上 下
59 / 83

第29話 ①

しおりを挟む
「ならば、俺の屋敷の温室を使えば良い。アンの温室のような術式はないが、ヘルムフリートに頼めば大丈夫だろう」

 王女様の婚儀の花が足りなくて困っていた私に、ジルさんが救いの手を差し伸べてくれた。

「ほ、本当ですか……? 本当に温室を使わせて貰えるんですか……?」

「うむ。どの花を植えれば良いのか指示してくれれば、屋敷の庭師たちが花の面倒を見てくれるだろう。ただ、アンにも時々来て貰う必要があるが」

「もちろんです! あ、植えるところは自分でやりますから、時々様子を見ていただけたら助かります!」

 花の面倒まで見て貰えると言う、とても有難い申し出に、ジルさんはもしかして神の御使いなんじゃないかと真剣に思う。

「……ああ、その場合、花に与える水はアンの魔法で作るのが良いと思う。大量に必要だと思うが、魔力は大丈夫だろうか」

「そうですね……この温室の10倍程の敷地に与えるぐらいなら大丈夫だと思いますけど……足りませんか?」

「……む。それは凄いな。いや、そこまで広くないから十分だろう」

 そうして、私は近日中にジルさんのお屋敷にお邪魔することになった。
 婚儀までまだ半年以上あるけれど、環境が変わるのでここの温室のように花が育つかわからない。だから早めに検証する必要があるのだ。

(ジルさんのお屋敷……。伯爵様のお屋敷で免疫が付いただろうし、きっと無様な姿は見せない、はず……!)

 平民の私がお貴族様のお屋敷を尋ねることになるなんて……。半年前の自分だったら思いもしなかっただろう。

「では、次の水の日はどうだろうか? もし良ければ食事も一緒にできたら嬉しいのだが」

「えっ?! しょ、食事ですかっ?! いや、お世話になるのは私の方なのに、そんな…………っ! あ、はい! 是非!」

 ジルさんの申し出に、流石に申し訳なくて断ろうとした私がくるっと手のひらを返したのは、またジルさんがしょんぼりしそうだったからだ。

「あ、でもすみません。次の水の日はすでに約束があって……。その次の水の日でも良いですか?」

 次の水の日はヴェルナーさんのお姉様方に、プレッツヒェンを作って持っていく約束をしているのだ。

「うむ、構わない。ではその日を楽しみにしている」

 ジルさんがにっこりと微笑んだ。その笑顔を更に引き立てるようなキラキラのオプション付きだ。背景の花畑との相乗効果が凄まじい。

「……っ、はい! こちらこそ有難うございます! 私も楽しみにしています!」

 クロイターティを飲み終えたジルさんは、今から騎士団の詰め所に戻るのだという。何やら騎士団を動員して解決しなければならない事案があるようだ。

 そんなに忙しいジルさんが、わざわざ私に会いに来てくれたことが申し訳ないと思いつつ、嬉しいと思っているのもまた事実で。

(私もジルさんに何かプレゼントを贈りたいな……)

 温室を使わせて貰うお礼に、手作りプレッツヒェンは流石に無理があるので、食べ物じゃない何かを贈りたい。

 ジルさんと次の約束をした私は、その日までに何を贈るか決めようと思いながら、ジルさんが住んでいるのはどんなお屋敷だろう、と暢気に考えていた。




 * * * * * *




 婚約式の準備で忙しくしている内に、あっという間に水の日になった。
 今日はディーステル伯爵家にお邪魔して、お姉様方とお茶をするのだ。

 私は朝から頑張って、約束していた大量のプレッツヒェンを用意した。
 プレーンのものからクラテールが入ったものを数種類焼いたので、飽きないとは思うけれど、やりすぎ感が半端ない。

(まあ、足りないよりは良いよね! 余ったら使用人さんたちにお裾分け出来るし!)

 私は自分にそう言い聞かせ、嫌がらせかと思われそうな量のプレッツヒェンを持って、ディーステル伯爵家へ向かう。
 ちなみにお姉様方が馬車を手配してくれたのか、私が外に出たら御者さんが待っていてくれたので、ご厚意に甘えさせて貰っている。

「アンさん! お待ちしておりましたわ!」

 ディーステル伯爵家に到着すると、フィーネちゃんが玄関前で出迎えてくれた。

「もしかして、ずっと待ってくれていたの?」

「えっ?! そ、そんなことありませんわ! 今来たばかりですわ!」

 フィーネちゃんの視線があちこちを彷徨っている。大人びていても、こういうところがとても可愛らしいと思う。

「外はまだまだ寒いし、風邪を引いちゃうから中で待っていて欲しいな。フィーネちゃんにはいつも元気でいて貰わないと。フィーネちゃんの笑顔にお客さんも癒やされているんだから」

「っ?! そ、そうですわ! 風邪を引いたらお手伝いできませんわ! わたくし気を付けますわ!」

 素直で可愛いフィーネちゃんは、お店のマスコット的存在だ。年配のお客さんからは当然のように可愛がられている。もちろん、ロルフさんもその一人だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...