落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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賓客の災難1

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リゾルタでの儀式から数日後。

リリスは再びリゾルタに出向いていた。ライオネスからの招聘でドラゴニュートの賢者に会わせたいと言う。
ドラゴニュートにも賢者様が居るようだ。

ドラゴニュートにはあまり縁を持ちたくないと言うのがリリスの本音だが、ライオネスから招聘され、ミラ王国の王族から話を持ち掛けられてきた以上、断るわけにもいかない。
王族から手渡された転移の魔石を用いて渋々リゾルタを訪れたのだった。

リゾルタの王宮でリリスを出迎えてくれたのは、デルフィと言う名の年配のドラゴニュートで、この人物が賢者様である。その容貌は意外にも優しそうで威圧的な雰囲気も無い。王族の一員でもあると聞き、リリスはデルフィに好印象を持った。

「リリスと言ったね。君を呼び寄せて貰ったのは、君でなければ解決出来ない現象が起きたからなんだよ。」

そう言われてリリスは首を傾げた。

私に何が出来るって言うの?

そう言いたかったリリスだが、デルフィの研究施設に来て欲しいと言うので、とりあえずデルフィに付き従って空路ドラゴニュートの国に向かった。
空路と言っても飛行船ではない。テイムした大型のワイバーンの背中に籠を取り付けただけのもので、しがみ付いていなければ風で吹き飛ばされそうなものだった。慣れているせいかデルフィは平然と乗っていたが、リリスは初めての経験だったので必死である。

あんた達は吹き飛ばされても翼を持っているから大丈夫でしょうけど、私は翼を持っていないんだからね。

そう心の中で叫びつつ、リリスはワイバーンの向かう方向に、大きなオアシスがある事に気が付いた。ドラゴニュート達の住むオアシス都市である。
荒れ果てた半砂漠の中に突然大きな緑が現われた。その縁辺部に大きな施設が見えている。

「リリス。あの大きな施設が儂の研究施設だ。あそこに降りるからね。」

まさか飛び降りるんじゃないでしょうね。

このリリスの懸念は半分当たり、半分外れだった。ワイバーンの着地が乱暴だったので、飛び降りたような衝撃を体感したからだ。それでもデルフィは平然としている。これが日常茶飯の事なのだろう。

デルフィに手招きされてその大きな研究施設に入ると、内部は様々な部屋に区切られ、その奥に大きなホールが設置されていた。そのホールはどうやら闘技場のようである。武器や防具の研究もしているのだろうか? リリスの疑問を他所に、デルフィはそのホールの手前の部屋にリリスを案内した。

その部屋の中には幾つもの机が並べられ、その上に無造作に書籍や書類が積まれている。その部屋の一番奥に大きな机があり、その上には竜を模った1m四方の石像が置かれていた。その石像に猛々しさは無い。デフォルメされたようなその姿はむしろ滑稽で親しみが持てる。小さな翼、少し太めの体型。
これは普通の竜ではない。思わず可愛いと思ってしまったリリスである。

「これって幼竜ですか?」

リリスの問い掛けに、デルフィはうんとうなづいた。

「そうだ。これは古代の神殿の遺跡から出土したもので、その由来は分からない。だが相当古いものだと言う事は分かる。おそらく1万年以上前のものだと推測されている。」

「そんなに古いものがあったんですね。」

そう言いながらもリリスはその石像に違和感を持った。それほどに古いものがどうして風化していないのだろうか? たとえ土の中に埋もれていたとしても劣化は免れない筈なのだが、この石像には風化の痕跡が見られない。

不思議そうに見ているリリスの目の前に、デルフィは豪華な装飾を施した木箱を持ってきた。その中から取り出したのは仄かに赤みを帯びた宝玉だった。

「あっ! それって・・・・・」

驚くリリスにデルフィはニヤリと笑い、

「そうだよ。先日の儀式で水の亜神から授かった宝玉だ。王家からの借りものだけどね。」

そう言って宝玉を摩るデルフィの表情が嬉々としている。デルフィ自身も王族なので、王家から貸し出して貰ったのだろう。

「これを石像に近付けると・・・・・」

デルフィはそう言いながら宝玉を石像に近付けた。

その途端に石像が仄かに光り始めた。

宝玉に反応している。しかも僅かに生命反応まで感知出来る。
これはどう言う事だろうか?

「我々はこれを単なる石像だとばかり思っていた。だがどうやら石像では無さそうなんだよ。」

「これって・・・、これって生きているって事ですか?」

リリスの目が点になっている。その様子にデルフィも無言でうなづいた。
だがそんな事ってあるのだろうか?

「これは想像でしか無いのだが、これは石像ではなく、石化された幼竜なのではないかと言うのが儂の意見だ。誰が何のためにそうしたのかは分からないのだが・・・」

そう言ってデルフィは近くの机の上に置かれていた古書を取り上げた。

「伝承では2万年ほど前に、全大陸を巻き込む大きな災厄があったと言う。その際に生まれたばかりの我が子だけでも、その災厄から救いたいと願う母竜が居ても不思議ではないと思うのだがね。」

そう言って石像に愛おしそうな眼差しを向けるデルフィだが、本当にそんな事があったのだろうか?
何処までも類推の域を越えない話だ。

「それで私に何をしろと言うのですか?」

リリスの問い掛けにデルフィは石像を指差し、

「君の魔力を注いでもらいたいのだよ。覇竜の王の魔力が含まれている君の魔力をね。」

そんな簡単な事で石化って解けるの?
竜の魔力に反応している事は確かなんだけど・・・。

リリスは半信半疑で石像に魔力を送ってみた。リリスの突き出した手から放たれる魔力は石像を包み込み、石像全体がまるで鼓動するようにズンズンと震動し始めた。石像の胸の辺りが一段と赤みを帯びて光っている。

だがそれ以上の変化は起きなかった。
所詮この程度の物なのか?

諦めきれない様子のデルフィは宝玉を石像に近付けて、もう一度リリスに魔力を注ぐ事を促した。リリスは言われるままに再度魔力を注いだが、石像の放つ仄かな光が少し強くなっただけで、それ以上の変化はない。

「こうなったら君にはこの石像と24時間一緒に居て貰おうか?」

失笑気味に話すデルフィの言葉は半分は冗談だが、半分は本音なのだろう。

石像を抱いて寝ろって事なの?
まるで卵を孵化させる母鳥みたいなものね。

そう考えながらリリスはふと閃いた。

「私の代わりに私の魔力をずっと石像に密着すれば良いって事ですよね。それなら私の持っている竜の髭を密着させましょうか?」

「そんなものを持っているのなら是非使わせて貰いたいものだ。」

デルフィの反応が意外に良いので、リリスは早速、携帯していた皮袋をデルフィに預けた。だがその皮袋を開いた途端に、デルフィの表情が強張った。

「リリス。これは何かね?」

そう言ってデルフィが取り出した竜の髭は、半透明だった部分が深紅に輝き、時折点滅して明らかに生命反応を示している。 

何時の間にこんな風になったのかしら?

リリスも呆れるばかりだ。

「知らないうちに私から魔力を吸っているんですよね。」

リリスの言葉にデルフィはため息をついた。

「君は魔物を生み出したのか? 疑似的な生命体とでも言うべきか。でもこれならかなり濃厚に君の魔力を含んでいるようだ。この竜の髭を借りたいのだが構わないかね? 君から離したら寂しがるのではないか?」

「まさか、それは無いですよ。預ける事は構いませんので。」

リリスがそう答えると、デルフィは含み笑いをしながら竜の髭を石像の上に乗せた。宝玉と竜の髭の相乗効果によって、石像は胸の辺りが赤みを増して力強く点滅し始めた。

「この状態でしばらく置いてみよう。竜の髭なら代替品が数個あるので、君の魔力をそれらに注いでおいてくれ。」

うんうん。竜の髭のスペアは必要よね。

デルフィの言葉に納得しつつ、リリスはデルフィと共にその部屋から出た。
リリスをゲストルームでもてなそうとするデルフィだったが、通路の反対側から数名のドラゴニュートが荒々しく接近してくるのを見て眉をひそめた。

「エドム! どうしてここに来たのだ?」

デルフィの叫ぶ声に金色の瞳を持つ一際大柄なドラゴニュートが、デルフィの前に立ち塞がった。

「デルフィ殿、少しお邪魔するぞ。」

邪魔をするなら帰ってよと言ってやりたいところだが、竜族に人族のギャグなど通じる筈も無い。

黙って見つめるリリスの目の前にエドムは移動し、

「お前が覇竜の加護を受けた小娘だな。俺はエドム。ドラゴニュートの王族の一員だ。」

エドムはそう言いながら、付き従ってきた数名のドラゴニュート達を促し、リリスとデルフィの周りを取り囲ませた。

「覇竜の加護の力を見てみたい。俺のテイムしている魔物と戦って見ろ。嫌とは言わさんぞ!」

鼻息の荒い奴だ。厄介な奴が出てきたものだと思い、リリスは呆れてデルフィを見た。だがデルフィも表情が強張っている。

「奴は国王の末弟なのだよ。気が荒いのが難点でなあ。」

そんな奴を野放しにしないでよ。

そう思ってうんざりしているリリスにデルフィは小声で呟いた。

「少しだけ付き合ってやってくれ。それで気が済むだろうからな。」

う~ん。
避けようも無いのかしらねえ。
それにしてもテイムしている魔物と言っていたわね。
変な魔物でなければ良いんだけど・・・。

気乗りのしないリリスである。

「お手柔らかに。」

リリスの言葉にエドムはニヤッと笑った。

振り返って施設の奥の闘技場にエドムが向かう。リリスは数名のドラゴニュートに追い立てられ、エドムの後に付き従ったのだった。








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