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 次の日、ホテルのフロントで「昨日の炎について教会から説明があった」と聞かされた。
 フロント係が聞くところによると、教会で異端者を審問し、処罰を行っていたところ、邪神が現れたそうだ。邪神は教会を焼き払うという暴挙に出たそうだが、騎士たちの手によって追い払われたのだという。だから、王都の安全は確保されているのだと。
 フロント係は、安心して宿泊を続けて欲しいと言った。

「どこまでが本当のことなのかしら」
 ホテルを出てからエルドノア様に言った。人に聞かれても問題ないように、女公爵として話しかける。
「異端審問の結果、"邪神"が出てきて教会を焼いたってところまでだと思うよ」
 そこまで言って、エルドノア様は声を小さくした。
「後はシトレディスの信徒にとって都合のいいように言ってるんじゃないかな。人間ごときがナーシャに対抗できるわけがないし」

 あてもなく道を歩いていたところ、製菓店の前に辿り着いた。エルドノア様は私の手を引いてお店に入った。
 彼はショーケースの中にあった商品を指さした。
「これが欲しい」
 店員に向かってそう言うと、すぐに商品の入った箱を渡された。私が料金を支払うとエルドノア様はすぐに店を出た。

「何を買ったんです?」
「チョコレートだよ」
 エルドノア様は包装用紙を乱雑に破り捨てると箱を開けた。中に入っていた茶色の粒を一つ取ると私の口元に持ってきた。

「食べて」
 そう言われて、私はそれを口に入れた。
「甘い」
 口の中にいっぱい、甘い味が広がる。それはエルドノア様の体液の味を思い起こされた。

 ーーでも、彼のものの方がもっと甘い。

 そんなことを考えていたら、彼の体液を味わいたくなってきた。彼のものから溢れる蜜が頭の中に浮かんできて、生唾を飲み込む。

「えっちだなあ」
 エルドノア様はそう言って笑った。
 心の中を読まれたんだ。恥ずかしくて顔が熱くなった。そんな私を見てエルドノア様はくすくすと笑う。
「後でたっぷり可愛がってあげる」
 そう言うなり、彼は私の手を引いて再び歩き始めた。

 道を歩いていると、偶然にもイレトを見つけた。彼は前回の聖女に無惨にも殺されたけど、時間が巻き戻ったおかげで今は生きている。
 甲冑を着た彼は、他の騎士たちとともに馬に乗って街を巡回していた。彼らは何かを警戒しているのか、頻りにキョロキョロと辺りを見渡していた。
 昨日の炎の騒ぎのせいで、王都の警備が強化されたのだろう。もしかしたら、ナーシャとその信徒を探しているのかもしれない。

 私達は、騎士たちの邪魔をしないように道の端に寄った。それが一般市民の行動だったからだ。それに、今のイレトは私達のことを知らない。
 聖女の"愛しの彼"たちは、時間が巻き戻ると一般市民と同じく、それまでの全ての記憶を失ってしまう。
 今回、私達がイレトに会うのは初めてだった。だから、彼は私達の存在を知るはずもなく、警戒をする必要もない。むしろ、変に彼を避けようとしたら不審な行動を取っている人として怪しまれるだろう。

 何食わぬ顔で私達は騎士たちの一行が立ち去るのを待った。
 騎士団はゆっくりと馬を歩かせる。すれ違いざまにイレトと目が合ったような気がした。
 私は咄嗟に目を反らした。イレトが振り返って私を見ているのが視界の端にうつる。何かされるのではないかと思ったけど、結局、彼は立ち去った。

「何もなくてよかった」
 騎士団が角を曲がって完全に見えなくなってから呟いた。
「シトレディスから特別な加護を受けているようには見えなかった。記憶はないはずだから大丈夫だよ」
 エルドノア様はそう言って私の背中を撫でた。
「それより、ご飯を食べに行こう」
「さっきチョコレートを食べましたよ?」
「あれはお菓子だろう? 人間は頻繁にちゃんとした食事を摂らないと」
 エルドノア様は私の手を取って歩き始める。
「適当な店に入るけどいい?」
「ええ」
 考えたところで食べたいものも美味しいものも思い浮かばない。私はエルドノア様に連れられるがまま店に入った。



 私達は前回と同じように店のおすすめ料理を注文した。
 料理の名前は"フィッシュ&チップス"と言っていた。味の想像はつかないけど、魚とじゃがいもを使った料理ということは分かる。
 私達は黙って料理が来るのを待った。10分くらい経ってから、私達のテーブルに料理が並べられた。
 私は早速、料理を食べることにした。まずはチップスの方からにする。
 口に入れる直前、変な臭いがしたような気がした。気にせずに食べると、口の中がギトギトした。おまけに苦い味もして、口の中が不快になる。紅茶を飲んで、いったん口の中をリセットした。
 今度は魚であろう茶色の塊に手をつけた。ナイフとフォークで切ろうとしてみたけど、固すぎて全然切れない。仕方なく、フォークで刺してそのまま口に運んだ。
 予想していた通り、魚はびっくりするくらい固かった。魚の方も例の臭いがして、ギトギトしていた。
 
「味の方はどう?」
「不味い」
「ふぅん。こういう味わいは不味いのか」
 エルドノア様はそんなことを言いながら、食事を続けた。私も彼に倣って料理を口に運ぶ。
「不味いなら無理しなくていいよ」
「多少、不味くたっていいんです。お腹が満たされれば何でも」
「ティアは食に興味がなさすぎる」
「お腹が満たされるだけで私は幸せ何です」
「お前の欲の程度は本当に低いよ」
 エルドノア様は呆れた様子で言った。

 私達は何だかんだ言って料理を食べきった。おかわりをした紅茶を飲んでいたら、隣の席の客が店員を呼んだ。
 客は店員に対してひどく怒っていた。彼が言うには、料理に使われた油が古くて劣化しているらしい。『こんな料理に金は払えない』と客は怒鳴っていた。隣のテーブルを見たらフィッシュ&チップスが置いてある。

「不味いってのは間違っていなかったんだね」
 エルドノア様は呑気にそんなことを言って笑っていた。
 なるほど。古い油を使った料理は不味くなるのか。美味しくなかったけど、一つ学べたから良しとしておこう。
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