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第12話 ②
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「……む。これはすごいな」
「うわぁ……。店の裏にこんな大きな温室があるなんて思わなかったよ」
ガラスの天井から降り注ぐ光が花畑を照らし、鮮やかな色の花々が咲き誇る光景は幻想的だ。この光景が好きだから、私はこの場所から離れたくなかったのだ。
「アンさん、色々見せて貰っても構わないかな?」
好奇心が刺激されたのだろう、ヘルムフリートさんが興奮気味に聞いてきた。
「はい、どうぞ自由にご覧ください。私はお茶を用意してきますね」
「む。手伝おう」
「いえいえ! 良ければジルさんもゆっくり見て行って下さい。あ、あちら側に鉢植えも置いていますよ」
ジルさんからの申し出をやんわりと断った私は、お茶の用意をしにキッチンへと向かう。
お湯を沸かしている間に買い物の荷物を片付けて、お茶菓子のプレッツヒェンを用意する。
トレーにカップを載せ、温室へ向かおうとした私のもとへ、ヘルムフリートさんが慌てて駆け込んできた。
「ちょ、ちょっとアンさん!! あの花は一体どうしたの?!」
「え? え??」
何のことかわからない私に、ヘルムフリートさんが「取り敢えずこっちに来てくれる?」と、私の手を取って温室へと急ぐ。
私が連れて行かれたのは鉢物が置いてある区画で、そこにはジルさんがいた。
ジルさんはこちらに顔を向けると、私達を見て顔をしかめる。
(あれ? 何かジルさん怒ってる……?)
ジルさんが立っていた場所は、マイグレックヒェンの鉢の前だった。
「アンさん、この花ってマイグレックヒェンだよね?」
「あ、はい、そうですけど」
「どうして蕾の色が違うの? この花は本来紫色だったはずだよね?」
「えっと、私もそう思っていたんですけど、何故か白い花が咲いてしまって……」
「え、白……?!」
ヘルムフリートさんがものすごく驚いている。っていうか、ヘルムフリートさんもマイグレックヒェンを知っていたことに私も驚いた。
(北の方の花だし、この国では知っている人は少ないのに)
「アンさんお願いがあるんだ!! この花を僕に譲ってくれないかな?! 言い値を払うよ!!」
「えっ!? 言い値って……! あ、でも、この花には毒がありますよ?!」
マイグレックヒェンには花にも葉にも茎にも全てに毒があるから、そのまま渡しても良いかどうか迷ってしまう。
「それがね、どうやらこの白いマイグレックヒェンには毒がないみたいなんだ」
「えっ?!」
私がキッチンに行った後、花畑の方を見ていたヘルムフリートさんが、何かを見ているジルさんに気付き近寄ってみると、白いマイグレックヒェンが置いていてすごく驚いたのだそうだ。
「思わず手で直に触ってしまったんだけど、身体防御の術式が発動しなかったんだよ」
魔術師団長であるヘルムフリートさんは、自己防衛のために常時いくつかの術式で自分の体を守っているのだと教えてくれた。
その術式の中には危険なものに触れると自動で発動するものもあるらしい。
「それが発動しなかったってことは、この花には毒がないということになるんだ」
更にヘルムフリートさんは「食事中に突然術式が発動する時があって驚くけどね」、と恐ろしいことをサラリと笑顔で言った。
……どうやら陰謀渦巻くドロドロの愛憎劇が王宮で繰り広げられているらしい。
「毒がないのなら、お譲りするのは構いませんけど」
「本当?! 有難う!! 色々説明したいところなんだけど、急いで戻らなきゃいけないんだ!! 僕はこれで失礼するよ! あ、ジギスヴァルト! 悪いけど馬車を借りるね!」
余程急いでいたのだろう、ヘルムフリートさんは言うだけ言うと、マイグレックヒェンの鉢を抱えて温室から出ていってしまった。
「…………」
「…………」
あっという間の出来事に、思わずポカーンとするけれど、私は残されて困惑しているであろうジルさんに問い掛ける。
「……あの、よければお茶を如何ですか?」
「いただこう」
誘いに乗ってくれたジルさんにほっとしつつ、私は気を取り直してお茶の準備をするのだった。
* * * * * *
❀名前解説❀
プレッツヒェン→クッキー
「うわぁ……。店の裏にこんな大きな温室があるなんて思わなかったよ」
ガラスの天井から降り注ぐ光が花畑を照らし、鮮やかな色の花々が咲き誇る光景は幻想的だ。この光景が好きだから、私はこの場所から離れたくなかったのだ。
「アンさん、色々見せて貰っても構わないかな?」
好奇心が刺激されたのだろう、ヘルムフリートさんが興奮気味に聞いてきた。
「はい、どうぞ自由にご覧ください。私はお茶を用意してきますね」
「む。手伝おう」
「いえいえ! 良ければジルさんもゆっくり見て行って下さい。あ、あちら側に鉢植えも置いていますよ」
ジルさんからの申し出をやんわりと断った私は、お茶の用意をしにキッチンへと向かう。
お湯を沸かしている間に買い物の荷物を片付けて、お茶菓子のプレッツヒェンを用意する。
トレーにカップを載せ、温室へ向かおうとした私のもとへ、ヘルムフリートさんが慌てて駆け込んできた。
「ちょ、ちょっとアンさん!! あの花は一体どうしたの?!」
「え? え??」
何のことかわからない私に、ヘルムフリートさんが「取り敢えずこっちに来てくれる?」と、私の手を取って温室へと急ぐ。
私が連れて行かれたのは鉢物が置いてある区画で、そこにはジルさんがいた。
ジルさんはこちらに顔を向けると、私達を見て顔をしかめる。
(あれ? 何かジルさん怒ってる……?)
ジルさんが立っていた場所は、マイグレックヒェンの鉢の前だった。
「アンさん、この花ってマイグレックヒェンだよね?」
「あ、はい、そうですけど」
「どうして蕾の色が違うの? この花は本来紫色だったはずだよね?」
「えっと、私もそう思っていたんですけど、何故か白い花が咲いてしまって……」
「え、白……?!」
ヘルムフリートさんがものすごく驚いている。っていうか、ヘルムフリートさんもマイグレックヒェンを知っていたことに私も驚いた。
(北の方の花だし、この国では知っている人は少ないのに)
「アンさんお願いがあるんだ!! この花を僕に譲ってくれないかな?! 言い値を払うよ!!」
「えっ!? 言い値って……! あ、でも、この花には毒がありますよ?!」
マイグレックヒェンには花にも葉にも茎にも全てに毒があるから、そのまま渡しても良いかどうか迷ってしまう。
「それがね、どうやらこの白いマイグレックヒェンには毒がないみたいなんだ」
「えっ?!」
私がキッチンに行った後、花畑の方を見ていたヘルムフリートさんが、何かを見ているジルさんに気付き近寄ってみると、白いマイグレックヒェンが置いていてすごく驚いたのだそうだ。
「思わず手で直に触ってしまったんだけど、身体防御の術式が発動しなかったんだよ」
魔術師団長であるヘルムフリートさんは、自己防衛のために常時いくつかの術式で自分の体を守っているのだと教えてくれた。
その術式の中には危険なものに触れると自動で発動するものもあるらしい。
「それが発動しなかったってことは、この花には毒がないということになるんだ」
更にヘルムフリートさんは「食事中に突然術式が発動する時があって驚くけどね」、と恐ろしいことをサラリと笑顔で言った。
……どうやら陰謀渦巻くドロドロの愛憎劇が王宮で繰り広げられているらしい。
「毒がないのなら、お譲りするのは構いませんけど」
「本当?! 有難う!! 色々説明したいところなんだけど、急いで戻らなきゃいけないんだ!! 僕はこれで失礼するよ! あ、ジギスヴァルト! 悪いけど馬車を借りるね!」
余程急いでいたのだろう、ヘルムフリートさんは言うだけ言うと、マイグレックヒェンの鉢を抱えて温室から出ていってしまった。
「…………」
「…………」
あっという間の出来事に、思わずポカーンとするけれど、私は残されて困惑しているであろうジルさんに問い掛ける。
「……あの、よければお茶を如何ですか?」
「いただこう」
誘いに乗ってくれたジルさんにほっとしつつ、私は気を取り直してお茶の準備をするのだった。
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❀名前解説❀
プレッツヒェン→クッキー
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