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27-1 愛を貫き通すのなら
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それから俺達は、雑談をしながらベラの作ったお菓子を平らげた。
「本当に美味しかった」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
ベラは本当に嬉しそうに笑った。
「また作ってよ」
「ええ。公務のないお休みの日にまたこうやってゆっくりお茶をしましょうね」
「うん」
ベラの方からこうやって誘ってくれたのは初めてだった。嬉しくて微笑んでいたら、ベラは俺を見てはにかんだ。
しばらく幸せなお茶の余韻に浸っていると、扉がノックされて使用人が入ってきた。
「モラン侯爵と夫人がいらっしゃいました」
「まあ、お父様とお母様が? 約束はしていないのですが」
ベラは困った顔をして俺と使用人の顔を交互に見た。
「用事があって俺が呼んだんだよ」
「そうでしたか」
ベラは不思議そうな顔をして俺を見ているけれど、何も聞いてこない。彼女の事だ。何の用事か気になってはいるけれど、俺に気を遣って口にしないだけだろう。
俺は彼女の気遣いに感謝した。
「二人と話をしてくるから」
そう言うと俺は立ち上がった。
「二人によろしくと伝えておいて下さいませ」
「うん」
俺はベラに見送られて、モラン侯爵夫妻の待つ客間へと向かった。
※
客間のソファで持っていた二人は、俺が部屋に入ると立ち上がって挨拶をしてきた。
「急な呼び立てにもかかわらず、来てくださってありがとうございます」
「いえ。私達も例の件についてお聞きしたかったですから」
侯爵がそう言うと、夫人も頷いた。
俺達は席に着くと、早速本題に入った。
「マダール父娘の件ですが、彼らを襲った暴漢は未だ不明だそうです」
「そうですか」
マダール父娘は、遠方の監獄に収容される予定だったが、輸送中に、何者かに襲われて殺されてしまった。社交界ではすでにこの事が噂になっていて、マシュー公爵の差し金ではないかと言われていた。勿論、噂は噂だ。現場には何も証拠は残っておらず、目撃者は誰もいないから、マシュー公爵とは言い切れない。
でも、マシュー公爵が犯人扱いされているのだ。
「マシュー公爵も困りましたね。犯人ではないのにこんな風に言われて」
「侯爵はマシュー公爵が犯人ではないとお考えで?」
モラン侯爵は真剣な顔で頷いた。
「マシュー公爵はフィリップ子息のやったことに対して必死になって火消しを行っていましたから。今更、わざわざこんな形で波風を立たせるようなことはしないでしょう」
侯爵の意見に俺も同意だ。しかし、問題は、それを世間が認めてくれるかどうかだ。マシュー公爵家はまだまだ厳しい局面から逃れられないだろう。
「私はそれよりも、ランベール子爵令嬢のことを聞きたいですわ」
それまで黙って話を聞いていた夫人が口を挟んだ。
「ルーシー、エドワード殿下に向かってそんな言い方をしてはいけないよ。失礼だ」
侯爵が夫人を叱りつけた。夫人は、きょとんとした顔で侯爵を見ている。
━━ベラの性格は冷静で理知的なモラン侯爵に似ていると言われるけど、物怖じせずに発言するところは夫人に似たんだな。
そんなことを考えていたら、笑ってしまいそうになって、俺は慌てて咳払いをした。
「すみません、殿下」
「いや、気にしなくていいんだ」
侯爵をこれ以上、困らせるのはかわいそうだ。俺は二人に、ベラが決めたエリナへの罰について話した。
俺が話をしていると、モラン侯爵の眉間には徐々に皺が寄っていった。
「つまり、ランベール子爵令嬢はフィリップ子息と一生を添い遂げるということですか」
怪訝そうな顔をして言う侯爵に、俺は「はい」と返事をした。
「それは罰になるのですか」
「侯爵がそう思われるのも当然ですが、エリナは泥舟に乗ったも同然です。ある意味では罰を受けていると言えるのではないでしょうか」
フィリップの再起はおそらく不可能だ。マシュー公爵は息子に与える予定だった公爵の仕事の一部の権限を今も譲っていない。おまけに、公爵は社交の場でフィリップのことを「跡取りからは外れた」と名言したそうだ。だから、公爵家の跡取りはフィリップの弟になると専らの噂だった。
そんな男と一緒になった所でエリナは幸せになれないだろう。
「マシュー公爵をこれだけ困らせているのだから、少なくとも公爵の生きている間は、公爵家の長男にふさわしい身分や地位には就けないとは思いますが」
顔を顰めた侯爵がそこまで言うと言葉を詰まらせた。判断に困っているのだろう。
「あら? 私は良いと思いますよ」
夫人はにこりと笑って言った。芳しく思っていない侯爵に対して、夫人はこの罰に不満がないようだ。
「フィリップ子息はランベール子爵令嬢のことを好きではなかったんでしょう?」
「はい。フィリップが本当に好きなのはベラです。そして、彼は未だにベラを愛しています」
フィリップのベラに対する未練は凄まじいものがあった。俺とベラの婚約が発表されてから、フィリップは彼女の出席するパーティやお茶会、サロンを調べ上げてそれに乗り込もうとしていたそうだ。幸いなことにそうしたフィリップの行動にマシュー公爵が気づき自宅での謹慎を言い渡したそうだ。そして、マシュー公爵は「今度ベラに近づこうとしたら精神病棟に入院させる」と言い放ったという。
そのことを二人に話すと、夫人は首を傾げた。
「そんなにベラが好きなら、婚約破棄なんてしなければよかったのに」
夫人の言葉に俺と侯爵は同意した。
「本当に美味しかった」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
ベラは本当に嬉しそうに笑った。
「また作ってよ」
「ええ。公務のないお休みの日にまたこうやってゆっくりお茶をしましょうね」
「うん」
ベラの方からこうやって誘ってくれたのは初めてだった。嬉しくて微笑んでいたら、ベラは俺を見てはにかんだ。
しばらく幸せなお茶の余韻に浸っていると、扉がノックされて使用人が入ってきた。
「モラン侯爵と夫人がいらっしゃいました」
「まあ、お父様とお母様が? 約束はしていないのですが」
ベラは困った顔をして俺と使用人の顔を交互に見た。
「用事があって俺が呼んだんだよ」
「そうでしたか」
ベラは不思議そうな顔をして俺を見ているけれど、何も聞いてこない。彼女の事だ。何の用事か気になってはいるけれど、俺に気を遣って口にしないだけだろう。
俺は彼女の気遣いに感謝した。
「二人と話をしてくるから」
そう言うと俺は立ち上がった。
「二人によろしくと伝えておいて下さいませ」
「うん」
俺はベラに見送られて、モラン侯爵夫妻の待つ客間へと向かった。
※
客間のソファで持っていた二人は、俺が部屋に入ると立ち上がって挨拶をしてきた。
「急な呼び立てにもかかわらず、来てくださってありがとうございます」
「いえ。私達も例の件についてお聞きしたかったですから」
侯爵がそう言うと、夫人も頷いた。
俺達は席に着くと、早速本題に入った。
「マダール父娘の件ですが、彼らを襲った暴漢は未だ不明だそうです」
「そうですか」
マダール父娘は、遠方の監獄に収容される予定だったが、輸送中に、何者かに襲われて殺されてしまった。社交界ではすでにこの事が噂になっていて、マシュー公爵の差し金ではないかと言われていた。勿論、噂は噂だ。現場には何も証拠は残っておらず、目撃者は誰もいないから、マシュー公爵とは言い切れない。
でも、マシュー公爵が犯人扱いされているのだ。
「マシュー公爵も困りましたね。犯人ではないのにこんな風に言われて」
「侯爵はマシュー公爵が犯人ではないとお考えで?」
モラン侯爵は真剣な顔で頷いた。
「マシュー公爵はフィリップ子息のやったことに対して必死になって火消しを行っていましたから。今更、わざわざこんな形で波風を立たせるようなことはしないでしょう」
侯爵の意見に俺も同意だ。しかし、問題は、それを世間が認めてくれるかどうかだ。マシュー公爵家はまだまだ厳しい局面から逃れられないだろう。
「私はそれよりも、ランベール子爵令嬢のことを聞きたいですわ」
それまで黙って話を聞いていた夫人が口を挟んだ。
「ルーシー、エドワード殿下に向かってそんな言い方をしてはいけないよ。失礼だ」
侯爵が夫人を叱りつけた。夫人は、きょとんとした顔で侯爵を見ている。
━━ベラの性格は冷静で理知的なモラン侯爵に似ていると言われるけど、物怖じせずに発言するところは夫人に似たんだな。
そんなことを考えていたら、笑ってしまいそうになって、俺は慌てて咳払いをした。
「すみません、殿下」
「いや、気にしなくていいんだ」
侯爵をこれ以上、困らせるのはかわいそうだ。俺は二人に、ベラが決めたエリナへの罰について話した。
俺が話をしていると、モラン侯爵の眉間には徐々に皺が寄っていった。
「つまり、ランベール子爵令嬢はフィリップ子息と一生を添い遂げるということですか」
怪訝そうな顔をして言う侯爵に、俺は「はい」と返事をした。
「それは罰になるのですか」
「侯爵がそう思われるのも当然ですが、エリナは泥舟に乗ったも同然です。ある意味では罰を受けていると言えるのではないでしょうか」
フィリップの再起はおそらく不可能だ。マシュー公爵は息子に与える予定だった公爵の仕事の一部の権限を今も譲っていない。おまけに、公爵は社交の場でフィリップのことを「跡取りからは外れた」と名言したそうだ。だから、公爵家の跡取りはフィリップの弟になると専らの噂だった。
そんな男と一緒になった所でエリナは幸せになれないだろう。
「マシュー公爵をこれだけ困らせているのだから、少なくとも公爵の生きている間は、公爵家の長男にふさわしい身分や地位には就けないとは思いますが」
顔を顰めた侯爵がそこまで言うと言葉を詰まらせた。判断に困っているのだろう。
「あら? 私は良いと思いますよ」
夫人はにこりと笑って言った。芳しく思っていない侯爵に対して、夫人はこの罰に不満がないようだ。
「フィリップ子息はランベール子爵令嬢のことを好きではなかったんでしょう?」
「はい。フィリップが本当に好きなのはベラです。そして、彼は未だにベラを愛しています」
フィリップのベラに対する未練は凄まじいものがあった。俺とベラの婚約が発表されてから、フィリップは彼女の出席するパーティやお茶会、サロンを調べ上げてそれに乗り込もうとしていたそうだ。幸いなことにそうしたフィリップの行動にマシュー公爵が気づき自宅での謹慎を言い渡したそうだ。そして、マシュー公爵は「今度ベラに近づこうとしたら精神病棟に入院させる」と言い放ったという。
そのことを二人に話すと、夫人は首を傾げた。
「そんなにベラが好きなら、婚約破棄なんてしなければよかったのに」
夫人の言葉に俺と侯爵は同意した。
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