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番外編
ソリヤの聖女03
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三年ぶりに訪れた孤児院は、記憶よりも小ぢんまりとしていた。
いつもは子どもたちの賑やかな笑い声がしていた遊び場も、今は誰もおらずしん、と静まり返っている。
静かな孤児院に寂しさを感じつつ、門をくぐり玄関に立ったクルトは、懐かしい、古い扉を数回ノックした。
しばらくして人の気配がしたかと思うと、若い男性がひょっこりと顔を出す。
扉を開ければ、鮮やかな赤い髪の少女が現れるのではないか、と期待したクルトだったが、残念ながら期待は外れてしまったらしい。
「貴方がクルト・ベルクヴァイン様ですね。私はヴィクトルと申します」
ヴィクトルと名乗る見知らぬ男を見て、クルトは新しい司祭か、と思う。
「臨時のお手伝いではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。さあ、どうぞこちらへ」
ヴィクトルと名乗る青年はただのお手伝いで、司祭は別にいるらしい。
そんな説明をされながらクルトが案内されたのは、小さな神殿だった。
この辺境の地ソリヤにある神殿はかなり古いものの、手入れが行き届いており、長い間街の人々に大切にされていた場所だということがよくわかる。
クルトは古びた小さい神殿を見て、昔よくここで師匠に説教されたな、と懐かしく思う。
神殿の扉を開くと、祭壇の前のベンチに懐かしい人の姿があった。
「おう、よく来たな。随分デカくなってんじゃねーか」
クルトに声を掛けた人物は、白い長い髪を一つに纏めている、切長な紫色の瞳をした美丈夫だ。その容姿と言葉遣いは相変わらずで、三年前に見た姿と何一つ変わっていない。
「師匠、お久しぶりです」
「元気そうだな。お前の活躍は聞いてるぞ? ヴァルトがよく自慢してくるんだよな」
クルトの父ヴァルトと、師匠──今はサロライネン王国の騎士団長を務めるシュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルトは未だに交流があるらしい。
クルトとシスが話していると、バタバタとにぎやかな音が外から聞こえてきた。
「司祭様っ!! サラはっ?!」
「サラが婚約したって本当?!」
神殿に慌てた様子で飛び込んできたのは、ラミロとカミロの二人だった。
「双子も相変わらず元気そうじゃねぇか。こうして久しぶりに会うと、俺も年食ったなぁって実感するわ」
「司祭様は全然変わってないじゃん!!」
「それよりどうなのっ?! 本当に婚約したのっ?!」
「師匠、俺も教えて欲しい。サラは本当に王太子と結婚するのか?」
ラミロとカミロ、そしてクルトの真剣な様子に、シスは観念したかのように頷いた。
「ああ、本当だ。サラがそれを望んだからな」
孤児院出身の三人は、サラらしき少女がサロライネン王国の王太子と婚約した、という情報を得て、急いでシスに連絡を入れたのだ。
司祭だったシスが一国の騎士団長を務めることになったと聞いた時も大概驚いたが、それぞれが「まあ、師匠だし」「司祭様ならありえるよね」と納得していた。
だが、何故孤児院を手伝っていた平民の少女が、王太子と婚約することになるのかがわからなかったのだ。
確かにサラは目を見張るような美少女で、孤児とは思えない気品もある。どこかの貴族の落し胤なのでは? と誰もが思っていたほどだ。
だから噂を聞いた時は何かの間違いだと、勘違いであって欲しいと願っていた三人だったが、シスの口から改めてサラの婚約を告げられると、奈落の底に突き落とされたかのように、目の前が真っ暗になる。
「何で……っ! 何があったらそんなことになるのさ!」
「もしかしてチビたちを人質に取られたんじゃ……!」
「それはない。むしろ殿下にはたくさん助けられているからな」
シスは国家事業として児童養護施設の運営を始めたことを説明した。
そして自分の落ち度で神殿本部に軟禁されたこと、領主とテオが企んで孤児院に助成金を渡さなかったこと、神殿がサラを拉致しようとしたこと──。
どの話も三人は初耳で、サラが必死に孤児院を守ろうと孤軍奮闘していたと知り、酷くショックを受ける。
「そんなサラに手を差し伸べてくれたのがエデルトルート殿下だ。しかも殿下は見返りを求めることなく助けてくれたらしい。そりゃいくら恋愛に疎いサラでも惚れるわな」
自分だってそんなサラの状況を知っていれば、何を置いてでも助けに行っていただろう。
だけど自分の目的を果たすために必死になっていて、サラやシスの状況を知ろうとしなかったのもまた事実なのだ。
それに目的を果たすまではサラには会わないと、変な意地を張っていたのも自分自身だ。
きっとサラなら大丈夫だろうと勝手に思い込んでいた。自分の気持ちばかり優先して、彼女のことをちゃんと考えていなかった。
まだ成人したばかりの少女が、たった一人で十人もの子供たちを守り、育てなければならない重責がどれほどのものか──自分には想像もつかない。
サラはしっかり者だから、シスがいるからと人任せにして、最悪の状況を考えなかった自分の未熟さに、強い恥と自責の念が湧いてくる。
──何よりもショックなのは、サラ自身が結婚を望んだという事実だ。
きっとシスが騎士団長になったのも、そんなサラを後押しするためだったのだろう。それはシスも王太子の人柄を認めたということに他ならない。
サラの結婚を知り、ショックを受けている三人を見たシスは、どう言うべきか悩む。
三人が本気でサラを想い、努力しているのを知っている分、本人たちの気持ちが痛いほど理解できるのだ。
だから生半可な慰めの言葉をかけるつもりはないし、そんなものは彼らも望んでいないだろう。
彼らが心から望むのは、可愛い孫娘──サラ唯一人だけなのだから。
(サラも罪だよな……ちょっとでもコイツラの気持ちに気付いていれば……)
サラはいつも孤児院の子どもたちに心を砕いていた。何をするのにも子どもたちが優先で、自分のことはいつも後回しだった。
しかもサラの自己評価は何故かすこぶる低い。自分には全く魅力がないと思いこんでいたぐらいなのだ。
そんな自分に無頓着なサラが、まさか王子を──エデルトルートを好きになるとは、流石のシスも予想だにしていなかった。
神殿本部で再会した時の、エルに対するサラの態度には随分驚かされたものである。
しかし、今まで何も欲しがらなかった孫娘が、初めて自分からエデルトルートを欲したのだ。大事な大事な孫娘の為なら、使えるものは何でも使って応援するのが祖父の務めだと、シスは考えている。
──だから自分がサラを後押ししたことに、後悔は一切ない。
「お前ら、サラに会いに行くか?」
だからといって、この三人も自分にとって可愛い子供たちだ。流石にこのまま放って置くことは出来ないし、これから先に進むためにも、自分の気持ちにケリを付けさせる必要がある。
「……え? サラに……?」
「そりゃ会いたいけど、でも……」
「…………俺は行く。けど、会わない。サラの姿を見れたらそれでいい」
シスの提案に双子たちは戸惑い、クルトは少し考えたものの、サラの様子を見に行くことにしたようだ。
クルトが行くと言うと、双子たちも覚悟を決めたらしく「僕たちも行くよ」とクルトに同調した。
「よし、じゃあサラにバレないようにこっそり覗きに行くか!」
言い方が少し気になるが、シスに促された三人はサラがいる王宮へ向かう。
馬車を使うと三日は掛かる距離も、クルトの風魔法であっという間に到着することが出来た。
ちなみにラミロは火属性、カミロは土属性なので、高速で移動する手段は持っていない。
王宮の裏にある森に到着した三人は、シスに案内されて離宮の裏手にやってきた。
三人が建物の影から様子を窺うと、丁度子供たちが遊びに飛び出したところだった。
きゃっきゃと明るく笑う子供たちの笑顔を見た三人は、子供たちが健やかに生活しているとわかり安堵する。
三年前はまだ赤ん坊だった子が走り回っていたり、やんちゃだった子が年長になって小さい子供と遊んでいる姿に、三人の心の奥から懐かしさが込み上げてくる。
「ほーら、皆んなー! ちゃんと並んでー!」
子供たちを見て和んでいると、懐かしい、愛おしい声が聞こえ、ドキッと心臓が跳ねる。
速くなる鼓動を抑えながら見続けると、鮮やかな赤い髪の少女が現れた。
(──サラ……っ!!)
孤児院から出てから三年間、片時も忘れたことがない少女の姿に、胸の中で燻っていた想いが再び熱を持ち、熱く滾っていくのを自覚する。
子供たちに向けるサラの笑顔は、何度も繰り返し思い出した笑顔と寸分も違わない。綺麗な緑色の瞳は慈悲深く、優しい光を湛えている。
それはまさにラミロとカミロが、クルトが心から欲した”ソリヤの聖女”の姿で。
サラとは会わないと、姿だけ見て帰るつもりだったのに、どんどん想いが膨れ上がり、その瞳に自分と映して欲しいと、そうして微笑んで欲しいと願ってしまう。
今ここで、もし自分がサラに声を掛けたら……と考えていると、子供たちの歓声が聞こえて我に返る。
「あー! 王子さまー!!」
「わぁっ!! 先生だー!!」
「先生こんにちは!!」
子供たちが見ている方に視線を動かすと、この国の王太子エデルトルートが離宮に姿を現した。
「──エルっ!!」
サラがエデルトルートの姿を見て、彼の愛称を口にする。
──その瞬間、クルトは強烈な衝撃を受け、頭の中が真っ白になった。
エデルトルートを見つめるサラの瞳は、今までクルトが見たことがない、初めて見る色だったのだ。
双子たちも同じように衝撃を受けたようで、二人の息を呑む音が聞こえてくる。
サラがエデルトルートに向ける笑顔は華やかで、彼に対する愛情が全身から溢れていた。
その笑顔を見るだけで、彼女がどれだけエデルトルートを好きなのか伝わって来る。
今まで自分たちに向けられていた笑顔には、確かに愛が籠もっていた。だけどそれは家族に向ける愛と同じもので……。
エデルトルートに向ける笑顔との明らかな違いに、クルトの胸がきつく締め付けられる。
結局、クルトたちはサラに声を掛けられないまま、その場を後にしたのだった。
いつもは子どもたちの賑やかな笑い声がしていた遊び場も、今は誰もおらずしん、と静まり返っている。
静かな孤児院に寂しさを感じつつ、門をくぐり玄関に立ったクルトは、懐かしい、古い扉を数回ノックした。
しばらくして人の気配がしたかと思うと、若い男性がひょっこりと顔を出す。
扉を開ければ、鮮やかな赤い髪の少女が現れるのではないか、と期待したクルトだったが、残念ながら期待は外れてしまったらしい。
「貴方がクルト・ベルクヴァイン様ですね。私はヴィクトルと申します」
ヴィクトルと名乗る見知らぬ男を見て、クルトは新しい司祭か、と思う。
「臨時のお手伝いではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。さあ、どうぞこちらへ」
ヴィクトルと名乗る青年はただのお手伝いで、司祭は別にいるらしい。
そんな説明をされながらクルトが案内されたのは、小さな神殿だった。
この辺境の地ソリヤにある神殿はかなり古いものの、手入れが行き届いており、長い間街の人々に大切にされていた場所だということがよくわかる。
クルトは古びた小さい神殿を見て、昔よくここで師匠に説教されたな、と懐かしく思う。
神殿の扉を開くと、祭壇の前のベンチに懐かしい人の姿があった。
「おう、よく来たな。随分デカくなってんじゃねーか」
クルトに声を掛けた人物は、白い長い髪を一つに纏めている、切長な紫色の瞳をした美丈夫だ。その容姿と言葉遣いは相変わらずで、三年前に見た姿と何一つ変わっていない。
「師匠、お久しぶりです」
「元気そうだな。お前の活躍は聞いてるぞ? ヴァルトがよく自慢してくるんだよな」
クルトの父ヴァルトと、師匠──今はサロライネン王国の騎士団長を務めるシュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルトは未だに交流があるらしい。
クルトとシスが話していると、バタバタとにぎやかな音が外から聞こえてきた。
「司祭様っ!! サラはっ?!」
「サラが婚約したって本当?!」
神殿に慌てた様子で飛び込んできたのは、ラミロとカミロの二人だった。
「双子も相変わらず元気そうじゃねぇか。こうして久しぶりに会うと、俺も年食ったなぁって実感するわ」
「司祭様は全然変わってないじゃん!!」
「それよりどうなのっ?! 本当に婚約したのっ?!」
「師匠、俺も教えて欲しい。サラは本当に王太子と結婚するのか?」
ラミロとカミロ、そしてクルトの真剣な様子に、シスは観念したかのように頷いた。
「ああ、本当だ。サラがそれを望んだからな」
孤児院出身の三人は、サラらしき少女がサロライネン王国の王太子と婚約した、という情報を得て、急いでシスに連絡を入れたのだ。
司祭だったシスが一国の騎士団長を務めることになったと聞いた時も大概驚いたが、それぞれが「まあ、師匠だし」「司祭様ならありえるよね」と納得していた。
だが、何故孤児院を手伝っていた平民の少女が、王太子と婚約することになるのかがわからなかったのだ。
確かにサラは目を見張るような美少女で、孤児とは思えない気品もある。どこかの貴族の落し胤なのでは? と誰もが思っていたほどだ。
だから噂を聞いた時は何かの間違いだと、勘違いであって欲しいと願っていた三人だったが、シスの口から改めてサラの婚約を告げられると、奈落の底に突き落とされたかのように、目の前が真っ暗になる。
「何で……っ! 何があったらそんなことになるのさ!」
「もしかしてチビたちを人質に取られたんじゃ……!」
「それはない。むしろ殿下にはたくさん助けられているからな」
シスは国家事業として児童養護施設の運営を始めたことを説明した。
そして自分の落ち度で神殿本部に軟禁されたこと、領主とテオが企んで孤児院に助成金を渡さなかったこと、神殿がサラを拉致しようとしたこと──。
どの話も三人は初耳で、サラが必死に孤児院を守ろうと孤軍奮闘していたと知り、酷くショックを受ける。
「そんなサラに手を差し伸べてくれたのがエデルトルート殿下だ。しかも殿下は見返りを求めることなく助けてくれたらしい。そりゃいくら恋愛に疎いサラでも惚れるわな」
自分だってそんなサラの状況を知っていれば、何を置いてでも助けに行っていただろう。
だけど自分の目的を果たすために必死になっていて、サラやシスの状況を知ろうとしなかったのもまた事実なのだ。
それに目的を果たすまではサラには会わないと、変な意地を張っていたのも自分自身だ。
きっとサラなら大丈夫だろうと勝手に思い込んでいた。自分の気持ちばかり優先して、彼女のことをちゃんと考えていなかった。
まだ成人したばかりの少女が、たった一人で十人もの子供たちを守り、育てなければならない重責がどれほどのものか──自分には想像もつかない。
サラはしっかり者だから、シスがいるからと人任せにして、最悪の状況を考えなかった自分の未熟さに、強い恥と自責の念が湧いてくる。
──何よりもショックなのは、サラ自身が結婚を望んだという事実だ。
きっとシスが騎士団長になったのも、そんなサラを後押しするためだったのだろう。それはシスも王太子の人柄を認めたということに他ならない。
サラの結婚を知り、ショックを受けている三人を見たシスは、どう言うべきか悩む。
三人が本気でサラを想い、努力しているのを知っている分、本人たちの気持ちが痛いほど理解できるのだ。
だから生半可な慰めの言葉をかけるつもりはないし、そんなものは彼らも望んでいないだろう。
彼らが心から望むのは、可愛い孫娘──サラ唯一人だけなのだから。
(サラも罪だよな……ちょっとでもコイツラの気持ちに気付いていれば……)
サラはいつも孤児院の子どもたちに心を砕いていた。何をするのにも子どもたちが優先で、自分のことはいつも後回しだった。
しかもサラの自己評価は何故かすこぶる低い。自分には全く魅力がないと思いこんでいたぐらいなのだ。
そんな自分に無頓着なサラが、まさか王子を──エデルトルートを好きになるとは、流石のシスも予想だにしていなかった。
神殿本部で再会した時の、エルに対するサラの態度には随分驚かされたものである。
しかし、今まで何も欲しがらなかった孫娘が、初めて自分からエデルトルートを欲したのだ。大事な大事な孫娘の為なら、使えるものは何でも使って応援するのが祖父の務めだと、シスは考えている。
──だから自分がサラを後押ししたことに、後悔は一切ない。
「お前ら、サラに会いに行くか?」
だからといって、この三人も自分にとって可愛い子供たちだ。流石にこのまま放って置くことは出来ないし、これから先に進むためにも、自分の気持ちにケリを付けさせる必要がある。
「……え? サラに……?」
「そりゃ会いたいけど、でも……」
「…………俺は行く。けど、会わない。サラの姿を見れたらそれでいい」
シスの提案に双子たちは戸惑い、クルトは少し考えたものの、サラの様子を見に行くことにしたようだ。
クルトが行くと言うと、双子たちも覚悟を決めたらしく「僕たちも行くよ」とクルトに同調した。
「よし、じゃあサラにバレないようにこっそり覗きに行くか!」
言い方が少し気になるが、シスに促された三人はサラがいる王宮へ向かう。
馬車を使うと三日は掛かる距離も、クルトの風魔法であっという間に到着することが出来た。
ちなみにラミロは火属性、カミロは土属性なので、高速で移動する手段は持っていない。
王宮の裏にある森に到着した三人は、シスに案内されて離宮の裏手にやってきた。
三人が建物の影から様子を窺うと、丁度子供たちが遊びに飛び出したところだった。
きゃっきゃと明るく笑う子供たちの笑顔を見た三人は、子供たちが健やかに生活しているとわかり安堵する。
三年前はまだ赤ん坊だった子が走り回っていたり、やんちゃだった子が年長になって小さい子供と遊んでいる姿に、三人の心の奥から懐かしさが込み上げてくる。
「ほーら、皆んなー! ちゃんと並んでー!」
子供たちを見て和んでいると、懐かしい、愛おしい声が聞こえ、ドキッと心臓が跳ねる。
速くなる鼓動を抑えながら見続けると、鮮やかな赤い髪の少女が現れた。
(──サラ……っ!!)
孤児院から出てから三年間、片時も忘れたことがない少女の姿に、胸の中で燻っていた想いが再び熱を持ち、熱く滾っていくのを自覚する。
子供たちに向けるサラの笑顔は、何度も繰り返し思い出した笑顔と寸分も違わない。綺麗な緑色の瞳は慈悲深く、優しい光を湛えている。
それはまさにラミロとカミロが、クルトが心から欲した”ソリヤの聖女”の姿で。
サラとは会わないと、姿だけ見て帰るつもりだったのに、どんどん想いが膨れ上がり、その瞳に自分と映して欲しいと、そうして微笑んで欲しいと願ってしまう。
今ここで、もし自分がサラに声を掛けたら……と考えていると、子供たちの歓声が聞こえて我に返る。
「あー! 王子さまー!!」
「わぁっ!! 先生だー!!」
「先生こんにちは!!」
子供たちが見ている方に視線を動かすと、この国の王太子エデルトルートが離宮に姿を現した。
「──エルっ!!」
サラがエデルトルートの姿を見て、彼の愛称を口にする。
──その瞬間、クルトは強烈な衝撃を受け、頭の中が真っ白になった。
エデルトルートを見つめるサラの瞳は、今までクルトが見たことがない、初めて見る色だったのだ。
双子たちも同じように衝撃を受けたようで、二人の息を呑む音が聞こえてくる。
サラがエデルトルートに向ける笑顔は華やかで、彼に対する愛情が全身から溢れていた。
その笑顔を見るだけで、彼女がどれだけエデルトルートを好きなのか伝わって来る。
今まで自分たちに向けられていた笑顔には、確かに愛が籠もっていた。だけどそれは家族に向ける愛と同じもので……。
エデルトルートに向ける笑顔との明らかな違いに、クルトの胸がきつく締め付けられる。
結局、クルトたちはサラに声を掛けられないまま、その場を後にしたのだった。
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