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第六話「氷の棘は溶けてゆく」
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適温に保たれた黄金色のスープは、適当に野菜くずを茹でた汁に塩をいくらか入れただけのそれとはなにもかもが違っている。
これが、食事。童話の中でしか読んだことのなかった、貴族に許された、晩餐。
「……っ、く……ぐすっ……」
そして、わたしが今の今まで食べてきたものがなんであったのかを思い知り──ただ、涙が止まらなかった。
泣き虫はうるさいからと、泣くのはみっともないからやめろと、頬を叩かれて教えられてきたから、人前では決して涙をこぼすまいとしていたのに、わたしは。
「……すまない、そこまで口に合わなかったのだろうか」
「……い、いえ……違います……! その……あ、あまりにも……あまりにも、美味しくて……っ……!」
首を傾げる辺境伯様に、わたしは身振り手振りを交えて必死に弁解する。
この食事が舌に合わないなんて、大それたことを言える人がこの世にいるのだろうか。
いや、いるはずがない。
「そうか……ならば好きなだけ飲むといい。給仕! コンソメを鍋ごと持て!」
「あ、あっ……お、お鍋ごとは、さすがに……!」
「む、そうか……ならば、冷めないうちに飲むといい。他にも様々な料理を用意させている。どうか、心ゆくまで楽しんでいただきたい。リリアーヌ嬢」
ふっ、と微笑みかけてくれた辺境伯様のお顔は、とても「氷」という評判からは程遠くて。
わたしは、またわけもわからないまま涙をこぼしてしまう。
名前も知らないあたたかさが、それこそ、わたしの心に刺さった氷の棘を静かに溶かしていくような感覚を抱きながら。
◇◆◇
「まさか、少しだけしか食べられなかったとは……すまない、君がそこまで食が細かったとは思わなかった」
「いえ、そんな……それどころか、生まれて初めてあんなに美味しい料理を食べられて、わたし……」
食事と湯浴みを終え、寝巻きに着替えさせてもらったわたしは、辺境伯様にエスコートされながら、胃がもたれたお腹を抱えて歩いていた。
辺境伯様が言う通り、わたしは出されたフルコースを全部食べ切れなかったくらいに胃が弱っていて、自分がいかにまともな食事をしてこなかったのかを痛感する。
出されたものを残してしまうなんて、はしたない。ただただ落ち込んで肩を落とすばかりだ。
「そうか……だが、次からは君に合わせた量を出すよう、給仕たちには言っておいた。先ほども言った通りだが、少しずつ慣れていけばいい」
「……ありがとうございます、辺境伯様」
寝巻きの裾を摘んで一礼する。
寝巻きなんてものを着たのも人生で初めてで、ヴィーンゴールドの家にいた頃のわたしは大概、ボロボロのドレスを着たまま眠りについていたのを思い出す。
それと比べるのも失礼なくらいに、薄桃色に染められ、フリルがあしらわれたこの寝巻きは美しくて、なんだか寝床に入るというのに着飾っているみたいだと、そう思って気が引けてしまうくらいだった。
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この食事が舌に合わないなんて、大それたことを言える人がこの世にいるのだろうか。
いや、いるはずがない。
「そうか……ならば好きなだけ飲むといい。給仕! コンソメを鍋ごと持て!」
「あ、あっ……お、お鍋ごとは、さすがに……!」
「む、そうか……ならば、冷めないうちに飲むといい。他にも様々な料理を用意させている。どうか、心ゆくまで楽しんでいただきたい。リリアーヌ嬢」
ふっ、と微笑みかけてくれた辺境伯様のお顔は、とても「氷」という評判からは程遠くて。
わたしは、またわけもわからないまま涙をこぼしてしまう。
名前も知らないあたたかさが、それこそ、わたしの心に刺さった氷の棘を静かに溶かしていくような感覚を抱きながら。
◇◆◇
「まさか、少しだけしか食べられなかったとは……すまない、君がそこまで食が細かったとは思わなかった」
「いえ、そんな……それどころか、生まれて初めてあんなに美味しい料理を食べられて、わたし……」
食事と湯浴みを終え、寝巻きに着替えさせてもらったわたしは、辺境伯様にエスコートされながら、胃がもたれたお腹を抱えて歩いていた。
辺境伯様が言う通り、わたしは出されたフルコースを全部食べ切れなかったくらいに胃が弱っていて、自分がいかにまともな食事をしてこなかったのかを痛感する。
出されたものを残してしまうなんて、はしたない。ただただ落ち込んで肩を落とすばかりだ。
「そうか……だが、次からは君に合わせた量を出すよう、給仕たちには言っておいた。先ほども言った通りだが、少しずつ慣れていけばいい」
「……ありがとうございます、辺境伯様」
寝巻きの裾を摘んで一礼する。
寝巻きなんてものを着たのも人生で初めてで、ヴィーンゴールドの家にいた頃のわたしは大概、ボロボロのドレスを着たまま眠りについていたのを思い出す。
それと比べるのも失礼なくらいに、薄桃色に染められ、フリルがあしらわれたこの寝巻きは美しくて、なんだか寝床に入るというのに着飾っているみたいだと、そう思って気が引けてしまうくらいだった。
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