【完結】サキュバスは魅惑のスペシャリストです

花草青依

文字の大きさ
上 下
27 / 38

19-2 パトリシアとリコリス

しおりを挟む
 アガサは暗い顔で俯いたまま何も言わない。自然と話し出すのを待とうと思ったけど、あまりの長さに痺れを切らした。
「マザー・アガサ、言いにくいことかもしれませんが話してはくれませんか」
 アタシは話の続きを促したけど、それでもアガサは話そうとしない。
「私のことを気にかけてくれているなら、その心配は不要です。これはきっと神様が与えてくれた機会ですから。たとえどんなに辛くて苦しい真実を知ってしまっても、それにちゃんと向き合います」
 信仰心を煽る言葉を言うとアガサはようやく話を続ける気になったようだ。

「リコリス様に伝えても良いことかどうか迷っていましたが。そこまで仰るのならお話します。パトリシアはリコリス様を妬むあまり、リコリス様の物を盗むようになりました」
『え? いつ?』
「私のものを?」
 アガサは頷いた。
「リコリス様が作業をしている時に、鞄を棚の中に保管していたでしょう? パトリシアは棚に鍵がかからないことをいいことに鞄の中を漁って物を盗んでいたんです」

 リコリスは母親を真似して鞄を持ち歩いていた。その中身も母親と同じく、化粧品の入ったポーチと財布、ハンカチが入っていた。ただ、化粧品と財布に関しては、本物ではなくておままごとの道具だった。
 ホールデン家は孤児院におもちゃを持ってきていたのに。わざわざリコリスから盗むなんて、余程コンプレックスを拗らせていたんだろう。

「それは知りませんでした」
「ホールデン夫人はとてもお優しい方で。パトリシアの横暴な振る舞いを知っても、『親のいない寂しさを紛らわすためにやったのだろうから大事にせずに許してあげて欲しい』と仰ったのです」
 どうやらリコリスのお人好しは母親譲りらしい。

「お母様が・・・・・・」
「そして、リコリス様はまだ小さく幼いからショックを受けるかもしれないということで、パトリシアのことは黙っておくことにしたんです」
「そうだったんですね」
「私達はホールデン夫人が望まれた通り、盗んだ物を返した後、パトリシアを私達が叱り、事を内々で問題を済ませました。今思うとそれがいけなかったんです。あの時にもっと大事にしてパトリシアに他人のものを盗むことの愚かさをきちんと伝えていたらあんなことにはならなかったのに」
 アガサは悲しそうに言った。
 ーーパトリシアは何をやらかしたんだか。

「パトリシアは後日、神父様のいない日を狙って、邪教の宝石を盗んだのです」
「邪教の宝石? 何ですかそれ?」
「邪教徒が所持していた宝石を警察が押収し、我が教会が一時的に預かっていたものです。その宝石にどんな効果があるのか分からず、厳重に保管していたところ、あの子が盗んだのです」
「マザー・アガサはパトリシアが盗むところをはっきりと見たのですか」
 アガサは頷いた。
「はい。私は確かにこの目で見ました。私はそのことを同僚たちに伝えて、パトリシアから宝石を取り戻そうとしたんです」
 ーーでも、できなかったんでしょうね。

「同僚達はパトリシアの前に行くと、突然様子がおかしくなりました。宝石は初めからパトリシアの持ち物だと言い出したんです。そして、私を嘘つき扱いし始めました」
 おそらく、アガサの同僚には聖なる力がなかった。だから、アガサを除く人々はパトリシアに魅了されて彼女を庇った。そういうことだろう。

「そして、私があの子から宝石を取り返せないうちに、ホールデン卿が教会にやって来ました。卿はパトリシアに会うとあの子のことを自分の娘だと言い始めました。でも、そんなことはあり得ないと私は思っています」
「どうしてですか」
「リコリス様は覚えていらっしゃらないでしょうが、あなた様は小さな頃、とても身体が弱く、ホールデン卿はよく教会に祈りに来ていたのです」
「まあ」
「当時は政治的な問題がいくつかありまして、ホールデン卿もその対応に追われて忙しくされていました。それでも、卿は娘のために忙しい合間を縫って教会へ祈りに来ていたんです。そんな方が他の女性と子どもを作るなんてとても思えません」
 アガサはパトリシアがホールデン家の娘でないと確信して疑わない口ぶりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】今更魅了と言われても

おのまとぺ
恋愛
ダコタ・ヒューストンには自慢の恋人が居る。彼の名前はエディで、同じ魔法学校の同級生だ。二人の交際三ヶ月記念日の日、ダコタはエディから突然別れ話をされた。 「悪かった、ダコタ。どうやら僕は魅了に掛かっていたらしい……」 ダコタがショックに打ちひしがれている間に、エディは友人のルイーズと婚約してしまう。呆然とするダコタが出会ったのは、意外な協力者だった。 ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全17話で完結予定です

【完結】没落令嬢オリビアの日常

胡暖
恋愛
没落令嬢オリビアは、その勝ち気な性格とあまり笑わない態度から、職場で「気位ばかり高い嫁き遅れ」と陰口を叩かれていた。しかし、そんなことは気にしてられない。家は貧しくとも心は誇り高く! それなのに、ある時身に覚えのない罪を擦り付けられ、啖呵をきって職場をやめることに。 職業相談所に相談したら眉唾ものの美味しい職場を紹介された。 怪しいけれど背に腹は変えられぬ。向かった先にいたのは、学園時代の後輩アルフレッド。 いつもこちらを馬鹿にするようなことしか言わない彼が雇い主?どうしよう…! 喧嘩っ早い没落令嬢が、年下の雇い主の手のひらの上でころころ転がされ溺愛されるお話です。 ※婚約者編、完結しました!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...