黒見山の魔女が消えた日

片上尚

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序章・それぞれの物語

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「次は、黒見山登山道前、黒見山登山道前。」

近くの町からくねくねとした細道を進むこと40分。
もうあと2時間もすれば夕暮れ時だ。
毎日このバスで隣町まで帰る男性客1人と、初めて見る都会風の女性客が2人。
運転手がこのままあと30分隣町までノンストップかと思っていたところ、「ビーッ」とブザーの音が鳴ったため、不思議に思いながら、背もたれの板が既に外れてしまっているベンチの前で停車させた。
ここがバス停替わりなのだ。

山登りなどしそうもない女性たちが立ち上がったのを見て、つい、

「本当にここで降りるのかい?今日はこのバスが最後で、始発は11時20分まで来ないよ?」

と念を押した運転手だったが、

「大丈夫です。山荘の方からお招きを受けているので。」

と聞き「ああ、片見さんとこか。」と納得し、料金を受け取った。

プシュー、ギギギと音をたてながらドアが閉まり、バスはまたゆっくりと走り出す。
辺りには登山客御用達の小さな定食屋が1軒あるほかは民家が2-3軒あるだけだ。
登山客用の駐車場にはぽつらぽつらと車が停まっているが、ほとんどは帰り支度を始めているようだった。

「楽しみね。『黒見山魔女伝説』に関する資料なんて、もう出尽くした思ってたんだけど」
「編集長、好きそうなネタですよね。」
「とはいえ、今のままだと具体性に欠けるからなぁ。」
「なんでもいいんで奇跡の1つでも絵が押さえられれば良いですよね。」
「まあ、継続して追ってもいいし、せっかくお招きいただいたんだからガリっと調べましょ!」
「はい!」

バスから降りた女性たちは、ゆっくりと山を登り始めた。


===========================


今日の晩御飯は肉じゃが。
ベタかもしれないけれども恭ちゃんが一番好きな料理だ。
何で知ってるかって?
それは私が恭ちゃんの「婚約者」だから。

「陽子、ただいま~!」

あ、残念。ちょっと間に合わなかったようだ。

「お帰り恭ちゃん!」

スリッパをパタパタと鳴らしながら玄関まで彼を出迎えに行く。
お帰りのキスで充電したら、また調理再開だ。

「陽子、今日もおいしそうなにおいがする~!何作ってるの?お腹すいちゃったー!」

台所に向かう私を追い越す勢いでお鍋をのぞき込む彼は、えさを目の前にして「待て」をされているワンコのようでなんともかわいらしい。

「味見分取るからちょっと待ってて!」

お鍋から小鉢においもとお肉を乗せて

「はい、恭ちゃん、あーん。」
「おいしい!陽子は素晴らしい奥さんになれるね!」

ああもう、この一瞬がたまらなく幸せ!!!
ただ、大好きな恭ちゃんの家なのに、私はあまり長居をしたくない。
今日の肉じゃがも家で作って持ってきたのを温めていただけだ。
なぜかというと、

「あ、陽子、うしろむいちゃだめだよ。」
「え?」
「また、おばけ居るから。」

私の彼は霊感持ちで、この家は無害らしいけど幽霊がいるっぽいからだ。


===========================

クリーム色のカーテン。
ノリのきいた真っ白なシーツ。
薄桃色だけど飾り気のない院内着。
そう、私は入院している。

あの事故から1週間。
私の手にはぐるぐると包帯が巻かれ、指は完全に隠れてしまっている。
中は見たくない。
包帯が外れたところで、もう小指は無いからだ。
ラ・カンパネラはもう弾けない。

「カンナ」

聞きたくない。
あんたの声なんて聞きたくない。

「もう、二度と来ないで。」
「…カンナ話を聞いて。」
「あんたと一緒に居ると、不幸なことばっかり。これ以上私から何も奪わないで!」

あんたのせいじゃないのかもしれない。
でも、今はあんたのせいにしか思えない。

「そんな…」

弱弱しい声が聞こえるが、私に相手を気遣う余裕はない。

「出ていって。もう顔も見たくない。」

ゆっくり閉まる病室のカーテンから見えた顔は、とても寂しそうだった。


===========================

思い出したくもないあの日。
耳を離れない雷の音。

「そんな!どうして!姉さん!」

信じたくない。

「どうしよう都姉ちゃん!」

私だってわからない。

「怜、あんたが何かしたんじゃないの!?」
「私は何もしてない!」

どうして姉さんはいなくなってしまったの?

「とりあえず、泰成さんに連絡しないと…」

…泰成さんに?

「そんな。ダメよ。」

びっくりするほど冷たい声が出る。

「…都姉ちゃん?」
「怜、このことは2人だけの秘密よ。」
「え?」
「わかった?」
「でも」
「誰が信じると思うのこんなこと。」
「…」
「わかったわね?」

長い沈黙の後、うなずいた怜を見て、自分がとんでもないことをしてしまったのではないかと恐れ慄くのだった。


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「…梓、俺は…」



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