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29-1 私の大切な人

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 "神聖力と妖精の魔法は不用意に使わない"

 あの日、フェイと二人で誓った約束を、私は4年もの間、頑なに守り続けていた。
 でも、今、私はその鉄の掟を破ってしまった。

「アンディ! 大丈夫?」
「大した、事はない・・・・・・」
 そう言ったアンディの脇腹は肉が抉れていて、血がドクドクと流れている。すぐに治療を施さなければ、きっと命に関わる傷だ。「大した事はない」なんて、嘘にも程があった。
 
 でも、アンディは「大丈夫だから」と言い張った。そして、彼は顔を歪めながらも、地に伏した身体を無理矢理に起こそうとする。
「動かないで!」
 私は彼に仰向けになるように促すと、彼のお腹に手を翳した。
「無理しなくていいの。私が治してみせるから」
 そうは言ったものの、これ程の大怪我を治した事なんてなかった。私は1年前の10歳の誕生日に聖女としての力を覚醒させた。病気や怪我を神聖力を使って治す事ができるようになったのだ。
 でも、お母様やフェイとの約束があったから、私はその力をほとんど使わなかった。使ったのは、フェイと二人きりで遊んでいた時に作ってしまったほんの少しの擦り傷を治したくらいだった。
 でも、弱音を吐いている場合じゃなかった。できるかできないかじゃない。私がここで治癒しないと、アンディは死んでしまう。

 私は目を閉じて意識を集中させた。そして、傷を癒やして塞ぐようにと、祈りを込めて手の平から神聖力を流し込んだ。
 幸いな事に、私はアンディの怪我を治す事ができた。目を開けて確認してみたら、彼のお腹は少しの傷痕ができてしまってはいたものの、それでも傷口は塞がっていた。
 アンディは起き上がると脇腹を擦った。その姿からは痛みを感じている様には見えなかった。
「良かった・・・・・・」
 ほっとした途端、涙が流れた。
「シア・・・・・・」
 アンディの無骨な手が私の手を掴むと、私は自分の手が震えている事に気がついた。

「アンディ、良かった! 良かったよ・・・・・・」
 私は彼の胸に飛び込んで思いっ切り泣いた。
「シ、シア・・・・・・! 服が汚れるだろっ!!」
 アンディは私の服が彼の血で汚れてしまうのを気にしていた。

 ━━そんな事、どうでもいいじゃない!

 そう言いたかったけれど、涙が溢れてきて上手く言葉にできない。
 私はアンディの胸の中で泣きじゃくり、彼は困り果てたのか、ぎこちなく私の頭を撫で始めた。
 そうして、しばらくの間、私は泣き続けた。

 それからようやく涙が止まると、今度はみっともないくらい泣き喚いた事が恥ずかしくなった。
「ごめん、アンディ・・・・・・」
 長い事慰めてもらった気まずさと申し訳無さで謝ると、アンディは「何で謝る?」と言いたげに私を見た。人の気持ちに鈍感な彼は、私が謝る意味が分からなかったらしい。

 それよりも、アンディはが気になるらしい。
「なあ、シア」
 彼の言いたい事は分かる。
 アンディは、不自然に生えたもみの木に視線をやる。
「あれは、シアがやったのか?」
「・・・・・・」
 アンディがじっと私の目を見てくる。
 私は迷った末に「そうよ」と答えた。







 事の発端は、突如として現れた熊に襲われた事だった。
 いつものように森の中で遊び、フェイと別れた後、アンディは私を家の近くまで送ってくれていた。その道中で私達は熊と遭遇してしまったのだ。

 アイネ山で暮らすようになって4年の月日が経ったけれど、熊を見たのは初めてだった。たじろぐ私達に熊は容赦なく襲いかかってきた。
 熊が腕を振り下ろす直前、アンディは私の腕を引いた。だから、私は尻もちを着いて、間一髪の所で熊の鋭い爪から逃れる事ができた。
 でも、アンディは私を庇ったせいで熊の攻撃を避けきれなかった。彼の脇腹は一瞬で裂かれて、肉が抉られる程の深い傷を負ってしまった。
 アンディはその場に倒れ込んでお腹を押さえた。脇腹からは当然の様に血が溢れ出して、アンディは苦悶の表情を浮かべて傷口に手をあてた。
 熊はそんなアンディに対して無情にも更に襲いかかろうとした。大きな口を開いて頭を彼の腹に近づけたのだ。

 ━━アンディが殺される!

 そう思った瞬間、私は自分でも気がつかないうちに妖精の力を使って熊を宙に浮かせて吹き飛ばしていた。
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