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 ティナに触れているところから、二人の思い出が泡のように浮かび上がっては、次々と弾けて消えていく。

 ──満点の星空の中で、二人並んで眠った優しい夜や、ヴァルナルたちに内緒でした小さな探検。
 暮れていく空の下、手を繋いで歩きながら、冒険者になる夢を語るティナの瞳は、未来への期待に満ち溢れていた。

 そうして大切な思い出が消えていく光の中で、ティナがトールにささやいた。

「トール、死なないで……お願い……」

「ティナ……。僕は絶対死なないよ。約束する……!」

 ティナの願いを聞いたトールは、力強く、心を込めてティナに誓う。

「私がトールを忘れても、会いに来てね」

「……っ?!」

 ティナの言葉にトールは驚愕する。

 何の魔法か知らなくても、ティナは本能でこの魔法が何か感じとったのだろう。
 そしてトールにこの言葉を伝えるために、一瞬だけ正気を取り戻したのだ。

「絶対行くよ……! ティナが何もかも忘れていたとしても、絶対に会いに行くから……っ!」

 トールの誓いにも似た言葉を聞いたティナは、それはもう嬉しそうに微笑んだ。

「……うん。待ってる」

 ティナの笑顔が、魔法が成就された光とともに見えなくなる。
 トールは消えていくティナの笑顔と記憶を。深く深くその胸に刻み込む。

(ティナとの大切な思い出は、すべて僕が覚えているから──)

 魔法を成功させたトールは膨大な量の魔力を使い果たし、そのまま意識を失ってしまった。

 それでも幼い少年が、この難しい魔法を成功させたことに変わりはない。

 宮廷魔法師であるフェダールは、トールが成し遂げた偉業に、自分の心が震えていることを自覚する。

「ああ、何と素晴らしい……! 流石<金眼>を持ってお生まれになった御方! トール様が次期国王になられれば、クロンクヴィストは更に発展を遂げるでしょう……!」

 フェダールは意識を失っているトールを大切な宝物のように、丁寧に抱き抱えると、用意していた魔法のスクロールを発動させる。

 ──そうして、トールは冒険者ギルドから姿を消し、魔法で記憶を失くしたティナだけが、その場に残されたのだった。







 それからは知っての通り、ティナは神殿に迎え入れられ、聖女として生きることになった。

 連絡を受けたベルトルドが冒険者ギルドに到着した頃にはすでに遅く、神殿の関係者がティナを半ば強引に連れ去った後であった。

 ベルトルドは神殿の行いを不当だとして、異議申し立てをしたものの、王宮を抱き込んだ神殿の主張が認められ、ティナは正式に聖女となってしまう。

 その時のことを、ベルトルドは今だに恨んでいる。

 だからティナがいつ神殿を抜け出しても良いように、王都の冒険者を巻き込んでティナを見守っていたのだ。

 たとえ記憶を一部失くしたとしても、ティナは根っからの冒険者だった。

 浄化の巡礼に行ったはずが、魔物の素材を持って帰ってきた時は、流石のベルトルドも驚かされたが、そんなティナが面白くて可愛くて、彼女がギルドに顔を出すのがベルトルドの楽しみの一つになっていた。

 そうしてベルトルドの神殿への怒りが少しは落ち着き始めた時、今度はティナを王子の婚約者にするという話が持ち上がる。

 これにはベルトルドも激怒した。しかし冒険者ギルドのギルド長がいくら反対しても、神殿と王宮には敵わない。

 だからベルトルドは考えた。「よし、この国を見限ろう」、と。

 とは言っても、ティナがこの国にいる限りここから離れる気は無かった。
 ティナがこの国に残ると言うのなら、業腹だがこの国で彼女を見守ろうと決めていたのだ。

 しかし、そんなベルトルドの決意を踏み躙るような事件が発生する。──そう、バカ王子と愚かな令嬢が引き起こした婚約破棄と称号剥奪事件だ。
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