落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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投擲スキル

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フィナからスキルをコピーしたその日から、リリスの火魔法の訓練が始まった。

庭の片隅に設置された案山子のような標的に向けてファイヤーボールを放つのだが、これがなかなか上手く当たらない。当たっても標的の端の方に当たる程度で、真正面から当てるのは難しい。それ故に距離を詰めて5mほどの距離から放つとようやく正面に当たった。

でもこんな至近距離でないと当てられないなんて意味無いわね。

気持ちを切り替えて次にファイヤーボルトで試してみた。魔力を手に注ぎファイヤーボルトを生み出すと、剣を投げる様にリリスは腕を突き出してはなってみた。放たれたファイヤーボルトはまっすぐに飛び、標的の真正面に当たったので、リリスは気を良くして標的までの距離を広げてみた。

10mまで距離を取っても標的には当たる。これの方が有効かも知れない。そう思ったリリスは入学までにファイヤーボルトを習熟させておこうと決心した。だがリリスの心にはまだ不満が残る。

動かない標的を当ててもあまり意味が無いように思えるなあ。

リリスはこの時点ですでに動き回る魔物を狩る事をイメージしていた。それ故に動かない標的に当てる事だけでは満足できなかったのだ。
う~んとリリスは考え込んだ。

何か補助スキルが欲しいわね。

その時リリスの頭にヒントが閃いた。

そうだわ。投擲スキルよ!

リリスは領地の村でよく遊ぶ子供達の中に、スリングの得意な少年がいた事を思い出した。ギドと言う名の同い年の少年はスリングで鳥や小さな魔物をすでに狩っていて、それを羨ましがっていたリリスに対し、自分には投擲スキルがあるからねと密かに明かしてくれていたのだ。

ギドのスキルを貰うわよ!

実際にはコピーするだけなのだが、高揚したリリスは早速フィナを連れて村に出掛けた。
領主の娘であるリリスはまだ単独での外出を赦されていない。両親の言い付けでフィナが付き添って小さな馬車で村へ出かける事になっていた。

フィナが御者を務め、小型の馬に引かせた一頭立ての馬車だが、それでもリリスにとっては村の子供達と遊ぶための大切な手段だ。
多少汚しても良いようにワンピースからブラウスとパンツに着替えて馬車に乗り込むと、フィナに村の集会所に向かうように指示をした。そこは子供達が良く集まるたまり場だった。

ガタガタと揺れる農道を馬車で進む事20分、馬車は村の集会所の前に着いた。いつ訪れてものどかで心の安らぐ村だ。馬車から降りると農家のおばさん達が畑の収穫物を担いで行き交っていた。あれは今日の夕食の材料なのだろう。彼女達が担ぐ野菜などの分量からリリスはそう判断した。行き交うおばさん達と挨拶を交わしながら集会所に入ると、幼児が3人遊んでいたが肝心のギドが居ない。
表に出てすれ違った農夫に聞くと、スリングを手に狩りに行ったと言う話だ。
ギドも子供なので森には入っていかない。近場の草原に出掛ける程度なので、ギドの狩場の見当はつく。

フィナに指示を出して馬車で農地の外れの草原に辿り着くと、案の定、ギドがスリングで鳥を狙っていた。馬車の窓から見ていると、ギドは低空を舞う鳥を狙って見事にスリングを命中させた。子供ながらに見事なものだ。リリスは自分も同い年である事を忘れて感心してしまった。

ギドに手を振って名を呼ぶと、ギドも狩った鳥を片手にこちらに手を振った。

「ギド! 馬車に飲み物があるからこっちへ来ない?」

「ああ! 直ぐにそっちに行くよ。」

ギドはそう答えて馬車に近付いてきた。リリスがフィナに冷たい飲み物を用意するように頼むと、フィナは水魔法でコップに冷水を注ぎ込み、持参していた果実を絞って混ぜた。ラモと言う名の柑橘系の果実はレモンに似ているが、レモンよりも甘酸っぱくてむしろオレンジに近い。果汁が濃厚なので冷水に混ぜると丁度良い加減になる。それは子供達も大好きな飲み物だ。

ギドは気を遣って皮袋に獲物を入れ、馬車の中を汚さないようにしながら乗り込んできた。
この色白で赤毛の少年はリリスよりもかなり背が高く、体つきもがっしりしている。決してイケメンではないが爽やかな印象を人に与える少年だ。

馬車の中で小さなテーブルを引き出して、ラモの果汁入りの冷水をフィナが用意すると、ギドは感謝してそれを飲み始めた。

「ギド。相変わらずスリングが上手ね。羨ましいわ。」

「だって、俺がこれで稼がないと両親が困るからね。」

親思いの少年である。リリスは以前からこの少年に好感を持っていた。でもそれはまだ好意とまでは言えないものだ。

私ってうぶよね。

中身が30歳手前の女性になってしまったリリスにとっては、それまでの自分の気持ちの幼さが微笑ましく感じられた。
だがここからが今日の仕事だ。
そう思ってリリスは一芝居打った。

「ねえ、私の顔に何か付いていない?」

そう言いながら自分の頬を指差すと、ギドとフィナが同時にリリスに目を向けた。

ここだ!

リリスは瞬時に邪眼を発動した。その途端にフィナとギドの目がとろんとして、視線が定まらない状態になった。

「フィナは向こうを見て座っていなさい。」

リリスがそう指示すると、フィナはリリスに背を向けて小さく座り込んだ。

「ギド。自分の額を私の額と擦りつけて。私が良いと言うまで離れちゃ駄目よ。」

「・・・うん。」

ギドは虚ろな目で額をあげてリリスに近付いた。ギドの顔が真正面から近付く。ギドの鼻が高いのでリリスの鼻と触れ合った。
その瞬間に思わず目を瞑ってしまったリリスは、恥ずかしさのあまり後ろに引いてしまった。

私ったら今、キスをされると思ったのかしら。

赤面する自分の頬を軽く摩りながら、気持ちを切り替えてリリスは再び顔を近付け、ギドと額を接触させた。その途端にコピースキルが発動され、ギドの持つ属性魔法やスキルの情報が脳内に流れ込んでくる。

あった!
投擲スキルだ!

他の属性魔法やスキルには関心が無い。リリスは投擲スキルのみをコピーするように意識した。錐で突くような鋭い痛みが脳内に走る。だがそれと同時に投擲スキルの情報がリリスの脳内にコピーされて具現化した。
投擲スキルはパッシブスキルであり、意識せずとも発動できる状態になる。投擲に類する行動に対して瞬時に発動し、スキルによる補正が効果として現れる筈だ。

スキルのコピーを終えたリリスはギドと離れて、そのまま時間が経つのを待った。コピースキルの発動時間である5分が過ぎ、邪眼の効果も消えて、フィナとギドはハッと我に返った。

「あれっ? 俺、今何をしていたんだ?」

頭を軽く叩きながらギドはリリスに問い掛けた。

「ああ、私に今日の獲物を見せようとしていたんじゃないの?」

「そうだったっけ?」

疑問を抱きながらもギドは皮袋を少し開いて、先程仕留めた鳥を見せてくれた。確実に頭をスリングで打たれている。スキルのお陰だけではないと思うが、それでも見事な腕前だ。

「ギドのスリングの腕前は最高ね。」

「そんな風に褒められると照れるじゃないか。」

ギドははにかみながら次の狩りの支度をし始めた。まだ獲物が足りないようだ。

「もう一羽、鳥を仕留めたら帰るよ。」

「そう。じゃあ、頑張ってね。」

わざとらしく満面の笑みで見送るリリスの笑顔に、ギドは嬉しそうに照れながら馬車を出て行った。ふと振り返るとフィナがまだ少しボーッとして座っていたのだが、邪眼の余韻がまだ残っているのだろうか?

「フィナ。屋敷に帰るわよ。」

リリスの声に反応してフィナは顔を上げた。

「は、はい。分かりました、お嬢様。」

気を取り直してフィナは馬車の前に回り、馬の手綱を引いた。馬車は農道を走り、屋敷に向かって行く。その間リリスはギドからコピーしたスキルを意識し、馬車の窓から外の木々に向けて小石を投げてみた。少し逸れたかと思ったのだが、小石は投擲スキルの補正が掛かり、狙った木に見事に命中した。

うんうん。
上手く効果が現れているわ。

嬉しくなってウキウキしているリリスだが、それでも冷静にスキルによる補正について熟考してみた。
投擲に類する行動に伴ってスキルは発動される。
その際に投げる角度や力の加減が補正されるのであって、投げた後でその軌道が補正されるのではない筈だ。
それ故に狙った相手の移動速度が速かったり、回避スキルを持っている場合には命中しない事も有り得る。
投擲スキルと言えども万能ではないと言う事だ。

でも投擲スキルのレベルを上げれば、自動追尾も出来るんじゃないのかしら。

今後の自分の訓練次第ではそれも可能になるかも知れない。そう思いつつ期待を胸にリリスは屋敷に戻った。



その夜リリスはベッドの中に入ってもなかなか寝付けなかった。お昼にギドから投擲スキルをコピーした際の事が頭に蘇ってきて、再び胸が熱くなってきたからだ。同い年の少年にキスを交わす程に接近した際に、不覚にも胸がときめいてしまった。

同い年?
年下の少年、否、子供じゃないの。

過去の記憶が目覚めたリリスの中身はアラサーの女性であるのだが、そんなリリスにとって昼に感じた心の動揺は有り得ないものだった。

私って結局13歳の少女なのね。

リリスはそう結論付けた。
彼女にとって過去の記憶はこの世界で生き抜くための処世術でしかないのだ。勿論それは異世界のものであるが故に、知識や思考や発想においては斬新であり、時には革命的でもある。
だが肉体と感情は所詮13歳の少女のままなのだ。

13歳から人生をやり直せば良いのね。

そう思うと少し気が楽になった。同い年の少年にときめいてしまった自分の純情にうふふと照れ笑いをしながら、リリスは心地良く意識が薄れていくのを感じていた。





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