーボールを放ってきた。火魔法を無理矢理持たせた形だ。リリスの足元に小ぶりだが威力のありそうな火球が着弾し、ドンッと音を発てて炎熱を拡散させた。
思わず後ろに飛んで回避したリリスだが、その着地のタイミングに合わせて、グリーンリザードはその口から緑色の毒霧を吹き出した。それは霧と言うよりは粘液に近い。細かい粒子になった粘液と言うべきか。
目に入る事は避けたものの、リリスはその毒霧を少し吸い込んでしまった。

即座に頭痛とめまいに襲われたリリスだが、この程度で済んでいるのは魔装のお陰だろう。速足で後退しつつ、リリスは解析スキルを発動させた。

この毒って解毒出来る?

『ええ、この程度の毒なら解毒可能です。』

解析スキルがそう伝えた直後、頭痛とめまいがスッと消えた。解毒出来たようだ。

グリーンリザードの額の蛇から再び火球が飛んでくる。それを回避しながらリリスはファイヤーボルトを出現させた。だがこのまま火矢で葬るのも癪だ。
毒で仕留めてやろう。リリスはつい余計な思いに駆られてしまった。

火矢を消去し解析スキルに思いを伝えた。

あのトカゲを倒す強毒を調合出来る?

『しっかりとイメージを造り上げれば可能ですよ。腐食性と耐熱性を持つ最高の強毒を調合出来ます。』

実際に発動させるのは毒生成スキルと調合スキルである。リリスの造り上げた凶悪なイメージを元に調合された強毒が、二重構造のファイヤーボルトに充填された。瞬時にリリスがその両手に出現させたファイヤーボルトは、極太で中心部がうっすらと緑色に光っている。

投擲スキルを発動させて放たれたファイヤーボルトは、弧を描いてグリーンリザードに向かった。ドンッと言う衝撃音を立ててファイヤーボルトがグリーンリザードの胴部に斜め上から着弾した。激しい炎熱が巻き上がったが、グリーンリザードも火魔法に耐性があるようで、焼き尽くす程の効果は見られない。
それはリリスが強毒を熱変性から守るためにファイヤーボルトに火力増幅を掛けなかったからでもある。
だがそれでもグリーンリザードの表皮に若干の傷は生じた。そこから毒が入り込んでいく。その様子はまさに生き物、否、魔物のようだ。
腐食性が高く粘着性のある強毒が傷口から内部に入り込んで、グリーンリザードの体組織を破壊していく。
グギギギギッと呻き声をあげながら、グリーンリザードはその場で地に伏し、全く動かなくなってしまった。毒はそれでも容赦しない。
体内組織を溶かし、グリーンリザードの関節部もすべて溶かされ、その同部と手足がバラバラになった。その手足の関節部からドロッとした緑色の液体が流れ出てくる。それは強毒によって溶かされてしまった筋肉や脂肪などの体組織の成れの果てだ。
程なくグリーンリザードの姿は堅い表皮だけに成ってしまった。そこから強烈な腐臭が漂ってくる。

いっその事、焼いちゃった方が良かったわね。

腐臭に顔を歪めつつ、リリスはエドムの方に目を向けた。

「これは・・・これは何と言う事だ。このグリーンリザードは高度の毒耐性を持っているんだぞ! それなのにこの有様は何だ?」

「お前は本当に人族なのか?」

そう言いながらリリスを睨むエドムの顔は強張って震えていた。エドムは握り拳を振り上げ、リリスに向かって叫んだ。

「許せん奴だ!仇を取ってやるぞ!」

そう言ってエドムがワンドの魔石に魔力を送り、リリスの目の前に大きな黒い魔物を出現させた。

体長5mほどのケルベロスだ!

それは出現と同時に周囲に瘴気を放ち、リリスに向けてファイヤーボールとアイスボルトを同時に放った。リリスは瞬時に避けたのだが、ゴウッと音を発ててファイヤーボールがリリスの身体の傍を通過し、数本のアイスボルトがリリスの飛びのいた足元に突き刺さった。

「エドム! 血迷うな! そんな凶悪な魔物を人族の少女に向かわせてどうする!」

待機所からのデルフィの叫び声が聞こえてきた。だがエドムはそれを一笑に付した。

拙いわね。
接近させないうちに片づけなくっちゃ。

まだケルベロスとの距離は20mほどある。リリスは即座にケルベロスの周囲四方に高さ3mほどの土壁を出現させた。それと同時に加圧を掛け、ケルベロスの動きを牽制する。ケルベロスも加圧に抗おうとして四肢を踏ん張った。それはリリスの思うつぼである。

リリスは即座にケルベロスの足元に直径10mほどの泥沼を出現させた。深さは10mほどである。
四肢を踏ん張っていたケルベロスはそのまま勢いよく泥沼に沈み込んだ。同時にケルベロスの周囲を取り囲んでいた土壁までも泥沼に沈んでいく。

突然の泥沼の出現にエドムは驚いて声も出ない。
リリスはそれに構わず泥沼に近付き、その上部を厚さ20cmほど硬化させた。泥沼に生命反応を探ると泥の中で暴れるケルベロスが感知された。苦しくて暴れているようだ。それでも硬化された泥沼の表層部を破壊するほどの余力はなさそうだ。

「姑息な真似をするな! 堂々と火魔法で闘え!」

怒りに燃えるエドムが叫んだ。だがその言葉にリリスはうんざりとしてしまった。

土魔法のどこが姑息なのよ。
毒霧を吐くトカゲを持ち出してきたのはそっちじゃないの!

リリスはエドムの言葉に従う振りをして、泥沼表層部の硬化を解いた。更に減圧を発動させ、泥沼の底の方から土に戻していく。こうする事で泥沼に埋もれたケルベロスが地上に出られるはずだ。

程なくケルベロスの身体が泥沼から浮かび上がってきた。だがケルベロスはすでに窒息状態で意識を失っているようだ。

「ほら! 起きなさいよ!」

そう言いながら、リリスはケルベロスの身体に向けてファイヤーボルトを放った。それは威力のあまりないもので、あくまでも牽制用の火矢だ。
ケルベロスの身体に弾着すると、その衝撃でケルベロスがゆっくりと起き上がった。

ケルベロスの身体にファイヤーボルトでの傷は見られない。火魔法に対する耐性を持っているのは明白だ。

ケルベロスの動きがまだ鈍いうちに、リリスは深さ50cmほどになってしまった泥沼に火魔法を連動させた。

「火魔法で闘えば良いのね!」

そう言い放つと、リリスは大きく魔力を投入して土魔法と火魔法の連動を更に強化した。
それに連れて深さ50cmほどの泥沼が高温になり蒸気を吹き出した。苦しくなって暴れ出し、泥沼から飛び出そうとするケルベロスを加圧で抑え込みながら、リリスは更に魔力を投入し、火力増幅と火力凝縮まで発動させた。

泥沼の表層部が赤く光り輝き、その高熱が周囲に伝わってくる。すでに溶岩となってしまった泥沼の表層部の中で、ケルベロスは息絶え、燃え上がって黒い消し炭になってしまった。その消し炭さえ赤々とした溶岩に飲み込まれてしまう。
深さ50cmほどとは言え、その体裁は溶岩流そのものだ。

「これは何なのだ? これが火魔法だと言うのか?」

リリスの身を案じて何時の間にか待機所から出てきたデルフィが、溶岩と化した泥沼の表層部を見て呟いた。

「間違いなく火魔法ですよ。」

しらっと言い放つリリスだが、デルフィに気を取られて、側方から近付いてきたエドムに気付くのが遅れてしまった。エドムは背中に収納していた翼を広げて、急速度でリリスに向かってきたのだった。

「これでも喰らえ!」

そう叫んでエドムはリリスの側方、斜め上空からリリスに向けて大きく口を開いた。明らかにブレスが来る!
その距離は10mほどの至近距離だ。到底回避出来る距離ではない。

「やめろ!この馬鹿者!」

デルフィの叫びもむなしく、高温のブレスがリリスに向けて放たれた。ゴウッと言う音を発てて激しい炎熱がリリスに迫る。

駄目だ!
回避出来ない!

恐怖のあまりリリスは大きく口を開き、言葉にならない悲鳴を上げたのだった。







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