1 / 25
序章・それぞれの物語
しおりを挟む
「次は、黒見山登山道前、黒見山登山道前。」
近くの町からくねくねとした細道を進むこと40分。
もうあと2時間もすれば夕暮れ時だ。
毎日このバスで隣町まで帰る男性客1人と、初めて見る都会風の女性客が2人。
運転手がこのままあと30分隣町までノンストップかと思っていたところ、「ビーッ」とブザーの音が鳴ったため、不思議に思いながら、背もたれの板が既に外れてしまっているベンチの前で停車させた。
ここがバス停替わりなのだ。
山登りなどしそうもない女性たちが立ち上がったのを見て、つい、
「本当にここで降りるのかい?今日はこのバスが最後で、始発は11時20分まで来ないよ?」
と念を押した運転手だったが、
「大丈夫です。山荘の方からお招きを受けているので。」
と聞き「ああ、片見さんとこか。」と納得し、料金を受け取った。
プシュー、ギギギと音をたてながらドアが閉まり、バスはまたゆっくりと走り出す。
辺りには登山客御用達の小さな定食屋が1軒あるほかは民家が2-3軒あるだけだ。
登山客用の駐車場にはぽつらぽつらと車が停まっているが、ほとんどは帰り支度を始めているようだった。
「楽しみね。『黒見山魔女伝説』に関する資料なんて、もう出尽くした思ってたんだけど」
「編集長、好きそうなネタですよね。」
「とはいえ、今のままだと具体性に欠けるからなぁ。」
「なんでもいいんで奇跡の1つでも絵が押さえられれば良いですよね。」
「まあ、継続して追ってもいいし、せっかくお招きいただいたんだからガリっと調べましょ!」
「はい!」
バスから降りた女性たちは、ゆっくりと山を登り始めた。
===========================
今日の晩御飯は肉じゃが。
ベタかもしれないけれども恭ちゃんが一番好きな料理だ。
何で知ってるかって?
それは私が恭ちゃんの「婚約者」だから。
「陽子、ただいま~!」
あ、残念。ちょっと間に合わなかったようだ。
「お帰り恭ちゃん!」
スリッパをパタパタと鳴らしながら玄関まで彼を出迎えに行く。
お帰りのキスで充電したら、また調理再開だ。
「陽子、今日もおいしそうなにおいがする~!何作ってるの?お腹すいちゃったー!」
台所に向かう私を追い越す勢いでお鍋をのぞき込む彼は、えさを目の前にして「待て」をされているワンコのようでなんともかわいらしい。
「味見分取るからちょっと待ってて!」
お鍋から小鉢においもとお肉を乗せて
「はい、恭ちゃん、あーん。」
「おいしい!陽子は素晴らしい奥さんになれるね!」
ああもう、この一瞬がたまらなく幸せ!!!
ただ、大好きな恭ちゃんの家なのに、私はあまり長居をしたくない。
今日の肉じゃがも家で作って持ってきたのを温めていただけだ。
なぜかというと、
「あ、陽子、うしろむいちゃだめだよ。」
「え?」
「また、おばけ居るから。」
私の彼は霊感持ちで、この家は無害らしいけど幽霊がいるっぽいからだ。
===========================
クリーム色のカーテン。
ノリのきいた真っ白なシーツ。
薄桃色だけど飾り気のない院内着。
そう、私は入院している。
あの事故から1週間。
私の手にはぐるぐると包帯が巻かれ、指は完全に隠れてしまっている。
中は見たくない。
包帯が外れたところで、もう小指は無いからだ。
ラ・カンパネラはもう弾けない。
「カンナ」
聞きたくない。
あんたの声なんて聞きたくない。
「もう、二度と来ないで。」
「…カンナ話を聞いて。」
「あんたと一緒に居ると、不幸なことばっかり。これ以上私から何も奪わないで!」
あんたのせいじゃないのかもしれない。
でも、今はあんたのせいにしか思えない。
「そんな…」
弱弱しい声が聞こえるが、私に相手を気遣う余裕はない。
「出ていって。もう顔も見たくない。」
ゆっくり閉まる病室のカーテンから見えた顔は、とても寂しそうだった。
===========================
思い出したくもないあの日。
耳を離れない雷の音。
「そんな!どうして!姉さん!」
信じたくない。
「どうしよう都姉ちゃん!」
私だってわからない。
「怜、あんたが何かしたんじゃないの!?」
「私は何もしてない!」
どうして姉さんはいなくなってしまったの?
「とりあえず、泰成さんに連絡しないと…」
…泰成さんに?
「そんな。ダメよ。」
びっくりするほど冷たい声が出る。
「…都姉ちゃん?」
「怜、このことは2人だけの秘密よ。」
「え?」
「わかった?」
「でも」
「誰が信じると思うのこんなこと。」
「…」
「わかったわね?」
長い沈黙の後、うなずいた怜を見て、自分がとんでもないことをしてしまったのではないかと恐れ慄くのだった。
===========================
「…梓、俺は…」
近くの町からくねくねとした細道を進むこと40分。
もうあと2時間もすれば夕暮れ時だ。
毎日このバスで隣町まで帰る男性客1人と、初めて見る都会風の女性客が2人。
運転手がこのままあと30分隣町までノンストップかと思っていたところ、「ビーッ」とブザーの音が鳴ったため、不思議に思いながら、背もたれの板が既に外れてしまっているベンチの前で停車させた。
ここがバス停替わりなのだ。
山登りなどしそうもない女性たちが立ち上がったのを見て、つい、
「本当にここで降りるのかい?今日はこのバスが最後で、始発は11時20分まで来ないよ?」
と念を押した運転手だったが、
「大丈夫です。山荘の方からお招きを受けているので。」
と聞き「ああ、片見さんとこか。」と納得し、料金を受け取った。
プシュー、ギギギと音をたてながらドアが閉まり、バスはまたゆっくりと走り出す。
辺りには登山客御用達の小さな定食屋が1軒あるほかは民家が2-3軒あるだけだ。
登山客用の駐車場にはぽつらぽつらと車が停まっているが、ほとんどは帰り支度を始めているようだった。
「楽しみね。『黒見山魔女伝説』に関する資料なんて、もう出尽くした思ってたんだけど」
「編集長、好きそうなネタですよね。」
「とはいえ、今のままだと具体性に欠けるからなぁ。」
「なんでもいいんで奇跡の1つでも絵が押さえられれば良いですよね。」
「まあ、継続して追ってもいいし、せっかくお招きいただいたんだからガリっと調べましょ!」
「はい!」
バスから降りた女性たちは、ゆっくりと山を登り始めた。
===========================
今日の晩御飯は肉じゃが。
ベタかもしれないけれども恭ちゃんが一番好きな料理だ。
何で知ってるかって?
それは私が恭ちゃんの「婚約者」だから。
「陽子、ただいま~!」
あ、残念。ちょっと間に合わなかったようだ。
「お帰り恭ちゃん!」
スリッパをパタパタと鳴らしながら玄関まで彼を出迎えに行く。
お帰りのキスで充電したら、また調理再開だ。
「陽子、今日もおいしそうなにおいがする~!何作ってるの?お腹すいちゃったー!」
台所に向かう私を追い越す勢いでお鍋をのぞき込む彼は、えさを目の前にして「待て」をされているワンコのようでなんともかわいらしい。
「味見分取るからちょっと待ってて!」
お鍋から小鉢においもとお肉を乗せて
「はい、恭ちゃん、あーん。」
「おいしい!陽子は素晴らしい奥さんになれるね!」
ああもう、この一瞬がたまらなく幸せ!!!
ただ、大好きな恭ちゃんの家なのに、私はあまり長居をしたくない。
今日の肉じゃがも家で作って持ってきたのを温めていただけだ。
なぜかというと、
「あ、陽子、うしろむいちゃだめだよ。」
「え?」
「また、おばけ居るから。」
私の彼は霊感持ちで、この家は無害らしいけど幽霊がいるっぽいからだ。
===========================
クリーム色のカーテン。
ノリのきいた真っ白なシーツ。
薄桃色だけど飾り気のない院内着。
そう、私は入院している。
あの事故から1週間。
私の手にはぐるぐると包帯が巻かれ、指は完全に隠れてしまっている。
中は見たくない。
包帯が外れたところで、もう小指は無いからだ。
ラ・カンパネラはもう弾けない。
「カンナ」
聞きたくない。
あんたの声なんて聞きたくない。
「もう、二度と来ないで。」
「…カンナ話を聞いて。」
「あんたと一緒に居ると、不幸なことばっかり。これ以上私から何も奪わないで!」
あんたのせいじゃないのかもしれない。
でも、今はあんたのせいにしか思えない。
「そんな…」
弱弱しい声が聞こえるが、私に相手を気遣う余裕はない。
「出ていって。もう顔も見たくない。」
ゆっくり閉まる病室のカーテンから見えた顔は、とても寂しそうだった。
===========================
思い出したくもないあの日。
耳を離れない雷の音。
「そんな!どうして!姉さん!」
信じたくない。
「どうしよう都姉ちゃん!」
私だってわからない。
「怜、あんたが何かしたんじゃないの!?」
「私は何もしてない!」
どうして姉さんはいなくなってしまったの?
「とりあえず、泰成さんに連絡しないと…」
…泰成さんに?
「そんな。ダメよ。」
びっくりするほど冷たい声が出る。
「…都姉ちゃん?」
「怜、このことは2人だけの秘密よ。」
「え?」
「わかった?」
「でも」
「誰が信じると思うのこんなこと。」
「…」
「わかったわね?」
長い沈黙の後、うなずいた怜を見て、自分がとんでもないことをしてしまったのではないかと恐れ慄くのだった。
===========================
「…梓、俺は…」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる