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 ベッドの上でティアを組み敷いていたら、来客があった。客の名前はナーシャ。麗しい火の女神であり、私の旧き友だ。
 ナーシャは行為の最中にも関わらず、無遠慮にも部屋に入ってくると私に声を掛けた。

「久しぶりね。エルドノア」
「ああ。久しぶり。会えて嬉しいよ」

 もう何百年も会っていなかったけど、ナーシャは昔と変わらず美しい。私達神々の肉体は時間の影響を受けないから当然のことなんだけど。久しぶりに会った友人が変わらず元気そうで嬉しかった。
 茜色の波打つ長い髪を揺らして、彼女は私のもとにやって来た。

「私が屋敷に入ったことはとっくの前から分かっていたでしょう? やめなさいよ」
「ごめん、ごめん。今、いいとこなんだ」
 そう言ったら彼女は金色の目を釣り上げて、手に持っていた扇子で私の頭を叩いた。
 私達がうるさくしていたからだろう。ティアが一瞬、ナーシャを見た。でも、すぐに興味を失くし、向き直って天井を見つめた。

「いいから、さっさと終わらせる!」
「急にいけって言われても、ねぇ?」

 私は寝そべっているティアを抱き起こした。ティアを抱きしめたまま、寝っ転がって体位を変える。そして結合部を隠すためにシーツで下半身を覆った。
「とりあえず、これでいい?」
「よくはないけど・・・・・・、まあ、いいわ」

 ティアは上体を起こそうとした。せっかくいいところだったのに急にやめられて不満なのだろう。
 でもティアは、私の腕にしっかりと抱きとめられて動けなかった。それが分かると、彼女は私の胸に顔を埋めたまま腰を振り始めた。
 それを見たナーシャは頭を抱えていた。
「ティア、休憩。じっとして」
 命令するとティアは動くのをやめた。

「ごめんよ、ナーシャ。それで、今日はどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ。あなたやる気はないの?」
「やる気?」
 何のことを言っているんだろう。思い当たる節があり過ぎてどれのことを言っているのか分からない。
「この世界を正すことよ。たった700年足らずで世界の力は停滞し、人間の社会はこんなにも退化してしまったのよ。あり得ないわ」
「昔はどこの家庭にも生活に役立つ便利な魔具が置いてあったんだけどね。今じゃ、明かりに使うのは蝋燭、暑ければ扇子であおぐ、寒い冬は厚着。富が集約している王都は違うのかと思ったんだけど、そうでもなさそうなんだ。魔具や神具が使い物にならないガラクタとして売られていて」
「現状は私も何となく分かってる。私はあなたに"やる気があるのか"って聞いてるの」
「どうだろうね」
 私は笑って誤魔化した。

 正直に言ってこの世界は終わらせた方がいいと思う。世界は余りにも壊れ過ぎた。私達が吹き込んだ力は枯れていてもうほとんどない。また新たに力を吹き込むにしても、ほんの少しの匙加減で世界の均衡が崩れるだろう。そうなれば大災害を引き起こしてしまう。いや、大災害ですむならいいか。下手をしたらこの世界そのものが弾け飛ぶんだから。

 "壊れ物をゆっくりと繊細に優しく直す暇があるくらいなら、さっさと終わらせた方がいい。今この世界に僅かでも残っている私達の力を回収して新たな世界を作ろう。そっちの方が効率がいいから"

 ティアがいなければ、私はそう言っていたに違いない。

 私はティアの頭を撫でた。彼女は遠くを虚ろな目で眺めている。
「やる気がないのは分かった。あなたの性格からして『壊して新しいのを作ろう』って言うのかと思ってたんだけど、違ったのね」
 ナーシャはティアを見た。
「この子の為なの?」
「まあね」
 ナーシャはベッドの脇に座ってティアの身体に触れた。
「この子もこの世界と同じね。ギリギリのところで生きてる」
 ナーシャはティアの背中に火の力を吹き込んだ。ティアの空っぽの身体に熱い炎が駆け巡った。
「んあ"っ」
 その瞬間、ティアの身体がびくりと跳ねた。
 空っぽの身体に火だけが大きく灯ったのだ。反属性の水の力がないから痛みを感じるはずだ。
 現にティアは目から大粒の涙をぼろぼろと溢しながらシーツを強く握りしめている。相当痛いのだろう。
「多く与え過ぎだよ」
 私はティアの身体を撫でると口づけた。生命の力で痛みを和らげるためだ。
 ティアは必死になって私の舌を舐めて生命の力を吸収する。
 長いこと口の中を貪ってティアはようやく泣くのをやめた。

「ごめんね。痛いことをして」
 ナーシャは優しく言ってティアの頭を撫でた。 
「今は痛いかもしれないけど、私の力は少しずつ、あなたの身体に馴染んていくわ。だから心配しないで」
 ティアは疲れたのだろう。目を閉じて眠り始めた。

「ナーシャ、ありがとう。ティアに力を吹き込んでくれて」
「ううん。いいのよ」
 ティアに力を分け与えたところでナーシャには何の得にもならないのに。"困っている人間が目の前にいた"から救おうとする。

 ーー本当に、彼女の人間に対する愛は底しれないな。

「エルドノアはどうしてこの子を好きになったの?」
 ナーシャが唐突にそんなことを聞いた。普段なら絶対に答えない質問だ。でも、彼女には借りができた。さっきの礼として答えることにする。

「最初は全然好きじゃなかったよ。私をつまらないところから解き放ってくれた礼として多少の面倒を見てただけだった」
「うん」
「あの当時は今みたいに私の言うことだけを聞くお人形さんだったから働かせもした。シトレディスの信徒から栄養をもらえば、あっちの勢力も削れて私も面倒を見なくて済むから。一石二鳥でしょ?」
「あなた、相変わらずのド屑ね」
 ナーシャは軽蔑の眼差しを私に向けた。
「そんな日々を送ってたんだけど。ある日、お人形さんのティアが言葉を発したんだ。『好き』って。行為の最中だったから、気持ちよくて言ってるのかと思ってたんだけどね。その日以来、ほんの少しだけ自我を取り戻したティアが言うんだ。『エルドノア様、大好き』って。それで好きになった」
「本当に?」
「うん」
 ナーシャはすごく怪しんでいる。
「それだけ?」
「それだけ」
 本当はもう少し複雑なんだけど、わざわざ言う必要もないことだ。私は笑ってやり過ごすことにした。
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