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14-2 アマリリスは人間になる夢を見た

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 いつまで経っても処刑されないから、アタシは人知れず餓死させられるんだと思っていた。
 でも、実際は違った。ジャスパーはアタシの容姿を気に入ったから、殺すつもりは毛頭なかったそうだ。彼はアタシを鑑賞用の動物として飼っているつもりだったと後になって言われた。

 当時のアタシはそんなことを知らず、戸惑いながら日々を送った。行為をしないのに同じベッドで寝て、ジャスパーの気分次第で彼とともに色んな場所に連れて行かれた。
 そんな日々を過ごしているうちに、アタシ達は互いを愛し合うようになった。これが、アタシの人生の二つ目の過ちだった。

 アタシは彼を魅了するためでも、子どもを作るためでもなく、ただジャスパーが愛おしかったから行為をした。そんなセックスはサキュバスのアタシにとっては初めてで、とても幸せだった。

 でも、そんな日々は長く続かなかった。
 サキュバスのアタシが人間と行為をしたら、当然、人から精を奪い取る。それが短期であれば問題ない。身体にだるさを感じるけど、寝たら治る程度のものだ。
 問題は、長期間に渡って何度も行為を繰り返していた場合だ。

 ジャスパーは聖なる力によってアタシの魅了が全く効かなかった。でも、聖なる力は、サキュバスのアタシからジャスパーを本当の意味で守ってはいなかった。彼との行為で、アタシは知らず知らずのうちに彼の精を奪い取っていたのだ。
 アタシとの関係が深くなり行為をすればするほど、ジャスパーは目に見えてやつれていった。そしてある日、彼はとうとう意識を失った。
 幸い、1日後にジャスパーは目を覚ました。でも、人間達は当然、それを"幸い"だとは思わなかった。

 アタシはジャスパーの臣下達から、責められた。ジャスパーを殺そうとしていたのではないかと疑われもした。そして、彼らはアタシに対して最終的にジャスパーの下から去るように命じた。
 それは、一国の王の精を貪っていたサキュバスに対する罰にしては軽かった。寛大なる処置だと思う。
 でも、あの時のアタシはそれを受け入れられなかった。彼らの命に従ってすぐにジャスパーの下から離れればよかったのに。
 アタシはずっとジャスパーと一緒にいたかった。彼への愛を諦めきれなかった。だから、私はあの迷信に僅かな希望を抱いて愚かな行為をした。
 自ら角を折り、翼と尻尾を無理やり引き抜いた。
 アタシは人間になりたかった。人間になってジャスパーと幸せに暮らしたかった。

 これがアタシが生きてきた中で犯した三回目の過ちだ。



「君はこんな身体になったんだ。そのせいで、サキュバスとしては生きにくくなっただろう?」
「え? そうなんですか!?」
 リコリスは空気を読まず素っ頓狂な声をあげる。
「そんなふうに他人事みたいに言って誤魔化さなくてもいいんだ」
「いや、そういうわけじゃ」
 リコリスはそう言いながらアタシに話しかけてきた。

『実際のところ、どうなんですか?』
 ーーあなた達が思っている程、生きづらくはないわ。ただ、便利な道具を失ったみたいなものね。

 サキュバスは翼を持つものの、長期的に飛び回る種族ではない。危険が差し迫った時や飛んだ方が早く移動できる時くらいしか使わない。つまり、普段使いはしないのだ。
 尻尾だって、行為の最中にちょっとしたスパイス要素として・・・・・・。

『もういいです! 尻尾の話は。角は大丈夫なんですか?』
 ーーそうね。かわいいチャームポイントがなくなって寂しいわ。

 "サキュバスの角には魔力が籠もっている"

 迷信ではそう言われていたけど、全然そんなことはなかった。角が折れても、サキュバスとしての魅了の力は何の問題もなく使えた。角がなくなって困ったことといえば、サキュバスとしての美貌が損なわれたことくらいだ。

 ーーだから、大丈夫だとジャスパーに伝えて。

「ジャスパーさん」
 リコリスは唇を開いた。
「アマリリスさんは、大丈夫だって言ってます。ちょっと便利な道具とサキュバス的な美しさが損なわれたくらいだって」
 リコリスはそう言ってくれたけど、ジャスパーは信じていなさそうだ。

「あ、でも、ジャスパーさんはちゃんと責任を取って下さいね? アマリリスさんはジャスパーさんと生きるためにここまでしたんですから」
 ーーリコリス! あんたって子は!
「責任は取らせてもらうつもりだ。ただ、聞かせてくれないか。君は俺にどんな責任の取り方を望む?」
「それは勿論、結婚ですよ! ちゃんと結婚式は挙げてくださいね?」
 ーーもうやめて! いい加減なことは言わないで!!
「アマリリスさんの花嫁姿はとっても綺麗なはずだから。衣装代をケチったらだめですよ?」
「ははっ。そんなことするわけないだろう。君のためならいくらでも金を注ぎ込めるよ」
「二人っきりの結婚式はどうです? 美しい花嫁姿のアマリリスさんをジャスパーさんが独占するんです」
 ーー何をさっきからメルヘンチックなことを言って。頭にお花畑が咲いてるんじゃない? 今すぐ黙りなさい!

 アタシがリコリスに怒鳴りつけると、部屋の中が歪み始めた。
「分かった。君の希望は全て叶えるから。だから、早く目覚めてくれ」
 ジャスパーは目に涙をためて言った。
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