上 下
41 / 71

第41話 会議室1

しおりを挟む
 サロライネン王国の王宮にある会議室では、元老院議員達を招集した定例会議が行われていた。

 優美な絵画や彫刻が飾られた会議室には、珍しい木材で作られ、細かく彫刻された飴色の大きなテーブルがあり、王太子であるエデルトルート・ダールクヴィスト・サロライネンを上座に、元老院議員達が爵位順で席についている。

 本来の定例会議では情報の共有や、国家事業の進捗状況の報告を行うのだが、現在は王都にあるアルムストレイム教の神殿本部で起こった、とある騒動が議題に挙げられていた。

 いつも恙無く進行している定例会議であったが、今回は珍しく荒々しい雰囲気が会議室中に漂っている。

 そんな会議室の上座に座っているエデルトルートの表情は固い。何故なら会議が始まってからずっと神殿派の貴族である議員達から糾弾され続けているのだ。

「殿下は王族としての立場を理解しておられるのか!!」

「アルムストレイム教を敵に回すことは世界を敵に回すことと同義ですぞ!!」

「神聖なる神殿に許可もなく乗り込むとは何事ですか!!」

 普段はエデルトルートの顔色を窺っている議員達が、ここぞとばかりに責め立てる。
 エデルトルートを糾弾しているのは主に神殿派の議員達だった。
 しばらく大人しくしていた分、今日の会議では鬱憤を晴らすかのように声を上げている。

 彼らは王宮内でも恐れられていた王太子の評判が、ここ最近急激に良くなって来た事に危機感を覚えているのだ。
 だから何としても今回の件で王太子の評価を失墜させ、自分達神殿派議員の発言力を強めようと必死になっている。

「しかもレーデン子爵を投獄するなど……! 我々貴族を貶める行為ですぞ!」

 この議員が言うレーデン子爵とは、王宮の人員を操作し、バザロフ司教がサラを連れ去る手助けをした貴族の名である。
 彼は現在「拉致監禁幇助」の罪で投獄されている。それは貴族にとって耐え難い屈辱であった。

「……何度も説明した通り、私が神殿へ赴いたのは、司教の一人が離宮で働く者を拉致したからであり、レーデン子爵に於いては無断で人員の配置を操作し、拉致に協力したため下した処分である。何も問題はないはずだが?」

 エデルトルートが同じ内容を繰り返し議員達に説明するが、その度に反論してくるので会議は全く進まない。
 王族派の議員達も始めは反論していたものの、繰り返される討論にうんざりしている。

 なるべく事を荒げたくないエデルトルートであったが、そろそろ我慢も限界に来ているようだ。
 もしこれがエデルトルートをキレさせる議員達の企みであれば、その狙いは当たっているだろう。

「拉致されたと言う該当の人物は巫女見習いだそうですな。ならば自ら司教に付いて行ったのでは?」

「それが本当だとすると、殿下は何の落ち度もない神殿を襲撃した事になりますぞ!」

「その巫女見習い一人のためにアルムストレイム教、ましてや法国と戦争をするおつもりですか!!」

 神殿派議員達があらぬ方向へと話を誘導していく。
 このまま議論していては危険だと判断したエデルトルートが、強制的に会議を終わらせようとしたその時、今まで静観していた神殿派の中心人物である、ベズボロドフ公爵が口を開いた。

「まあまあ、皆さん落ち着いて。今はアルムストレイム教との関係修復を最優先するべきでは?」

 ベズボロドフ公爵の意見に、今まで騒いでいた議員達は一瞬静かになったかと思うと、今度は一斉に公爵の意見に同意し始めた。

「正にその通りですな」

「さすがベズボロドフ公爵! 物事を大局的に見る目をお持ちでいらっしゃる」

 上位貴族であり、元老院の議員の中でも強い発言権を持っているベズボロドフ公爵を同じ派閥の議員達が持て囃す。
 公爵の話に合わせるよう、予め根回しされていたのだろう。

「神殿との関係を修復するためにも、是非とも殿下には大司教様の打診をお受けいただきたい」

「……何?」

 ベズボロドフ公爵の提案にエデルトルートが眉をしかめると同時に、無礼極まりないベズボロドフ公爵の発言を聞いた王族派議員達が異を唱える。

「公爵! その打診は断ると会議で決定したではありませんか!」

「この元老院会議で決議された議題を再び持ち出すのは如何なものか」

「一度否決された議題の再検討は、正式な手続きを終わらせてからにしていただきたい」

 ベズボロドフ公爵が言う、以前否決された大司教からの打診──その内容は、王太子エデルトルートと、アルムストレイム神聖王国王女との婚姻の申し出であった。

「何を仰る! これほどの良縁はありますまい。配慮下さった大司教様には感謝せねばなりませんよ!」

 王族派議員達の反論を、ベズボロドフ公爵は一笑に付す。

 ──王太子と王女の婚約──それだけ聞くと、王政が多いこの世界ではよくある話だろう。だがそれは相手国が普通の国であればの話だ。

 エデルトルートや王族派議員達が反対する理由は、相手が普通の国ではないアルムストレイム神聖王国だという点である。

 ただでさえ神殿派議員達が勢力を伸ばし、王宮内でアルムストレイム教の権力が強まっている中、そのアルムストレイム教の総本山がある神聖王国の王女と王太子が婚姻を結ぶというのは、サロライネン王国が事実上、アルムストレイム神聖王国の属国となることを意味する。
 もしこの婚姻が成立すれば、アルムストレイム教は王国の国教となる。
 そうなればアルムストレイム教と敵対している隣国のバルドゥル帝国との関係は悪化し、経済的にも打撃を受けることは必至だろう。

 そして王国の事を考え、大司教からの打診を拒否したエデルトルートであったが、それ以上に打診を受け入れられない重要な理由があった。

 ──それは言わずもがな、サラの存在である。

 闇属性を持って生まれたがために、神殿派の貴族達に影で忌み子と蔑まれ、王宮内ではその能力を恐れられながら育ったエデルトルートが、自分は一生幸せになれないと思うのも仕方がないことだろう。

 それでも周りの人間からの印象を少しでも良くしようと、エデルトルートはありとあらゆる事に全力で取り組んだ。普段、彼が臣下や使用人に敬語で話すようになったのもそのためだ。

 元々優秀だったエデルトルートが更に努力した結果、非の打ち所がない完璧な王子となるが、今度はその優秀さが畏怖の対象となってしまう。

 いくら努力しても報われない世界に、エデルトルートが絶望しそうになった時──彼はサラと出逢った。

 大輪の薔薇を思わせる赤みがかった髪に、翠玉の大きな瞳、屈託なく笑うサラに、エデルトルートが惹かれるのは時間の問題だった。
 実際、サラと会う度に想いが募るのを実感していたのだから。

 悪魔と勘違いしていても、王太子と気付いても、闇属性と知っても、サラは全く態度を変えず、エデルトルートを受け入れ、認めてくれた。

 それがどれだけエデルトルートにとって救いとなったか──きっとサラは気付いていない。

 ──闇に囚われた暗い世界で、エデルトルートは初めて自分だけの光を見つけたのだ。

 アルムストレイム教に対して良い印象を持っていない、寧ろ信仰心はほぼ無いに等しいエデルトルートだったが、サラと出会えたことだけは至上神に感謝した程だ。

 ようやく見つけた光を、愛する人を手放すつもりは全く無いが、エデルトルートの力を持ってしてもどうにも出来ない問題が一つだけあった。──それは身分の差だ。

 いくら王太子といえども平民で孤児だったサラを王妃として迎え入れることは出来ない。
 サラを王族派貴族の養女にと考えた事もあったが、貴族達の反発やサラ本人が嫌がるだろうと思うと実行するのを躊躇ってしまう。

 サラと結ばれる為の方法を考える以前に、告白するのが最優先なのだが、今まで恋愛した経験がないエデルトルートは告白のタイミングが掴めないでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

【完】異界の穴から落ちてきた猫の姉妹は世界で『指輪の聖女』と呼ばれています(旧指輪の聖女)

まるねこ
ファンタジー
獣人ナーニョ・スロフは両親を亡くし、妹と二人孤児となった。妹を守るため魔法使いになると決心をし、王都に向かった。 妹と共に王都に向かう途中で魔物に襲われ、人間の世界に迷いこんでしまう。 魔法使いの居ない人間の世界。 魔物の脅威と戦う人間達。 ナーニョ妹と人間世界で懸命に生きていく。 ※タイトル変更しました。 ※魔獣に襲われる場面がありますのでR15設定にしています。 Copyright©︎2024-まるねこ

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...